第177話 情報を集めるための演技

 ユニヴェールの本拠地にてしばらく過ごすことになったあと、メリアはオリヴィアと共に大型船を出て宇宙空間を漂っていた。

 より正確には、次にどこへ行くかを考え続けた結果、その場から動けないでいたのだ。


 「で、お次はどうするの? 仮初めの自由を得たわけだけど」


 宇宙服の通信機能を通じてオリヴィアが質問してくるため、メリアはとりあえず演技を崩さずに答えた。


 「ここで困っている人を探して手助けするか、あるいは交流をしたりなど」

 「へえ、その理由は?」

 「仲良くなれば、この庭園という場所についての情報を得ることができる。怪しまれることなく」


 何するにしてもまずは情報を得なくては話にならない。

 どこに何があるか、多少なりとも把握できれば戦闘や脱出の役に立つ。

 問題は、そもそもどこに向かえばいいかわからないという部分。

 これに関しては、元々この庭園の住人だったオリヴィアに頼るしかない。


 「なので案内には期待してますよ」

 「ああそう。これはなかなか大変な役目だこと。まずは機甲兵とかの訓練が行われてる区画はどう? 血よりも、実力の方を優先する者が集まっているから。まあ、実力を優先せざるを得ないというか」

 「犯罪組織として活動しているとなれば、他の組織や、船の護衛とかとの戦闘はそれなりにある。つまり、強くないと他の者に迷惑がかかる」

 「そうそう。戦闘に関わるところは、血以外の部分も重要視してるの。ちょっと腕前を示せば仲良くなれるはず。……機甲兵の操縦はいけそう?」


 メリアはその問いかけに対し、片手を振りながら余裕という言葉を返す。

 オリヴィアはそれを聞いて、作業用ポッドを操縦している者に訓練区画へ向かうよう伝えた。

 今いるところからはだいぶ距離があるため、二十分ほどかけて到着する。


 「……移動が遅い」

 「我慢して。作業用ポッドの遅さもだけど、安全運転してるからってのもあるわ。私たちは剥き出しの取っ手に掴まってるだけだから。何かあってはいけないし、ポッドの操縦者はどうしても慎重になる」


