第173話 依頼のあとの危機

 入ってきた者のうち一人がヘルメットを外すと、メリアにとって見覚えのある顔が現れる。

 オラージュという組織を乗っ取ることで、自らが組織を率いる立場になった教授。

 彼は笑みを浮かべると、配下の者に指示を出して小型のコンテナを前に持ってこさせる。


 「君が無事でなによりだよ」

 「そのコンテナは報酬かい。まだ肝心のエーテリウムを見せてないってのに」

 「依頼した身としては、こなしてくれた者に対して誠意を示さなくては」

 「だから、組織のトップなのにわざわざ訪れたと?」

 「うむ、そうなる。あとはまあ、この立場は色々と融通を利かせられる。これでも結構急いだのだよ」


 小型のコンテナが開けられると、中には大量の現金が入っていた。

 よく見ると、メモリーカードのようなものも存在している。


 「足のつかないお金だ。ざっと、大型船を五隻は買えるくらいある。現物と電子の双方を用意した。これが一番汎用性があるし、表の世界に会社を持つ君としても嬉しいだろう?」

 「なかなかの金額だね。それほどの価値があるわけだ」


 大金を前にしながらも、メリアはいつもと変わらない様子のまま、大きなエーテリウムの塊を持ち上げると教授へと渡した。


 「もちろんだとも。なにせこれは老いに対抗できる魔法の金属。現在の老化抑制技術では、歳を重ねれば重ねるほど、かかる費用は膨大なものとなる。だがこのエーテリウムならば、どれだけ歳を重ねようとも費用はかからない。つまりそれだけ効能があるとでも言うべきかな?」

 「年寄りからすれば、喉から手が出るほど欲しいだろうね」

 「まあ、老いに対する根本的な解決を目指すならば、あの子が必要になる」

 「…………」


 教授が言うあの子とは、セフィのことに他ならない。

 メリアはわずかに険しい表情となる。


 「おっと、そう睨まなくてもいいだろうに。手出しするつもりはないとも」

 「だといいけどね」


 エーテリウムとお金の交換が済んだあと、教授はオリヴィアを見つめる。

 より具体的には、義手と義足という部分を重点的に。


 「ずいぶんと……見慣れない者がいるようだが」

 「私がオリヴィア。オラージュと小競り合いをしているユニヴェールの一族だった者よ」

 「ふむ。追い出された口か。しかも見せしめのように生身の手足を切断されている」

 「手足に関しては、お金さえ用意できれば再生させることができるからそこまで問題じゃない。一つ聞きたいけど、そちらにはユニヴェールを倒せる戦力ありそう?」


 まさかの質問に、教授はやや驚いたような表情を浮かべるが、苦笑混じりに肩をすくめると首を横に振る。


 「私がオラージュという組織のトップになる際、かなりの損失があってね。今は立て直している最中なので、君が言う戦力は持っていないよ」

 「色々と時間をかけるつもりだから、この船長さんにエーテリウムを回収させたわけ?」

 「いけないかな?」

 「いいえ。よくやってくれたと言うべきかしら。ありがとうと言っておくわ。元々はユニヴェールが手に入れようとしたエーテリウムを、そちらが横取りしてくれたおかげで、今頃向こうは大慌てのはず」


