第186話 新たな船 新たな危機

 「情報はどれくらい集まった?」

 「それなりに、といったところです」


 比較的真新しい大型船のブリッジ。

 そこではメリアが険しい表情を浮かべて、各国の地図やそれに付随する情報を睨むように見ていた。

 教授という人物が率いている、オラージュと呼ばれる犯罪組織。

 そのオラージュに誘拐されてしまったセフィの行き先を探しているのだが、これといって有力な情報はない。


 「ちっ、セフィの居場所がわかれば、一番手っ取り早い方法が使えるってのに」

 「そうなると、時間のかかる方法を選ぶしかないということになります」

 「あのー、時間のかかる方法って、もしかして……オラージュそのものを潰しに?」


 ブリッジにはルニウもいたが、当の本人はどこか恐る恐るといった様子で尋ねた。

 今のメリアの不機嫌さを見ると、ほんの少しであってもおふざけをすべきではないことが理解できるためだ。


 「ああ、そうだよ。結局のところ、教授がしようとしているのは若返りの研究ってやつだ。だから、研究するための資金や人員を元から断つ」


 遺伝子操作により生み出されたセフィ。

 彼女に違法な薬物を摂取させ、体内で濃縮させたあと血を採取し、その血を精製することでブラッドという薬物が出来上がる。

 そのブラッドという薬物を利用した者のうち、重度の中毒者のみ、肉体が部分的に若返る。

 だいぶ歳を重ねている教授からすれば、若返る可能性がそこにあるならば、研究しないという選択肢は存在しないわけだ。


 「……問題は、どれだけの勢力と裏で繋がってるかだが」


 そして厄介なことに、若返りの研究ともなれば……相手が犯罪組織であろうとも、すべての国の大勢の人々がそれを支援するだろう。

 資産家、貴族、政治家。

 国家において影響力を持つ、そのような者たちが動くならば、戦力の乏しいメリアでは苦しいものがある。

 ならばどうするべきか?

 取れる手段のうち、すぐに効果が出るものを実行するしかない。

 最良なのは、セフィのいるところに直接向かって取り返すというもの。

 しかし、今はどこにいるかわからないため、オラージュという犯罪組織を叩く方針でいた。

 力ずくで研究の邪魔をすれば、交渉のために嫌でも向こうから接触してくるだろうし、あるいはセフィのいる場所の情報を得られるかもしれない。


 「戦力を増やしたいところですが、わたしたちが乗っているこの大型船は、アルケミアと違って内部に工場が存在しません。つまり船などを作って戦力を増やすことができないのです」

 「買うのも限界がある。既に多くの援助をソフィアから貰ったから、新しく援助を貰うのも難しい。そうなると、金も稼げる襲撃をするしかない」

 「結局、海賊として活動しまくると」

 「金を稼ぎつつ、相手に痛手を与える。やらない手はない」

 「うわーお、怒ったメリアさんって恐ろしいですよ。いやほんと」

 「理解してるなら、あたしを怒らせるような真似は慎むように」

 「……でも、平和な時はいいですよね?」


 ピシッ


 「あいたっ」


 ため息混じりにメリアは無言でルニウの眉間を指で弾くと、ファーナの方を見る。


 「そういえば、この大型船の名前は? 買った時のやつがあったろ」

 「ええと、データベースにはトレニアと記されています」

 「ありふれた名前だ。けれどそれがいい。海賊として活動する分には」


 トレニアという船は、大きさは一キロメートル級のアルケミアとほぼ同等。

 それ以外は違うところばかりだが、ビーム砲の数や威力にシールドの耐久力など、船単体の戦力として見るならアルケミア以上。

 ただ、船内で無人機を生産することができないため、どうしても総合力では劣る。


 「まずは、オラージュを襲撃して金を稼ぎ、その金で戦力を増やす。……あとは、フルイドの意見はどうなのか聞こう」


 今率いている百隻ほどの艦隊は、ユニヴェールへの襲撃が終わったことで元々の戦力よりも数を減らしているが、艦隊にはフルイドが五体参加している。

 メリアは、人間以外の知的生命体であるフルイドに通信を入れると、とある犯罪組織を攻撃するのでしばらく戻れないことを伝える。

 それと同時に、戻りたい者は艦隊から抜けてもいいことを伝えると、フルイド側は全員が残ることを選択した。


 「ありがたいけど、いいのかい?」

 「我々は、意識が伝達される他の者たちのためにも、様々なところを巡りたいと思っている」

 「補給のために色んな惑星に立ち寄るのだろう? 人間風に言うならば、もっと観光がしたい。もちろん、危険な道のりであることは理解している」

 「助かるよ」


 フルイドという種族は、独自の考えをもって行動している。

 だからこそ、メリアの手伝いをしてくれるわけだ。

 その後、以前配下にした海賊のルガーを通じて近隣の犯罪組織の情報を手に入れたあと、オラージュの拠点があるという場所へ向かう。

 惑星の地上にあるとのことで、別の星系へ移動したあと、遠くに見える惑星に寄る前に武装の確認などを済ませる。

 その時、怪しげな中型船が近づいてくる。

 どういうことか警戒していると、通信越しに助けを求めてきた。


 「……そこの艦隊を率いているお方。申し訳ないのですが、助けてはもらえないでしょうか? 推進機関が故障し、通信機器にも異常が発生していまして、惑星に連絡を取ることができないのです」

