第172話 異常な方法

 厄介な状況ではあるが、絶望的というほどではない。

 包囲はしても攻撃してこないため、いくらかの余裕はある。


 「ここはオリヴィアを引き渡した方が、安全にやり過ごせるわけだが」

 「そんな使い方でいいの? もっと私が役立つ場面があるかもしれないのに」

 「本命となる代物は手に入った。あとは些細なことだよ」

 「……引き渡す前に一つお願いがあるの。私にあちらと通信させてちょうだい。向こうに聞きたいことがあるから。一族の誰が、家から切り捨てられた私を助けるつもりでいるのか、とかね」

 「それくらいなら構わない」


 今度は、こちらから艦隊へと通信を行う。話す相手が誰なのかわかりやすくするため、映像通信の方で。


 「こちらオリヴィア。いくつか聞きたいことがあるわ」

 「ご無事でしたか。代理人から、あなたが何者かに競り落とされたと聞いて、あなたの兄弟や姉妹の多くが悲しまれております」

 「まず、私を助けるためにそちらの艦隊に指示を出したのは誰?」

 「…………」


 返答はなかった。

 奇妙な沈黙が数秒ほど続いたあと、オリヴィアは顔をしかめながらも話を続ける。


 「今のユニヴェールを束ねているお祖父様から、直々に追い出され、しかも見せしめとしてこんな手足にされた。そんな私を助ける奇特な者がいるなら、血の繋がりに感謝したくなるわ。……それとも、本当は助ける者なんていなくて、私を連れて帰るための方便だったりする?」


 通信画面の外では、オリヴィアは手の動きだけで、逃げる準備をするようにメリアへと要請した。

 それにともない、ファーナを通じて他の船を操縦しているルニウにも伝わり、あとは合図が出てくるのを待つだけとなる。


 「答えて」

 「我々は、あなたを連れ戻すことを命令されています」

 「誰から? なんのために? 家の長から睨まれるようなことなのに」

 「…………」

 「答えられない相手ということ?」

 「そこまで言う時点で、既に理解しておられるのではないですか?」


 艦隊を率いている人物がそう言うと、オリヴィアはこの場から逃げ出すようメリアに合図を出した。

 それは急激な加速であり、座っているメリアはともかく、立っていたオリヴィアは転がるように壁際まで押しやられるも、突然のことに相手の反応は遅れる。

 ビームが放たれるも、それはメリアの操縦するヒューケラを捉えることはできず、見当違いの場所を通りすぎていく。


 「ほんと、くそったれな一族だわ」

 「オリヴィア! どういうことだ!? 何に気づいた?」


 床に倒れたまま悪態をつく姿は、かなりの不機嫌さに満ちている。

 当然、メリアとしては状況がわからないので問いかけるも、追ってきているユニヴェールの艦隊にも対処しないといけない。

 急激な旋回を行うため、船内には強烈な負荷がかかる。

 義手や義足を駆使してオリヴィアは這いつくばりながら近くの椅子に座ってシートベルトをすると、ビームでやや眩しいスクリーンを見ながら答えていった。


 「私を連れ戻そうとしてるのは、私を家から追い出した本人」

 「さっき言っていたお祖父様ってやつか。ただ、理由がわからない」

 「ユニヴェールという組織は、一族の中でも血が濃い者が重要な立場を占有していて、血が薄い者は、まあ大雑把に言うと下っ端みたいな感じ。……血を濃くする方法ってわかる? 一般的に、他人との子どもを作れば血は半分に薄まるわけで」

