計画

「…て。…きて。起きてって。」

んーなんだ。まだ眠いんだが。そう思いながらゆっくり体を起こすとそこには橘の姿があった。

「あ、やっと起きた。いつまで寝てんのよ。」

そういいながら笑う橘の姿を見て僕はやっと目が覚めた。

「あぁ悪い。気づいたら寝てたみたいだ。」

「今十三時よ。どんだけ寝るのよ。」

「あぁ、僕この体になってから一度寝ると十二時間寝るんだ。」

「なにそのいらない機能。そういえば、今まで家にいたって言ってたけどあんたを見たことなかったわよね?なんで突然見えるようになったのかしら。」

「あぁ、それは僕も考えてたんだ。実は僕は夜の十二時から四時の間物体が触れるようになるんだ。多分その時間に橘の部屋に入ることが見えるようになる条件だったんじゃないかと思う。」

「なるほどね。一度見えたらずっと見えるようになるようでよかったわ。起きたらあんたが見えないようになってたらどうしようと思ってたのよね。」

「確かにそれは困るな。」

「じゃあそろそろ本題に入りましょうか。」

「そうだな。」

橘はそう言って一つのノートを取り出した。そこにはやりたいことリストと書かれていた。

「私がやりたいことはこのノートにまとめてあるわ。これをもとに残りの三か月過ごそうと思っているのだけど、それをするにはまずこの家から出なきゃいけないのよね。」

「家を出るのはいいが、お金はあるのか?」

金銭問題は大事だ。僕は幽霊だからお金がかかることはないが、人ひとりが三か月家を出る

となると結構なお金が必要なはずだ。

「それは心配しなくて大丈夫。小さいころからお年玉もお小遣いも全部ためてきたの。娯楽にはあまりお金を使ってこなかったし、趣味もなかったから。」

「あのメイク道具や香水は買ったものじゃないのか?」

「あぁ、あれね。あれはお母さんが買ってきたのよ。あんなに学歴しか頭にないのに女の子だからって全部そろえてくれたのよね。」

「なるほどな。でもあんな親だが娘がいなくなったら捜索届出すんじゃないのか。」

「そこも安心して。」

そう言って橘は一つの紙を取り出した。

「不登校のための勉強スクール?」

「そう。お母さんが持ってきたの。寮つきの三か月限定の勉強スクール。これに応募したということになってる。」

「応募したことになってるってどういうことだ?」

「一回お母さんがいるところで応募したの。そしてそのあとこっそり応募取り消ししたわ。親には話してあるって言ってね。親にも追い連絡はしなくていいと伝えてあるし、了承もしてもらった。だからまず連絡は来ない。でもお母さんたちは行くと思っている。つまり三か月姿を消しても怪しまれない。」

「なるほどな。ちゃんと計画性があるようで安心したよ。」

「当たり前でしょ。最後まで邪魔されるなんて嫌だもの。」

「そりゃそうだな。で、出るのはいつなんだ?」

「明後日よ。八月四日の月曜日。」

「明後日か、それまでは何をするんだ?」

「この街を回るわよ。さあ今日も行くんだから付き合ってもらうわよ。と、その前に準備するから部屋の外で待っててくれる?」

「わかった。」

そう言って僕は部屋の外に出た。この街でやることって何だろう。この辺にあるのは僕たち

の学校とショッピングモール、カラオケ、あとは会社の入ったオフィスぐらいだ。まぁ無難

にショッピングモールかカラオケだろうな。僕はショッピングモールには家族といったこ

とはあるが、カラオケは行く友達がいなかったので行ったことがない。橘はどうなんだろう

と考えていると部屋のドアが開いた。するとそこには学校の制服を着た橘がいた。

「おまたせ。さぁ行きましょ。」

「あぁ、それはいいが、なんで制服なんだ?」

「教材を取りに学校に行くからよ。」

あぁ、なるほど。一応橘は勉強スクールに行くていでいなくなるんだったな。今日は土曜日

だから大丈夫だとは思うが、沢田たちがいないといいな。

「あら、制服なんか着てどこに行くのかしら。こんな土曜日に。」

「勉強スクールに持ってく教材を学校に取りに行くの。」

「あら、そうだったのね。不登校だなんて底辺の肩書をもったあなたでもまだやる気はあるようでほんとよかったわ。でもわかっているわよね。勉強スクールが終わってみんなとの遅れを取り戻したらちゃんと学校に行くのよ。学校にさえ行けず、ましてやトップをとれない子なんて家にはいりませんから。」

