第195話 共和国の特殊な戦力

 武装した民間船。

 要は海賊船と同等の代物を、大型船であるトレニアの格納庫にすべて入れたあと、中に乗っていた者たちと話し合いの場が設けられる。


 「はーい、お久しぶりね」

 「……なんでここにいる」


 広い一室において、メリアはやや面倒そうな表情を浮かべる。

 ファーナに案内されながら入ってきた者の中に、旧友のアンナが混ざっていたからだ。


 「もちろん、あなたを助けるためだけど?」

 「…………」

 「もう、睨まないで。上の方が決めたことだから。あとはまあ、私がすぐに動ける立場というのも影響してるわ。大きい組織ともなると派閥とか色々あってね」


 笑みを浮かべて手をひらひらと振りながら話す姿は、一般人そのもの。

 しかし、それは真実の姿ではないことをメリアは知っている。

 セレスティア共和国の特別犯罪捜査官、アンナ・フローリン。

 それこそが彼女の本当の姿であり、立場上多くの情報を持っているはずなので、油断ならない人物であると言い切れる。


 「すぐに動かせるからこそ送ってくる。それはわかった。で、そちらにいるのはいったい何者なのかお聞かせ願いたい」


 宇宙服姿でいるアンナの隣には、大柄な男性らしき存在が立っていた。

 身長は二メートルを超えており、この場にいる中では最も目立つ。

 パワードスーツを着ているのか、それともロボットなのか。

 どうにもわかりにくいが、警戒しておいて損はない。


 「彼はね、ヴィクター。ちなみに私の夫」

 「前会った時に夫がいるとは聞いていたけど……これはまた、驚くしかないね」

 「初めまして。自分はヴィクター・フローリンと申します。共和国宇宙軍に所属しています。この姿ですが、実験に志願した結果こうなりまして」


 威圧感満載な見た目とは裏腹に、声は以外と若さを感じさせる。

 だが、メリアとしてはそれよりも気になることがあった。


 「実験とは?」

 「あ、それについては私が説明するわ。ヴィクターだけど、宇宙で事故に巻き込まれて、肉体の大部分を機械に置き換える手術を受けることになったの」

 「全身機械とはね。再生医療は……そこまでの状態になったら、クローンを作って脳を入れ換えるぐらいしないと駄目か」

 「残念なことにね。よっぽどの特例じゃないと、クローンを作って利用するのは認められないから」


 人工子宮などの技術により、人間は安定して生産できるようになっている。

 そのため、わざわざクローンを作ってまで助けるのは、よっぽど価値がある者でないと許可は出ない。

 もちろん、違法にクローンを作ればどうにでもなるのだが、軍属ではどうしようもない。


 「悲しいことではあるものの、自分にそれだけの価値を持たせることができなかったせいでもあります」


 生身の肉体を失っているからか、ヴィクターの声は人工的な機械のもの。

 それゆえに、見た目との大きなギャップがあるわけだ。


 「ところで、実験の内容が気になるところだけど」

 「あら、それを聞いちゃう? まあ話せる範囲だけ話しておきましょうか。ヴィクターは完全な兵士を作るという実験に志願したの」

 「完全な兵士? またとんでもないものが聞こえてきた」

 「ほら、ワープゲートのせいで一度に動かせる戦力には限りがあるでしょ? だから質を高める方向の研究があってね」

 「で、実験の最中に事故か。どんな実験をしたのやら」

 「詳しいことは言えないの。ごめんなさいね。あ、でも今のヴィクターは、だいぶ完全な兵士に近づいているのは不幸中の幸いかも」


 アンナのその言葉に、メリアはヴィクターの方に視線を動かすと全身を眺めていく。

 頭部は何かのヘルメットをしているような感じであり、その下は防弾性能のあるジャケットの下にケーブルや金属で構成される胴体がいくらか露出していた。

 腕部や脚部は、胴体と比べて防具に覆われているため、どこか異質な印象を受ける。


 「どこがどう完全なのかお聞きしても?」

 「まず求められるのは強さ。だけどそれは一般的過ぎるから横に置いておくとして。衛生面を気にしなくて済むのが一番大きいわ。あと宇宙空間でもそこそこ活動できるけど、それは装備次第で生身の人間でもできるし」

