第30話 仕事の終わり

 「脱出すると言っても、どうするんです? エレベーターの前には監視カメラがついてるので、さっきの状況を見られてますけど」


 ルニウと協力して脱出することを決めるも、今の状況は良いものではない。

 脱出するにはまず、今いる場所とは違う階層に移動しないといけない。

 そのための移動手段はエレベーターのみ。

 しかし、どれだけ待っても乗ることはできない。カミラの命令によるものか、エレベーターは稼働していないからだ。


 「少し待つ」

 「何を言って……」

 「宇宙港ではあり得ないはずの大きな揺れ。あれはファーナが起こしたものだろう。だから待てば、エレベーターはここに来る。ハッキングか何かでね」


 メリアは辺りを見渡したあと、コンテナを開けて、中に入っている酒を取り出して空にした。

 そして次は空になったコンテナに、周囲の宝石を証明書と一緒に詰め込めるだけ詰め込んでいく。


 「な、何をしているんですか」

 「少しでも貰えるもの貰っとくのさ。なんのために面倒な事をやってきたと思ってる。お前も手伝え」

 「……強いですね。さっきの状況から、こういう風にすぐ動けるのは」


 コンテナは人がなんとか入れそうな大きさをしており、金庫内の宝石のほとんどが一つのコンテナの中に入る。


 「それだけろくでもない日々を過ごしてきた。姿を知られないよう、常に周囲を警戒する日々。そうしないと、後ろ楯のない子どもなんてのは、あっという間に食い物にされる」

 「…………」

 「ま、無事なのは運が良かったとしか言い様がない。大きくなってからは、多少の余裕が出てきたけども」


 話が終わると、ファーナからの接触があるまで、しばらく待ち続けることに。

 時折、宇宙港で大きな揺れが起きたりするのはファーナがかなりの騒動を起こしているに違いないが、何をしているかまではわからない。


 「ブラスターはあたしが預かる」

 「どうぞ」


 最低限の武装を整え、コンテナをエレベーター前まで運ぶと、エレベーターが稼働しているのに気づく。

 メリアはビームブラスターの出力を上げて、いつでも撃てるように構えた。

 ファーナが動かしているならいい。もしかすると、カミラの手の者がいるかもしれない。

 それに備えてのことだった。


 「お迎えに参りましたよ」

 「……ファーナ、か?」


 扉が開いて中から現れるのは、料理などを配膳する機械。

 人間が押すのではなく、車輪で自走するタイプのものだ。


 「はい。カメラがついてて音声を出せる手頃な機械がこれだったので」

 「さっきから大きく揺れてるが、何をしでかした」

 「宇宙港にいる警備ロボットや、海賊の所有する各種の機械をハッキングして、暴走させてます。そのせいで海賊同士の争いも発生し、ひどいことになってます」


 エレベーターで上に移動している間、大まかな話を聞くのだが、宇宙港ではかなりの混乱が起きているとのこと。

 それを証明するかのように、途中から警報や避難を促す音声が聞こえ始めた。


 「あの倉庫があったところって、かなり厳重に隔離されてますね。ここまで上がって、ようやく警報とかが聞こえてくるわけですから」

 「警報が鳴ってからどれくらい過ぎてる?」

 「三十分ほどです。どこも慌ただしいですよ? 監視カメラの映像を見るに、一般人の避難と並行して、海賊による銃撃戦が発生してます。それぞれの滞在してる階層が違うので、今のところ一般人に被害は出てませんが」


