第176話 庭園の主

 「到着した。外は真空なので宇宙服を着たまま出てもらいたい。武器の類いは身につけないように。非殺傷設定のビームブラスターであっても駄目だ」


 囚われの身となってから四日ほどが過ぎると、メリアのところに通信が一方的に送られてくる。


 「はぁ、どうなることやら」

 「時間稼ぐしかないんじゃないの? 船長さん……メリアのお仲間が助けに来てくれるまで」

 「オリヴィアが頼れる相手だと助かるんだがね」

 「できる限りの手助けはするわよ。一族の中では微妙な立場だけど」


 武器の類いは身につけないように言われていたが、当然ながらメリアにその言葉を守るつもりはない。

 外に出る前に、ベルトや靴底の確認を軽く行い、そこに非金属製の小さなナイフや、微量な爆薬を仕込んだ。


 「ナイフはともかく、そっちは何? 粘土みたいだけど」

 「爆薬だよ。小分けにしたり形を変えることで威力とかを調節できる。量がかなり少ないから、ちょっとした爆発を一回だけ起こすのが限界とはいえ、手ぶらで行くよりはマシ」

 「私の分は?」

 「ない」


 準備が済んだあとは宇宙服を着込み、エアロックから外へと出る。

 まず見えるのは、ややごちゃごちゃとしている中型船の格納庫。

 そこでは、いくつかの作業用ポッドがコンテナを外に運び出しており、その中の一機が二人の前にやって来る。

 増設された取っ手らしき部分に掴まるよう促してくるため、メリアとオリヴィアはその通りにすると、作業用ポッドはすぐに格納庫から宇宙へと出た。


 「……これは」


 目の前に広がる光景に、メリアは次の言葉が出せないでいた。

 いくつものコロニーの残骸が辺りを漂い、それに連結される小惑星や艦船の残骸たち。

 その合間を、小型船や中型船が行き交い、大型船は物資を輸送しているのか、作業用ポッドなどが慌ただしく活動している。

 その規模はかなりのもので、少し離れたところでは、中型船の修理や整備が行われる。別のところでは小型船が建造されていたりもする。


 「ここはユニヴェール一家の本拠地。偽装のため、大量のデブリとかが集まるところに存在し、基本的には庭園と呼ばれてる」

 「……これだけ大きいとはね」


 犯罪組織というのは、どうしても規模が制限されてしまう。

 大きくなればなるほど、組織を維持するための労力が増えていくからだ。

 本拠地であるここには、パッと見た限りで数百隻の船が存在しており、他のところで活動しているのを合わせればかなりの規模になるだろう。

 それは、ユニヴェールという組織の強固さを証明していた。


 「結局、内部抗争で弱らなければ、色々とやりようはあるもの。そのための代償は……まあ色々あるけど。見せしめのため生身の手足を取られた私みたいに」


 作業用ポッドの速度は、そこまで早くはない。

 周囲に注意しながら進み続け、十数分ほど移動すると一隻の大型船の格納庫へと到着する。

 そのあと、エアロックを通って船内に入るよう指示されるため、メリアたちは作業用ポッドから離れて船の中に入る。


 「ううん? ああ、連絡があったお二人さんか。こちらについてきてもらいたい。あの方のところへと案内する」

 「あの方?」

 「到着すればわかる」


 案内役の者は、詳しいことを話そうとせずに歩き始めるため、その後ろをついていくしかない。

 大型船なだけあって、内部には大勢の人々がいたが、誰もが珍しいものを見るような視線を向けてくる。

 宇宙服で全身を隠してこれなので、素顔などが明らかな場合、どうなるか不安で仕方ない。

 とはいえ、そちらに意識を向けてばかりはいられない。

 案内役についていくこと数分、他とは違う扉の前に到着すると、二人だけで中に入るよう促される。


 「注意すべきことは?」

 「あまりない。逆らうのは避けた方がいい。言えるのはこれぐらい」


 あまり参考にならない答えを聞いてから中に入る。

 そこは、宇宙船の中というよりも、都市にある豪華なホテルの一室と呼べるくらいには広く贅沢な作りをしていた。


 「空いている席に座るといい」


 しわがれた声が響く。その先には一人の男性がいた。

