10 生きてるって、感じがした。
十五分ほど歩き、俺達は一軒のスーパーにたどり着いた。
ローカルチェーンの“サトシ”というスーパーだ。
品揃えもよく、生鮮食品の鮮度も抜群。そしてななななんと五の付く日はポイント五倍。
茨城のみで店舗展開しているため、外の人間は知る術のない門外不出の秘められた一流スーパーである。
探索するなら、ここしかない。ここなら多分、いや、間違いなく絶対に、“アレ”はある――。
「おい、鷹広。
虎二はそう言って腕まくりをした。
さすが相棒、以心伝心。俺達は通じ合っている。相手が何を求めているのか、それが手に取るように分かるんだ。
「ええ、そうね。“アレ”を前にして、スルーなんて、出来っこない」
そう言って明日香さんを見ると、腰に手を当てて挑戦的な眼差しで前を見据えている。
彼女の視線が捉えているのは、未来。欲しい宝をモノにする、栄光への道のり。
「ヘヘッ、危険だと分かっていようと、俺達は行く。そうだよな」
探すものは、ただ一つ。そのために、俺達は行く。
俺達三人は手を合わせて、不屈の誓いを交わした。
「「「…………」」」
俺達を見て、乙姫さん達が訳の分からなそうな顔をしているが知った事では無い。
今世界で一番欲しいものを、手に入れる。そんな熱い衝動の赴くままに、俺達は足を進めた。
自動ドアの前に経つと、意外にもまだ機能していて、静かに開いた。
「そうら。糸だけじゃなくて手ぐすねまで引いてやがるぜ。“アレ”がよぉ」
「跡形も無く奪い去ってやる。勝つのは、俺達だ」
「ふふっ、待ちきれない。早く行きましょう」
「いや、あの……何? それ」
苦い顔をしている乙姫さんにニヒルな笑みを投げかけて、店内へ。
魚とかの生鮮食品が腐ったりして悪臭が漂っているかもと心配したが、電気が生きているからそんなことは全く無かった。だけど当然のことながら、いつも通りの店内かと言われたら、客も店員も誰もいないし異様としか言えないが。
前後左右に警戒をしながら、無人の店内を探索する。このスーパーはホームセンターとしての役割も兼ねていて、雑貨が並んでいるコーナーがあった。物資を持ち帰るのに良さそうなショルダーバッグを見つけたので、男達でそれぞれそれを肩にかけた。
そして食料品コーナーへ。狙うのは、野菜売り場と肉売り場のちょうど境目付近。お宝の場所は近い――。
「あったよ!」
明日香さんが声を上げた。俺と虎二の首が奴らのようにぐりんと向く。
しーっ、と人差し指を立てる乙姫さん達を尻目に駆け寄ったそこには……。
――神々しいおかめのパッケージ。茨城の産んだ聖薬、納豆。
「子羊達……夕餉は……納豆よ……!」
納豆を掲げる明日香さんに、俺と虎二は目を輝かせてひざまづく。そう、納豆には絶対服従の支配力があるのだ。
乙姫さん達は俺達を見て若干引いていた。きっと納豆が嫌いなんだろう、勿体無い。
――突如、自動ドアの開く音がした。
今の今までの和やかな空気は一変して緊迫する。
息を潜めて身構えていると、入り口の方から大柄の奴と髪の長い女の奴が、小さく唸りながら姿を見せた。
俺達の姿を捉えるや否や、そいつらは一際大きく唸り出して、全速力で突進して来た。
「鷹広、片方任せるぞ!」
「!」
虎二が背中を預けてくれた。それがなんだか嬉くて、俺の中から恐怖という感情は霧散して消える。
奴らへ向かって駆け出した虎二の後を追って、走る。
虎二は左足を軸に鋭く回転した。全ての遠心力を右脚に乗せ、大柄の奴の側頭部目掛けて後ろ回し蹴りを放つ。ハンマーを打ち付けたような音が、店内に響いた。
喰らった奴は巨体にも関わらず高速で側転をするかのように宙を舞い、陳列棚に突っ込んで動かなくなった。
俺の眼前にも長い髪の奴が迫って来ている。虎二のようなパワーは無いけれど、俺なりの戦い方があるはず。
……まずは冷静に動きを見るんだ。奴らは真っ直ぐに向かって来るだけ。
「ア゛ァァァァァ!」
「フッ!」
両手を伸ばし突っ込んできた奴の体をデッキブラシで突き、突進の勢いを殺す。そしてすぐさま足を薙ぐように払い、転ばせた。
「アッ゛アアア!」
奴はそれでも這いつくばって腕を伸ばし、俺を噛もうとガチガチと空を咀嚼する。
「うおぉぉ!」
頭部へデッキブラシの柄で全力の突きを見舞うと、奴は糸が切れたようにごとんと床に伏せた。
「やった……」
「やるじゃねえか!」
「二人とも凄い! 良かったぁ」
乙姫さんと明日香さんが涙目で、安堵の声を漏らした。
だが安心するにはまだ早い。盛大に音を鳴らしたからだ。
「次が来るかもしれないから、目ぼしい物を急いで詰め込んで、入り口が塞がれないうちに行こう」
悠長に品物を吟味している暇は無くなった。急いでみんなで食料を漁る。戦利品の納豆は忘れずに、と思ったら、既に明日香さんが俺と虎二のバッグに手早く詰め込んでくれていた。
「おい、外は大丈夫だ! 早く来い!」
熊田の呼びかけを合図に全員でスーパーを飛び出して、車道を挟んだ向かいの草むらに滑り込むように身を隠した。
しばらく息を潜めていたら、フラフラと二、三体の奴が姿を見せた。それに続くように奴らはまばらに集まり続けて、最終的には十体ほどの集団を形成した。
俺達が鳴らした物音の出所を探っているのだろうか、スーパーの中へ次々と入っていく。
「危なかった。モタモタしてたらアウトだった」
全員、息を潜めてその様子を見つめていた。
やがて奴らが全員スーパーの中に消えてから草むらから這い出して、すぐに帰路を走り出した。
その時俺は、いや、きっと全員が、目の前に差し迫ったスリルに笑っていた。
だって、楽しかったから。
生きてるって、感じがした。
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