第193話 オラージュの意味

 宇宙で襲撃が行われているのと同じ頃、とある惑星の地上において、ファーナとルニウもオラージュの拠点に仕掛けようとしていた。


 「うひゃー、よりによってこんな都市の中に構えているなんて」

 「さっさと襲撃して、さっさと引き上げる。それだけです」

 「そうは言うけども……」


 レンタルした車両の運転席でルニウはぼやく。

 今いるところは、軌道エレベーターからそこまで離れていない都市部であり、大勢の人々が行き交う大通りからは外れているとはいえ、大きな騒ぎを起こせばすぐに警察か何かが来てしまう。


 「はぁ……」


 オラージュなどの組織であれば、警察相手でも容易にやり過ごすことはできるだろうが、自分たちはそうではない。

 そのせいか、ルニウは盛大にため息をつくと、水色をした自分の髪を指先で弄る。


 「まあ、やるしかないか。こういうところに拠点を構えてるということは、スラムの中の拠点よりは得られる情報が多そうだし」

 「では、ルニウはわたしの端末を詰めたコンテナを、適当な業者のふりをして内部に運んでください。そのあとはこちらで大まかな部分を進めます」

 「はいはーい」


 今のルニウは作業服に身を包んでいた。

 都市の中に拠点がある状況では、正面から仕掛けるのはあまりよろしくないとの判断から。

 ただ単に拠点を潰すだけなら簡単ではあるが、どうせなら情報も手に入れたい。

 そうすることで、オラージュという組織を追い込むことができる。

 小さなトラックのような車両の荷台から、ギリギリ人間が運べるコンテナを降ろすと、台車に乗せて目標となる建物の中へ。

 そこは六階くらいある、安い作りのビル。

 地下も含めれば、結構な規模と言える。


 「おや、あなたは?」

 「上の階層の方々に連絡を受けて、機材を運びに来ました」

 「へえ、お若いのにお一人でそれだけの荷物となると、大変ですねえ」


 受付らしきところにいる女性に声をかけられるが、特に怪しまれることなくルニウはエレベーターへと乗り込む。

 目指すのは、一番上の六階。

 襲撃する前に下調べをした時、そこだけ空いているのを他の建物から見ることができたからだ。

 誰もいない、素材剥き出しの壁や床ばかりの空間を見渡しながら、ルニウがコンテナを弄ると、中からファーナの端末が複数出てくる。


 「第一段階は成功のようですね」

 「ここからハッキングするわけ?」

 「はい。まずは内部構造の確認、そのあと情報の入手。拠点を潰すのは最後になります。警察に目をつけられる前に逃げる必要があるので」

 「なら、私は今のうちに装備品の確認をしとこ」


 ファーナが壁の中の細いケーブルらしきものを引きずり出し、直接接続してハッキングを行っている間、ルニウはコンテナから武器などを取り出していく。

 ファーナの端末がほとんどを占めていたとはいえ、わずかながら武装も一緒に入れられていたのだ。

 コンパクトなサイズながらも、ビームを小刻みに連射できるマシンガン、各種グレネード、接近された時に使える大振りなナイフ。

 そして作業服を脱ぐと、薄手ながらもいくらかの防弾性能を持つ、全身を覆うタイプのボディスーツが現れる。


 「ええと、作業服に穴が空いたら困るからコンテナの中に入れて、と。ファーナ、何か進展ある?」

 「今はまだ、内部構造の把握が少しだけ。一階より上の階層は、だいぶ当たり障りのない感じです。カメラの映像を見る限り、人はいても、スーツを着ていたりして一般人を装っています」

