14 スガと言う男

 モール内の階段を昇り三階のレストランフロアに出ると、山羊野は中華料理店へ向かった。

 そこには見張りだろうか、やたら太いズボンを履いた坊主頭の男が立っていた。


「あの、スガさんはいますか? 仲間にしたい人達がいて」


 坊主頭はガムを噛みながら、返事もせず顎をしゃくって俺達を中へ促した。


「スガさん、仲間になりてえって奴が来てますよ」


 中には、遥か太古の昭和の時代に繁華街をうろついていそうな不良が六、七人いた。スガさん、スガさんと取り巻きの男達が、リーダー格と思われる男の名前を呼ぶ。


「あぁん? なんだ、まだ生き延びてる奴がいたのか」


 緑色のビール瓶を呷って飲みながら応えたのは、長い黒髪をオールバックにまとめた目つきの悪い男。素肌の上にはサラシを巻いて、菊紋や日の丸の刺繍の入った真っ白い服を羽織っている。

 ――そう、とっても、とっても不本意だが、茨城の民族衣装と言われている特攻服だ。


「うわダッサ」

「しっ、マイ」


 唐突にディスり出したマイを明日香が制した。幸い聞こえていなかったようで、山羊野が少し怯えたように話を続ける。


「僕の同級生です。噛まれていません。仲間に入れてもらえませんか」


 するとスガはビール瓶を乱暴にテーブルに置き、俺達を睨みつけて言った。


「持ってるもんを全部出せ。俺が頭で規律が絶対だ。必要なもんは全て俺達が配給する。こんな世界だ、ルールを守って助け合わなきゃなあ?」


 スガは俺と明日香、マイを舐めるようにジロジロと見ながら続けた。


「いいか、ここにいるからには、俺達の一員として働いてもらう。おい男。お前明日の日中、そこのガキと二人で周りを偵察してこい。いいな」


 山羊野を顎で差しながら、俺に命令した。


「まあそれまでは好きなように過ごせよ。俺はお前らにここにいていい許可をやる。ちゃんと言うこと聞くんだぞ、ボクゥ?」


 スガは左手に持っている黒い何かを見せつけるように揺らした。それはボウガン。つまり、あれで殺されたくなければ言うことを聞け、ってことか。


 スガの手下に促され、俺達は所持品を全て差し出した。


「ロクなもん持ってやがらねえ……てか、なんでこんなに納豆あんだよ」

「まあガキが生き延びてるだけでも褒めてやらにゃあな」


 スガの取り巻き達が俺達の荷物を手に取り、品定めをしながら言う。


「しかし女が仲間に加わるなんて、レイラさん以来……」


 瞬間、瓶が壁に投げつけられ、大きな音を立てて砕け散った。


「あいつのこと思い出させんじゃねぇぇぇ!」


 突然スガが激昂した。“レイラ”と言う名を口にした取り巻きを睨みつける。


「すっ、すいませんっ」

「ケッ。……おら、お前らいつまでいやがんだ。さっさと消えろや」


 スガは俺達を一瞥して言い捨てた。言われるがままに、ただでさえ居心地が悪いのに、空気までもがピリピリとし出した中華料理店を出た。


 そうして俺達は、いけ好かない独裁者からこのモールの居住権を得た。



「何あいつ、気に入らないわ。なんかいきなりキレてきもいし。まじでダサいし」


 スガ達の溜まり場を出てからずっと、マイがプンスカ怒っている。


「私も、好きになれないけど……でも、ここのモールは安全そうだね」

「あぁ、三人でどこかに立てこもるよりずっと安全なはずだ。物資もある」


 晴れて仲間入りを果たした俺達だが、気持ちの方はなんだか晴れない。

 俺達は不満と安堵を交互に口にしながら、山羊野にモール内を案内してもらった。設備は問題なく生きており、様々なテナントもスガ達以外の手は入っていない。生きて行く上で、ここは宝の山だった。