こいつはいちいちこんなことを言わなければ気が済まないのか。というか不登校が底辺だ

なんて理由があっていけてないやつに謝れ。ほんとに僕はこいつが嫌いだ。

「わかってる。迷惑かけてごめんね。あと、帰り図書館よって勉強してくるからご飯いらない。」

「迷惑をかけている自覚はあるのね。ご飯はわかったわ。でも十時までには帰ってきなさい。」

「わかった。じゃあ行ってきます。」

橘がドアを開ける。何気に外出れるか確かめてなかったな。今更出れないなんてことはない

よな。と不安になりつつ僕も橘と一緒に外に足を踏み出してみる。よし、外には出れるな。

「あ、外出れたね。よかった。じゃあ、行きましょうか。」

「あぁ。」

僕は周囲を見渡してみる。あれ、ここって僕の家の隣町じゃないか。家近かったんだな。だ

ったら学校まで十分ってところか。

「そういえばあんたの家ってどのへんなの。」

「隣町だ。」

「え、そうだったの。あの路を通るってことは近いとは思ってたけど。」

「まぁ、電車通学の奴らとは反対の道だしな。あの路を通るやつは今のとこあまり見たことはないな。でも橘とも今まで通学中にあったことなかったよな。」

「私は早く登校して勉強してたから時間が合わなかったのね。」

「偉いな。早く登校することなんてなかったな。何なら時間ギリギリに出てたし。」

「まぁ、学年トップを取らないとご飯抜きだったから。」

「そこまでするのか。」

「えぇ、でもあと二日でそれも終わりよ。」

「やっとだな。今までほんとによく頑張ったな。」

そういうとまた橘は泣きそうな顔をして

「なんであんたにそんなこと言われなくちゃならないのよ。…でもありがとう。」

と笑った。しばらく無言が続く。そうこうしているうちに学校の前まで来た。土曜日といえ

ど部活動をしている人たちがいるので学校の生徒玄関は開いている。体育館のほうから声

が聞こえる。バスケ部とバレー部だろう。僕たちはそのまま生徒玄関から学校に入る。

「久々ね。ここに来るのも。」

そう言って橘はあたりを見渡す。

「何も変わってないわね。」

「そりゃ半年では何も変わらないだろうな。」

僕たちは喋りながら職員室に向かう。

「失礼します。二年の橘夕夏です。学校においていた教材を取りに来ました。」

そう言って橘は職員室に入る。僕もそのあとに続いて入った。土曜日なのに教員が五、六人

いた。休日出勤とは大変だなと思っていると一人の先生が近づいてきた。

「おぉ、来たか。それにしても久しぶりだな橘。元気だったか。」

話しかけてきたのは僕達が一年の時のクラスの担任である穂村先生だった。この先生は橘

がどんな目にあっていたのか知っているのだろうか。穂村先生はいわゆる熱血教師のよう

な人で生徒からは好かれていたように思う。僕は苦手だったが。

「まぁそれなりに。」

「そうかよかった。教材は国語準備室においてある。一緒に行くか。」

「いや、場所さえわかれば自分で取りに行けます。鍵貸してください。」

「そういうな。話したいこともある。一緒に行こう。」

橘は先生から見えないように少し嫌な顔をしてすぐに笑顔ではいと答えた。橘もこの先生

は苦手なのだろうか。そして僕たちは職員室を出る。職員室は二階、国語準備室は三階だ。

「橘がまた学校に来てくれて嬉しいよ。勉強スクールに行った後はもう一度学校に来るんだよな?」

「はい、そのつもりです。」

橘は笑顔で答える。でもいつもの橘の笑顔とは少し違う。張り付いたような笑みだ。

「沢田達も待ってるぞ。一年の時は双方誤解があったみたいだが、沢田達は橘と仲良くしたいと言っていたぞ。」

何を言っているんだこいつ。誤解だと?まさかこいつ橘から話を聞いたうえでこんなこと

言っているのか。だとしたらいかれてる。落書きもされて暴力も振るわれて猫も殺してるん

だぞ。何を聞いて誤解なんて言葉が出てくるんだ。ましてやその沢田達が仲よくしたいだ

と?なんの冗談だ。こいつも橘の敵なのか。

「…そうですか、私も沢田さんたちとは話をしたいと思っていたんです。」

「おい、そんなことを言って大丈夫なのか。」

つい声をかけてしまった。でも、穂村先生をいるからその言葉は無視された。

「おぉ、そうか!なら教材を取りに行った後二年二組に行くといい。沢田達が補習を受けている。とはいっても自習みたいな感じだから先生もいない。話しやすいだろう。」

「わかりました。行ってみます。」

