第187話 改良された生体兵器
キメラはすぐに動くと、メリアへ攻撃を仕掛けようとする。
二本の足と四本の腕を持ち、合計で六つの支えを利用することで、素早い接近を可能としていた。
「メリア様!」
「ぐ……」
人間の身体能力では、完全に回避することは難しい。
そのため、ファーナは一気に飛び出すと、メリアを突き飛ばす。
それによってキメラの攻撃が代わりにファーナに直撃するが、吹き飛ばされて壁にぶつかる以外はこれといった被害はない。
今動かしているのは、頑丈さに定評のある少女型の端末であるため、小型化したキメラの攻撃は効かないわけだ。
だが、小型な分キメラは身軽であり、反撃をしようとしてもすぐに距離を取られてしまう。
「まずいです。メリア様がかつて戦った大きいのよりは弱いですが、その分だけ厄介さが増しています」
「……大型の銃器でないとまともな損傷を与えられない耐久力。鬱陶しいほどの素早さ。さらにある程度の知能を持つ。あとは、こっそりと持ち込めるようなコンパクトさもあるか。これ作った奴は、まったくもってくそったれな限りだよ」
ファーナの頑丈さを警戒しているのか、キメラはまるで様子見をするように一定の距離を保っていた。
そして倒れている者に近づくと、四本の腕で回収してからこの場を離れた。
とりあえず危機を脱したとはいえ、厄介な状況は続いている。
「船内で動かせるロボットとかを使って、キメラを排除したいところだが」
「倒れている者を回収する動きを見る限り、避けて移動しそうです。もしかすると破壊される可能性があるかもしれません」
「……そもそも、あの小型化したキメラがあれ一体だけとは思えないしね。どうしたもんだか」
小型化しているとはいえ、人間の大人よりやや小さい程度。
それゆえに、人間が利用することを前提にして作られた宇宙船の中において、小型化したキメラはその能力を十全に発揮できる。
警備用のロボット、武装させた機甲兵、そういった代物を容易に破壊できてしまう。
「ひとまず居場所を把握しよう。船内のカメラの映像はどうなってる?」
「部分的に破壊されていますが、なんとか追えています」
トレニアという大型船は、既にファーナの一部となっており、船内のカメラを通じて相手がどこにいるか確認できた。
そしてその情報は、小型の端末を通じてメリアとルニウにも共有される。
今は船内の通路を移動しているが、やがて会議室として使える大きな一室に入り込む。
他の場所に通じてはいないため、追い詰めることは簡単だが、相手の意図が読めない。
「向こうは何してくると思う?」
「ほぼ確実に、わたしたちにとって不利益なことかと」
「どうします? 追います? それとも……」
「一度、安全なところまで下がる。ブリッジ辺りで籠城するしかない」
手元にある武器だけではどうしようもない。
かといって、キメラに効果がありそうな武器を取りに行くのは危険が大きい。
全員でブリッジに向かったあと、通路に繋がる扉にはロックがかけられる。
ファーナがロボットを遠隔操作して、大型の銃器を持ってくるのを待つというわけだ。
「ファーナ、マイクがどうなってるか確認できるか?」
「船内のカメラが最後に捉えたのは、トイレですね。非武装のドローンを送り込みます」
すぐに動かせる機械となると、どうしても武器を搭載できないほど小型のものになる。
小型無人機のカメラを通して現場の状況を確認しようとするメリアであったが、トイレ内部の光景を目にした瞬間、顔をしかめた。
トイレの個室から血が流れており、それは途中まで続いたあと、通路に出る前に途切れている。
ドローンが血の跡を辿って個室の中を確認すると、宇宙服を脱いだ状態で全身から血を流しているマイクの姿があった。
「……なんなんだ、いったい」
「生け捕りにするのは難しそうです。連れてくる間に死ぬでしょう。そもそもここに来るかどうか」
「これって、もしかして体内にキメラを仕込んで……いやでも、明らかに人間の中には入れなさそうな大きさだったし。ううーん……」
表示される映像を見て、ルニウはいくらか予想をするが、その予想を裏付けるものはない。
やがて、マイクは目の前にあるドローンに気づいたのか、わざわざ手招きをする。
何か言いたいことがあるようで、求められた通りにドローンが近づくと、マイクはゆっくりと口を動かす。
「……は、はは、驚いたよ。大型船なのに乗組員が全然いない。だから、あんたたちを殺せば金になる」
聞き取れる言葉はそれだけだった。
あとは言葉らしきものを発するだけ。
やがて、血を流し過ぎたせいか動かなくなる。
「ふん、どこの誰があたしを殺すよう依頼したんだか。しかも、くそったれな生体兵器を用意してまで」
そうは言うものの、思い当たるのは一人しかいない。
今この状況において、メリアに死んでほしいと思う人物。
ユニヴェールの残党にしては小規模過ぎる。
