2章
第31話 次なる場所へ
何もない真っ暗な宇宙空間、その中を一隻の大きな宇宙船が飛んでいた。
一キロメートル級という大きさであり、その船体には作業用ロボットが大量に張り付き、修理をしている最中であった。
「ひいぃ……私はいつまで修理をしてればいいんですか!?」
「給金払ってるんだ。多少は仕事をしてもらうよ」
作業用ロボットに混ざる形で、人間の乗る人型の作業用機械もあるが、それはルニウが動かしている。
「うぅ、そう言われては」
「口だけじゃなく、手も動かすように」
惑星ヴォルムスの宇宙港にて、非合法な仕事を終えたあと、働かせてくださいと言うのでメリアはそれを受け入れた。
あれから二週間が過ぎたが、特に行き先は決まらないまま。
とはいえ、何もしない日々が続いた状態で給金を支払うのもどうかと考えた結果、アルケミアの修理作業をさせることになったのである。
「というか、メリアさんも来てくださいよ」
「なんのために雇ったと思ってる。あたしの代わりに動いてもらうためだが?」
時々、宇宙の厄介なゴミであるデブリが飛来して作業用ロボットを損傷させるため、ルニウとしては早く船内に戻りたい気持ちでいっぱいだったりする。
「でも、さすがに巡航しながらの作業は危険だと思います。はい。というか、今も近くのロボットが!」
今もまた、船を守るシールドを突き抜ける程度には大きいデブリが、近くのロボットに命中し、大きなへこみを作り出す。
そろそろ不安過ぎて叫びたそうにするルニウであり、メリアは頃合いと判断したのか戻る許可を出した。
「やれやれ、不甲斐ないね。戻っていいよ」
命綱代わりの太いケーブルを利用して、作業用機械は格納庫に入り、中から宇宙服姿のルニウが出てくる。
彼女は船内の通路に繋がるエアロックを通り抜けたあと、空気のある空間に安堵しつつヘルメットを外す。
長時間の作業のせいで水色の髪は汗で蒸れており、髪の毛を手で軽く払ったあと、ブリッジへ移動した。
「ただいま戻りました」
「このあと昼食だから、食堂に行きな」
「はーい」
メリアはルニウがブリッジから出ていくのを見届けたあと、目の前の液晶に表示される銀河の地図を見ていく。
現在位置は、帝国と共和国の間にある、国境が明確に定まらない場所。
どちらも艦隊を送らず、まともに見回りをしない、ある種の空白地域。
海賊と遭遇することもあるが、アルケミアの修理が進んでいるからか、襲ってくるようなのはいない。
「メリア様、そろそろ決まりましたか?」
「うぐ……」
どこかぼーっとしながら端末を操作していたメリアだったが、突然の衝撃にうめき声を出す。
それはファーナがいきなり抱きついてきたからだ。
白い髪と青い目をした少女な姿のロボット。
機械の身体は重くて硬い。同じ体格の人間と比べれば。
なので、どうしても対応しなくてはならず、メリアは目の前に出てきた頭を掴むと押し退けようとした。
「……おいこら、離れろ。ひっつくな」
「嫌ですが。一日一回はこうしないと」
しかし、少女の姿をしたロボットは強靭な力で離れないでいた。
人間であるメリアの力では、どうすることもできない。
そこでビームブラスターが取り出される。
「あたしがいつそんな許可を出した?」
「わたしが勝手に決めました」
「離れないと撃つよ」
「この端末は、機関銃をも防ぎました。撃つなら最大出力で撃たないと。ただし、この端末が倒れても、第二第三のわたしが」
バシュッ
有言実行。メリアは即座に引き金を引いた。
光線の束が至近距離からファーナに放たれ、白い髪は一部が溶けるも、驚くことにそれ以外の被害はない。
「本当に撃つ人がありますか」
「ちっ、相変わらず頑丈だね」
「溶けた髪は不恰好なので、修復しに行きます」
「そうかい。あたしは食堂にでも行くよ」
メリアはファーナと別れたあと、アルケミア内部の食堂へと向かう。
アルケミアは大きく、食堂自体は何ヵ所もあるが、現在稼働しているのは一ヶ所のみ。
ブリッジは上層、稼働している食堂は中層にあるため、船内のエレベーターで移動する形になる。
「あ、メリアさんも今食べに?」
「そうなる。せっかくだし、利用しておこうかと思ってね」
数十人が座って食事ができそうな広い空間には、ファーナの動かす少女なロボットが数体と、料理を受け取っているルニウの姿があった。
「メリア様、本日のご注文は?」
「自分で作る」
「ちょっと待ってください! わたしが作った料理は食べられないとでも言うおつもりですか?」
「半分はそう」
「……残り半分は?」
「息抜きをする一環として」
メリアは話をしながら、自らの長い茶色の髪をゴムで束ね、調理場へと入る。