おい、ほんとに大丈夫なのか。無理にあいつらと会う必要はないだろうに。喋っているうち

に国語準備室についた。穂村先生が鍵を開ける。

「入ってこい。」

僕達は準備室に入る。奥に入っていった穂村先生が紙袋を持って出てきた。

「これだ。残ってたやつ全部入れてある。ちょっと重いが大丈夫か。」

「はい。ありがとうございます。」

そう言って橘は紙袋を受け取った。確かに少し重そうだ。

「じゃあ俺はこのまま部活に行ってくるから橘は沢田達のところに行ってみるといい。じゃあまたな。」

そう言って穂村先生は準備室に鍵をかけ、体育館のほうに向かって歩いて行った。先生の姿

が見えなくなってから僕は橘に声をかけた。

「おい、ほんとに沢田達のところに行くのか?」

「行くわけないでしょ。あんなの社交辞令よ。会いたくもないんだから。あったら手が出そうだわ。」

僕はほっとした。いやな奴にわざわざ会いに行く必要はないし、それで橘が傷つくのは嫌だ。

「で、次はどこに行くんだ?図書館なんて行く気ないだろ。」

「わかってるじゃない。カラオケ行くわよ。行ってみたかったのよね。」

「橘も行ったことないのか。」

「えぇ、そういう娯楽は禁止されてたから。でも歌うのは好きだから行きたかったのよ。」

「へぇ、そりゃ楽しみだ。」

僕達は話しながら階段を下りて生徒玄関に向かう。そして玄関についた時だった。

「あれ、橘じゃん。何してんの。」

最悪だ。なんでここにいる。沢田達だった。今は物体に触れないからあの時みたいにビビら

せることもできない。橘のほうを見ると震えていた。どうする。どうやって橘を守る。

そう考えていると沢田達は近づいてきた。

「おい、何してるかって聞いてんだよ。口ねぇのかよ。」

「こいつ震えてんだけど。うける。」

うけねぇよ。さっさとどっか行けよ。まて、物体には触れないが、橘には触れるんじゃない

のか。橘は靴箱がないので今靴下だ。上履きは手に持っている。よし。

「おい、何黙ってんだよ。」

「お前がいない学校生活楽しかったのにまた来るんだって?また男はべらすのかよ。このくそビッチ!」

もういい、そんな言葉を橘に向けるな。聞きたくない。

「行くぞ。」

次の瞬間僕は橘の手を取って走り出した。

「え、」

橘が驚いた顔をする。沢田達の間をぬって僕たちは走る。

「おい!逃げんなよ!」

後ろで何か聞こえるが無視をして全速力で走る。橘も最初は驚いていたが今は一緒に走る。

そして学校が見えなくなったころ僕たちは止まった。

「はぁ、はぁ、はぁ」

疲れた。走ったのなんて久々だ。僕が息を整えていると

「あはははははは!あんたってほんと凄いわね。」

そう言って橘が笑い出した。

「あはははは!笑い止まんないわ。」

やっぱ橘はこっちの笑い顔のほうがいい。そう思って僕が微笑むと、橘は一瞬目を見開いて

「ありがとう。」

といった。

「さて、カラオケ行きましょうか。」

「いいが、この辺のカラオケだとまたあいつらに会うんじゃないか?」

「えぇ、だから丘を越えた向こうにあるカラオケ行くわよ。」

僕達の住んでいる街には一つの丘がある。学校に行く道とは逆方向にあり、大体のことは駅

前でできるのでうちの生徒は丘の向こうにはめったに行かない。という僕もあまり言

ったことはない。

「なるほどな。じゃあ行くか。」

「えぇ、その前に、やっぱ家によるわ。紙袋が思った以上に重い。」

「あぁ、分かった。」

僕達は橘の家に向かう。橘の震えはもう収まっていた。よかった。そして僕たちは橘の家に

紙袋を置いて丘に向かった。母親は出かけていたようで家にはいなかった。

「城川の家って兄弟いる?」

「いや、うちは僕一人だ。橘は兄がいるんだっけ。」

「えぇ、今大学生で一人暮らししてるから家にはいないんだけど。」

「どこの大学なんだ?」

「東京大学よ。」

「なるほど、だから親が余計に厳しいのか。」

「そうね、兄も学歴主義者だから話が通じないのよ。」

「そんなんばっかだな橘の家は。」

「城川の家は?両親どんななの?」

「うちは二人とも優しいな。あれしなさいとか言われたことないし、何でも好きにやらせてくれる。でも、危ないことしたりしたら叱ってくれる。」

「いい親ね。だから城川自身もいい人なのね。」

「なんだ急に」

「いや、何でもないわ。」

そうこうしているうちに丘のてっぺんまで来た。今日は天気がいいから景色がいい。風もあ

