第191話 地下に隠されたもの

 「途中から照明が落ちている。これは……」


 階段は地下二階辺りまで続いており、そこからは平坦で無機質な通路が現れるが、階段と違って通路は暗闇に包まれていた。


 「待ち伏せがありそうです」

 「上で私たち結構暴れましたからねえ。地下にいる者が備えていてもおかしくはないですよ」

 「やれやれ、まずは照明をつけるところからか」


 地下は、地上の粗末なバラック小屋と比べてお金がかかっていた。

 換気がしっかりしているのか、現在地はそこそこ深いのに息苦しさはまったくない。

 内部は現行の宇宙船と同等の設備を兼ね備えており、食料さえあればずっと閉じこもることさえ可能だろう。

 そして一番重要なのが、かなり広いという部分。

 それなりの規模の商業施設が丸々入りそうなほどであり、ただ探索するだけでも時間が過ぎていく。


 「どういう目的で、これだけ大きな地下を作り上げたのやら」

 「拠点というよりは、まるで倉庫とでも言った方が適切ですね」

 「でも、今は何もないということは、既に放棄されてたりして」


 わずかな部屋以外、通路と広い空間で地下は構成されている。

 床にはかつて何か置かれていたような痕跡があるものの、今は何も残っていないのでわからない。


 「待ち伏せがあるかと思えば、まったくない。ルニウが言うように、既に放棄されてる可能性はあるか。あるいは、あたしたちをまとめて殺すために、ここを自爆させるという可能性もあるが」

 「メリア様、それならとっくに行われていないとおかしいです。既にそこそこ時間が経っていますから」


 ファーナの言葉に、隣で聞いていたルニウは首をかしげる。


 「そうなると、やっぱり放棄されてるだけ? いや、でも、これだけ広い地下となると、色々使えそうだし、もったいない気が」

 「なんにせよ、残されたデータを漁ればいい。見張りがいたということは、まだ完全な放棄には至っていない」


 やがて、様々な機材が存在している部屋を見つける。

 そこで照明関連の装置を弄ると、暗闇に包まれていた地下は一気に明るくなる。


 「よし、明るくなった。ファーナ」

 「はい。それでは、次はなんらかの情報がないか漁ってみます」


 ファーナは近くの稼働しているコンピューターに接続し、ハッキングを行う。


 「……既に大部分のデータが消去されています」

 「わかる部分は?」

 「ここが建造されたのは、十数年ほど前。密輸のための一時的な拠点となっていたようです。政府の目から逃れるため、ここに保管していたとか」

 「へえ? 宇宙じゃなく地上とはね」

 「輸送は、軌道エレベーターではなく、大気圏への突入や離脱ができる船を利用していたようです。断片的なデータからの予測ですが」

 「まあ、中央政府から半ば見捨てられているところだから、船で直接行き来するのは、ありといえばありか」


 物資の輸送において、軌道エレベーターは圧倒的にコストが安い。融通が利かない場面が多いとはいえ。

 それゆえに、軌道エレベーターの周囲には、都市が形成されて発展していく。

 時間が経てば、軌道エレベーターから離れた地域にも都市ができるのだが、このスィフルという惑星は、特にこれといって開発を進めるところがないため、既に建造されているいくつかの軌道エレベーターの周囲以外、都市は存在しない。