 「衛生面か。確かに、機械の体なら気にせずに済むだろうね」


 宇宙船を購入する場合、重要な部分がいくつかある。

 船体やシールドの耐久性、推進機関の性能、砲台の数や威力、人によって重視する部分は違うが、これだけはほとんどの人が重視するところという部分はある。

 それは衛生面に関すること。

 シャワーやトイレの項目は、誰もが入念に確認するのだ。

 宇宙船というのはある種の密室であるがゆえに、不衛生にしていて病気などが発生すると、それはもうひどいことになる。

 なので、宇宙船に長く乗るような者は基本的に身綺麗にしている。

 それは海賊のような者ですら例外ではない。


 「シャワーとかトイレは水を使う。その分を節約できるなら、選択肢は広がるわけ」

 「わかりやすい部分ではある。それ以外にも何かありそうだけどね」

 「疑っても、重要な部分は教えられないわ。言える部分しか言えないの」

 「はいはい。こっちとしても深入りする気はないよ。ただ、一つだけ知らないといけないことがある。……オラージュという組織を潰すわけだが、どれくらい強いのか気になる」

 「安心して。かなり強いから。手始めに、オラージュの大型船を彼一人で襲って制圧してしまえば、メリアとしても納得できるでしょ?」

 「そのままで?」

 「そのままよ」


 軽い調子で話すアンナであったが、さすがに無理があるだろうということで、思わず白い目を向けるメリアだった。

 数人が乗る小型船や、数十人が乗る中型船ならば、まだどうにかなる。

 しかし、大型船ともなれば数百人が乗っており、さらには機甲兵のような兵器だって揃っている。


 「まず相手の船体に飛び移って、扉とかを破壊して中へ。隔壁とかがおりても、ぶち破ればオッケー。そして適当に乗組員を蹴散らしつつ、ブリッジを制圧という流れ」

 「……ヴィクターは、それでいいのかい」

 「問題ないですよ。自分は、それだけのことができますから。多少の下準備と装備の用意は必要ですが」

 「まあ、本人がそう言うのであれば、おとなしく見送ろう」


 実力を確認するにはちょうどいいということで、大型船であるトレニアは一時的に艦隊から離れて単独で行動する。残りは離れたところからついていく形になる。

 拠点に向かう間、そうやってオラージュの大型船を探していく。

 襲う前に逃げられても困るために。


 「ところでアンナ、他の者たちはどういった戦力になる?」

 「動かしてる船以外は、共和国の小規模な艦隊と同等。なので機甲兵乗りに、歩兵も少々」

 「ま、それなりに心強いわけか」

 「ええ、期待してて」


 やがて、オラージュの艦隊を発見する。一隻の大型船と数隻の小型船が混ざった小規模な艦隊である。

 自分たちを襲撃する者がいるということで、遠回しに監視しようとしていたのだろう。

 だが、メリア側が先に発見したため、すぐさま小型船に乗ったヴィクターが送り込まれる。


 「こちらヴィクター。船体に取りついた。今から内部へ突入する」


 その行動は素早かった。

 対象が大型なだけあって、ヴィクターは船体の表面に取りつくと、内部に通じる部分を破壊してあっという間に入り込んでしまう。


 「敵と交戦。撃破に成功したため武器を取得する」


 定期的に通信を入れて報告してくるため、ある程度はメリアたちにも状況が把握できた。


 「機甲兵と遭遇するも、船内の通路は十全な広さを確保できていないため、動きに制限があるうちに搭乗者を排除、これにより無力化。ブリッジへの移動を再開する」


 通信越しであるが、相手の悲鳴や叫び声が途切れつつだが聞こえてくる。

 それは絶望的な戦いをしている者のそれであり、機械の体を持つヴィクターは、圧倒的な強さで蹂躙しているというわけだ。

 およそ三十分後、ブリッジを制圧したとの報告が入り、生き残りをどうするか意見を求められるメリアだった。


 「適当に捕縛。オラージュと自分の命、どっちが大切かあとで選ばせる予定」

 「了解した」


 通信が終わったあと、メリアはファーナを呼んで別室へと向かう。

 二人きりになると、やや険しい表情で口を開く。


 「ファーナ。アンナとヴィクターへの警戒を怠るな」

 「はい。わざわざ、あのような戦力を送ってきたということは、すべてが終わったあと、わたしたちを排除するためという可能性がありますから」


 ファーナの頑丈さはかなりのもの。その他の能力においても。

 もし、共和国が秘密を知っている者を消そうとするなら、ヴィクターのような存在は適任と言える。

 大規模な艦隊を送ることは、色々な意味で難しいが、体が機械となった兵士ぐらいならそうでもない。


 「ま、やばいネタを元にこっちから持ちかけたんだ。オラージュをどうにかしたあと、敵対する可能性には備えておかないとね」


 今のところ、オラージュを消すという部分において、共和国政府と目的は一致している。

 強力な味方は、強力な敵にもなるため、メリアは目を閉じるとわずかに息を吐く。

 そしてふと思った。

 今頃セフィはどうしているのか。教授は今後どう対処してくるのか。

 考えることはいくらでもあったが、手が届かない現状ではどうすることもできない。

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