って気持ちがいい。すると橘は携帯を取り出して写真を撮った。

「最後にやりたいことの中にいい景色を見るってのも入ってたのよね。これからやることは全部記録に残しておこうと思って。」

「いいんじゃないか、僕が携帯を触れる時間帯だったら橘も一緒に撮ってやるよ。」

「ありがとう、頼むわ。」

「あぁ。任せとけ。」

「じゃあ行きましょうか。丘を下りたらもうすぐよ。」

僕達は丘を下り、街に入る。そして街に入ってすぐのカラオケに入った。受け付けは入り口

付近に設置してあるタブレットでするみたいだ。橘がタブレットを操作する。人数確認の画

面で橘は二人と入力した。

「おい橘、僕は幽霊だから人数に換算する必要はないぞ。」

「いいのよ、私からしたら二人で来てるんだもの。」

「お金倍にかかるぞ。」

「大丈夫よ、もともと二人の料金分持ってきてるし。」

「橘がいいならいいが。」

そして僕たちはカラオケルームに入る。橘も僕もカラオケに来たことがないからどうすれ

ばいいのかわからない。橘がとりあえずあるものを触ってみる。

「これはフードとかを頼むタブレットなのね。あ、こっちから予約できるみたい。マイクはどこかしら。なんだすぐそこにあるじゃない。さて何歌おうかしら。城川は何歌う?」

「僕も歌うのか。」

「当たり前でしょ、何のために二人で来てるのよ。」

「じゃあ、アゲハ蝶入れてくれ。先橘が歌えよ。その次歌うわ。」

「わかったわ。」

そう言って橘はタブレットを操作する。歌うのはサウダージらしい。僕に合わせてくれたの

だろうか。そして僕たちは四時間ほど歌った。歌うのが好きというだけあって橘の歌はうま

かった。採点というものに途中で気づき、入れてみたが僕は八十六点ぐらいだった。橘は九

十点を連発していた。歌い切った橘はとてもいい顔をしていた。カラオケを出たのは七時く

らいだったので、僕達は近くにあるファミレスに入ることにした。

「いやー歌い切ったわね。楽しかったわ。あんな楽しいものを今までしてこなかったのが悔やまれるわ。」

「僕も楽しかった。橘は歌が上手なんだな。」

「部屋でずっと歌ってたからね。親が寝た後じゃないと怒られるからそんなに時間は取れなかったけど。」

「そうか。でも今日めいっぱい歌えてよかったな。」

「そうね。それに一人じゃなかったから余計楽しかったわ。」

「それならよかった。」

「さて、何食べようかしら。こんなとこにも来たことがなかったから憧れてたのよね。」

「外食はあまりしないのか?」

「外食をしたことはあるんだけど、高いお店ばっかりでこういう友達と帰りに寄れるお店はきたことがないのよね。だから友達とくるのが夢だったの。だからありがとう。」

「いや、お礼を言われることはしてない。僕も友達がいなかったから今日みたいにカラオケに行ってご飯を食べるのには憧れていた。だから僕も楽しい。」

「そう、ならよかったわ。興味もないところに連れまわすのは嫌だったから。」

「そこは心配しなくていい。橘についていくと決めたのは僕だし、こうやって遊ぶのは楽しい。」

「ふふ、ほんとに城川はいい人ね。本当にありがとう。」

「僕は別に優しくないよ。橘だからつい行きたいと思ったんだ。」

「それって、、、。いやなんでもないわ。食べるものを決めましょ。」

「僕は食べられないから、橘が食べたいものを頼めばいいよ。」

「あ、そっか。今日は十時までに帰らなきゃだから仕方ないわね。家に帰ったらなんか食べるものあげるわ。」

「あぁ、ありがとう。」

「じゃあどうしようかしら。」

そう言ってしばらくメニュー表とにらめっこをして店員さんを呼んだ。

「注文をお伺いします。」

「このドリアと季節限定のパフェをお願いします。」

「パフェは食後にお持ちしますか?」

「はい、それでお願いします。」

「かしこまりました、お待ちください。あちらにセルフのお水がありますのでご自由にお取り下さい。」

「わかりました。」

「ドリアにしたのか。ここのドリア美味しいっていうもんな。」

「そうなのよ、一年の時にクラスの子たちがその話をしていて食べたかったのよ。でもメニュー表を見たら他にも美味しそうなものがいっぱいあって迷っちゃった。」

「また来た時に食べればいいんじゃないか。」

「そうね、この店どこにでもあるし二十四時間やってるからつぎは城川が食べられる時間に来ましょ。」

当然のように僕のことを考えてくれていることに僕は嬉しくなった。

