7章
第184話 囚われの身の少女
飾り気のまったくない無機質な部屋の中において、白い髪と赤い目を持ち、さらに褐色の肌をした少女が一冊の本を読んでいた。
その本は文字ばかりの代物で、内容は難解、しかも分厚い。
その顔にはわずかな不満が浮かび上がっており、今の状況をよく思っていないことは明らか。
そんな彼女が本を読んでいる途中、扉が何回か叩かれると、メガネをかけた初老の男性が入ってくる。
「セフィ。気分はどうだね?」
「あまりよくありません。部屋は狭苦しく、退屈で仕方ない」
「すまないが、もうしばらく我慢してもらいたい」
「では教授。これはもう読み終えたので、別の本を」
学園コロニーで学生生活を送っていたセフィは、オラージュという犯罪組織に誘拐され、今こうして閉じ込められている。
そして彼女の目の前にいる男性は、オラージュという組織を乗っ取り、セフィを誘拐するよう指示を出した張本人であった。
付け加えると、彼は以前いた別の犯罪組織において遺伝子関連の実験を繰り返し、偶然とはいえセフィを生み出した人物でもある。
いくつもの名前を持ち、今は教授とだけ名乗っている彼は、セフィからの要望に頷くと別の分厚い本を手渡した。
「そう言うと思って、持ってきている」
「タイトルは……人類の星系間移住:歴史と未来。これは学園にいる間に図書室で読みました」
「ふむ、勉強熱心でなにより。ならば別のを持ってこなくては」
既に読んでいるという言葉を受け、教授はわずかな笑みを浮かべると、数十秒ほどで新たな本を持ってくる。
「これはどうだろう?」
「量子宇宙論:多次元空間の解読。これは読んだことがないです」
「そうだろうとも。買ったばかりで私も完全には読み終えていなくてね」
「そうですか」
それはどうでもいいと言いたげなセフィの様子に、教授はやや苦笑すると頭を軽く横に振る。
「そのような態度は悲しく思える」
「学生としての暮らしを満喫していたのに、それを邪魔してきたのが悪いとは思えませんか?」
「多少の申し訳なさはある。しかし、より大きな目的のために我慢してもらいたい」
「ブラッドの生産のためですか」
「ああ。君の血から精製できるその薬物は、魔法の金属でさえ不可能なことを可能にできるのだ」
教授は語る。
かつてブラッドを摂取した者のうち、重度の中毒者の肉体のみ、部分的とはいえ若返っていた。
仕組みはわからず、重度の中毒者ともなれば日常生活にも問題があるため、改良を進めないと利用するのは現実的ではない。
だが、若返ることによる不老は実現できる可能性があるのだ、と。
「手に入れるために大金が動くエーテリウムですら、老化の抑制しかできない。しかし、君はそれを超える力を持っているのだ」
「……協力したくありません。無理矢理に誘拐されたので」
「セフィ。君が望まなくても、私が望んでいる。ならば協力する以外の道はない。わかるね?」
「そんなに若返りたいんですか」
「歳を取れば、その質問には誰もが頷くと思う」
教授は自分の頭に手をやると、茶色の髪の毛に混ざる白髪にも触れていく。
年齢によるものか、彼の茶色い頭は半分ほどが白くなっている。
「老いというのは、とても恐ろしい。まず外見から変わっていき、同時に体内も変わっていく。弱く、脆くなっていくことを日々実感していく恐怖。これは、若者にはわからないものだ」
「…………」
「若い頃の食生活が無理になる。若い頃のような体力は消え、関節の痛みに悩まされるようになる。老化の抑制は、根本的にこれらをどうにかすることはできない」
語っていくうちに、その目にはギラギラとした輝きが生まれる。
「なに、数ヶ月もあれば研究は進む。私の頭脳ならば、重度の中毒者だけが若返った仕組みを解き明かすことはできるとも」
「ずいぶんな自信です。でも、義理の母親が取り返しに来るので、教授の望みは叶わないかもしれません」
「メリア・モンターニュ。君の義理の母親となった彼女への備えを、何もしていないと思うかね?」
