天才と変人は紙一重

「……か、かっけぇぇぇぇぇ‼ なんだ今の⁉ 正義のヒーローの台詞みたいじゃんか‼ 超かっけぇぇぇぇぇ‼ な、なぁ、今の俺にも教えてくれよ‼」


 茂垣蒼蓮を名乗った男の口上に一人興奮する大地。あぁ、そうだった。こいつはこういうのが好きだったのだ。また目の前の男もそれに対して――。


『わっはっは! そうであろうそうであろう! うむうむ、分れば良いのだ! ではな、まずはこう、腕を高く上げてだな――』


 気分を良くしたように大地にあれこれとレクチャーを始めてしまった。大丈夫か、この人。


 いやそもそもこの人、本当に僧侶なのか? 僧の恰好をした歌舞伎役者か何かではなくて? 今の名乗り口上で、最初に感じていた胡散臭さが数倍に跳ね上がったような気がする。風格のあった碧蓮さんと比べるとどうにも俗っぽいし、ヒステリーっぽく見えるのは僧侶としてどうなのだろう。あとどうでも良いことだけど、その拍子木を鳴らすような音はどうやって出したんだ? なんて、数多の中でそんなことを考えていると。


「……胡散臭さ……」


 と、つい本音を漏らしてしまった。


『なぬ⁉ おのれ‼ まだ拙僧のことを胡散臭いと申すか⁉」


 どうやら聞かれてしまったらしい。かなり小さな声で言った筈なのに、このおっさん、なんて――。


『「なんて地獄耳なんだろう」、か? しかも童、お主今、拙僧のことを今代こんだいの茂垣の僧よりも風格が足りんだの、短気だのと考えおったな?』


 背筋が寒くなった。まるで心の中を見抜かれたかのようなその物言い。今のはまさか、読心術なのか? だとしたらやっぱりこの人、只者じゃないんじゃ……。


『ふん、こんなもの、術でもなんでもないわ。童の考えることなど、この天才僧侶たる茂垣蒼蓮には全てお見通しよ。して、拙僧は大人であるからな。おっさん呼ばわりしたことも、今代の茂垣の僧に劣るかのように思ったことも、俗物扱いしたことも、まーったく気にも留めておらぬわ。涅槃寂静ねはんじゃくじょう。所詮は童の言うたことであるからしてな……フン』


 なんて、あからさまにへそを曲げたような態度で言う。深きものを術で吹っ飛ばしたり、人の心を読んだかのようなことをやって見せたかと思えば、軽口を叩いただけでねるし。この人、凄い人なのかそうじゃないのか、本当はどっちなのだろう。それに――。


「あ、あの、それで、あなたは本当に、茂垣蒼蓮さんなんですか?」

『そう言っておろうが。疑り深い童だのう。まぁそれが故、お主らをこの場に呼んだのだがな』

「俺たちを呼んだって……蒼蓮さんが?」

『うむ。星辰の振り子を通して、拙僧がお主らをこの場へ来るよう導いたのだ』

「でも、どうして俺たちを? 碧蓮さんに聞きましたけれど、今まで何人もの術者がここへやって来たんですよね?」

『理由は三つある。まず一つは、苦痛龍の復活が近いが為、どうしても自由に動ける者が必要だったからだ』

「それが俺たちだったってことか?」

「でも、自由に動けるっていうなら、ぶっちゃけ俺たちじゃなくても良かったんじゃ……」

『それがそうでもない。生贄の印の施された村人では僕の深きものたちにすぐに見つかってしまい、苦痛龍を倒すことは疎か、この場にも辿り着くこともままならぬ。碧蓮は苦痛龍の復活を遅らせる為に寺より出ることができん。それを知って碧蓮も外より術者を招き寄せたようだが、それも恐らく間に合わぬだろう。つまり、生贄の印を刻まれておらぬ、お主らが必要だったのだ』

「……それって、ただの消去法なんじゃないですか?」

「ん? まぁ、そうとも言うな! わっはっは!」


 カンラカンラと笑う蒼蓮さん。消去法なんかで俺たちを選んだって、そんなの無責任じゃないか。確かに俺たちはこの場所へは自分たちの意志で来たけれど、それにしたって、ただの子供を苦痛龍の復活を阻止する役に選ぶなんて……。


『いやいや、そんな不貞腐れた顔をするな。それに拙僧とて、二つ目の理由が無ければお主らのような童をこんな場所へ導いたりはせなんだからな』

「二つ目の理由って?」

『それはな……ああ、これは語るよりも見せるが早いか。靉靆あいたいを下げた坊、こっちへ来い』

「「「…………?」」」


 あいたい・・・・という聞き慣れない言葉にポカーンとする俺たち。すると蒼蓮さんは少し慌てた様子で博の方を手招きする。


『早う! 早うこっちへ! もう後ろまで来ておる!』


 蒼蓮さんの言葉で、俺たちは同時に後ろを振り返った。けれど、何も無い。何もいない。そこには相変わらず、広々とした空間が広がっているだけだ。安心半分、ガッカリ半分くらいの気持ちで、俺と大地は前を向こうとする。けれど、博は後ろを向いたままだった。


「おい、博?」


 呼びかけて、異常に気が付いた。博の目がカッと見開かれ、呼吸は浅くて速い。博には何が見えているんだ。そう思って博の視線の先を見ても、やはりそこには何もありはしなかった。


「は、隼人……こ、これ‼」


 呼ばれて大地の方を向くと、手の中にある星辰の振り子が博の視線の先を差していて、その先端は真っ黒に染まり、カチカチと震えていた。


 博の表情と震える振り子。なのに、何も見えない。けれど確かに、確実にそこに何かがいるんだ。そう意識したからか、途端にこの場の空気が淀み、締め付けられるように感じる。


「なんだ、なんだよ、これ……」

「博、おい博‼ どうした、ん、だ……」

「黄色、黄色黄色黄色、黄衣のボロキレを纏った、それは――ふ、ふるぐとむ、ふぐとらぐるん、ふるぐとも、あい、あい、はす――」

हांカーン‼』

「「うわぁっ⁉」」


 気味の悪い言葉を吐き出し始めた博に寄り添う俺たちの後方から、蒼蓮さんの唱えた短い呪文と共に風が吹く。今のは、さっき深きものを遠くへ吹き飛ばした呪文と同じものだろうか。風が止み、顔を上げてみると、今までそこにあった筈の淀みがどこかへと消えていた。


 ホッとして博の方を向く。その途中、気付いてしまった。今まで見えなかったものが、洞窟の壁に、それは映し出されていた。影だ。同じく洞窟の壁に映し出された俺たちの影よりも、二倍も三倍も大きな人型の影。影でしかなく、黒いシルエットである筈のそれは、汚れた黄色を帯びている。体の至るところからは触手がうねり、壁を這わせるようにして、その大きな体を屈めるようにして、博の方へと近付いてくる。


「博‼」

「クソッ‼ 博、博ッ‼ 動けよ博‼ 逃げなくちゃ‼」


 無表情のままぶつぶつと呪文を唱え、影を受け入れようとしている博。そんな博を俺と大地の二人で博を抱えて逃げようとするも、博の体は鉛のように重く、ピクリとも動かせなかった。


『やはり、この程度では退けられぬか。ならば――東を降三世ごうざんぜ、西に大威徳だいいとく。南は軍荼利ぐんだり、北へ金剛夜叉こんごうやしゃ。四方を固め、天の不動ふどうを以て卍結ばんけつとす。五法明王結界ごほうみょうおうけっかい――オーン‼』


 影が博に触れる直前、素早く印を結び、呪文を唱える蒼蓮さん。すると、博の体に触れた影が激しく燃え出すと、声とも言えないような恐ろしい悲鳴を上げて、壁を這うようにしてどこかへと去って行った。


「…………、あ、あれ、僕、どうしてたんだっけ?」

「「博‼」」

「えっ、あ、な、何? ど、どうしたの?」


 ポカーンとした表情で言う博を前に、俺たちは力が抜けてその場で座り込んでしまった。


『ふー……。どうだ、少しは拙僧が天才であるということが分かったか?』


 と、蒼蓮さんはドヤ顔で言う。確かに、この人は凄い人なのかもしれない。だけどどうしてだろう、素直に尊敬しようという気持ちになれないのは。

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