第174話 魔法の金属を所持するということ

 「私を追いかけるのはなぜですか?」


 言葉は丁寧だが、その中には強い警戒を含めている。声も普段よりは少し変化させてある。

 これは相手にやりとりを記録されることに備えての演技だった。

 通信画面には、艦隊を率いていると思わしき男性が映っていたが、彼はメリアが声を発することで女性であることに気づくと、やや奇妙な表情を浮かべた。


 「おや、まさか女性だったとは」

 「その言葉の意味は?」

 「あなたの隣にいるオリヴィアという人物。彼女はオークションの商品となっており、それを競り落としたと聞いたので、てっきり男性であるかと」


 画面上に映る男性は、やや嘲笑混じりな視線をオリヴィアへと向けた。


 「いやはや、慰み者にならずに済んでよかったとでも言いましょうか」

 「……馬鹿にしないでくれる?」

 「はははは、あれほど地上に降りてはならないと言われて育ったのに、我慢ができずに降りた結果、そのような姿になった。これを馬鹿にするなと言われても困る」


 さすがにオリヴィアはむっとした表情を浮かべるも、男性はまったく意に介さない。


 「よかったじゃないか。男に買われなくて。そういう意味では、こちらとしても手荒な対応をせずに済む」

 「このっ……!」

 「一族同士で言い争うのは結構なことだけど、そろそろ本題に移ってほしいのですが」


 口喧嘩に発展してもらっても困るので、メリアは横から口を挟む。

 男性はやれやれといった様子で肩をすくめると、画面外にいる部下に何か指示を出した。

 少しして、小さな緑色の金属が運ばれてくる。

 それは指先の爪くらいの大きさをしたエーテリウムだった。


 「こちらの要求は二つ。そこの愚か者を返してもらいたいのと、ついでにエーテリウムを持っていないか確認したい」

 「エーテリウム?」

 「あー、まあ、ちょっと色々な手違いのせいで盗まれてしまった。なので、お金を持ってそうな者に対して確認をしておきたいわけです。なに、近づくだけだからすぐに済みますとも」


 メリアはヘルメットの中で顔をしかめる。

 盗んだエーテリウムはオラージュに引き渡した。しかし、以前購入した握り拳くらいのものは船内にある。

 少しして、男性の持つ小さなエーテリウムはわずかに発光した。


 「まいったな。見逃がすわけにはいかないようだ」

 「盗まれたものの大きさは?」

 「サッカーボールくらい」

 「なら、盗んではいない証明ができます」


 メリアは握り拳くらいのエーテリウムを取り出すと、通信画面の向こう側にいる相手へ見せつけた。

 だが、男性は首を横に振る。


 「盗んだ者ではないのはわかりました。とはいえ、別の意味であなたは重要になった。なにせ、エーテリウムを手に入れることができるような人物であるわけだから」

 「オリヴィア、これはどういうことなのか説明を」


 ややわざとらしい問いかけに、オリヴィアはすぐに気づいたのか、軽く頷いたあと話し始める。


 「エーテリウムは希少な金属。それを手に入れることができる時点で、人類の領域であるこの銀河において結構な実力者と考えていい」

 「そうですか」

 「つまり、ユニヴェールとしては確保しておきたい。一族の中に取り込みたいというお話」

 「…………」

 「ヘルメットのバイザーを透明にしないと表情がわからないわ。まあ不機嫌そうなのは伝わってくるけど」


 オリヴィアの説明のあと、小さな拍手が聞こえてくる。

 通信画面の向こう側から、男性がパチパチと手を叩いているのだ。


 「家訓を破ろうとも、そういうことは覚えているようでなにより。……つまり、我々ユニヴェールは、エーテリウムを手に入れたあなたを迎え入れたいのです。それが武力によるものか、金銭によるものか、偶然か必然か、そういったことは問いません。あなたが所有しているという事実が重要であるわけでして」