「どんな備えがありますか」
「言えるものと言えないものがある。言えるものとしては、メリアに見つからないよう隠れるところから始めるわけだ」
宇宙というのは広大であり、三つの国という限られた範囲ですら、周囲との接触をなくすことができれば特定の誰かを探し出すことは困難になる。
しかし、それはかなり難しい。
物資の補充、特に研究などを行うなら周囲との関わりをなくすことは不可能とも言える。
本当にできるのか、セフィは疑問に思うような視線を向けるが、教授は一度目を閉じると軽く息を吐いた。
「ふむ、疑っているようだね」
「できるとは思えません。若返りのために研究するというのなら、なおさら」
「まあ、そう思っていればいい。あとは君には言えない部分だから」
教授は部屋から出ていき、セフィだけが残される。
することがないので新しい本を読んでいくが、教授がまだ読み終えていないというだけあって、内容は先程の本よりもさらに難解。
十分の一も理解しないうちに、食事の時間が訪れる。
「何が食べたい? できる範囲で叶えてあげよう」
他の者ではなく、教授自身が聞きに来るため、セフィはわずかに首をかしげた。
「わざわざ自分自身で聞きに来るのは、乗組員が信用できませんか」
「どちらかといえば、そうなる。オラージュ内部の改革は進めているが、大半がただの犯罪者でしかない。私の望む知性や精神を持った者はわずか」
「大変ですね」
「やれやれ、他人事ではないのだがね」
「食べたいものは、パスタとかの麺類です」
「市販されているものでいいかな?」
「料理人がいないのにそういう言い方もどうかと思います」
「ふむ、違いない。では、温めたあと持ってこよう」
数分後、湯気と共にクリームと絡んだパスタが運ばれてくる。
近くの小さなテーブルに置いたあと、教授は出ていこうとするが、セフィはその背中に声をかけた。
「これには、薬物が入っていますか」
「ああ。味を損ねない程度には入っている。まずは複数の薬物を体内で濃縮させ、ブラッドを入手できるようにするところから始めないといけない」
「入っていないものが食べたいのですが」
「なら、いくらか君に配慮するとして、食後のデザートの類いには薬物を入れないようにしよう」
「……飲み物の方もなしです」
「わかっているとも。私は君の望みをある程度は尊重する」
子どもと大人。
二人の視線はぶつかり、しばらく無言のまま時間が過ぎていく。
最初に口を開いたのは教授だった。
「このままでは冷めてしまう。早く食べなさい」
「わかりました」
仕方なくといった様子でセフィは食器を手に持って食べていき、教授はどこか監視するかのように食事を眺めていたが、その途中でセフィは口を開く。
「ちょっと聞きたいことが」
「何かな?」
「実物の本を持ち歩くのは、邪魔になりませんか」
それは何冊も分厚い本を目にしたからこその質問。
教授は室内にある本を手に取ると、パラパラとページを無造作にめくっていく。
「紙のままだと、だいぶスペースを取る。重量もそこそこある。電子機器の中にすべてのページを入れてしまえば、軽くて場所を取らないようにすることができる。しかし、紙の本というのはだね、実績があるのだよ」
「電子機器よりも長持ち、ですか」
「その通り。千年や二千年以上も前の古い時代に作られた代物であっても、今も読める状態のものが存在している。電子機器に保存したものでは、それだけの月日を越えることは難しい。まあ、中身のデータを新しいものに移していくなら別だが、それはそれで手間がかかる」
教授はそう言うと、セフィがきちんと食べ物を口にしたのを見届けたからか部屋を出ていく。
そして扉が閉まったあと、口元に手をあてて何か考え込む素振りを見せた。
「……そう。古い技術というものは、案外馬鹿にできないものだ」
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