第181話 死による別れ
ユニヴェールという一族、そして組織。それは星間連合において、ある意味有名な名称であった。
表の社会では警戒すべき犯罪組織であり、裏の社会からすれば奇妙で厄介な勢力。
どこからも快く思われていないのだが、その実力ゆえに、どこであってもいくらか尊重はされる。
そんな一族の頂点に君臨するのは、肉体の半分ほどが機械に置き換えられた老いた男性。
名前はマクシム・ユニヴェール。
彼はメリアを呼び出すと、目を閉じた状態で話しかける。
「どうだったかな? 結婚する相手として君が望ましいと思える者は見つかったかね?」
「……いえ、なかなか決まらないものでして」
それはいきなりの呼び出しだった。
なのでメリアは内心警戒しつつ、表向きにはこれといった人物が見つからないことをぼやく。
「ある程度の強さはほしい。それに年齢が近しい方がいい。そうなると、なかなか……」
「おやおや、結構望みが高いようだ」
「子どものことを考えると、どうしても高くなってしまいます」
「気持ちはわからなくもない。かつての私も似たようなものだった。とはいえ、これまでの君の動きを見るに、我々にとって望ましくない目的の行動が混じっているように思えるのだが。さて、何か言うべきことはあるかね?」
どこか確信を持ったマクシムの問いに、メリアはすぐに何かを言い返すことはできなかった。
何を言っても不利な状況になりそうだからだが、かといって何も言わないのは一番まずい。
「何か勘違いされているように思われます」
「確かに、これといって確たる証拠はない。今のところは報告を耳にした私の勘でしかない。だがね、組織というものを率いるにあたり、この勘というのは意外と馬鹿にできないものだ」
彼の機械の指は、同じく機械となっている頭部の一部に向かい、トントンと何度か叩いていく。
「どのような手段であれ、エーテリウムを所持している。他の星系にいる者が売っていたのを買おうが、どこかから盗もうが、手元にあるという事実こそを重要視している。だからこそ、君には自由な時間を与えた」
「…………」
「しかしながら、自由な時間を我々に敵対するために費やすならば、考えを改めなければならない」
「敵対するつもりなど、まったくありません」
「口ではなんとでも言える」
マクシムが片腕をあげると、周囲にいる護衛たちは銃を構えた。室内での跳弾を恐れてか、実弾ではなくビームを放つタイプのものだ。
明らかに排除するつもりであり、どう切り抜けるべきかメリアはさりげなく周囲を確認する。
正面にはマクシムがいるが、やや離れている。近づいた瞬間、撃たれて蜂の巣にされてしまうだろう。
銃を構えた護衛は正面に二人、後方に一人。
こちらもやや離れているため、行動次第ではすぐに撃たれる。
扉はやや古い代物であり、手動でしか開かない。
高価そうな家具の類いが壁際にいくつかあるが、盾にしたところであまり意味はない
「……はぁ、仕方ないか」
メリアは一気に後方へ走ると、護衛の一人に体当たりを仕掛けつつ、相手を巻き込みながら床を転がり、家具の後ろに隠れた。
「やはりか。残念だ」
「お下がりください。あれの相手はこちらが」
避難するのか、マクシムの座っていた椅子は別の扉から外へ移動していく。
室内に残されるのは、メリアと護衛たちだけ。
メリアはその一人から武器を奪うと、ひとまず仕留め、撃ってくる二人と相対する。
「なに!? 撃たれているのに倒れないだと!」
「ぐあっ!!」
ビームの出力はそこまでではないとはいえ、直撃すれば人間の命を奪うことは簡単にできる。
にもかかわらず、メリアは倒れることなく反撃を行い、残る二人を撃って倒すと、崩れるように床に座り込む。
「ああ、くそ。ビームはさすがにきついね」
手足のいくらかと胴体が撃たれ、身体中から出血していた。
幸いにも頭部は無事だったため、即死は免れたが、このまま出血が続けば命に関わる。