「そういえば、明後日からどこに行くんだ?」

「あぁ、話してなかったわね。まずは、京都ね。着物も来てみたいし、お茶屋さんにも行きたいし、やりたいことがいっぱいあるの。」

「京都か、いいな。僕も行ってみたかったんだ。うちは結構旅行とか行くんだが、京都は行ったことがなかったんだ。」

「ほんと!ならよかったわ。明後日は朝八時には家を出るから前の日は七時までには寝てね。」

「あぁ、気を付けるよ。」

そして僕たちは京都で何がしたいかを話し合った。

「お待たせしました、ドリアです。」

店員さんが不思議な顔をしながら料理を持ってきた。普通の人には僕の姿が見えないから橘が一人で喋っているように見えるのだろう。人前で喋るのは避けたほうがいいかもしれないな。

「ありがとうございます。」

店員さんがこちらを見ながら去っていく。橘はそれに気づかないくらい料理を夢中に見ていた。

「うわあ、とっても美味しそう!いただきます。」

そう言って橘は口にドリアを運ぶ。とても美味しそうに食べるものだからないはずの食欲がわいてくる。

「ねぇ、これとっても美味しいわ。」

「顔見てりゃわかる。幽霊だから食欲なんてないはずなんだが橘の顔見てたらお腹がすてくるよ。」

「じゃあ今日帰ったらドリア作ってあげるわ。お店みたいに美味しいかはわからないけど。」

「料理できるのか?」

「したことないからわかんない。」

「まぁ、楽しみにしてるよ。」

橘はドリアを堪能し、パフェを食べる。これまたとても美味しそうに食べていた。ファミレ

スを出るころには八時半を過ぎていた。

「帰るには早いが今からどうする?」

「そうねぇ、じゃあ丘の上で話でもして時間潰しましょうか。」

そして僕たちは丘の上にあるベンチに座って近所の犬がかわいいだとか他愛のない話をた

くさんした。帰る頃のには街の明かりが消え始め、数少ない見える星が輝いていた九時四十

五分には家に着いた。

「おかえり、勉強はどう?」

「わからないところもあったけど、それは勉強スクールで聞けるようにまとめたし、順調だよ。」

「そう、ならよかったわ。あなたにはもう勉強しかないんだから死ぬ気でやりなさい。十一時まで勉強してから寝なさい。」

相変わらず一言多い。その一言がなかったら普通の会話なんだがな。

「わかった。」

橘がお風呂を上がる頃には十二時を回っていた。母親は寝室に入り、寝ていた。父親は今日は帰ってこない日らし

い。橘の父親は一週間に二日程しか帰ってこない。なぜなのかは知らないが。

「お母さんは寝た?」

「あぁ、二十分くらい前に寝たぞ。」

「じゃあドリア作るからそこの椅子にでも座ってて。」

「わかった。」

橘がキッチンに立って料理し始める。包丁の扱いに苦労していたが、なんとか出来上がった

みたいだ。

「できたわよ。」

そう言って目の前にドリアが置かれる。見た目はすごく美味しそうだ。

「いただきます。」

ドリアをスプーンですくい口に運ぶ。うん、なんだろうまずくはないが、美味しくもない。

「どう?」

どうしよう。正直に言うべきか、言わないべきか。そう僕が迷っていると

「正直に言って大丈夫よ。」

「わかった、まずくはないが美味しくもない。初めてならこんなもんじゃないか。」

「そう、わかったわ。一口もらってもいいかしら。」

「あぁ、どうぞ。」

橘が一口ドリアを食べる。

「なるほどね。確かにこれは美味しくもまずくもないわね。」

「頑張って作ったっていう経験になるからいいんじゃないか。」

「たしかにそうね、ポジティブに考えることにするわ。ありがとう。」

そして僕はドリアを食べきり、片付けをした。橘が自分がすると言い出したが、作ってもら

ったのだから後片付けは僕がするべきだと言って先に部屋に行って休んでもらった。後か

ら橘の部屋に行くと橘はもう寝ていた。僕もカーペットに横になった。今日はいろいろあっ

たな。学校の先生さえも理解してくれていないとは思わなかった。本当に橘は一人で戦って

きたんだなと痛感した出来事だった。でも、丘の上からいい景色を見てカラオケでめいっぱ

い歌ってファミレスでご飯を食べて、普通の生活を送れた。この先何があるのか予想はでき

ないが、せめて橘が三か月後心残りなく終われたらいいなと思う。

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