 宇宙と地上を自由に行き来できる船を利用するのは、物資の輸送という面から見るとコストがかかるが、その代わりかなり融通が利く。

 密輸するような品物のことを考えると、ここは一時的な退避先にちょうどよかったのだろう。


 「宇宙船が離発着する部分に繋がる他の出入口があるようですが、そちらは既に埋められています」

 「さすがにそこはすぐに手を打つか。他に何か有用そうな情報は?」

 「少し待ってください。消えていないものの中に、ロックされているのがあります」


 片手間で見ることができないのか、ファーナはそう言うと口を閉じて静かになる。

 数分後、ロックを解除したのか再び口を開くのだが、その時わずかに険しい表情となっていた。


 「これは……」

 「どうした? どんな内容のがあった?」

 「近隣の星系にある、オラージュの拠点の場所が記されています」

 「それはなんとも嬉しい情報だね。探す手間が省ける」

 「ですが、少々厄介なものも。……口に出したくはないので、船に戻ったあと画面上に文字を表示させたいのですが」

 「つまり、ろくでもない内容だと?」

 「はい」


 ファーナが頷くと、メリアは腕を組んで考え込む。


 「ここで得られる情報で、目ぼしいものはどれくらい残ってる?」

 「拠点の場所と、口に出すのを躊躇してしまうもの、それくらいです」

 「……そうかい。まあ、最低限は満たせたということで、戻ることにしようか」

 「あのあの、それってまた地上で撃ち合いするんですか? 包囲されてる気が」


 多勢に無勢なので、やや気乗りしない様子でルニウは言う。

 既に待ち構えられていることを不安に感じてのことだが、メリアは特に気にしないでいた。


 「問題ない。まずファーナに出てもらって蹴散らしてもらうから。それで建物の安全確保したあと、雇われたスラムの者が逃げるまで撃ち合う」

 「わたしへの扱いがひどいです。あとでお礼とかを期待しても?」

 「はいはい。変なことじゃないならね」

 「まあ、ファーナなら銃撃効かないし、メリアさんの言う通りにするのが一番、かも」


 帰りは明るいので楽だった。

 問題は、地上に繋がる階段をのぼったあとだが、それについてはファーナが突撃を仕掛けて解決する。

 バラック小屋に入り込んでいた者たちを一人一人確実に仕留め、外にいる者と撃ち合いをしながら、メリアたちに建物の中を確保したという合図を出す。


 「何発受けた?」

 「マシンガンとかもあったので、百発くらいでしょうか? わたしだから効きませんが、普通の人間ならとっくに死んでますね」


 服に穴が空いた程度の被害しかないファーナであり、生身の人間が行う銃撃戦においては、もはや無敵といっていいほど。

 その頑丈さは、外にいる者にも伝わり、代表となる者が両手をあげながら近づいてくるため、メリアは相手と扉を挟む形で対応する。


 「降参だ。これ以上の戦闘は避けたい」

 「もっと早く、そう言ってほしかったね。無駄な殺しをせずに済んだのに」

 「言って聞く者ばかりではない。スラムの者からすれば、大金を得る機会なのだ」

 「案内人はどこにいる?」

 「彼はどこかに逃げた。おそらく、そちらを裏切った結果として殺されるのを恐れてのことだろう」


 戦闘が終結したあと、メリアたちは急いで軌道エレベーターを目指し、宇宙港へと移動し、大型船トレニアのブリッジに集まった。


 「さて、ファーナ。どういう代物を地下で見つけたのか表示を」

 「こちらの画面を見てください」


 ブリッジにある小型モニターに、人の名前と年齢、どこから運ばれてきたかが表示されていく。


 「……ミシェル、十三歳、共和国から輸送」

 「サーラ、十歳、帝国から輸送。こっちにはこう書いてありますけど、これって……」


 いくらか名前や年齢が表示されたあとは、どういう“用途”で運び込まれたかが表示される。

 ブラッドを投与し、中毒者にしたあと、経過観察を行う。

 対象の年齢が二十歳になり次第、薬の生産ができる個体のクローンとの子を作成する。


 「……め、メリアさん、この表示されてる文章って」

 「薬はセフィのことだろう。運び込まれた子どもは、実験体といったところだろうね。二十歳に設定しながらも、年齢に微妙な幅があるのは、期間の違いでどういう結果が出るか比べるため」

 「あの、かなりやばい実験をしているのでは?」

 「何をわかりきったこと言ってる。遺伝子弄ってセフィのような存在を生み出したのが教授だぞ。こういう実験をしてもおかしくはない」


 舌打ちしそうになるメリアだったが、我慢して続きを読んでいく。

 この実験の主な目的は、新しくブラッドという薬物を生産できる者を作り出すことにあったが、基本的に失敗続きであることが書かれていた。

 しかし、ある時から方針が変わる。

 それは重度の中毒者にした者から、部分的に若返った部位を切除し、それを各国のお金持ちに販売するというもの。

 あの拠点に残された情報は、これで終わりであり、それ以上のことはわからない。


 「……教授め、予想以上にとんでもない悪党じゃないか」

 「あの、若返った部位ってどうするんです? 研究しようにも、既に肉体から切り離されたんじゃ限界あると思うんですけど」

 「摂取するんだろうさ。人類が宇宙に進出する前の時代、若者の血を輸血すれば若返るんじゃないかという話があった。まあ、効果はなかったんだが」

 「……お金持ちが買って、摂取するってわけですか」

 「不老不死自体は、ありふれた人類の夢。だけどこれだけ科学が発展しても、老化を抑制することが限界。でもそこに、特殊な条件とはいえ若返りが実現できたのなら……藁にもすがる思いで手を出す者はいるだろうね」


 遺伝子関連の研究を行うには、最新の機材などを含めて相当高額な費用が必要になる。

 お金持ち相手の商売により、それを続けることができる程度には稼げているわけだ。


 「ようやく納得した。オラージュという組織はそれなりにでかいのに、どうして教授が乗っ取ることができたのか。圧倒的な資金力を使えば、犯罪組織なんてのはどうにでもなる」

 「それに、教授を排除しようとした者はあの時まとめて死んでしまいましたから、もう組織は完全に教授のものですね」

 「……これ私たちの手に負えない気が」

 「ルニウ、あたしたちがやることは簡単だ。セフィを奪い返して、教授を殺す。たったこれだけでしかない」


 メリアはルニウに対して、優しく言い含めるものの、心の中では険しい表情でいた。

 拠点への襲撃を繰り返したところで、組織とは別に資金を稼げるなら効果はないのでは?

 教授に協力している者のうち、本腰を入れてこちらを排除する者が出始めたら、それだけでも苦しい。

 軽く想像するだけでも前途多難な状況であるが、ここで引き下がることはできない。


 「何はともあれ、あたしに舐めた真似をしてくれた教授は、ただじゃおかない」


 それは決意であると同時に、不安を感じる自分に言い聞かせるものでもあった。

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