 やがてカミラと会話をした部屋に出るが、当然ながら誰もいない。


 「ファーナ、外の様子は?」

 「ええと、その位置の監視カメラは……大丈夫です。近くには誰もいません」


 すぐに出ると、まずは更衣室へと向かう。

 宇宙服は折り畳まれた状態で無造作に置かれており、メリアは早速着ていく。

 これにより体型を覆い隠し、ヘルメットで素顔も隠した。


 「次はアルケミアが停泊しているところに行くとして、途中の状況は?」

 「ちょっと危ないですね。帝国の兵士や海賊が動かしてる機甲兵がちらほらいます」

 「この宇宙港の格納庫とかそういうのはどこにある?」


 生身に近い状況では危険過ぎる。ならば乗り物を手に入れるしかない。

 どこに何が置かれているのかという問題があるとはいえ。


 「宇宙港自体が大きいので、だいぶ分散してます。一番近いのは……こちらです」


 配膳する機械の性能を限界まで発揮しているのか、走らないと追いつけない速度で移動を始めた。

 遠くでは実弾やビームが飛び交う中、二人と一台は戦闘に関わることなく走り続ける。

 銃撃している者を襲い、武器を現地調達したところであとが続かない。


 「この先にあります」

 「閉まってるが」

 「ハッキングして開けます」


 十秒ほどでロックされた扉は開く。

 小さな格納庫では、三機の機甲兵が鎮座し、近くには兵士らしき者が数人いた。

 すぐさま銃口が向けられる。


 「む、一般人は立ち入り禁止だ。それとも賊の類いか?」

 「それを譲ってもらいたいね。外でドンパチしてる馬鹿を蹴散らすために」

 「……そのコンテナの中身と交換なら、考えなくもない。全体の三割でいい」


 メリアとルニウによって運ばれている、宝石の詰まったコンテナ。

 所々ガラスのように透明な部分があり、中身が見えていた。

 兵士はそれを見て取引を持ちかけてくる。


 「ああ、いいとも」


 フランケン公爵領は、実質的に海賊が支配している。

 全域を完全にまではいかないものの、宇宙港程度なら兵士を買収するのは簡単だ。

 ここにいるのはそんな腐敗した兵士であるようで、メリアは内心ため息をつくが、余計な戦闘が発生しなかったので一応は喜ぶことにした。


 「あんたたちは、このあとどうするんだい」

 「脱出艇か何かでヴォルムスに避難するさ」

 「宇宙港を守るために死ぬよか、賊に奪われたという形で避難する方がいいからな」


 笑いながら去っていく兵士たちを見送りつつ、メリアは機甲兵に乗り込み起動させる。


 「ちょっと旧式な帝国製のものだが、大型の火器があるし誤差だね。ルニウ、乗れるかい?」

 「共和国製のものじゃないので乗れます。学生の頃、乗る機会がありました」

 「よし、残る機甲兵はファーナが動かせ。コンテナを人間が入る部分に突っ込むから」


 三メートルほどの人型機械。宇宙の工事に利用されるものとは違い、最初から兵器として作られた代物。

 それは戦闘機や戦車といった兵器が扱いにくい、宇宙港のような閉ざされた空間において真価を発揮する。

 ある程度の装甲、様々な火器の運用、そしてなにより、空気のある場所から宇宙空間に放り出されても自力で戻れたりすること。

 生身でいるよりはよっぽど心強い。


 「アルケミアまでの通路を一気に駆け抜ける。用意は?」

 「できてます」

 「問題ありません」


 問題ないことを確認したあと、メリアはグレネードランチャーを機械の手に持つと、一気に通路へと出た。

 今はまだ重力発生装置が機能しており、誰もが重さに縛られている。


 「次の曲がり角を右です」

 「ああ」


 ファーナが宇宙港のナビゲートをしてくれるので、余計な戦闘をせずに移動し続けるが、どうしても避けられない戦闘というのはある。

 その時は、グレネードランチャーを何発か撃ち込んで怯ませてから、機関銃に持ち替えて一掃する。

 そうやって自分たちに危害を加えることができないようにしたあと、さっさと奥に進んでいく。


 「さて、次はどうしようか」


 通路から広い空間に出ると、辺り一面に争いの痕跡が刻まれていた。

 弾痕、爆発による破壊、火花を出す壊れた機械。

 そして離れたところでは、人間同士の銃撃戦が起きている。


 「ぐちゃぐちゃな状況だね」

 「争いが起きるように仕向けたわたしが言うのもあれですが、海賊って血の気が多いのでは?」

 「そりゃ、争いが嫌な奴はさっさとこの宇宙港から出てるからね。わざわざ残ってる奴らは血の気が多い」


 宇宙港は大きいが、それは大量の宇宙船を停泊させ、時には整備するためにそうなっている。

 その大きさゆえにか、惑星を見物するための透明な部分が存在し、視線を少しずらせば自然の塊である惑星ヴォルムスを見下ろすことができた。


 「そういえばファーナ、カミラの居場所は?」

 「ちょうど監視カメラに映ってます。大型空母に向かってますね。ここからだと意外と近くです」

 「やれやれ、殺せる機会があるなら、行くしかないか」


 一応、海賊をまとめている者を殺すか何かすることが、メリアの受けた仕事である。あとは個人的な怒りも少々。

 生身ならさっさと逃げるに限るが、今は機甲兵に乗っている。

 一気に近づいて機関銃を撃ち込み、生命維持装置をどうにかできれば終わりというわけだ。

 再びファーナのナビゲートに従って移動していくこと数分、目標を発見する。

 数人の兵士と何かを話しているところだった。


 「これで……」


 面倒な仕事は終わる。

 そう思ったその時、メリアの乗っている機甲兵に通信が入ってきた。

 声の主はカミラ。

 なんらかの細工がしてあったようだ。


 「私を殺すというのですか?」

 「ああ」

 「私を殺したところで何も変わりません。海賊たちのことなら、用済みなので近いうちに一掃する予定ですから。……私の命を狙うのは、海賊をどうにかするための手段の一つ、なのでしょう?」