 「招待されるというのであれば、受けないという返事はよくないのでしょう。ただ、知り合いに関しては見逃してもらっても? 別の仕事があるそうなので」

 「エーテリウムを持っていないのであれば」


 一隻の中型船、おそらくは今通信している男性が乗っているだろう船。

 それがルニウの方に近づいたあと、十数秒ほど経ってから戻ってくる。


 「どうやら反応がないので見逃すことができます」

 「それはよかった」


 メリアはここで合図を出した。宇宙服の通信機能を通じてルニウに知らせたのである。

 それを受けて、ルニウの操縦する小型船はゆっくりと離れていき、やがてワープゲートを越えて別の星系に消えていった。


 「ところで、お名前を聞かせてもらっても?」

 「メリア」

 「他の部分は教えてもらえないのですか?」

 「お互いに信頼を積み重ねたら」

 「ふん、ではその言い分を受け入れましょうか。ああ、そうそう、そちらの小型船はこちらの中型船の格納庫に入っていてください」

 「……どこに向かうか教えられないから?」

 「理解が早くて助かります。ユニヴェールの保有する拠点は、星間連合のあちこちにありますが、できる限り秘密にしておきたいので」


 通信が切れたあと、機甲兵による誘導が行われるため、メリアはそれに従う。

 位置を微調整しつつ、慣性を利用して宇宙空間から狭い格納庫に入るのである。

 その途中、オリヴィアに話しかけた。


 「どうなると思う?」

 「さあ? しばらくは丁重にもてなされると思う。そのあとは、一族に取り込むためにユニヴェールの誰かと結婚させられるんじゃない? もちろん、断れば死ぬ」

 「ふぅ……くそったれな話だね」

 「嫌がらせでいいの? 潰したいと思わない?」

 「それについては自分で決める。どちらにせよ、戦闘にはなりそうだが」

 「そう。しばらく仲良くしましょ。お互いに協力して、ユニヴェールという一族、組織、これらに痛手を与えるためにも」

 「なら、まずは見た目を変えないとね」


 よっぽど自分の生まれ育ったところに恨みを抱いているのか、オリヴィアは笑みを浮かべた。

 ユニヴェールと敵対することを考えると、メリアとその仲間たちというのは、非常に心強いからだ。

 当のメリアは、時間的な問題があるため髪ではなく目の色だけを変える。

 カラーコンタクトをするだけだが、それによって茶色い目は赤い目となり、髪に関しても一纏めにして結ぶことで、普段とはかなり違う印象となった。


 「おおー、美人なだけあるわね。少し変えるだけで別人に見える」

 「はいはい、お褒めの言葉ありがとう」


 少しすると、再び通信が入ってくるため、メリアはヘルメットを外した状態で対応する。

 通信画面に出てくるのは、先程やりとりした男性であるが、メリアの顔を見て驚き混じりの表情となった。


 「……どんな人物が出てくるかと思えば、なんとも可憐な者が出てくるとは」

 「言い方が気持ち悪いのですが」

 「ああ、これは失礼した。しばらくは、このままこちらの格納庫の中に。到着したら通信するので、それまでのんびりしてもらいます。もし食料などが必要なら、多少は融通できるので教えてください」

 「それなりにかかる、と」

 「数日程度ですとも。既にいくつか予定があるなら、キャンセルしてもらわないといけません。それについては謝罪しましょう」


 メリアは無言のまま、どこか不機嫌そうな表情を浮かべる。

 これは相手にわざと見せつける意味合いがあった。それとは別に、予定がずれることをよく思っていないのも理由の一つではあった。


 「そういえば、私を追いかける際に迷いがありませんでした。どこで情報を?」


 ワープゲート付近に潜んだ光学迷彩の船については、気づいていないふりをするため言及しない。


 「ユニヴェールの情報網は手広い。偶然引っかかった、とだけ」

 「そうですか」


 この程度では何か明かしたりはしない相手というのがわかると、メリアは短く返事するだけに留めた。

 あまり詳しく問い詰めたところで、こちらの情報を相手に与えることになりかねないからだ。

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