決断

そういうことだったのか。橘の話を聞いて僕が最初に持った感情は同情だった。僕がしてい

た生活とは真逆の生活だ。平凡ではあったがいじめられたことはないし、家に帰れば優しい

両親が迎えてくれていた。だが、橘には学校にも家にも味方はいなかったのだ。自棄になっ

てもしょうがない。まぁ殺人はやりすぎではあるが。僕としては真相が知れたので良かった

が、ひとつ気になったのはこの先の橘についてだ。謝罪をされたということはすくなくとも

橘のなかに罪悪感がるということだ。しかも犯したのが殺人。誰も味方がいない世界に一人

大きな罪悪感を抱えたまま生きられるかと聞かれたら大抵の人はまともには生きられない。

「真相もそうなった背景もわかった。僕としてはそれが聞けただけで十分だ。ただ、一つだけ聞かせてくれ。橘はこの先どうするんだ。」

そう聞くと橘は軽く笑った。

「それは答えられないわ。それよりも、あなたは成仏できそうなの?」

「そうだな。今体に何も変化はないが、近々するんじゃないか。」

「そんなあいまいな感じなのね。あ、そうだ。とりあえず私の家から出られるか試してみる?」

「あぁ、それは試してみたいな。行動圏が増えれば成仏するまで退屈しなさそうだ。」

そして僕と橘は玄関に移動した。

「じゃあ出てみるか。」

「えぇ、今鍵を開けるわ。」

カチャと音がして鍵が開く。すると、

「こんな遅い時間にどこ行くの。」

背後から声がした。後ろを振り返ると橘の母がいた。起きてきたのか。タイミングが悪いな。

「学校にさえ行けないのにこんな夜に出ていこうとするなんてあなたはどれだけ迷惑をかければ気が済むの。そんな暇があるなら部屋で勉強しなさい。あなたはなんてダメな子なの。こんな子生まなきゃよかったわ。なんでお兄ちゃんみたいにできないの。」

これが本当に親なのか。僕は唖然とした。生まなきゃよかったなんて実の子に言うことじゃ

ないだろ。橘は顔を伏せながら黙って聞いていた。こんな時こそ朝みたいに怒鳴って怒るべ

きだろ。

「もうお母さんは眠たいのよ。あなたなんかに割く時間はないの。早く部屋に戻りなさい。」

嫌味を言わないと気が済まないのか。僕はもう我慢の限界だった。玄関の靴箱の上にあった

花瓶を母親の近くに向かって投げた。

ガシャンと大きな音を立てて花瓶は割れた。橘はびっくりした表情を浮かべた。

「きゃああああ!」

そう言って母親は逃げて行った。ざまぁみろ。そう思って笑みを浮かべると

「あははははは!あんたなにしてんのよ」

と橘は笑った。橘の心から笑った顔をはじめてみた。こいつこんな顔して笑うんだな。笑っ

てる顔のほうがいいじゃないか。

「いや、あれはむかつくだろ。」

「だからと言って花瓶投げるやつがどこにいるのよ。あー笑った。」

「お前あれと闘ってたのか。すごいな。」

そういうと橘は一瞬泣きそうな表情を浮かべ

「そうでしょ。あれは話が通じない宇宙人よ。初めて見たでしょ。」

と笑ってみせた。あぁこいつは強いんだな。だが、だれにでも限界はある。こいつはいろん

なものと闘って限界がきて鬱になったんだな。誰かこいつを救ってやれる奴はいないのか。

こいつは救われるべきだ。いや、人任せにすることじゃない。いつ現れるのかわからない奴

を待っていてはこいつが壊れる。僕ができることは何かないか。決めた。まだ成仏はしない。

こいつのことを守ろう。幽霊だからできることは少ないかもしれないが、幽霊だからできる

こともある。どうせ死んでるんだ。いつ成仏してもいいだろう。僕のこの決断がいいことな

のかはわからない。でも後悔はしたくない。そう一人心の中で誓った。

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