第178話 仮初めの自由の中で

 様々な偽装が施されることで、宇宙空間において高度に隠蔽されている庭園と呼ばれる拠点。

 メリアがそこに滞在してから一週間ほどが過ぎると、訪れた当初とは状況がいくらか変化した。

 素の自分を出さず、別人を演じたまま、会える者に片っ端から交流や手助けなどをしていった結果、メリアはそこそこ人気者になっていたのである。


 「お、メリアさん。少し頼みたいことがあるんですがいいですかね? 船の改造のことでちょっと相談が」

 「ええ、もちろん」

 「そのあとは私たちと一緒に、居住区とか見て回りませんか? 拡張や修繕をするかもしれませんけど」

 「そうなると、資材を取り扱う人に話を通しておかないとね。私はまだユニヴェールの者ではないから」


 まだ庭園全体からすればわずかだが、時間が過ぎていけば、メリアのことを好ましく思う者は増えていくことだろう。

 なお、その様子を目にしてむしろ評価が下がる者もいた。


 「ずるくない?」

 「何が?」


 一日の終わりに、メリアは自らの所有する小型船ヒューケラへと戻るが、その時同行していたオリヴィアは呟く。

 なんともいえない表情で、軽く変装したメリアを上から下までまじまじと見つめたあと、わざとらしく肩をすくめてみせたのだ。


 「まだ一週間程度しか経ってないのに、すっかり人気者じゃないの」

 「ユニヴェール全体からすれば、わずかな数でしかない」

 「それでもよ。やっぱり、綺麗で顔が良いってのは便利ねえ」

 「…………」

 「あらら、怒っちゃった?」

 「いや、怒ってはない。ただ、何を言おうか迷っただけ。怒ってほしいなら怒るが」


 顔が良いと言われても、メリアは喜ぶことはない。

 大昔の人物のクローンとしてこの世界に生み出された関係上、自分の顔はオリジナルとなった者とほぼ同じ。

 その部分を褒められても、まったく心が動かないのだ。


 「あたしはそろそろ休む。出ていけ」

 「断るわ。見せしめのために手足がこうなって、しかもそのことはだいぶ広まってる。正直なところ居場所がないのよ」


 オリヴィアはそう言うと、船内の簡易的なキッチンに向かい、勝手に調理を始めた。


 「メリアの分も作っておくから。ね? そっちはそっちで、手に入れた情報をまとめて、いざという時に備えておいてよ」

 「はぁ、やれやれだね」


 メリアは軽く息を吐いたあと、やや大きめな端末を起動させ、ユニヴェールの者と仲良くなることで得られた情報を入力していく。

 使えそうな機械の場所や数。

 普段常駐している戦力はどこにどれくらいあるのか。

 この庭園以外に展開しているユニヴェールという組織の大まかな規模。

 そういった情報をメモしていく形になる。

 どうして電子的な記録として残しておくのかについては、ファーナが接触してきた時、すぐさま情報を渡せるようにという考えから。


 「……庭園に常駐しているのは、大型船が数隻、中型が五十、小型が三百。機甲兵とかも含めれば、かなりものになる」

 「ま、他の星系で活動してるのを含めたら数倍はいるだろうけど」

 「表に出られない犯罪組織にしては、大層な戦力だ」

 「星間連合からしたら、ここまで大きい組織は潰しておきたいだろうけどね。まあ、ユニヴェールは国の一部と結びついてるから、良識ある者にとって今は我慢するしかないけれど」