 「……惑星まで牽引するだけでいいですか?」

 「ありがとうございます、ありがとうございます」


 メリアは当たり障りのない態度で答えると、画面の向こうの相手は頭を何度も下げた。

 牽引する程度ならそこまで手間ではないので、ワイヤーなどで固定したあと、惑星へと向かうのだが、再び通信がが入ってくる。

 どうしても直接会ってお礼を伝えたいとのことだったので、メリアは内心舌打ちしつつも、代表者たち数人をトレニアへと招き入れた。


 「初めまして。私はマイクと言います」

 「メリアです」


 相手が部分的にしか名乗らないため、メリアも一部を隠す。


 「メリアさん、あなたたちが来なかったら、我々はとても大変なことになっていました。改めてお礼を言わせてください!」

 「いえ、そこまで大したことでは」


 あまりにもこちらを警戒していない有り様に、さすがに気の抜けるメリア。

 拍子抜けと言ってもいい。

 感謝の言葉を聞き流していると、マイクがお腹を押さえながら青い顔で口を開く。


 「す、すみません。トイレをお借りしてもよろしいでしょうか」

 「……はぁ、フロアガイドがあるのでそれを参考にどうぞ」


 ややわざとらしさを感じなくもないが、目の前で漏らされても困るので、メリアはやれやれといった様子でトイレの場所を教える。

 大きい船なので、客船ほどではないが迷わずに済む用意というのはそこそこある。

 少ししたら出てくるだろうということで、残った者をそれとなく眺めた。

 一般的な宇宙服姿であり、かろうじてわかる顔からは、あまり良い暮らしをしてこなかったことが窺える。

 栄養の偏った食事ばかり、それも量が多くない。そんな生活が読み取れるわけだ。

 携行している武装の類いは、自衛用のビームブラスターのみ。

 非殺傷設定しかできないよう制限がかけられた代物のようだが、メリアが背中を向けた瞬間、銃口を向けてくるので、いったいどういうことなのか問いかける。


 「いきなりの暴挙、どういうことなのかお聞かせ願っても? 返答次第では、無事では済まない」


 ファーナとルニウはこの場にいるため、既に銃器を構えていたが、メリアが撃たないよう指示を出すため、辺りは緊張に満ちていた。


 「あなた、メリア・モンターニュですよね?」

 「……で?」

 「死んでください」


 相手が撃つ前に、メリアはビームブラスターを引き抜いて手足を撃ち抜く。当然ながら、扱うのは殺傷設定にできる非合法な代物。

 まさかの早業に、相手は驚いたような様子でいた。


 「ぐっ、そんな……」

 「手足に当たってよかったよ。もし胴体とかだったら、殺していたかもしれない」


 無力化した相手に近づくと、床に落ちているブラスターをファーナに投げ渡してから尋問を始める。

 ぐりぐりと銃口を頭に押しつけながら。


 「何が目的だ? 事前に仕組んでいるということは、どこかの組織の手の者か?」

 「…………」

 「黙秘したいなら、好きなだけすればいい。こっちはね、無理矢理に口を割らせる手段をいくつも知ってる。……ルニウ、武器を持ってすぐにマイクとやらの確保を。ファーナは機械を遠隔操作して支援」

 「はい」

 「わかりました」


 メリアの指示を受けてルニウはすぐに向かおうとするが、扉を開けた瞬間、目の前に透明ながらも揺らめく存在がいるのに気づき、即座に後方へと飛び退いた。

 それと同時に、先程までルニウがいた場所に何か頑丈なものが叩きつけられる音が響くと、ファーナが警戒混じりに叫ぶ。


 「気をつけてください! そこには小型化したキメラが!」

 「くそったれ。手元にろくな武装がない時に来るとはね。そもそもどうやってこの中に」


 重火器の類いは、別の場所にある。

 いつも持ち歩くのは不便だからだ。

 とはいえ攻撃しないわけにもいかないため、怪しい方へ何発か撃ち込むと、ステルスらしき偽装は消えて見覚えのある姿が現れる。

 いくつもの生物を掛け合わせたような異質な存在。

 かつて苦戦したキメラが、そのまま小さくなったような姿でそこに立っていた。

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