第179話 厄介な情報
ユニヴェールという組織が、オラージュという組織とどの程度の関わりを持っているのか。
それを調べるため、メリアは数日ほど様々な相手との交流を積極的に進めていく。
その中でメリアが特に目をつけたのは、他の星系から戻ってきたユニヴェールの実働部隊。
戦闘や交渉において、他の犯罪組織と実際に接触している関係上、探している情報を持っている可能性が高いためだ。
「ふうむ、うむ。あんたは物事の道理ってのをわかってる」
「いえいえ、ただ普通のことをしているだけで」
「その普通のことができてない者ばかりなのがけしからん」
大人や子どもを含め、庭園という拠点にはかなりの人数が存在する。
一通りの設備は揃っているので、実働部隊の者たちが一息つくための酒場も存在していたりする。
そこに訪れる者の中で周囲から孤立しているような者を探すと、メリアは近づいてお酒の類いを奢っていく。褒め称える言葉も添えながら。
「……ここの一員となってから既に三十年。だが、小型船の船長にすらなれん。いつまでも乗組員の一人という立場から上にならない」
「それはまた大変ですね」
「結局、元から一族の者でないと出世は望めない。どこかで限界が訪れるのだ」
お酒を飲みすぎたせいか、顔が赤くなっている老人。
彼の話に調子を合わせながら、メリアは周囲の様子を確認する。
酒場自体はいくつかあり、今いるここはそこまで人が多くない。
静かではないが、うるさいというほどでもない。
店内に流れる音楽と合わせて、ちょっとした会話くらいなら、周囲に聞かれることを心配する必要はないのである。
「ええと、あんたが聞きたいのはなんだったか……?」
「今回の仕事について少し教えてもらいたいな、と。これからユニヴェールの一員となるので、どういうことをしていくことになるのか、やや気になるものでして」
「だから、俺みたいな奴に声をかけたのか。まあいいさ。あんたの真意がどこにあるのかは問わない」
赤ら顔の老人は、どこか疑うような視線を向けたあと、苦笑しながら頭を振った。
メリアの言葉が真実であるとは思っていないようで、それを理解しながらも周囲に言うつもりはない様子。
「民間の船を襲ったり、敵対する組織との争いが主なものになる。他のところだと、長期間渋滞してるようなワープゲートに行って、違法に商売する奴もいたりする。当然、国からの許可は得てないから根回しは必須だが」
「想像していた通りな感じですね」
結局のところ、正規軍と争う事態を避けながらとなると、できることには限りがある。
「そんなものだろう。……いや、共和国の方ではこっちの想像を超えたものがあった。あんたも知ってるだろうが、遺伝子を弄くり回したキメラという生体兵器を作って売っていたりとか」
「ああ、ありましたね」
「惑星の地表に巨大な船が落ちかけるってのも見た。共和国のでかい企業のとんでもない不祥事だから、こっちでも放送されてた。……俺たちみたいな犯罪組織なんて、ちっぽけだと思えるくらい、大企業様は凄いことをするもんだと思ったよ」
一連の事件にメリアは大きく関わっていた。調査する側として。
とはいえ、それを口にすることはせず、メリアは同意するように頷いた。
「まったくです。私も裏の世界でそれなりにやってきた方なんですが、大企業となるとあそこまでのことができるのかと驚きました」
「まあ、大企業様ほどじゃないが、犯罪組織の中でも遺伝子を弄くり回すようなところはあるにはある」
「と言いますと?」
「オラージュってところがな。より正確には、そこを乗っ取った奴が以前いた組織なんだが」
どうやら、長くユニヴェールの一員として活動していたからか、赤ら顔の老人は色々と知っているようだった。
メリアとしてはこれは是非とも聞きたいところ。
一度周囲をそれとなく確認したあと、聞き逃さないよう集中する。
「気になりますね」
「そいつはいくつもの名前を持っていて、今は教授と名乗っている。んで、その教授だが、ブラッドという薬物を取り扱っていてな、ユニヴェールの方でも少し購入したことがあったりする」
ブラッド。
それは遺伝子操作によって生み出されたセフィという少女に、既存の違法な薬物が入った食事を取らせて体内に濃縮させることで得られる。
その血は、副作用のほとんどない薬物となるのだ。
そんなブラッドが話に出てくると、メリアはわずかながら険しい表情となる。
「一族の頂点にいるマクシム様がな、そのブラッドを作れる少女を生み出した教授に対して、最近話を持ちかけたんだ」