するとファーナは当然のようについてきた。
「わたしの分もお願いします」
「ロボットなのに食事ができるってのは、どうなのかと思うけどね」
「有機物をエネルギーに転換する炉が、この端末には内蔵されています。なので、どんな料理でも大丈夫です。味付けに失敗したものとかでも」
「はいはい。凝ったのは作らないから、失敗なんてしないよ」
ファーナが動かす端末の意外な性能を知ったあと、メリアは冷蔵庫からパックに入った肉と野菜を取り出す。
既にカットされており、封を開けたあとは鍋などで加熱するだけという、一般的に広く流通している優れものである。
「メリア様、今日はどのようなものを?」
「適当に材料を加えて加熱するだけだが」
「むむ、なかなかに予想のできない返答です」
見物しながら適当なことを呟くファーナを無視し、メリアは大きめな鍋に肉を入れて軽く炒めたあと、野菜を加えてさらに炒める。
そしてある程度火が通ったら、水と麦を加えて煮込んでいく。
十数分ほど、焦げないよう定期的に混ぜたあとは、塩や各種スパイスなどで味付けして完成となる。
「これは?」
「肉と野菜入りの麦粥だが」
「すいません、私も食べていいですか?」
「ルニウ、お前はさっき食べてただろ」
「長時間の作業のあとはお腹が空いてきて」
「ったく……少し余分に作っておいて正解だったよ」
鍋の中身を三つの容器に分けたあと、席に移動して食事となる。
「メリア様、これ意外と美味しいですね」
「それはどうも。味付けを失敗しなければ、料理なんてのはどうにでもなる」
「メリアさん、おかわりしてもいいですか」
「……そこまで食べたいなら安く買った保存食が大量にあるからそれを食べな」
「いや、その、あれはあんまり美味しくないので……」
少し賑やかにしながら食事を終えたあとは、シャワールームで身体を洗い流す。
人間は、何もしていなくとも肉体が汚れる。
じっとしていれば汚れるのを多少は抑えられるとはいえ、痒みや不快感はどうしても感じてしまう。
それは宇宙船などを操縦している時に、集中力が乱れることに繋がるため、洗える時に洗う必要があった。
「メリア様!」
「来るな!」
更衣室についてくるファーナに対し、メリアは即座に言う。
「身体を洗うお手伝いをするだけですが」
「あたしには、そんなお手伝いはいらない。前も言ったはずだが」
「親睦を深めるためです」
「こんなので深まる親睦はいらない。さっさと出ていけ」
「そこまで嫌がるのであれば仕方ないです」
やれやれといった様子でファーナは出ていくので、メリアはため息をついたあと服を脱いでシャワールームへ向かう。
少ない水で大勢の身体を効率良く洗うため、使えるのはシャワーのみで入浴はできない。
個室は一つ一つ壁で区切られており、メリアはお湯を出して手短に全体を洗ってしまう。
そして着替えの服を着ていくのだが、更衣室には鏡があった。
「……あたしのオリジナル、か」
茶色い髪、茶色い目、それらを含んだ他人が羨むほどの美貌。
これまで考えないようにしていた。
しかし、カミラとの一件を境に、時々考えるようになった。
この美しい顔を持っていた、大昔の皇帝について。
「オリジナルはどう思うだろうね。数百年も未来において、勝手に自分のクローンが作られ、しかも逃げ出して生きてるってのを知ったら」
遺伝子的には同一の存在。
もし自分の正体が明らかになれば、帝国では大きな騒動が起こるだろう。
よりによって昔の皇帝のクローンを、帝国の人間が作ったのだから。
大なり小なり、貴族同士での争いは発生し、実行した者を探し出そうとするはず。
その過程で多くの血が流れることは、容易に想像できた。
「…………」
「メリアさん、どうしたんです? 鏡をじっと見つめて」
「いや、なんでもないよ。今からシャワーかい?」
「はい。狭い機械にずっと乗って作業するのは汗が。髪の毛とか、服とか、べたべたです」
ルニウが更衣室にやって来るので、メリアは鏡から離れ、ファーナのいるブリッジへ移動する。
「次の行き先が決まった」
「どこですか?」
「帝国は、あの顔を殴ってやりたい伯爵がいるから、次は共和国だ」
宇宙港で暴れた件のこともある。
ほとぼりを冷ますためにも、帝国の手が届かない共和国に向かうことが決まる。
「向こうについたら何をします?」
「さあね。休暇代わりに適当な惑星に降りようか」
そう言うと椅子に座り、足を組みながら銀河の地図を見るメリアだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます