第199話 潜入直前のこと
宇宙における豪華客船というものは、宇宙海賊からすれば意外と美味しい獲物である。
内部には大勢のお金持ちがいて、船を奪って動かすことも容易い。
結局は宇宙船なので、海賊でも動かせる。
ただし、周囲を守る護衛の船をどうにかできれば、の話ではあるが。
「はい、それじゃあ、私たちはこれからエミラテスという豪華客船を襲撃するわけですが」
「待て待て待て。なんでアンナが仕切ってる」
「そりゃあもう、お互いに犠牲が出ないようにするためよ? メリアは、ちょっとの犠牲が出ても良いと考えてそうだし」
「……言われたことを否定はしないけどね、犠牲を出さずに済ませるのは難しいと思うが」
エミラテス自体は、一キロメートル級の大型船と同等の大きさをしており、多くの乗員や乗客を内部に抱え込んでいることだろう。
当然、それだけ武装した警備員もいるわけだ。
とはいえ、そこはあまり問題ではない。
ファーナによって船をハッキングしてしまえば、どうにでもなる。
問題なのは、エミラテスの周囲を囲んでいる護衛の艦隊。
正規軍が使用する二百メートル級の巡洋艦、これが十隻。
戦力としてはなかなかのものであり、まともに戦うとなると、こちらにもそれなりの被害が出てしまう。
「オラージュとの戦いで、こっちの数は五十隻ほどになった。大型船は一つで、あとは小型船ばかり。一気に仕掛けるなら、犠牲を抑えることはできる」
「でも、それじゃ犠牲は出てしまう。私としてはゼロを目指したいの」
「で、それならどういう作戦があるのか、お聞かせ願いたいけれど」
「それでは少しお耳を拝借」
アンナはわざとらしく声を抑えながら説明していく。
まず、ステルス系統の装備に身を包んだ戦闘機を送り込む。
推進機関はできる限り動かさず、慣性を利用して豪華客船の外壁部分に取りつけるような位置取りを確保しつつ。
そのあと、戦闘機に乗り込んでいた者たちは二手に別れて行動する。
外壁部分からハッキングを行う者と、豪華客船の中に侵入して情報収集と陽動を行う者とに。
「どうやって情報収集を?」
「色んなところに共和国のスパイ的な者はいるのよ。ちょっと渡りをつけて乗客の名簿の中に混ぜてもらったあとは、臨機応変に対応するってことで」
「そうなると、ハッキングのためにファーナは確定として……」
「あ、私は顔が割れてないから行くわね。あとは、お金持ちっぽく振る舞える人」
「はいはい、私いけます」
そう言いながら手をあげるのはルニウ。
アンナは少しばかり顔を見つめたあと、大きく頷いた。
「うん。多少の変装をすれば行けるわね。メリアは……」
「あたしはパス。変装しても、気づかれるかもしれない。オラージュを率いている教授とは、間近で話したことが何度かあるから、幹部にも色々伝わってるはず」
「しょうがないか。では、メンバーが決まったところで、早速準備を!」
アンナが主導する形で、豪華客船エミラテスへの潜入計画が進められる。
航路を予測し、先回りしたあと、透明になって周囲から見えなくなった戦闘機が少しずつエミラテスへと近づいていく。
やがて船の外壁部分と接触しそうな至近距離ですれ違うと、アンカーが射出される。
「今の護衛の位置からはここは見えない。ただ、のんびりはできないわ」
なんらかの行動をすると、どうしても気づかれる可能性というのは高まる。
アンナたちが乗っている戦闘機は、その小ささゆえに、豪華客船という大型の船に比べれば質量の差は圧倒的。
ほとんど衝撃を与えずに外壁に取りついたあと、周囲にいる護衛の巡洋艦の位置に注意しつつ、ファーナによるハッキングが行われる。
まずは、メンテナンス用の扉を作動させても船のシステムに気づかれないようにしたあと、戦闘機から伸ばした通路を接続する。
「ファーナはここでゆっくりハッキングをお願い。私は、ルニウと一緒に乗客のふりをしながら情報収集とかをするわ。ついでに、陽動のための小細工も」
そう言いのけるアンナは、着ているドレスの一部を軽くつまむと、ふわっと一回転してみせる。
その際、スカートの内側、より正確には太ももの部分にビームブラスターや謎の機材があるのが見えた。
見た目は上流階級の女性といった感じだが、その中身は物騒な限り。
「こういう時、スカートって便利よね~。色々仕込めるから」
「まあ、スカートを上げて中を見ようとするのって、普通はないですからねえ」
スカートの内側に武器や機材を隠したまま、アンナとルニウの二人はメンテナンス用の通路を進んでいく。
作業用機械を入れることも想定しているからかそこそこ広い。
通路は所々で枝分かれしているため、なんの用意もしていないと迷いそうになるが、事前にこのエミラテスについての情報を仕入れているのか、アンナは迷うことなく歩き続ける。
「ねえ、メリアとの関係はどう?」
暗闇に満ちた通路を歩く途中、アンナはルニウへ問いかけた。
「ずいぶんいきなりな質問ですね」
「ほら、あなたと二人きりで話せる機会って、あまりないじゃない? メリアやファーナ抜きで話したいと思ってて」
「色々ありますけど、そう悪くはないですよ」
「ふーん」
小型のライトの明かりを消すと、アンナはルニウの顔を見つめてから、わずかな笑みを浮かべてみせる。
「な、なんですか」
「そうねえ……ちょっと昔話をしましょうか。貴族の令嬢として頑張っていたメリアと、それを見ていた私について。あの人風に別の言い方をするなら、何も知らないガキだった頃のお話」
「……今、ですか」
「今だからこそ。そう言い換えることもできる」
さあ、どうする?
アンナは笑みを浮かべたまま、無言で問いかける。
ルニウは悩んだ。
今は重要な潜入の最中。
しかし、今じゃないと聞けない話があるのなら、聞いてみたいという気持ちはある。
少しばかり悩んだあと、綺麗に整った口が動く。
「聞かせてください」
「よろしい。それじゃ、最初の出会いから語りましょうか」
お互いに帝国貴族として過ごしていた当時、勉強や運動などで意外と忙しかった。
とはいえ、社交性がないと貴族としてはやっていけないので、パーティーを開いて見知らぬ貴族と顔見知りになる必要もあったりする。
そんな貴族のパーティーに参加していたある日のこと、アンナはメリアと出会う。
どちらも無名な貴族として。
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