第200話 かつて存在した日々①

 セレスティア帝国において、貴族という存在は特権階級である。

 しかしながら、特権階級として振る舞うことができるのは、当主となって家のすべてを相続することができた、わずかな者のみ。

 どれだけの兄弟姉妹がいようとも、当主になれるのはたった一人。

 それ以外の者は何も相続できない。

 領地を含めた財産が、大勢の子どもたちに平等に分配されてしまうと、それはそのまま家の弱体化に繋がってしまうゆえに。

 なので当主になることが無理なのを早々に悟った者は、自分の将来に備えるようになる。

 ある者は技術者として、ある者は教師として、ある者は軍人として、中には犯罪者となる者もいたりする。


 「あーあ、将来どうしよ。早いうちに進路決めないと。相続するのは兄上? あるいは姉上? どっちにしろ、私は無理だしなあ」


 やや豪勢な屋敷の中庭において、空を眺めながらぼやく十歳くらいの少女の姿があった。

 アンナ・フローリン。栗色の髪を持つ幼い彼女は、屋敷の中で行われているパーティーから一時的に抜け出すと、一休みしていた。

 今回参加しているところは、そこそこお金がかかかっているため、それだけ他家の貴族も多く、どうしても疲れやすい。


 「途中で抜け出すのは、いけないよねぇ……」


 他にも、ちらほらと抜け出している同年代の少年少女がいるものの、既に話す相手がいるのか、会話の輪の中に入ることは難しそうに見えた。

 しばらく休んだあと、屋敷の中に戻ろうと近くの扉に手をかけるが、その時どこからか別の手が近づく。

 アンナと同じように、そろそろ中に戻ろうとする者がいたわけだ。


 「あらら、あなたも外で一休み?」

 「……いえ」

 「ふーん? まあ、とりあえずお先にどうぞ」

 「ありがとうございます」


 茶色い髪と茶色い目をした少女が通路の奥に歩いていくのを見送ったアンナは、軽く肩をすくめてみせる。

 それは今回のパーティーで見かけた者の中で、彼女が一番見目麗しい人物であったから。


 「帝国貴族は遺伝子の調整をしない。それであんな綺麗とか、将来が気になるというか、怖いというか」


 相手が同性ということでちょっと嫉妬する部分がありながらも、人が一番集まっている大広間に向かう。

 話のネタになるくらいには綺麗な令嬢を見かけたので、今回保護者代わりに付き添っている使用人に、軽く話すつもりでいたのだ。


 「あ、そうだ。何か食べよ」


 大広間の前には食事ができる場所がある。小腹を満たすためにそこに少し立ち寄る。

 その後、大広間に向かうために少しだけ歩く速度が増していたが、その足は途中で止まってしまう。

 大広間の一部で何か揉め事が起きているのか、人が集まっていた。

 大人が集まり、子どもたちはそれを遠巻きに眺めているという構図。


 「うん? いったい何が」


 当然ながら、アンナとしても気になる出来事であるため、近くの集まっている貴族の子どもたちに声をかける。


 「ねえ、あそこで何かあったの?」

 「おいおい、外に出ていたのかよ。せっかくのパーティーだってのに。まあいいや。説明よろしく」

 「え、なんでわたしが……。えーと、どこかの令嬢が、ついさっき来たんだけれど。茶色い髪と目をした綺麗な子」

 「いわゆる遅刻組。あれで遺伝子弄ってない同じ貴族って、上澄み過ぎるだろっていう」


 パーティーの規模が大きくなると、遅刻してしまう者の数は少しばかり増える。

 そんなに多くないのであまり問題はない。そういう者がいることを事前に織り込んでいるためだ。

 問題があるとすれば、遅刻するような者という評判が、遅刻した本人にパーティーの間ずっとついて回るくらい。

 今は、それ以外の部分で揉めているようだったが。

 アンナは盗み聞きしようと目立たない程度に移動していくが、聞こえてきた言葉に思わず足が止まる。


 「遺伝子調整をしていないか確認をする。申し訳ないが、我々に同行してもらう。メリア・モンターニュ殿」

