第183話 一つが終わっても次へ

 「私を捕らえて何を求める?」

 「それはこれから決める。死にたいなら、今ここで殺してやるが」


 ファーナが操る大型船の格納庫。

 そこではユニヴェールの頂点に君臨していたマクシムが拘束されており、彼の周囲にはメリアなどの主要な者たちが集まっていた。

 ファーナたちを拠点に案内した海賊もいくらか混じっているが、その中の一人はメリアに対して、驚きや怒りなど複数の感情が混ざった表情を向けていた。


 「……で、そっちの若いのはどうしてそんな表情をこっちに向けてるのか」


 無視しようにも、離れてても感じ取れる視線はどうしても無視しきれず、メリアはため息混じりに言う。

 これを受けて、海賊たちの中から帽子を被っている老人が前に進み出る。


 「すまんね。通信越しじゃ声しかわからないから、あんたの姿を目にして驚いてるんだよ。うちのルインは」

 「向こうで何か変な風になってる理由は?」


 メリアは若い男性を指差す。

 唸りながらしゃがんだり立ち上がったり、時には顔を手で覆ったり、かなり落ち着きがない姿が見えた。

 そんな様子に、帽子の老人は苦笑混じりに肩をすくめると、メリアに近づいてから小声で囁く。


 「……あんたが美人過ぎたからだろうな。あの時宇宙港で負けた時のことを覚えてて、直接会えるということで、いざ何か言ってやろうと意気込んでいたんだ。でも、美人過ぎるせいで言うに言えないときた」

 「……やれやれだね」

 「あれでまだ十六歳のガキだからな。多めに見てやってくれ」

 「若いね。何年前からそっちの船に?」

 「六年前。さすがに驚いたが、まあそれは置いておこう」


 当時のことをあまり話す気はないようで、老人は離れようとする。

 しかし、メリアは引き留めた。


 「次は、目の前にいる老人の名前と正体について聞きたくなってきた」

 「おっと、なかなか気が早い。まあ、次のことを考えると、教えなきゃならんだろうね。ただ、名前は仕事のたびに変えるから言う意味がない」

 「仕事に使わない本名は?」

 「ははは、勘弁してもらいたい」


 帽子の老人はそう言うと、周囲を見渡してから軽く深呼吸する。


 「新しく出会った者、昔から付き従った者、そのどちらにも伝えねばならぬことがある。これまで海賊として、それなりに上手くやってきたがね? それもこれも、すべてホライズンの中央政府との繋がりがあってこそ。ま、ようするに政府の目や耳となって色々と情報を流していたんだ」


 軽い調子で重大な事実が語られる。

 メリアたちはそこまで驚きはしなかったものの、老人に付き従っていた者たちは一気に騒がしくなる。


 「お頭、それはマジなのですかい?」

 「ああ」

 「い、いつから?」

 「何十年も前からだ。しがない海賊だった当時、ホライズン星間連合の中央政府様が接触してきた」


 広大な宇宙空間で活動する海賊。なかなかに厄介なこれをどうにかするためには情報が必要だ。

 とはいえ、表に生きる者たちでは色々と限界がある。

 そこで星間連合は海賊に目をつけた。

 その道に通じている者の方が、より詳しい情報を得やすい。

 表に生きる者が海賊の中に紛れるよりも、元から海賊である者を自分たちの協力者にしてしまう方が手っ取り早い。

 それに安上がりでもある。


 「わたしたちを案内してくれたのは、政府の望みがユニヴェールを弱体化させることだからですか」


 ファーナの問いかけに対し、帽子の老人は頷く。


 「そうだ。場所とかの情報はあっても、対処するための戦力が足りない。なにせ、ホライズン星間連合は一枚岩じゃない。驚くなかれ、中央政府様の一部は、なんとユニヴェールと繋がってたりするのだから。……それについては、そこにいる半分機械のご老体がよーく知ってるはず」


 拘束されていて動けないマクシムは、わずかに顔をしかめる。

 一連の流れを見届けたメリアは、目頭を軽く揉むと、近くにある機械の残骸に腰かける。

 今こうしている間にも、外の宇宙空間では大量の残骸を回収しており、その一部がこの格納庫にもあるのだった。


 「結局、どうするつもりなのか聞かせてほしいね」

 「生き残りは逮捕、場合によっては保護されることになる。犯罪やらずに過ごしている子どももいるのでね」

 「なるほど。で、あたしたちはどんなお礼を貰える? ここまでの協力、それ相応のものが欲しいところだけど」


 お礼についての話題になると、帽子の老人は腕を組んで考え込み始める。


 「うーむ……政府としては、犯罪者と協力していることを明かしたくはない。なので、足のつかないお金がそちらへのお礼となるだろう。あとは、星間連合における犯罪や違法な行為の黙認も含まれる」

