第197話 宇宙における野次馬
メリアと、オラージュという組織の間で発生した争いは、最初は犯罪者同士のよくある出来事としか思われていなかった。
メリア自身、そう思われるように仕向けており、教授としても若返りの研究のことが不用意に広まるのを避けたいのか、外に流す情報には制限をかけている。
だが、いくつもの星系を越えて争いの規模が拡大していくにつれ、注目する者は少しずつ増え始めていた。
「見ろ、あそこで派手にドンパチやってる! 匿名の情報通りだ」
「一キロメートルの大型船を中心とした百隻ぐらいに艦隊に、うじゃうじゃと群がる機動兵器の類い。間に合ってよかった。こんな美味しい映像を逃すなんてあり得ない!」
「正規軍はなかなか戦わねーからな。帝国の内戦の映像はニュースで流れまくって金にならねえ。でも、これなら……!」
「俺たちにも金を稼がせてくれよ、犯罪者さんたち」
宇宙空間にも野次馬というのは存在する。
その目的は様々。
今ここに集まっているのは、映像を撮ってお金に替えようとする者たちばかり。
それなりの戦力を持っている謎の存在と、オラージュという比較的謎に満ちた犯罪組織が、なぜか艦隊戦をしているというのは普通ではない。
これはとてもお金の匂いがするということで、本来なら無関係な者たちが注目しているというわけだ。
「メリア様、見物客が増えてきてます」
「ちっ、呑気に見物してる奴らに、目の前のこいつらをぶつけてやりたいよ、まったく」
当然ながら、戦闘している当事者のメリアからしたら、勝手に遠くから見物している野次馬は鬱陶しい限り。
「敵艦隊の動きはどうなってる?」
「遠くから撃ってくるだけです。輸送船を守るような陣形を取りつつ」
「そうかい。この大量にいる戦闘機やら機甲兵やらの排除にどれくらいかかる?」
「数十分ほどです」
「長い」
「後続がさらにやってきているので。あとこちらの船の数が減ってるのも痛いです」
「ああもう、面倒な限りだね」
メリアは、自ら小型船を操縦して、大型船であるトレニアの周囲に群がる小型の敵を相手していた。
そうする必要があるくらい、大量の戦闘機や機甲兵がいるのだが、それらはすべて敵艦隊の輸送船から出てきた存在。
宇宙船同士の戦いではなく、それ以外での戦いに比重を置いたやり方は、少しずつだが確実にメリア側の艦隊に損害を与えていく。
「周囲の野次馬を巻き込んでやろうか」
「さすがに無理があるのでは」
厄介な状況とはいえ、ファーナによって操られる大量の無人機により、少しずつ相手を押し返していく。
集団での戦いの経験を積み重ねたため、無人機を上手く連携させることで数の差を覆しているのだ。
そして結構重要なものとしては、人間ではないので疲労による能力の低下が起こらないという部分も影響していた。
「もう何時間だ?」
「そろそろ六時間になりますね。宇宙船同士でやり合うならすぐに決着がつけられるんですが、こうも次々と敵が来るようでは」
「休憩がてら一度戻る。整備は任せた」
「わかりました」
メリアはトレニアの格納庫に入ると、船内の通路からブリッジへ向かう。
そこでは、ファーナが椅子に座って艦長のように振る舞っていた。
「どうします? まだここに留まり続けますか? 逃げるなら、余力があるうちにするのがいいですが」
「……もうしばらく留まる。こんなに戦力を投入してきてるということは、向こうも結構な痛手になってるはず」
「戦力を削るという考えはいいのですが、向こうが送り込んでるのは無人機が大半なので、そこまで痛手になるかどうか」
ハードウェアでは負けている。主に数という部分で。
しかしソフトウェアでは勝っている。ファーナという、違法なことすら制限なく行える人工知能が操っているために。
無人機同士の戦いは、結局のところどれだけお金を注ぎ込めるかにかかっている。
そういう意味では、オラージュという組織はかなりの強さを発揮できるだろう。
「正規軍ならそこまで痛くはないだろうね。しかし、犯罪組織ともなれば話は別。そもそも戦闘機や機甲兵はそんなに安くない。武装込みの話だけど」
「確かに、そう簡単に補充するというわけにはいかないでしょう」
「あとはまあ、周囲の野次馬たちのうち、一部だけオラージュの者が混じってる」
「と言いますと?」
「高性能な通信機能を持った船が、リアルタイムでここの映像を流していると考えていい。それにより、オラージュ側は次々と戦力を送り込めるわけだ。他のところにあたしたちがいないことを知れば、ここに戦力を集めることができるしね」
敵対する相手がどこにいるかわからない場合、警戒のために広い範囲にそれなりの戦力をバラけさせる必要がある。