 「もう嫌な予感がしてきた。聞かないという選択肢は?」

 「ないわ。地下で騒ぎを起こすために、私を競り落とすなんてことしなければ聞かずに済んだのにね」


 宇宙船がいくつもの星系を行き交う時代において、子どもを作る代表的な手段は二つ。

 一つは、男女の性交によって生身の肉体から生み出すというもの。

 もう一つは、人工子宮などの機械を利用して生み出すというもの。

 そのどちらを利用しても、普通は血が薄まることになる。

 子は両親から半分ずつ受け継ぐために。


 「血を濃くする簡単な方法は血の繋がった家族の間で子を作ればいい。近親交配を繰り返すってわけ」

 「……ユニヴェールという一族は、そういうことを繰り返してきたと?」

 「血が濃い者はね。薄い者は違う。笑えるでしょ? 星間連合でなかなかの勢力を築いている犯罪組織の中身がこれだもの。あっはっはっはっ!」


 ひとしきり笑ったあと、オリヴィアは吐き捨てるように言う。


 「あんなところ、誰が戻るもんですか」

 「そもそも、近親交配を繰り返して大丈夫なのかという疑問が出てくる」

 「一族という範囲なら大丈夫よ。問題ある者は“処分”されるだけだもの。それに、遺伝子を調べてできる限り問題ない組み合わせが選ばれるから」

 「……とんでもない一族だね」


 帝国の貴族でも、積極的に近親交配はしない。周囲との関係や派閥の問題から結果的になるのはともかくとして。

 メリアはため息混じりに話をしながらも、追ってきている艦隊からの攻撃を的確に避け続けている。

 たまに命中するものがあっても、船体を守るシールドが消失しない程度に威力が弱いものばかり。

 これは、オリヴィアが乗っているため向こう側が手加減しているのが影響していた。

 半分馴れ合いのような戦いを続けていくうちに、ワープゲート付近に到着する。


 「やれやれ、利用しようと思ったら、むしろ面倒事が増えるとはね」

 「でも簡単には私を捨てられない。なぜならオークションで結構なお金を使ったから」

 「……お金のことを気にしないなら、こっちは向こうにオリヴィアを引き渡すという手段を選べるが」

 「そうしたら、そのあと艦隊が本気出して船長さんを襲うかもしれない。口封じとかで。それくらいならやれるのが、ユニヴェールの実働部隊だから」

 「親切心からの言葉なのか、あるいは遠回しな脅しなのか。どうも判断に困る」

 「脅すわけないでしょ。ここだと結構のびのびできるんだし」

 「その図太さには感心するけどね、あくまでもあたしの船だということは忘れずに」


 このあとどうするべきか考えていると、艦隊からの攻撃は止まって通信が入ってくる。


 「……返すつもりはないと考えていいか?」

 「そのうち解放する。今は無理。それだけのこと」


 これはメリアの本心だった。

 そもそもずっと面倒を見る気はない。

 それを受けて通信の向こう側がやや騒がしくなると、軽いため息のあと通信が切れ、一時的に砲台が別方向へと向けられる。

 はっきりと口にしないが、どうやら見逃してくれるようで、すぐさまワープゲートを通って別の星系へ。


 「あれはどういうことかわかるか?」

 「さあ? 嫌々指示されてきたんじゃないの? だから、わざと見逃してくれた。ユニヴェールはその大きさゆえに、もはや一枚岩ではなくなってる」

 「組織がでかすぎるのも問題あるのはわかる」

 「あるいは、別の指示が入ってきてそちらを優先したとか」

 「エーテリウムか……」

 「私よりも優先される代物だからね。地下での代理人の動きを見る限り」


 所詮は代わりが用意できる一族の者と、老化の抑制が可能である希少なエーテリウム。

 そのどちらが大事かと言われたら、ほとんどの者はエーテリウムと答えるだろう。


 「あたしが持っていると思われてなくてよかったよ。もし疑われていたら、あっさりと見逃してはくれなかっただろうから」

 「そういえば、船長さんに依頼したのってどこの誰?」

 「オラージュという犯罪組織」

 「ふーん、名前だけは知ってたけど、ユニヴェール一家を敵に回す覚悟があるとは思わなかった」


 オリヴィアの感想を聞き流しながら、メリアは指定された座標へと向かう。

 いくらかの時間をかけて到着すると、付近に光学迷彩をした小型船が潜んでいるのか、直接受け取るためにドッキングしたいという通信が入ってくる。

 メリアがそれに許可を出すと、ヒューケラにわずかな振動が伝わったあと宇宙服姿の者が何人か入ってきた。

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