しかし、驚くことに傷は目に見える速度で治っていき、やがて出血は完全に止まってしまう。
「……ビーム相手でも効果はある、と。実弾よりは防げないが」
かつてファーナに打ち込まれたナノマシンのことを思い返すと、メリアは大きなため息をつく。
死ににくくなるのは良いとしても、当時を思い出すと、今でも顔の一部がピクピクと動く程度にはろくでもない出会いだった。
とはいえ、いつまでもそうしてはいられない。
すぐに増援がやって来るだろうし、次にどう動くか決める必要がある。
「使えそうな機材は……」
一族の頂点であるマクシムの部屋ということで、通信機器の類いをすぐに発見すると、自らが所有する小型船ヒューケラへと通信を行う。
数秒後、オリヴィアが出てくると、深刻そうな声で言う。
「あなた、何をやったの?」
「どうやら色々気づかれてたみたいで、殺されそうになった。護衛とかは返り討ちにしたけど、このままだとまずい」
「手助けとかは無理よ。外の通路には武装した者がいるし、周囲には小型船が砲台を向けてる。動いた瞬間、攻撃されるもの」
「……このまま籠城するのが一番マシとはね」
メリアは通信を終えようとするが、その時オリヴィアが驚いたような声を出すので、切らずに待った。
「え、これって……?」
「どうした?」
「この船のレーダーに反応が。数百隻の船がこの拠点の中に入ってきてる。うわ、しかもユニヴェールと戦闘状態に入ったわ」
「音声だけってのは、もどかしいね」
映像通信で確認したいところだが、それはできない。
音量を上げつつ、倒れている者から武器を回収するメリアは、次のオリヴィアの言葉を聞いて笑みを浮かべた。
「んん? 謎の船から文章が届いてる。“救援に来ました”って」
「はは、ようやくか。オリヴィア、喜びな。ユニヴェールという存在そのものに嫌がらせができるよ」
「それは嬉しいわ。でも、見届けることはできなさそう」
「どういう意味だい」
「周囲にいる武装した者たちだけどね、今あなたの船に無理矢理入ろうとしてる。あなたの代わりにデータとかは謎の船に送っておくから」
「あ、おいこら」
通信は切られてしまう。
船内にわずかながら武器があるとはいえ、オリヴィア一人では身を守ることは難しいだろう。
メリアは軽く舌打ちをすると、回収した三つの銃器を装備し、自らの船であるヒューケラのところへと向かった。
宇宙空間ではファーナによる救援部隊が暴れ、ヒューケラに通じる通路の者たちは船の中に入ろうとしている。
ならば、このまま待ち続けるよりは、さっさとヒューケラのところに向かい、ファーナと合流を果たした方がいい。
良くも悪くも、オリヴィアが敵を引きつけている間に。
「邪魔だ!」
「うぐ……」
「怯むな、相手は一人だ。撃ち返せ」
通路はあまり入り組んでいない。
来た道を逆に進めばいいだけなので、途中の戦闘にさえ気をつければ、あまり問題はない。
外の状況が伝わっているのか、相手は全体的に動揺しており、メリア一人でもそこまで苦戦しない。
その代わり、少し時間がかかる。
十数分ほどかけてヒューケラの近くにまで到着するも、船内に通じる扉は破壊され、内部へは自由に行き来できるようになっていた。
「ちっ、まずいね」
急いで中に入ると、まず数人の死体が足元で出迎える。
船内で戦闘が発生したのか、小規模な爆発の痕跡の他に、流れた血で内部は部分的に赤く染まっていたりもした。
死体の数はさらに増えていき、十人ほどになった辺りで、操縦室付近でようやく動く者を見つける。
肉体のあちこちに銃撃を受けて瀕死のオリヴィアだった。
「あ……意外とお早い到着だこと」
「長くは、なさそうだね」
船内にある医療品を利用したのか、大規模な出血は止まっている。
しかし、既にかなり血を流してしまい、内臓などにも損傷がある状態なようで、もはや助けることは間に合わない。
今から医療設備の整った場所に向かっても、手遅れであるのだ。
「もう少し、悲しんでくれると嬉しいけれど?」