 一通り見て回った後、女性陣は着替えがどうとかで一旦別れた。残った山羊野と、通路に設置されているソファに座って話をする。


「なあ山羊野、あいつら、なんだか信用できない」

「正直言うと僕もそうさ。でもスガさん達はキレると歯止めが効かないから、目の前でそう言う話はNGだよ」


 山羊野は少しの間を置いて、どこか言いづらそうに続けた。


「実は僕がここに来た後、他の生徒達も何人かこのショッピングモールに来たんだ」


 それを聞いた俺は身を乗り出して話を遮る。


「乙姫さんは来たか!? 同じクラスの! あと、熊田と海老原も!」

「折原さん達なら、三人とも来たよ。昨日の夕方くらいに」


 山羊野は確かにそう言った。

 乙姫さん達はNAD達から逃げ延びて、ここへ来たんだ。


「良かった……。無事だったんだ」


 心の底から安堵して、ソファに深く身体を預けた。


「それで、今はどこに?」


 俺の問いかけに、山羊野は視線を落とした。


「他にも他校を含めて何グループかの生徒達が逃げて来て、一旦全員地下駐車場に集められたんだ。スガさんはさっきと同じように、持っているものを全部出せと言った。そしたら熊田君が反抗して、折原さんと海老原君を連れて出て行った」

「……何やってんだよ熊田」

「でも、それは幸いだった。問題はその後だ。熊田君に触発されたのか、他の生徒達も次々に不満を言い出したら、スガさんがキレた」


 俺は黙って、続きを聞いた。


「外からNADを一体、数人がかりで捕まえてきて、駐車場に放ったんだ」

「……は?」

「逃げ切れなかった何人かは噛まれてNADになって、その後スガさん達に倒された。だけど一体だけ『ガキ共への警告に使える』って言って残して、そのNADは縛り付けられてる。今もまだ、屋内駐車場の地下一階で」


 背筋がぞくっとした。まともな人間のすることじゃ無い。もし今、やっぱり仲間にならないとでも言ったら、もしかしたら次は俺達が同じ目に合うかもしれない。


「それでもここには、他にNADはもういない。それにあいつら、特にスガさんは、一人でNADに囲まれても難なく勝てるくらい強い。外と比べて安全であることは確かだよ」


 山羊野は安全だと言うが、俺は仲間に入って早々、どうにかここから抜け出すことを考え始めていた。


 しかし何にせよ、乙姫さん達の無事を知れた事は大きい。ここを出て行った後も安全な場所なんて少ないかも知れないが、それでも心にぴんと張り詰めた糸が、少しだけ緩んだ。


 俺はモールの高い天井を仰いで、今一番の不安の種であるスガの事を考えた。そういえば第一印象が最悪なほど、後々仲良くなれると言う話を聞いたことがある。


 例えばあのスガが、影では子猫に赤ちゃん言葉で「かわいいでちゅねぇええにゃんにゃん」とか何とか話しているようなギャップ萌え要素があれば、一気に仲が縮まりそうな気もするが……。まず無いだろうし、やっぱりあっても嫌だ。


 しばらくすると明日香達が戻ってきた。三人とも服装が変わっている。モール内で部屋着を見つけて着替えたようだ。


 明日香はショートパンツに薄手のパーカー。白く眩しい太ももを晒している。あまりの尊い輝きに目が眩みそうだ。ここが外じゃなくて良かった、視界を奪われて危険だ。


 マイはパステルカラーの、なんか柔らかそうなもふもふの毛の生地のパジャマを着ている。女子には人気のある服装なんだろうが、いかんせん露出が少ない。もうちょっと頑張れよと、そう思った。


 ゆりは……ジャージだ。ただのジャージ。あずき色のジャージ。でも可愛い顔で飾らないそのスタンスは好印象です。実に、実にいいですね。


 しかしそれより。三人とも髪が濡れている。まさか……。


「あー、気持ちよかった! あんた達も浴びてきなさいよ。汗臭いし」

「三階にヨガスタジオがあってね、シャワーが使えたの。薬局でシャンプーとかも揃うし快適だったよ」

「お湯もちゃんと出ますからね。山羊野君も見張りの後だから、浴びて来たら?」


 俺は疲れていたのかもしれない。それを聞いた途端に、明日香の、マイの、ゆりの、湯煙で大事なところがギリギリ見えないシャワーシーンが、脳内で何度も何度もリフレインし始めた。

 そして俺の裸の心が抱く至極真っ当で健全な想いが、意思とは別にありのまま口から飛び出した。


「シャワー!? 言ってくれたら覗きに行ったのに! 何なら一緒に浴びたのに!! 何で言わないの!? ばかなの!?」


「しね」

 尖った目でマイが言った。

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