 肉体の半分ほどを機械に置き換えた、高齢な人物。

 顔は仮面のような代物で見えないが、彼が横を向いた時、彼の顔が失われているのを目にすることはできた。

 その仮面は、存在しない顔の代わりというわけだ。


 「その姿は……」

 「宇宙で事故にあったらこうなるというだけの話だよ。私はマクシム・ユニヴェール。現在の、一族全体を束ねる者。次はそちらの名前を、そちらの口から聞きたい」

 「メリア」

 「ありふれた名前だ。顔を見せてもらえないか。私の顔は、事故のせいで仮面が外せないから見せられないがね。ははは」


 ずっと顔を隠し続けるのにも限度はあるため、メリアはヘルメットを外す。オリヴィアもそれに合わせる。

 マクシムと名乗った半分機械な男性は、メリアの顔を見て感心したような様子となる。


 「若いな。その若さでエーテリウムを手に入れることができるというのは、色々な意味で持っている者だというべきか」

 「老化抑制技術にお金を使っていると考えないのですか?」


 見た目だけ若くすることは、今の技術ではそう難しくはない。

 歳を重ねるほどに、若さを維持するために必要な金額は増えていくが。


 「雰囲気や立ち振舞いが違うのだよ。若さを維持した老人と、若者では。ユニヴェールの一族には、様々な者がいる。間近で見ていたからわかる」

 「そうですか。それで、私をここに連れてきたのはどうしてですか」

 「本題を話すのはもう少しあとがよかったのだが。まあ、長話はつまらないか」


 マクシムという老人は、手元にある装置を手で操作する。

 彼の座っている椅子は移動できる代物なのか、室内をゆっくりと移動していく。


 「このユニヴェールという一族、そして組織は、常に新しい才能を求めている。君は選ばれたのだよ。我らが一族の一員として迎えるにふさわしい人物であると」

 「……そうですか。ところで、こちらのオリヴィアはどうしてこのような姿に?」

 「家訓を破った見せしめに、生身の手足を排除して機械の手足に置き換えた。なに、数年ほど様子を見て、問題がなさそうだと判断したら、再生医療で手足は生身のに戻すとも」


 大したことではないという風に語るマクシムであったが、オリヴィアは表情を変えずに手を強く握りしめる。

 怒りを表に出さないよう我慢しているが、どうしても隠し切れない部分があるためだ。

 隣にいたメリアだけがそのことに気づいたが、何も言わずに済ませた。


 「家訓というのはなんでしょうか?」

 「いつ頃だったかな。地上に降り立つことなく宇宙で暮らすことが決められた。もう何百年以上も昔の話だ」

 「なぜです?」

 「地上で暮らし、そこに根を張るなら、一族の結束が弱まる。宇宙で暮らすことを強制すれば、一族の結束を維持することができる」

 「……それはまた、大変なことに思えますね」

 「そこにいるオリヴィアのように、破る者は当然のように出てくる。だから見せしめが必要なのだ。一族の結束が保たれる限り、星間連合において我らは強力な存在のまま活動し続けられる。国が望むのは、ちょうどいい脅威としての犯罪者たち。その枠組みを越えた組織は、討伐したくてたまらないわけだ。まあ、それが叶わない今は、持ちつ持たれつ上手く共存しているのだが」


 彼が語るのは、ユニヴェールという一族がホライズン星間連合という国と繋がっているというもの。

 それを今、わざわざ口にするのは、逆らっても痛い目を見るだけだという脅しを含んでいるのは間違いない。


 「しばらく、ゆっくりしていきたまえ。気に入った者がいるなら、その者と結婚できるよう取り計らおう」

 「結婚、ですか」

 「一族に迎えるためには、どうしてもそうする必要がある。そこまで深く考えなくていい。結婚は書類上だけという関係も選べる。子どもに関しては……体外受精や人工子宮で作れるから、君の負担にはならないとも」


 マクシムは相手を思いやるような様子で語っていくが、中身はとても一方的なもの。

 メリアとしては、心の中で舌打ちするしかない状況であるが、今はおとなしくするしかなかった。

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