13 NAD

 太陽が高く昇っている。

 真昼間だと言うのに、街は相変わらず不気味な静寂に包まれていた。


 俺達は今、市街地の方角にあるショッピングモールへ向かって、奴らを見つけるたびに迂回しながら進んでいる。


「なあマイ、体育館がめちゃめちゃになった時、どうしてたんだ?」

「あたし保健室で休んでてさ、火災報知器が鳴って、うるさいなって思ったのよ。先生が止めに行ったんだけど、いつまで経っても鳴り止まないからあたしが止めに行って。そしたら何かいきなりあいつらに追いかけられて」


 大音量の火災報知器を切ってくれたのは、まさかのマイだった。それが無ければ、俺達は早々に詰んでいたかも分からない。

 マイは後方への警戒を怠らずに答える。


「保健室に戻って立てこもって、息を潜めてそのまま一晩過ごしたわ。次の日覚悟を決めるまで時間がかかったけど、外に出てみようとしたの。……それが間違いだった」


 そうして俺達に出会って、虎二がマイを助けて、虎二は。

 マイの表情が翳って、空気が重くなってしまった。


「マイ、昨日鷹広が言った通り、あなたが悪いわけじゃない。虎二だって恨んでるわけない。忘れずに生きる。それでいいの。自分を責めてちゃ、できないことだよ」

「ああ。それに、マイが火災報知器を切ってくれなきゃ、俺達もとっくに奴らの仲間入りだったと思う。ありがとう」

「……悪いわね。あんた達のが辛いのに、気を遣わせて」


 明日香は強い。俺なんかよりずっと。だから俺も、マイを自然と励ます事ができた。

 俺は、そしてきっとマイも、明日香の言葉に背中を押されて前を向いている。


 ショッピングモールのすぐ近くまで来ると、俺達は古びた雑居ビルの非常階段の踊り場から、敷地内の様子を伺った。

 道沿いのメインゲートは、奴らを阻むように車が一列に並べてある。駐車場側の入り口は腰の丈くらいの鉄のゲートで閉ざされていて、ぐるりと敷地を囲むようにフェンスやドラム缶でバリケードが張られている。


 この様子だと、奴らが侵入していなければ、中で誰か生きている可能性は高い。


「どこか破られてないことを祈るだけね。行きましょう」


 マイは短いスカートを翻し、俺と明日香を促して非常階段を下りだした。周囲を警戒しながら足早に車道を横切り、並べてある車を乗り越えてモールの敷地内へ。


 すると、バリケードとは別に無造作に停められた車の影から、一人の男が出てきた。長めの前髪で目が隠れている。身長は俺より少し低いくらいか。線の細い男だ。


「君達、生きてる人……だよね? 噛まれてない?」


 俺達と同じ制服だった。それに何より、見覚えがある。一年の時は違うクラスだったし一切話をした事はないけど、あの日の朝、同じクラスにいた男子だ。

 しかしどうしよう、名前が思い出せない。


「えっと、確か……」

「誰よあんた」


 クラスメイトにまさかの直球。マイには気遣いという心は無いのだろうか。


「僕は山羊野やぎの。山羊野健太。話すのは初めてだし、無理も無いよね」


 気にしていないよ、と言う風に小さく笑った。


 山羊野は好意的で、すぐに俺達を案内すると言ってくれた。建物の入り口へ向かいながら、自分が今までどうしてきたのかを話してくれた。


「学校から無我夢中で逃げ出して、道端のトラックの上に登ってずっと隠れてたんだ。その後たまたま一人の女の子と合流して、二人でNAD《ナッド》から隠れてここに辿り着いた。それでバリケードを張っていた先客チームと、一緒に行動することになったんだ」

「なっど? NADってなんだ?」

「外でうろついてるあいつらの事さ。先客チームがそう呼んでた。納豆みたいに腐った目をした奴らって事で、納奴なっど


 それを聞いて、思うことはただ一つ。


「納豆に失礼だな」

「そうだね、ほんとに」

「わかるわ。ロクでも無い奴らね」


 明日香と憤りを共有していたら、まさかのマイまで乗ってきた。やばい女だと思っていたが、納豆への敬意が感じられる。案外悪い奴では無いのかもしれない。


「気持ちは分かる。だけどとにかく、NADには本当に注意して。もしも噛まれたら、数分から長くても半日であいつらの仲間入りだ。絶対に噛まれちゃダメだよ」

「あぁ……分かってる」


 痛いほどに、分かってる。


 話をしながら、モールの裏手にある従業員用の出入口から中へ入った。

 するとすぐに「山羊野君」と声をかけてきたのは、丸い眼鏡をかけた小柄な女子。華奢で可愛らしいシルエットに、ショートカットの黒髪。小さな顔に大きな瞳。整った造形と眼鏡のギャップがいかにも文学少女と言う印象だ。


 着ている制服は俺達のブレザーでは無くセーラー服で、別の学校の子だった。


「山羊野君、その人達は?」

「大丈夫、仲間だよ。噛まれてない」

「よかった。歳の近い仲間が増えて嬉しい。私は兎野原うのはらゆり。よろしくお願いします」

「俺は黒沢鷹広。それと……」

女鹿めが明日香。よろしくね、ゆりちゃん」

戌井いぬいマイよ。よろしく」


 二人は嬉しそうにゆりに挨拶をした。女の子が増えるのが心強いのだろう。


「それじゃ、ちょっと挨拶しに行こう」

「挨拶って、その先客チームとやらに?」

「そうだよ。先にいたチームがここを仕切っている。ガラが悪いけど、少人数でいるよりは安全なはずだよ。……そうでなきゃ、僕はとっくにここを出ている」


 山羊野はうつむいて、地面を睨んで言った。

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