「悪いね。人が死ぬことには慣れてる。慣れてしまってる」
「そう。宇宙で犯罪者やってれば、そりゃ慣れるよね……」
「何か言い残すことは?」
メリアはそう言いながら操縦席に座ると、周囲を映し出すスクリーンを確認していく。
オリヴィアは一度大きく息を吐くと、撃たれてぼろぼろになった義手や義足を見る。
「私のこと、どう思う?」
「難しい質問だね。長い付き合いじゃないから、変わり者だとしか」
会話をしながらも、発進する準備は整えられる。
今のところ宇宙空間での戦闘に注意が向いているのか、ヒューケラの方は新しい戦力が送り込まれず、放置されていて安全だった。
「そういう評価か。もう少し、お話をしたいけれど」
「……気が済むまで付き合う。今はまだ、この船はユニヴェール側から注目されてないから」
「よかった。誰にも気に留められず、死ぬのは、少し悲しいから」
オリヴィアの声は、少しずつ弱々しいものになっていく。
「見せしめで生身の手足を失った私が、どうして連れ戻されたのか、その理由がわかる?」
「……わからないね」
「私の義手と義足だけど、実験に近い最新技術らしくてね。これまで多くの失敗があったけど、私で成功したんだよね」
「実験……成果はマクシムに利用されるわけか」
「そうそう。あの姿を、見たでしょ? 半分ほどが機械の体。あれって、一族の者を実験体にして得られた技術によるもの。血が違う他人より、同じ血が流れてる者だからこその……」
話すのがきつくなってきたのか、オリヴィアは数秒ほど無言となり、苦しげな呼吸の音だけが船内に響く。
「それを聞かされたのが、ここに戻ったあと。もちろん、メリアには言わないよう念押しされてたけど、まあ死んでしまうし、言っておこうかなって」
「…………」
「一族の頂点に立つだけあって、凄いよ? エーテリウムでの老化抑制もさすがに限界があってね。体の色んなところを機械にしてでも生きようとしてる。なんと、二百歳なわけで」
「コールドスリープとかをしないで、その年齢なのか」
「そう。やっぱり、人間には限界がある。それでもそれ以上を望むなら、普通ではない方法を選ぶしかない。……船の重力、弱めてくれる?」
「ああ」
メリアは言われた通り、船内の重力を限界まで弱める。完全な無重力とまではいかないが、それゆえにオリヴィアは立ち上がり、メリアのところにやって来る。
「あなたの上に座っていい? 手足は機械で感覚ないから、誰かの感触を体に感じていたい」
「それくらいなら、構わないよ」
メリアとオリヴィアのどちらも宇宙服を着ていない。
そのため、お互いの感触がいくらかわかる。
「ごめんね。手足が生身なら、手で触れるだけでよかったんだけど」
「謝らなくていい」
「なんだか、優しいわね。やっぱり、私が死ぬから?」
「……今そういうおふざけは」
「ごめんごめん。まあ、そろそろ目を開けるのが、つらくなってきた」
宇宙での戦闘は、ほぼ互角という状況。
そして争う船が少しずつヒューケラに近づいていたため、いつでも発進できるよう推進機関の用意は整い、船体を守るシールドも万全な状態であることが念入りに確認される。
そして破壊された扉の部分は、隔壁を下ろすことで対応した。
「メリア」
「なに?」
「ユニヴェールだけど、好きなようにしていいよ。なんだか、未練とかなくなっちゃった」
「大勢死ぬよ」
「私はもう死ぬし。それに、一族自体は色んなところにいるから、滅びはしない」
「そうかい。なら、だいぶ戦いやすくはなる」
「それと最後に……私が死んだあとは、義手と義足と一緒に、高い棺に入れて宇宙に」
声はどんどん小さくなり、やがてその体は支えを失い、ゆっくりと床に落ちていく。
冷たくなっていくオリヴィアを、メリアは操縦室内にある別の席に座らせて固定させると、数秒ほど目を閉じ、そのあとヒューケラを発進させた。
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