 「金額については、こちらで算出したのを要求しても?」

 「大丈夫なはずだ。向こうからすればお金で済むなら安いものであるから」

 「ところで、この会話はそこのマクシムに聞かれてるが」


 メリアはそう言うとマクシムへ視線を動かす。

 破れかぶれに何もかも言いふらす可能性を危惧してのことだった。


 「どうせすぐに死ぬ。政府の手で処分したいそうだから、引き渡すまでは生き延びる。そのあとは……言わなくてもわかるだろう」

 「国の艦隊はどのくらいで来る?」

 「今から連絡すれば、一日くらいで来るはず」

 「なら連絡入れてくれ。その間にやることを済ませるから、ついでに出ていってほしいね」

 「マクシムは引き取るぞ」

 「ああ、いいよ」


 帽子の老人は、配下に命じてマクシムを運び出そうとする。

 作業用ポッドの中に入れて、ポッドごと自分たちの船に移すわけだ。

 だが、その前にマクシムはメリアの方を見て言う。


 「オラージュについて知りたくないか? 私は教えることができる。その代わり……」

 「聞く必要はない。教授が動くとして、何が目的かは予想がついてる。さっさと戻って対抗する用意をすればいい」

 「待て。ユニヴェールの財産に興味はないか? 私を助けるならそれを君に」

 「いらない。表でも裏でも稼ぐ方法はある」


 メリアはマクシムからの申し出を次々に拒否すると、ポッドに入れられて運び出されるのを見届ける。

 そしてそのあとは大型船のブリッジに向かい、ファーナとルニウを見ながら、ややためらいながらもお礼の言葉を口にする。


 「ファーナ、ルニウ。今回は助かったよ。ありがとう」

 「お礼はどのようなものがいいでしょうか?」

 「悩みますねえ」

 「はいはい。二人へのお礼についてはまたあとで。今はやるべきことがある。周囲の残骸から金になりそうなのを優先して回収するのと、オリヴィアの棺を作ること」


 オリヴィアの名前が出てくると、ファーナとルニウはやや複雑そうな表情となる。

 とはいえ、感傷に浸ることはできない。

 死ぬ直前に本人が口にした、高い棺に入れてほしいという望みを叶えるため、船内にある資材で作成していくことに。


 「高価な感じで。あいつはそう言っていた」

 「なかなかな要求です」

 「ユニヴェールの施設から宝石とか手に入れて、いっそのことそれを使います?」

 「さすがにそれは論外だよ、馬鹿」


 棺の作成は数時間ほどで完了する。

 ちょうどいい大きさのコンテナを流用することで、装飾に時間を取られるだけで済んだからだ。

 その棺には、黒い色の花をモチーフとした装飾が施されており、これはメリアが自ら作成した。


 「あとは棺に入れるだけ、と」

 「メリア様、これは?」

 「オリヴィアの髪は黒いから、どうせならということで黒い花にした」

 「へえ、メリアさんて意外と……」

 「あん?」

 「いえ、なんでもないです」


 話を聞いて何か言おうとしたルニウであったが、睨むような視線を受けてすぐに口を閉じる。

 そして一時的に船内の重力を弱め、棺にオリヴィアの亡骸と義手や義足を入れて蓋をするものの、宇宙に送り出すことはまだしない。


 「あれ? もうしばらくあとですか?」

 「そうなるね。今ここで宇宙に送り出したとしても、星間連合の艦隊が回収するかもしれない。あるいはデブリとかに引っかかるかもしれない」

 「なるほど。わかりました」


 翌日、かなり急いで準備してきたのか、中型船だけで構成された三百隻の艦隊が到着する。

 星間連合の軍の一部がやって来た形であり、今回の事件で活躍したメリアに通信越しながらもお礼の言葉が伝えられる。


 「あなた方のご協力に感謝します。名乗りは……お互い色々あるので抜きにしましょう」

 「お礼を受け取りたいのですが」

 「もちろん、用意していますよ。中身の入ったコンテナをそちらにお送りします」


 話している合間に、一隻の軍艦から機甲兵が出てくると、コンテナを投げて寄越す。

 あとはそのまま、ファーナの操作する小型船の貨物室に一直線に向かうので、入ったあと閉じれば回収は完了となる。


 「よし、帰るよ」

 「このあと、ここがどうなるか見届けたりする気はありませんか」

 「ない。それに、大まかなことはニュースで見ることができる。……どの程度表沙汰にできるかという部分を含めて」

 「わかりました。残った船と共にここを出ます」


 ユニヴェールの本拠地である、庭園という拠点は壊滅した。

 投入した五百隻のうち、およそ半数が破壊され、残った船も修理のためにいくらかが分解されることとなり、最終的には百隻だけが残った。

 それらと共に、別の星系へ移動したあと、オリヴィアの入った棺は宇宙へと送り出される。


 「……ありふれた終わりだが、別の道もあったろうに。まあ、今更か」


 少しずつ漆黒の空間へと消えていくのを見届けたあと、セフィのいる学園コロニーへと向かうのだが、ある程度近づいた段階で連絡が入る。

 それは、何かあった時のために学園側に教えていた連絡先からのものであり、それはつまり何か緊急事態が学園で発生したことに他ならない。


 「はい、こちらメリアですが」

 「た、大変です。メリア・モンターニュさん。学園に海賊が襲撃を仕掛け、生徒であるセフィ・モンターニュさんが誘拐されてしまいました!」

 「……何か、伝言などはありませんでしたか?」

 「い、いえ」


 学園で預かっている生徒が誘拐されてしまったということで、学園の教師は大慌てであるが、メリアは軽いため息だけで済ませる。

 セフィの命が無事であることと、誘拐されている間の待遇がそれなりである確信があるためだ。

 どうしても外せない仕事があるので向かうことはできません。なので警察の捜査状況のうち、教えられるものを教えてください、とだけ伝えて通信を切った。


 「ふう……くそったれな教授は動き始めたようだ。あたしがユニヴェールにかかりきりになっている間に」

 「エーテリウムが盗まれた事件からそれほど経っていないのに、こういう行動ができるということは、警察にもオラージュの者が潜んでいる可能性が」

 「警察に潜んでる場合、まずくないですか? ユニヴェール関係で話を聞くために、私たちを無理矢理に拘束するようなこともできたりして」

 「なんだっていいさ。いつか叩き潰す必要があったのが、今になっただけだ」


 メリアは一見すると落ち着いているように思えるが、その心の中では激しい苛立ちが渦巻いていた。

 舐めた真似をしてくれた者には、目に物見せてやらないといけない。

 その思いは、無言のままでも、近くにいるファーナとルニウに伝わるほどだった。

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