 訓練区画は、どこかから手に入れたコロニーの残骸を、形だけはそれっぽく見えるように繋ぎ合わせてあった。

 広さだけは結構なものだが、利用する人数はそこまでいないのか、ほとんどは空き地にしかなっていない。

 重力を発生させる装置は設置されていないのか完全な無重力状態であり、機甲兵や操縦者たちが集まっているところがあったため、メリアはそこへ向かう。

 訓練の一環なのか、無重力で満足な機材がない状態での整備が行われていた。

 指示を出している人物は、接近する二人に気づくと振り返る。


 「あんた、誰だ? うちの者じゃないな。横にいるのは……馬鹿をやって取っ捕まったオリヴィアか」

 「余計な言葉は抜きにしてくれない? 私の横にいるこちらの人物は、メリアさん。エーテリウムを手に入れたことから、ユニヴェールの一族に迎え入れることになった」

 「そうかい。で、ここに来たということは……軽くやり合うってことでいいのか?」

 「ええ、そのつもりなので、オリヴィアに場所を教えてもらいました」

 「ふん、ずいぶんな自信だが、ここにはあんたが乗り慣れたのと同じ機体はないかもしれない。軽く慣らしてからがいいだろう」


 コロニーの地下部分は、まともに稼働しているものと違い空気や重力を維持する必要がないからか、色々な機械が転がる大きな格納庫になっていた。

 その中には、大量の機甲兵もあった。

 中古らしき傷んだ代物から、新品の綺麗なものまで幅広い。


 「色々ありますね」

 「買ったり奪ったりしてるからな」


 ユニヴェールというのは、一族を表しているが、巨大な犯罪組織の名称としても通じている。

 密輸や略奪、船や兵器などの機材はあらゆる犯罪行為によって賄われていると考えていい。


 「それはまた……」

 「なんだ? 非難するのか? 家族や一族のためだ。なんの問題もない」

 「優先順位としては、ユニヴェールが一番上である、と」

 「ああ、その通りだ。だから俺たちはこうして巨大な組織でいられる。食い物にされる側ではなく、食い物にする側でいられる」


 訓練の指導をしていた男性は、それが当然とばかりに答えた。

 そこには一切の迷いがない。

 一族以外の者がどうなろうが知ったことではないという態度だった。

 ユニヴェールの者ではないメリアとしては色々言いたいことがあったが、相手を不機嫌にさせて情報が得られなくなっても困るため、それとなく別の話題に移った。


 「そういえば、ここで一番強いのは誰だったりしますか? 機甲兵を操縦した場合ですが」

 「おっと、それを聞くかい。強さと言っても色々あるが、機甲兵の操縦なら……ルインという者が強い。まあ、数年前に出ていったから今ここにはいないが」

 「出ていった?」

 「家出みたいなものだ。割とよくある。宇宙だけで活動する分には黙認するが、そこにいるオリヴィアのように地上に降りた場合は、きつーいお仕置きが待ってる」


 話の途中、彼はオリヴィアの方を見た。

 当然、本人からは抗議の声が出てくる。


 「私への仕打ちをお仕置きなんていう言葉で済ませるのはやめて。……生身の手足を失い、機械に置き換えられた。しかもそれだけじゃなく、オークションの商品にもなった」

 「なら、地上に降りるのはやめることだな。ユニヴェールの一員なのだから、守るべきことは守らなくては。これでも、マクシム殿はお前のことを憂いていたんだぞ?」

 「…………」


 怒りのあまり、オリヴィアは次の言葉が出せないでいた。

 このままだと怒鳴ってしまいそうになるも、なんとか我慢して抑える。

 自分だけでは、ユニヴェールという巨大なところに対抗することはできない。

 しかし、メリアやその仲間の力を借りれるなら話は別。

 それゆえに、無言のまま何歩か下がる。

 今はメリアの迷惑にならないようにするために。


 「今ここにいる者で一番強いのは誰です?」

 「なんだ? 戦闘狂か? 今いる者となると、この俺ということになる」

 「では、ここにある機体を見繕ったあと、一戦お願いしても?」

 「構わない。ただ、使う装備は模擬戦用のやつになる」


 戦闘の約束を取りつけたあと、メリアは機甲兵の中身を確認しながら、いくつも吟味していく。

 そして最終的には一つの機体を選んで乗り込む。

 一人で海賊をしていた時、定期的な改造をしながら利用していた帝国製の機体と同様のものを。


 「それにしたか。装備を渡すからついてこい」


 訓練の指導をしていた男性は、そう言いながら近くの機甲兵に乗り込むと歩き始める。

 ついていった先には、機甲兵用の武装が散らばった状態で浮遊していた。

 その中からいくつかが取り出される。

 ライフルとナイフ、そして手に持つタイプの盾。


 「銃はペイント弾、近接武器はペイントを塗ったやや柔らかい材質のもの。実戦と変わらないのは盾ぐらいになる。実力を確認するなら基本的な装備が一式あれば十分だろう」

 「この周辺は武器庫ですか」

 「使える代物から、使えない代物まで揃ってる」

 「機甲兵とかも同じ感じですか」

 「まあな。ざっと二千近くはあるが、整備が行き届いてないのが大半だ」


 三メートル前後の人型をした機械。

 それが二千もあるという情報を得ることができたのは、メリアとしては嬉しい出来事だった。

 自分で使うというよりも、ファーナによって遠隔操作させた時、これらの機甲兵は役立つだろう。

 扱う武器についても目星がついたのは嬉しい限り。


 「さて、模擬戦の前に言っておくが、戦う範囲はコロニーの内部に限る。外に出たらその時点で負けだ。あとは、乗ってる機体にペイントがついたら、部位によってはすぐに負けになる」

 「望むところです」

 「あ、私は訓練してる者たちと見物するのでよろしく」


 コロニーの地下部分から表に出ると、オリヴィアはすぐさま人がいる方へと向かう。


 「邪魔者もいなくなったし、五秒後に開始。準備は?」

 「できてます」


 数字は一つずつ減っていき、ゼロになった瞬間、お互いに攻撃と離脱を同時に行う。

 ただし、盾によってどちらも自分への攻撃を防いだ。


 「さすがにこの程度はこなせるか。よし、次は」


 残骸を繋ぎ合わせただけなため、コロニー内部には障害物となる代物があちこちに転がっている。

 ただ撃ち合うだけだと時間が淡々と過ぎていく。

 それは見物している者たちからしても、代わり映えのしない光景が続くことを意味していた。

 そのことに気づいたのか、訓練の指導をしていた男性は、盾とナイフを構えて一気に接近した。


 「……強いといっても、こんなものか」


 メリアにとって一連の動きはわかりやすいものであった。

 ゆえに、カウンターを仕掛けるのも簡単だった。

 盾を構えて自分からぶつかりに行くと、当たる寸前に少し軸をずらす。

 今いるのは無重力な場所。

 やや浮かせる形でぶつかると、相手の機体は衝撃でわずかに回転する。重力があればこうはいかない。

 それによって姿勢を制御しようとするところを狙い、メリアは相手をナイフで切りつけ、胴体部分にべったりとペイントを付着させた。


 「……まいった。負けだ。ずいぶんと思いきりがいいな。無重力の場だと効果的だ」

 「昔、海賊との戦いで、そういうことをする機会があったので」

 「若さの割には戦場を経験してるか。その経験だが、少しあそこにいる若いのに教えてやってくれないか?」

 「もちろんです」


 相手からの頼み事に対してメリアは快諾する。

 信頼を積み重ねることは、怪しまれずに情報を得ることに繋がるためだ。

 次はどこに向かって情報を集めるべきか、その頭の中ではいくつもの考えが渦巻いていた。

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