 オリヴィアは腕を組み、やや満足そうにする。言い方がやや上からではあるが。

 エーテリウムは老化を抑制できる代物。

 それを手に入れようとしたのに、別の何者かに横取りされるとなれば、どれだけの騒ぎになることか。

 嫌がらせとしてはかなりのものである。


 「さて、これで取引は済んだ。私はこれで帰るが、メリア、君はそこにいるユニヴェールの者をどうするつもりかね」

 「どうしたもんだかね。しばらくは人質として、向こうの艦隊からの攻撃を抑えるのに使えるが、それもそのうち無意味になる」

 「提案がある。一時的に私の指揮下に入り、ユニヴェールという一族、その組織を攻撃してほしい」

 「犯罪組織同士の抗争には、あまり関わりたくない。抜け出すタイミングで揉めるだろうから」

 「おや、私は信頼されていないか。なら仕方ない。……その判断を後悔する時がくるかもしれないな」


 教授は配下の者たちと共に船から去っていく。なにやら気になることを言い残して。


 「ふん、あたしに仕掛けてくるってんなら、叩き潰すまで」

 「しかしメリア様。戦力となる船を増やさないと苦しいものがあります」

 「なら、今回の報酬で戦力となる大型船を購入しようか。選り好みはせず、売りに出ている大型船を適当に」


 メリアは操縦室に向かうと、スクリーンを見る。

 そこには、光学迷彩をした船が推進機関を稼働させて離れていく光景が映し出されていた。

 船体を隠していても、推進機関の出力を上げればそこに何かいるのはわかる。

 たかが犯罪組織が、正規軍でもあまり持たないような類いの船をたくさん持っているのは、それだけ儲かっているのだろう。

 つまりは厄介であることに他ならないわけだが。


 「オラージュという組織がああいうのを持っているなら、ユニヴェールというところも同じくらいありそうだ。オリヴィア、ああいう船はどれくらいある?」

 「私はそこまで偉い地位にはいなかった。なので大まかにしかわからないけど、光学迷彩をした船というのは数十隻はある。一族から追い出されて結構経ってるから、増減してるかまでは不明」

 「警戒しておくに越したことはないか。ファーナ」

 「はい。お呼びですか?」

 「船の外で、怪しげな船がいないか監視」

 「そうなると……ヒューケラよりもオプンティアの方が、吹き飛ぶことへの備えがあるのでいいですね」


 ヒューケラはメリアの所有する船なので、あまり改造などで弄ることができない。

 オプンティアの方は、一時期予備の船という扱いになっていたため、多少の改造が加えられている。

 その違いから、現在ルニウが操縦するオプンティアの方が、船の外にいても問題ないわけだ。

 宇宙服姿のまま、宇宙空間に出てオプンティアの船体へと飛び乗るファーナ。

 装甲の一部分をずらして中に入ると、上半身だけを外に出してバイザー部分を解除した。


 「……ちょっと待って。色々と正気には思えないのだけれど」

 「効果があるからやる。船のセンサーでは捉えられないものも、ファーナなら捉えることができる」

 「それだけ性能が良いとなると、船長さんがどこかで拾ってきたということになるか。……実を言うと、ファーナって船長さんの趣味でああいう姿してるのかって思ってた」

 「…………」

 「怒らないでよ。わざわざ少女の姿とか、そう思われても仕方ないでしょ」

 「まったくもって心外だね。あたしにはそういう趣味はない」


 怒りから顔の一部がぴくぴくと動くメリアだったが、盛大なため息のあとオリヴィアに白い目を向ける。


 「というか、オリヴィアは自分の立場がわかっているのか?」

 「もちろん」

 「はぁ、わかっていてその態度とか、ある意味大物だね」


 ひとまず、ワープゲートによって星系をいくつか越えて帝国へ向かおうとする。

 星間連合の内部にいたままだと、ユニヴェールとの戦闘が発生する可能性があるからだ。

 あとは、購入した船に何か仕込まれるかもしれないため、星間連合よりも帝国の方がいいという考えもあった。


 「メリア様。報告することが」

 「どうした?」


 数日後、国境となっている星系内部。

 ここのワープゲートさえ越えれば帝国に入れるというその時、ファーナは警戒混じりの声で通信をしてくる。


 「ワープゲート付近に、光学迷彩をしていると思わしき船が待機しています」

 「待ち伏せか……? なら別の星系のワープゲートに」


 メリアの言葉は途中で止まってしまう。

 操縦席近くのレーダーに、複数の艦隊の反応があったからだ。

 動きを見る限り、明確にこちらを目指している。


 「……これは、オラージュがあたしを売ったか」

 「そういうことあるの? 船長さんは、向こうの教授という人物と知り合いのようだったけど」

 「ユニヴェールの戦力が追ってくるだけならまだわかる。けれど、隠れている間は無暗に動けない船が、ワープゲート付近で待ち伏せているのはおかしい」

 「私に仕込まれた発信器という線は?」

 「ファーナに念入りに四肢を調べられただろ。それでも見つからなかったということは、ないものと考えていい」

 「どうする? 逃げようにも、ワープする前にやられそう」

 「こういう時に人質ってのは役立つ」


 メリアはルニウの方に通信を入れると、合図を出したら逃げるように言い含める。


 「ええっ!? でもそれじゃ……」

 「危険ですよ?」

 「心配ならさっさと助けにくればいい。そのための資金は無人機に積んでそっちに送る。貨物室に入らない分は、適当に向こうと戦闘させろ」

 「通信記録も消しますよ?」

 「ああ。それでいい」


 通信を切ったあと、ファーナによる遠隔操作なのか小型の機械がコンテナを運んでいく。

 そしてオプンティアの方に無人機が到着したのを確認したあと、近づく艦隊に映像通信を行う。

 隣にオリヴィアを立たせた状態で。

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