「どんな話を?」
「ブラッドを作れる少女は一度教授の手元から離れた。なので協力してその少女を手に入れよう、ってな具合に」
「……なかなかに気になるものですけど、どこで耳にしたんですか?」
焦る気持ちを抑えながらメリアは質問する。
ブラッドという薬物を生み出せる時点でセフィにはかなりの価値がある。
それを手に入れようと動く者が出てくるのはおかしくない。
「長くユニヴェールの一員として過ごしていると、少しは友人ができるもんだ。三十年近くあって、たった数人だが。そんな友人の一人が、ぽろっと口を滑らせた。耳にしたのは、あんたが来る数日前だったかな?」
「そうなると、それよりも前から話は進んでいそうですね」
「詳しいことはわからない。俺は結局、このユニヴェールでの下っ端でしかないから」
赤ら顔の老人は、ため息混じりに呟いたあと、お酒の入ったグラスを持って一息に飲み干す。
「ふう……なあ、あんたはどういう理由でここに?」
「エーテリウムを所持していたからです」
「ははは、そりゃ凄い。下っ端じゃなく幹部まで行けるだろうさ。……あー、すまんがもう話したくない。楽に上に行ける相手と飲んでも虚しくなるだけだ」
「わかりました。それでは」
彼には彼なりの悩みがあるようで、拒絶されたメリアは食い下がることなく席を立ち、店から出ていく。
外は大きな通りになっていた。
いくつもの店が立ち並び、透明な外壁に覆われたトンネルの中に存在している。
近くを通るタクシーを呼び止めると、宇宙船が停まっている港の方へと向かう。
到着したあと料金を支払ってから降りると、船に通じるエアロック付近でオリヴィアが待っていた。
「どうだった?」
「それなりに色々聞けた」
あまり外で話す内容でもないため、二人は船の中へ。
操縦室に移ったあと、メリアは軽く息を吐いた。
「想像よりも状況は悪いかもしれない」
「あらまあ。でもここを出ることは難しいわ。この拠点の外はデブリとかが大量に漂ってるから、行き来に慣れた者でないと。なにせ、どこに何が仕掛けてあるかわからないから。機雷とか、ビーム砲台とか、その他にも色々仕込まれてるし」
「……そもそもの戦力が足りないから、動くに動けないけどね」
「ねえねえ、どんな話を聞いたの? それって一族に嫌がらせできそうなやつ?」
「できるかできないかで言えば、結構な嫌がらせになるだろうね」
拠点内部の宇宙空間を飛びながらメリアが言うと、オリヴィアは赤い目を輝かせながら興奮した様子で迫る。
「全力で協力するわ! どんな内容か教えて!」
「操縦してる時に近づくな」
赤ら顔の老人から聞いた内容を、ある程度ぼかしながらメリアは説明していく。
それを聞いたオリヴィアは、腕を組みながらしみじみとした様子で頷いた。
「うんうん。ユニヴェールとオラージュが協力して何かしようとしている。これはもう全力で妨害を手伝うしかないよね」
「死ぬかもしれないが?」
「それならそれで仕方ない。今更、表で暮らせやしないもの。裏でしか生きられない」
「…………」
犯罪組織の中で生まれ、そこで育ってきたオリヴィア。
彼女は力なく笑ったあと、自らの黒い髪を持って軽く揺らした。
「両親死んじゃって、頼れる相手はいない。ちなみに結婚相手はいたんだけど、子ども作る前にあっさり死んじゃってね。宇宙で犯罪者やってりゃ、そりゃすぐ死ぬけど」
「わざわざ、あたしに話すようなことでもないだろうに」
「そこはほら、私の頼れる相手になってくれたら嬉しいんだけど」
明らかに何か要求するような声色であり、メリアはため息と共に答える。
「……表の仕事を用意するくらいはしてやれる。それ以上は面倒見れない」
「おお、とても心強い言葉。期待しとくからね」
「はいはい、死なないならね。状況がどうなるかはわからないんだ」
「そういえば、メリアのお仲間たちは今どうしてるかな?」
「それがわかれば苦労しないよ。この拠点に閉じ込められてるってのに」
拠点内部に限るなら、そこそこ自由に動ける。
仮初めの自由でしかないとはいえ。
もしも無理に外に出ようとすれば、追撃するための艦隊が送られてくるだろう。
そうなれば、周囲の宙域を把握していないメリアはあっという間にやられてしまう。
今はとにかく、ファーナたちが救援に来るのを待つしかなかった。
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