 「はい。わかりました」


 なんと、先程ほんの少しだけ話した綺麗な令嬢がいるではないか。

 しかも、遺伝子調整の疑いがかけられているという始末。

 大人たちと一緒にどこかに行く姿を見送ったあと、アンナはわずかに息を吐いた。


 「はー、あの子も大変だこと。でも、ちょっと羨ましいな」


 帝国の貴族でありながら、一族の者に遺伝子調整を行えば、それが発覚した時点でその家は取り潰される。

 そんな危険があるというのに、わざわざ遺伝子調整に手を出す貴族などいない。

 にもかかわらず、綺麗過ぎるせいで疑われるというのは、同性だからこそやや羨ましく……もっと言うと嫉妬してしまう。

 アンナは近くにある小さな鏡で自分の姿を見ると、はしたなく思われない程度にため息をついた。


 「結構、自分の姿には自信あったのにな」


 しっかりと整えられた栗色の髪に触れると、ついついさっきの茶色い髪と比べてしまう。

 モンターニュ家のことは一切耳にしたことがない。

 つまり、それだけ無名ということに他ならない。


 「なあ、あの子ってどこの家?」

 「モンターニュ家だって。聞いたことある?」

 「いや、初めて耳にした」


 少し周囲を見渡せば、メリアのことを目にした少年たちがざわついていた。


 「うわ~、どういうお手入れしてるのかしら?」

 「ちょっと会いに行って聞いてみたいかも」

 「早く検査終わらないかな。どうせ大丈夫だろうし」


 彼らとはやや違う形で少女たちもざわついていたが、どちらにせよ、このパーティーにおいてメリア・モンターニュという人物は主役となった。

 恐ろしいまでの美貌によって。

 数十分ほど過ぎると、遺伝子調整しているかどうかの確認が終わったのか、大人たちと共にメリアは大広間に戻ってくる。

 その際、数人が謝罪していたので、彼女が遺伝子調整していないことが証明される。


 「これは、行くっきゃないわ。うん」


 そんな光景を目にした瞬間、アンナの足は動いた。早く歩くためにドレスの裾を持ち上げつつ。

 あっという間にパーティーの主役となったメリアと仲良くなれば、自分も主役並みの立場になれる。

 それは将来に役立つだろうと考えての行動。

 当然ながら、アンナと同じ考えを持った子どもたちは他にもいたが、先程のやりとりが影響したのか、メリアはアンナの方を見ると自分から近づく。


 「あなたは……」

 「ええと、とりあえず自己紹介。私はフローリン伯爵家のアンナ・フローリンと言います」


 貴族として優雅に一礼してみせると、メリアも同じように一礼してから名乗った。


 「わたしは、モンターニュ伯爵家のメリア・モンターニュです」

 「ちなみに、遅刻した理由とかお聞きしても?」

 「エア・カーに乗っていたのですが、途中で事故に巻き込まれてしまって……。警察に色々聞かれて、道を迂回し、それで遅刻してしまったわけです」

 「あらまあ、それは大変。実は私も似たようなことがあってね……」


 会話はそれなりに弾み、途中で他の貴族の子が混ざってくると、メリアと親しげにするアンナにも声をかける者がそれなりに出てくる。

 そしてパーティーが無事に終わったあと、アンナは帰り際にメリアを呼び止めた。

 連絡先や住所などを知るために。


 「少しよろしいかしら。今後とも繋がりを持っておきたいのだけれど」

 「率直ですね。そう言ってくるのはアンナだけですよ」

 「遠回しな方がよかった?」

 「いいえ。嬉しく思います」


 メリアに気後れした者ばかりなのか、直接声をかけて連絡先などを聞いてくるのはアンナだけであったという。

 それを聞いたアンナは、心の中でほくそ笑む。

 目の前にいる少女と仲良くなっておけば、色々と利益があるだろうという打算と、実は初めて連絡先を交換した相手なので、せっかくだから仲良くしておこうという考えから。

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