第185話 研究資金稼ぎ

 既に何日が過ぎたのか。

 無機質な部屋の中にあるベッドで寝ていたセフィは、ぼーっとした状態で天井を眺めていた。

 代わり映えのしない退屈な日々があとどれだけ続くのかと考えていると、扉越しに声がかけられる。

 それは教授の声だった。


 「あと数時間ほどで、この船からは降りることになる。今のうちに準備をしておきなさい」

 「どこに降りるのか聞いても?」

 「秘密基地の一つとでも言おうか。それ以外は言えない」


 準備といってもすることはほとんどない。

 じっと待っているとやがて扉は開き、教授と共に船を降りることに。

 外部に通じる連絡通路を渡ると、窓になっている部分から、宇宙空間と今から向かう場所を見ることができた。

 それは小惑星を利用した基地。

 内部は宇宙港などで見慣れた内装であるが、外側はただの小惑星にしか見えないようカモフラージュされている。


 「オラージュの保有する基地、ですか」

 「いいや。オラージュを手に入れる前から私自身が保有している個人的なものだよ。居住性を高めるために、何回か改装をしていたりはするが」


 その基地は、百人前後が暮らせる程度の設備しかなく、艦船の整備を行うこともできない。

 カモフラージュを優先しているため、砲台の類いは存在しない。

 一応、内部に銃火器はあるものの、基地と呼ぶにはあまりにも頼りない。

 ただし、最新の研究設備はしっかりと揃えられており、それが意味するところを理解できないセフィではなかった。


 「若返りの研究のために作ったんですか」

 「ああ。彼女に邪魔されずに済むところを探すとなると、こういうところしかなくてね。……さて、早速だが血を採取させてもらう」

 「取りすぎないようにお願いします」

 「わかっているとも。君が亡くなっては、老化抑制をも超える若返りという可能性が閉ざされてしまう」


 清潔な一室に向かうと、注射器によってセフィの腕から血が少し抜き取られる。

 すぐに成分の分析と、ブラッドという薬物の精製が行われ、さらには実験体となる人物がいる一室へと移動することに。


 「何人かいますが」

 「薬物を使用しない健康な人間、既存の薬物を使用した不健康な人間、さらには老人と若者も取り揃えた」

 「実験体となる人を見せる意味は?」

 「何もない部屋でじっと待ち続けるのは退屈だろう?」


 教授のその言葉を、セフィは否定できなかった。

 何も言わずにいると、教授は画面上に映る実験体の方へと意識を集中する。

 まずスピーカー越しに呼びかけると、目の前にある機械へ腕を置くように指示を出す。

 そのあと手元のコンソールを操作し、精製したブラッドを注入すると、今日のところは実験は終了となる。

 重度の中毒者になってもらってからが本番なのであり、そうではない初期の段階では、そこまで気にかける意味合いはないというわけだ。


 「さて、ブラッドに関係するものはこれで終わりとなる。まだ何か見学したいなら、残っても構わない」

 「何をするのか聞かないことには決められません」

 「密輸のための手術。それも、いささか刺激的過ぎるタイプの」

 「……人間の体内に入れるための手術ですか」

 「理解が早くて結構」

 「見るだけ見ます」


 別室に移動すると、室内にあるモニターからどこかの手術室が映し出される。

 一人の男性が寝かせられ、周囲を数人の男女が囲み、教授からの指示が出ると手術が開始される。


 「何を密輸すると思う?」

 「わかりません」


 麻酔を打ち、腹部をメスで切り開く。

 そこから予想するに、人間の体内に何か仕込むのだろうが、どういうものかは予想がつかない。

 これでもセフィは、生まれてからほとんどを犯罪組織で過ごしていたため、このような組織が取る大抵の手口について把握している。

 密輸するなら、大量の船の貨物にこっそりと紛れさせるのが代表的であり、わざわざ人間を手術してまで運ぶような代物が思いつかないのだ。


 「生体兵器の材料、とでも言おうか」


 教授の言葉に、セフィは首をかしげる。

 だが、どういう代物が体内に入っていくのかを画面越しに見ると、その顔には嫌悪が浮かぶ。

 何か鼓動している小さな物体。それは明らかに異質な代物。


 「あれは、いったい……」

 「セレスティア共和国の、マージナルという惑星で起きた事件を知っているな? その件に関係しているアステル・インダストリーが作り出した、キメラという生体兵器。共和国の政府からしたら身内の恥どころではない一件だが、しばらく前にそれのサンプルを入手することができてね」

 「あの物体は、キメラとでも言うつもりですか」

 「そうなる。あれは一種の卵だよ。以前、帝国の内戦ではキメラが大規模に投入された。誰が運用したのかは置いておくとして、オラージュは帝国でも活動しているから、裏の繋がりを使ってサンプルを手に入れることは簡単だった」

 「……キメラに、さらに手を加えた生体兵器を作ったんですか?」


 セフィの問いかけに、教授はわずかな笑みを浮かべると頷いた。


 「ああ、そうなる。あれは興味深い代物だからね。扱いやすいように改良した。サイズは小さくなり、凶暴さを抑えてある。その分、戦闘能力や思考能力は下がったがね」

 「どこに売るつもりですか」

 「あらゆるところに。お手軽な生体兵器ともなれば、それを求める者は多い。裏の社会で生きる者は当然として、表の社会で生きる者も」


 アステル・インダストリーが作ったキメラという生体兵器は、性能が良いからか値段は高い。

 新たに販売されることはないとはいえ、既に流通している個体は少数存在する。

 それを商機と考えたのか、教授は性能を低くしてサイズを小さくし、その分だけ安い生体兵器を売るつもりのようだった。

 どうしてそんなことをするのか、セフィは聞かない。

 若返りの研究資金を集めるためであることは明らかだからだ。


 「既に顧客はたくさんいそうです」

 「商売だからね。作ったあとはどう稼ぐかも考えないといけない。そういう意味では、海賊や犯罪組織はありがたい商売相手ではある」

 「そんなお手軽な生体兵器を、特定の誰かにぶつけるために販売している可能性はどれくらいありますか」

 「さて、誰のことを言っているのかな? 売った相手が何に使おうと、私にはどうすることもできないのだから」


 値段を安くしてあるとはいえ、生体兵器というのはそれなりに高価ではある。

 もし、割引する代わりに特定の人物を狙うよう取引相手を誘導したなら、鉄砲玉として使えてしまう。

 メリアへの攻撃を危惧するセフィだったが、教授は明確な答えを出さずに誤魔化した。


 「サイズを小さくすることで、維持するコストを下げてある。それゆえに小さな組織でも運用できるだろう。体内に仕込むのは、銃器を持ち込めないところでも中に持ち込めるようにするため」

 「……なんとも恐ろしい話ですね」

 「この程度、些細なことではないかな? セフィ、君がブラッドを摂取した者を一斉に死なせたことに比べれば」


 セフィには特殊な能力がある。

 それは、どのような形であれ自分の血を摂取した者を操ることができるというもの。

 教授はこのままでは話が逸れることを危惧したのか、見学を一時的に中断すると、セフィがしばらく過ごすことになる個室へと案内する。

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