 「となると、表には出せないあれこれは、地下にまとめてあるのかな?」

 「それはやがてわかることでしょう」


 さすがにセキュリティが厳しいのか、ファーナによるハッキングは三十分を過ぎ、一時間を過ぎてもこれといった進展が見られない。

 することがないので退屈そうにするルニウであったが、その時ファーナからの報告があった。


 「なんとか、気づかれずに情報を入手することができました」

 「ずいぶん長かったけど」

 「多少気づかれても大丈夫な場合と、一切気づかれてはいけない場合があり、今回は一切気づかれないよう慎重に進めていました」

 「ところで、どんな情報があったり?」

 「以前襲撃した拠点にはなかった、さらに別の拠点の情報。そして商品となる予定の、各種臓器」

 「うえっ。その臓器って、部分的に若返ったってやつ?」

 「はい。いっそ奪いますか? お金にはなりますよ」

 「いやいやいや、ちょっとさすがにそれは、手を出したらおしまいな気がする」

 「では、この拠点を潰しに行きましょう」

 「りょーかい」


 データは手に入れた。

 なら、もうこの拠点を潰す以外の用はない。

 エレベーターで、一つ一つ階をおりていくと、目についた者たちを片っ端から撃っていく。


 「てめえら、どこのもんだ……!」

 「名乗るほどの者じゃあないんで」


 戦闘はかなり一方的だった。

 銃撃の効かないファーナが相手から武器を奪い、そのまま撃っていけば、それだけで勝ててしまうからだ。

 一応、ルニウも支援がてらコンパクトなビームマシンガンを撃っていくが、一人か二人倒す間にファーナが残りを倒してしまうので、出番はあまりない。


 「うーん、順調順調。活躍できないのはちょっと複雑だけど」

 「さすがに警戒は強まっていそうですが」


 五、四、三、二……次々と各階を一掃していくものの、地下に向かうと、扉が開いた瞬間に盛大な出迎えがあった。


 「エレベーターで来たのが運の尽きだ!」

 「どこから来るかわかっていれば、どうとでもなる。頑丈でも、これだけぶちこめば……」


 膨大な弾幕であり、普通なら生き残れる人間はいない。市販されているロボットでも破壊されてしまうだろう。

 しかし、エレベーターの中にはファーナだけがいて、ルニウはエレベーターの天井部分から外部に避難していた。

 装填などで弾幕が途切れると、ファーナによる反撃が始まる。


 「ぐあっ」

 「な、なんだと」

 「人間が持てる程度の武器は効きません」

 「くそ、下がれ下がれー!」


 待ち構えていた者を蹴散らしたあと、ルニウはエレベーターの天井からおりてくる。


 「銃撃が効かないって便利過ぎ。というかずるい」

 「便利とはいえ、この端末は一度破壊されたら新しく生産することは難しいですが」

 「まあ、そこは注意しないといけないか」


 地下はそれなりの広さがあるものの、あくまでも一般的な範疇に留まる。

 道中、武器を捨てて降伏する者は、武器を奪って見逃し、戦おうとする者はすぐに殺す。

 そうしていると、すぐに広い一室に出た。


 「く、くそ、お前らいったい何が目的だ!?」

 「まあ、色々」

 「ここはオラージュの保有する拠点ですよね?」


 残りわずかな者たちが、震えながら武器を構えるので、あえて攻撃はせずに会話を行う。

 すると、相手側もすぐに意図を理解したのか会話に応じた。


 「……そうだ」

 「オラージュという組織を潰す予定なので、組織から抜けるのなら見逃しましょう」

 「……そのロボットのお嬢ちゃんは、本気で言っているのか。オラージュを潰すなどと」

 「できるわけがない。オラージュという組織をお前たちは知らないから、そんなことが言えるんだ」


 次々と否定的な言葉が出てくるため、ファーナとルニウは思わず顔を見合わせた。

 オラージュは確かに結構な規模の組織だが、頭である教授さえ潰せばあとはどうにでもなる。

 そう考えていたのだが、相手側はオラージュという組織が潰れないことを確信しているようなので、そう思う理由はどうしてなのか尋ねた。


 「その理由は?」

 「オラージュは嵐の意味を持つ。嵐というのは、惑星における自然現象の一つであり、嵐は突然起きて突然消える」

 「オラージュは、その規模を自在に変えることで、力をつけながらも国から討伐されることを避けてきた」


 犯罪組織の中でも、まとまった武力を保有するところは、一定以上の規模になると国が重い腰を動かして討伐に動く。

 それは軍において軍縮を望まない派閥が行うわけだが、あくまでも“ちょうどいい脅威”として見逃しているのであって、少しでも脅威になりそうなら事前に潰すというわけだ。


 「ちょうどいい脅威から越えない程度に、組織の規模を維持していると?」

 「より正確には、国の顔色をうかがいながら、見えないところでの組織の整備を進めてる。例えば、その辺のハンバーガーショップ。例えば、近くのゲームセンター。そういった店の内部にオラージュの一員を潜ませ、ほんのわずかな情報伝達や、小さな物を受け渡しなどを行う。ただし、当人はオラージュと関わりがあるとは思っていない。もはやトップがいなくなっても、オラージュはシステムとして存在し続ける」

 「なるほど。それはなかなかに厄介です」

 「まあ、オラージュは一度、大規模な反乱が起きて組織自体がズタズタになったせいで、立て直しに忙しい。そのせいで、あんたらのような者が簡単に襲撃できてしまった」


 もし、万全な状態であれば、こんなことにはならなかった。

 そう言いたげな相手の様子を目にしたファーナは、軽く頭を振って返す。


 「話を聞いた限り、潰せそうですね」

 「なんだと!?」

 「いや、待て。こいつ銃撃が効かないんだ。もしかするともっと凄い戦力を持っているのかも」

 「……なら、組織を潰すことが可能かもしれないのか」


 ファーナの戦闘能力を目にしたからか、重苦しい沈黙が数秒間続いた。


 「くそ、くそ、くそ、ああ畜生! 俺たちは抜ける! それでいいんだな!?」

 「懸命な判断を嬉しく思います」

 「ついでにこれもやる! 鍵だ。好きなものを持っていけ!」

 「ありがとうございます」

 「ただし、俺たちがオラージュに頼らずに済むよう、金目のものをいくらか持っていくのは認めてくれよ?」

 「どうぞどうぞ。わたしたちの目的は、オラージュを潰すことなので」

 「ちっ、薄気味悪い」


 拠点の生き残りたちは、倉庫らしき部屋に向かって色々と見繕う。

 ファーナとルニウもついでに混ざると、大量の戦利品を車両に運び、乗せていった。

 そして誰もいなくなった拠点を軽く爆破し、周囲に被害が広がらないよう、ついでに警察に通報をした。


 「あとはメリアさんと合流して、今回得た情報を共有しないと」

 「重大なものがありました。今後の方針に関わるものです」

 「え? そんなこと欠片も感じさせなかったけど」

 「敵がいる中で言うわけにもいきませんから」

 「ちなみに、どんな感じのもの?」

 「それは、メリア様と合流してからのお楽しみです」


 なにやらわずかな笑みを浮かべるファーナであり、そこまで深刻なものではないんだろうとルニウは考えた。

 実際どうなのかはともかく。

 やがて軌道エレベーター付近に到着すると、車両ごと軌道上にある宇宙港に向かう。

 その後、停泊している船に戦利品を移し、レンタルした車両を返却することで、ファーナとルニウがこの惑星ですべきことは終わりを迎える。

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