そもそも小型化したキメラの運用となると、遺伝子関連の技術に通じていないと難しい。
そうなると、遺伝子操作によってセフィを生み出した教授しかないわけだ。
「メリア様、報告することが」
「うん?」
「また新しく血の跡が増えました。小型化したキメラがさらに増えた可能性が」
それは先程の大きな一室。
付近のドローンを向かわせると、今まさに生まれ落ちたキメラの姿と、血を流している人間の姿を確認することができた。
まだ無傷な者は、自分で自分の肉体を切ると、体内に仕込んでいた握り拳程度の大きさをした卵を取り出す。
その卵が床に落ちると、すぐに孵化し、キメラの幼体が現れる。
この時点でメリアたちの表情は険しいものになるが、このあとが問題だった。
「……成長、している」
「通常の生物では不可能な速度です」
「う、気持ち悪い……」
自らの肉体を切り開いた者は、宇宙服の中に仕込んでいた水となんらかの粉末が入ったパックを取り出すと、それを開けて床にぶちまける。
すると、粉末は水を吸って急速に膨れ上がり、キメラの幼体はそれを食べていく。
食べれば食べるほどにキメラの肉体は成長していき、少しすると見慣れた姿となる。
人間は食べないのか、床の血を舐めるだけ。
破壊されないうちにドローンはその場を離れた。
「見る限り、ずいぶんと便利な代物になってる」
「確かに。惑星マージナルでのことを思えば、かなり扱いやすくなってますよ」
以前あった巨大なキメラとの戦闘を思い返す二人。
あの時聞いたのは、無理にいくつもの遺伝子を組み合わせたからか、まともに命令を聞かないというもの。
強力であることには違いないが、制御できないのでは兵器としては欠陥品もいいところ。
だが、小型化したキメラは、無闇に人間を襲うことはなく、指定された相手だけを攻撃する。
しかも、敵味方の認識がはっきりとできているため、兵器としての完成度はこちらの方が高いと言い切れる。
「まあ……つまりは厄介ということに他ならないわけだが」
いったいどれだけのキメラが投入されたのか?
それを知ることは難しい。
数は多くないとしても、光学迷彩をした機械のように透明になることができるのはかなりの脅威。
「メリア様、遠隔操作している機甲兵とキメラが遭遇しました」
「状況は?」
「透明になっていたようで、奇襲を受けました。ただ、完全な破壊とまではいかなかったため、反撃したらすぐに隠れました。かなり慎重なようです」
「……透明になった状態を見破れるのは、ファーナの人型をした端末のみ。あれをやるしかないか」
メリアは盛大なため息をついて、一つの決断をする。
それを見たルニウは尋ねた。
「メリアさん、あれって?」
「人間であるあたしたちがこの船から出たあと、ファーナの手で加速と減速を繰り返す。慣性制御システムを切った状態で」
「……あー、あれですか。掃除とか大変になりますね」
「ファーナ、ちまちま相手にすることは面倒だ。一気に対処するために、あたしたちは外に出る」
「わかりました。機甲兵などの無人機は、護衛として同行させます。それと、すべての隔壁をおろして、外部に繋がる扉もロックをかけます」
あとは簡単だった。
多数の護衛に囲まれたメリアとルニウは、一番近い脱出艇に乗り込むと、そのまま宇宙空間に出る。
格納庫にあるヒューケラとオプンティアの二隻については、損傷しないよう遠隔操作で格納庫から出てくる。
「では、始めます。一応、降伏を呼びかけますか?」
「やるだけやってみてくれ」
ファーナは、船内に閉じ込めた者たちに対して降伏するよう求めた。
もし降伏しないなら、慣性制御システムを切った状態で急な加速と減速を繰り返すということを伝えた上で。
「返答は?」
「駄目でした。伝えた時は迷っていましたが、降伏を口にしようとした瞬間、その者をキメラが襲いました」
「……キメラは、もっと上の奴の命令に従っているわけか。なら仕方ない。あとの話は、あの船にいる者から聞き出そう」
「わかりました。始めます」
宇宙船というのは、大気圏の中を飛ぶ航空機と比べて圧倒的な速度を出すことができる。
当然ながら、その慣性はかなりのもの。
内部の人間がどうなってもいいのなら、目を疑うほどの速度を出すことができる。
しかしそれでは意味がない。
慣性制御システムにより、人間はなんとか宇宙船をまともに利用できている。
それを切った状態で急な加速と減速を繰り返したらどうなるか?
答えは簡単。
機械の部品などが混ざった挽き肉やスープが出来上がってしまう。
「完了しました。しばらく船内を捜索したあと、問題ないことを確認したら再び報告します」
「……ああ」
ファーナの淡々とした言葉を受け、メリアは目を閉じたままわずかにため息をついた。
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