 「そうなるね」


 危険を感じたのか、既に兵士たちは逃げ去っていた。

 これでカミラという老人を守る者はおらず、あとは引き金を引くだけ。


 「私を殺す前に一つ聞きなさい。この身は偉大な帝国、そしてあの方のために奉仕する義務があり、私という才能が失われるなら、技術の発展は大きく遅れ……」

 「うるさい。あたしを勝手に生み出して殺そうとした。そして今は敵。これで充分だ」

 「くっ……!」


 機関銃から弾が放たれる。

 距離があったからか、カミラ自身の肉体は無事だったが、生命維持装置となる機械は完全に壊れた。


 「あぁ……ふざけるな……あの方の模造品でしかないお前が……私を殺すなど」

 「仕事だからね。恨むなら帝国というシステムを恨んでほしい。依頼人は貴族様だ」

 「貴族、風情が……。だが、ここで私が死のうとも、必ずや、あの方はよみ、が……える」


 声はどんどん小さくなり、聞こえてくるのは呼吸の音だけ。

 やがてそれも途絶え、死を確認したあと、メリアは脱出のためにアルケミアへと急ぐ。


 「メリアさん、よかったんですか?」

 「何がだい、ルニウ」

 「生け捕りにして、色々聞き出してから殺した方が」

 「ふん、物騒なことを考えるもんだ。生命維持装置に何か仕込まれていたら、逆に危険。だからあの場で殺した」


 道中の海賊などは軽く蹴散らす。

 そしてとうとうアルケミアに到着すると、すぐさま出港する。

 混乱に満ちた宇宙港では、管制もまともに動いていないようで、手続きをせずに出ても問題はなかった。




 「おや、今回の連絡は何かな?」

 「仕事は済んだ。カミラは死んだよ」


 ワープゲートによって別の星系に移動したあと、メリアはエルマーへと連絡を入れた。

 さすがに疲れていたが、次どうするかを考えると、報告は早い方がいい。


 「それは嬉しい報告だ」

 「まだある。溜め込んでる物をろくに手に入れることができなかったから、いくらか報酬を出してほしい」

 「それは嬉しくない報告だな」


 口ではそう言うものの、声の調子からして、何か出してはくれるようだ。


 「あとは大型空母の目的だけど、そっちはほとんどわからない。カミラが空母の兵士と何か話していたのは見たけど」

 「なるほど。あとはこちらで調べよう。さっきのと合わせて、足のつかない金銭でいいな?」

 「ああ」

 「では、受け取り地点を送る。予定日を過ぎたら受け取れないので、遅刻しないように」

 「はいよ」


 通信は終わり、これで面倒事もなくなった。

 報酬を受け取ったらどうしようかメリアが考えていると、視界に水色の髪が入り込む。

 するとため息が出てしまう。


 「あー、そうだった。ルニウのことはどうしようか」

 「はいはい、わたしに考えがあります」


 ファーナは白い髪の少女な端末を動かすと、即座に意見を口にする。


 「余分な人員が増えても困るだけなので、ぶっ殺すか家に帰してしまうのがいいと思います」

 「いや、待ってくださいよ」


 これに異を唱えるのはルニウだった。

 どこか緊張した顔つきになると、真正面からメリアを見つめる。


 「このまま戻っても、仕事がないことを両親に知られてしまいます。なので、メリアさん、あなたのところで働かせてください。お願いします」

 「……給金は安いし、こき使う。それでもいいなら」

 「ありがとうございます」

 「メリア様!」

 「銃口を向けてきたし、何発か殴ってやりたいところだが、その辺の一般人よりは使い物になる。宇宙港でのあれこれで知ってるだろ」


 不満そうなファーナであるが、ルニウは能力的には使い物になる人物なため、どこかむっとした表情を向けつつも頷いた。


 「あー、やれやれ、余計な人が増えました」

 「……ひ、ひどい」

 「ルニウ、お前がそれを言うな。あんなことした癖に」

 「そうですよ。あの時のことは監視カメラでわたしも見てました」

 「う、それは……」


 カミラの側について敵対したのは事実なので、ルニウは何も言えなくなる。

 このままうだうだ言い合いになっても仕方ないため、メリアは強引に話を終えると、エルマーから送られてきた地点へと移動することに。

 数日をかけて、待ち構えている伯爵家の艦隊からコンテナを受け取ると、中身は換金できる品物が詰まっていた。


 「自分で売って金にしろってか。これは」

 「適当に惑星を巡れば、売ってしまえます」

 「そうですよ。好事家に高値で売りつけるのもいいと思います」

 「はぁ、仕方ない。売るために色々回るか。ついでにディエゴの馬鹿への支払いも済ませよう」


 幸いなことに、ソフィアの一件により、お金には困っていない。

 しばらくの間、適当な惑星を巡ってのんびりするのも悪くないかと考えるメリアであり、銀河の地図を開くと次の目的地を探していく。

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