しかし、相手の居場所がわかっているなら、そこに戦力を集中させればいい。
他の守りを薄めても、そこまで問題がないのだから。
「野次馬に戦闘する場所の情報を流し、集まった野次馬の中に紛れながら居場所を知らせ続ける。……いやらしくて効果のある一手だ。ファーナがいなければ、かなりの確率で負けていたかもしれない」
「感謝は、言葉よりも行動で示してほしいですが」
「はいはい、そういうのはすべてが終わったあとに」
メリアはブリッジから出ると、船内にある食堂へと向かう。
軽く水分と栄養を取るためだが、既にアンナという先客がいた。
「あら、いらっしゃい」
「ヴィクターの姿が見えないが」
「彼なら、今は遠くから撃ってくる艦隊目指して飛んでいってる。カタパルトで射出する感じで」
「……なんだって? そんな話は聞いてないが」
「あの人って頑張り屋さんなの。せっかく助けに来たんだから、ということで張りきっちゃってねえ」
「……半分自殺行為に思える」
ここから相手の艦隊まで距離がある。
その間ずっと宇宙空間で有害な宇宙線に晒され続けるだろうし、もし無事に艦隊に取りつけたとしても、たった一人で勝てるのかという問題もある。
だが、アンナは至って平然とした様子で食事をしているため、メリアとしてはなんともいえない表情が浮かんでしまう。
「まあまあ、まずは食べましょ。こういう時は、食べられる時に食べておかないと」
一応、食事のために来たので、適当に軽く食べられるものを見繕うと、メリアはアンナの反対側に座る。
「アンナ、野次馬のことどう思う?」
「あら、いきなりなお話ね? なかなかに面倒な一手であるとは言いたいところ」
「そっちも、あたしと似たような考えか」
「そりゃあねえ。野次馬のほとんどは一般人。ま、わざわざ戦場に来ながらも、生き残れる実力がある者ばかりだけど。実力がない者は流れ弾とかで死ぬから」
戦場にやって来ておいて、未だに生き残っている時点で、一般人の中でも多少は実力がある者と考えていい。
宇宙空間における戦闘では、大気圏の中よりも流れ弾などに警戒しないといけないからだ。
「素人よりはマシな野次馬の中に、オラージュの者が紛れてしまえば、安全に色々と観察できる。ついでに放送とかもね。動画投稿サイトとかにここの戦場を流せば、怪しまれることなく私たちの動向を確認できてしまう」
「かといって、野次馬を攻撃することはできない。これ以上なくしっかりとした形で悪事の証拠が残る。そうなれば、星間連合の正規軍を動かす材料になる。……教授は、星間連合の政府とも多少の繋がりがあるだろうから、非常に面倒な限りだよ。くそったれ」
ぼやきながらメリアは食事をしていく。
どういう形でかはわからないが、野次馬となる者に情報を流すことで、自分たちにとって有利な状況を作り出した。
もし普通の者であったなら、既に敗北しているところだが、幸いなことにメリアにはファーナという人工知能がいる。
あらゆる悪事を問題なく行うことができるという、まともではない存在だが、それゆえに味方である限りは心強い。
今こうしてのんびりと食事ができるのは、ファーナが敵と戦っているからこそ。
「あら、あの人から連絡が来てる。敵の艦隊に取りついたって。とにかくブリッジを制圧するそうだから、だいぶ楽になるかも」
「そうかい」
全身が機械と化したヴィクター。
彼の強さは、単独でオラージュの大型船をどうにかできた時点でかなりのものと言える。
そんな彼が暴れているからか、敵の艦隊や機動兵器の動きがだいぶ乱れた。
これを好機としてファーナは一気に反撃するが、その時メリアはとあるところを見ていた。
「アンナ、ジャミングとかできる装備は積んであるかい?」
「ええ。範囲は狭いから、だいぶ接近しないと効果ないけど」
「野次馬を確保する。具体的には、確保しようとするわけだが」
「そうすれば、怪しい動きをする者が出てくるから、そちらを狙って捕まえるってところ?」
「敵というのは情報源でもある。目標の居場所がわからない状況だと、敵という情報源はとても重要だ」
「なら、私も手伝うわ。少し準備するから、まだ蹴散らさないよう伝えておいてね」
メリアはそれを聞いて、ファーナに加減するよう伝えると、自らは小型船ヒューケラへと向かう。
整備や補給は途中だが、本格的な戦闘はもうじき終わりを迎える。
野次馬の確保程度なら問題ない。
やがて、共和国の船に移ったアンナから通信が入ると、宇宙空間に見慣れない戦闘機が出現する。
それはアンナの乗る、電子戦用の装備が整えられた特殊な戦闘機であった。
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