 話しているうちに、食材が焼ける音が聞こえてくるようになる。

 細く切られた肉を焼いて、そのあと同じように細く切られた野菜を投入してしばらく加熱。

 最後はチーズを乗せたパンで挟むことにより完成した。


 「はい、どうぞ。ハンバーガーというかサンドイッチだけど」

 「オリヴィアの方は、やや量が少ないように見える」

 「ああ、それはね、生身の手足がない分、食べる量を減らさないといけないの。ほら、手と足がないとその分の代謝がね」


 オリヴィアは立ったまま、機械の義手や義足に置き換えられた自らの肉体の一部を見せつける。


 「つまり簡単に言うと、手足が揃ってる時と同じ感じで食べるとすぐ太っちゃう。少し太るぐらいならいいけど、宇宙服が着られないほどになるのはよくないから」


 そう言うと、盛大な舌打ちのあと唸るような声が出てくる。


 「ああ、くそ。食事制限しないといけないとか、ほんとむかつく」

 「そういう意味でも、見せしめになるわけだね。生身の手足が機械に置き換えられるというのは」

 「私が、一族に対して感じてる怒りの一部だけでも理解したでしょ? 他にも色々あるけど、わざわざ言うことではないから置いておくけど」


 地上に降りる。

 たったそれだけの出来事に対する見せしめとして、生身の手足を奪うことが実行される。

 それは日常生活において、義手や義足があっても補うことのできない制限を抱えることに繋がるわけだ。

 それゆえにオリヴィアは苛立っていた。


 「怒りはわかるとして……どこまで一族にやり返したい? それについて聞きたい」


 手作りのサンドイッチを食べながらメリアは質問する。


 「とりあえず、犯罪組織として成り立たなくなるくらいには逮捕とかされてほしい。でも、国の一部と結びついてるから、それはあまり期待できそうにないのがね」

 「なら殺すのが手っ取り早いが」

 「それはそれで悩むところ。非常に腹立たしいけど、やっぱり同じ血を引いてるわけで。大半は血が繋がってるだけの他人だけど」

 「両親とかはどうしてる? オリヴィアの若さからすると、まだ生きてるはず」

 「もう死んでるわ。他の犯罪組織との小競り合いでね。オラージュってところだったかな?」


 オラージュという単語が出てきた瞬間、メリアはわずかに表情を変える。

 オリヴィアをそれを見逃さず、興味深そうに尋ねた。


 「なになに?」

 「以前、少しね。今は協力関係にあるが……どこまで信用できるかはわからない」

 「なら敵と見なしておけばいいでしょ。それなり以上の規模はある犯罪組織ともなれば、悪辣なことを考えてもおかしくないもの」


 宇宙における犯罪組織。

 それは海賊よりも恐ろしく、それでいて厄介なもの。

 組織であるからこその強みを生かすことで、あまりまとまれない海賊よりも、多くの悪事を重ねて大きく稼いでいる。

 国が本腰を入れて討伐するならどうにかなるのだろうが、軍縮を避けるため国にとってちょうどいい脅威を求める層からすれば、それは海賊以上に望ましい存在である。


 「オリヴィアに聞きたい」

 「どんなこと?」

 「ユニヴェールとオラージュは繋がっていると思うかどうか」

 「……うーん、数年前とか小競り合いしてたから仲良くはないはず。ただ、完全な敵対まで行ってないから、仲良くすることもできなくはない」

 「ったく、はっきりしないね」

 「表でも裏でも、組織ってのは頭が変われば方針も変わるものだし」

 「なら、次はそっちに関する情報を探してみるとしようか」


 今のところ、ユニヴェールの者とは上手くやれている。

 一族の頂点に君臨するマクシムという老人が何も言ってこないところを見るに、まだまだ情報集めは問題なく行える。


 「情報って……オラージュという組織がメリアを売ったのかどうかについて?」

 「ああ。あたしに、ユニヴェールが手に入れるはずだったエーテリウムを奪うという仕事を頼んでおいて、実は裏で繋がっていたとなれば、より厄介な状況になるだろうから」

 「私としては、メリアのお仲間がいつ救援に来るかも気になるところだけど」

 「さあね。いつになるのやら」


 帝国と星間連合の国境となる星系で別れたあと、十日以上が過ぎていた。

 下準備などのため、およそ一ヶ月近くはかかるだろうと考えているメリアだったが、向こうの進捗が一切わからないというのは、どうしても不安になる部分があったりする。

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