第29話 生まれの秘密

 状況は圧倒的にカミラの側に傾いており、彼女は語り始める。


 「かつて帝国を二分する戦争がありました。奴らは共和国を名乗り、偉大な帝国を引き裂いた。そのせいで、あのお方は自ら身を引いて内乱を終わらせるしかなかった」


 最初は平坦な声だったが、話していくうちに怒りがこもっていく。


 「あの反逆者共が! 美しく聡明なメアリ様を苦しめ! 銀河の三分の二を支配していた帝国を三分一にまで弱らせた!」


 それは心からの叫びだった。

 機械によって、かろうじて命を繋いでいる人物がするには、とても危ういほどの。


 「……で、あたしに気づいたのはいつだ」

 「はぁ……はぁ……直接会った時にです。小さな頃の記録しか残っていませんでしたが、大人になった姿は、あのお方のクローンであることが確かなのを感じさせました。髪については、抜け落ちたのを調べ、染めていることに気づきました」


 メリアは特に何も言わず、舌打ちをする。

 すると今度はルニウが口を開く。


 「ずるいですよ。私はエンハンスドなのに、メリアさんはノーマル。それも凄い人のクローンだなんて」

 「だから、カミラに協力することを決めたのかい。たった数分の話を聞いただけで」


 数分程度の会話で、敵に回るということ。

 それは心の中に複雑なものが渦巻いていたからこそ、そういう行動に出てしまったと言える。


 「ええ、そうです。私の両親は、娘の私が言うのもあれですが、整形する前は醜い外見をしていた。いわゆる不細工ってやつです。でも、そんな外見の遺伝子を受け継いだまま生まれたら、苦労するだろうということで、両親は私の遺伝子調整に大金をかけました」


 ルニウは話をしながらも、ビームブラスターの照準を外さないまま、少しずつ近づく。


 「親の期待に応えるため、まあ頑張りました。勉強と運動をしっかりとやって、惑星一番の進学校の成績は常に三位以内。だけど、いつしか気づいてしまった。私に対する期待というのは、周囲を見返すためだけのものであると」

 「……そうかい」


 我が子への愛情というよりは、自分たちが周囲を見返す道具としての期待。

 綺麗な見た目、強い肉体、優れた頭脳、それらを求められて徹底的に遺伝子調整されたルニウ。

 求められる能力を満たしている彼女は、すぐに気づいてしまったわけだ。


 「海賊になってしまったので、両親の期待は壊してしまったんですけど」

 「両親は今も生きているのか」

 「はい。何も知らないままです。定期的にお金を送っているので、どこか大きい会社で働いているとでも思ってるんじゃないでしょうか?」

 「親にお金を送り続けている時点で、お前は親のことを大事に……」

 「黙れ」


 バシュ


 片手で撃っても外さないくらい近づいたあと、ルニウはあえて命中しないようにビームブラスターを放つ。

 これはわかりやすい脅しだった。


 「私ばかり話すのもフェアじゃないですよね? メリアさんの過去も話してくださいよ」

 「……あたしが宇宙に出るまでの話なら、そこの老人に聞けばいい」

 「立場をわかっていませんね。私が上で、あなたが下です。このビームブラスターが見えないんですか? あなたの口から聞きたいんです、こっちは」


 自分は武器を持ち、相手は丸腰。

 そのせいでどこか気が大きくなっているルニウの様子を目にしたメリアは、大きなため息のあと、渋々といった様子で口を開く。


 「どこから話したもんだか。……物心ついた時には、貴族の家の養子だった。そこは借金とかが多くてね。お金と引き換えにあたしを引き取って育てていたってわけだ」

 「意外ですね。昔の皇帝のクローンなら、もっと良いところに預けられそうなものですけど」

 「クローンだから、あたし以外にも同じようなのが大量にいるんだろうさ。なにせ、そこにいるカミラが言うには“失敗作”だからね」


 カミラの方を見ながら、メリアは吐き捨てるように言う。

 不愉快であることを隠そうともしない態度だが、肝心のカミラは特に気にしていないようだった。


 「カミラさん、この人がどう失敗作なのか教えてもらっても?」

 「まず頭脳面でメアリ様に劣り、肉体面は身体能力が及第点ながらも、子を作ることができません」

 「なるほど、そうですか」


 つまりそれ以外はオリジナルに等しい。

 それを知ったルニウは、舐め回すように上から下までメリアの全身を見ていく。

 今は宇宙服を着ていないので、体型などを含めてすべて見ることができた。


 「私がこの人を貰うことってできますか?」

 「それは許可できません。クローンという存在は消さなければなりませんから。まずはブラスターを非殺傷設定にして撃ちなさい」

 「わかりました」


 非殺傷設定となったブラスターの一撃は、当たったら身体が麻痺して動かせなくなる。

 メリアは至近距離からそれを受け、膝から崩れ落ちるように床に倒れてしまう。


 「くそ……殺すならすぐ殺せばいいものを」

 「まだ用があります」


 カミラはどこからか取り出した注射器を手に持つと、メリアの腕に刺して血を採取した。


 「暮らし、環境、経験、その違いによってどう変質したか。それを示す血というデータを得られたので、もう用済みです」

 「カミラさん、待ってください。殺すにしても、話を聞き終えてからでいいですか?」

 「お好きにどうぞ。私は血を運ぶため上に戻ります」


 採取した血と共に、エレベーターで上に移動するカミラであり、部屋の中には二人だけが残される。

 扉は開けっ放しなので、出ようと思えばいつでも出られるが、エレベーターを利用しないとそもそも他へ移動することができない。


 「さて、これで二人きりです。さっきの続きをお願いします」

 「ずいぶんと調子に乗ってるじゃないか。助け出した時は、もう少し違っていたというのに。むかつくガキだね」


 麻痺して動けないでいるメリアの頭に、ルニウはぐりぐりと銃口を押しつけている。

 しかも笑みを浮かべながらという有り様。


 「私よりも凄い人が、私の手で地べたに這いつくばってるんですよ? そりゃあ、気分がよくなるってもんです」

 「はっ、いい性格してるじゃないかクソガキ。この身体が動くなら、さっさと気絶させてやるってのに」

 「そんなことよりも、早く続きを」


 身体が動かない現状、どうすることもできず、相手の言うことに従うしかない。

 メリアは舌打ちしたあと、過去について話し始める。


 「借金の多い貴族に引き取られてからだが、しばらくは平穏だった。定期的に資金援助があったのか、とても丁重に扱われたとも。家族というよりは別のものだけどね」


 家族の一員ではなかった。

 金を生む大事な存在として、怪我や病気のないよう丁重に扱われた。ただそれだけ。

 そんな昔を思い出したせいか、表情は自然と険しくなる。


 「少し親近感が湧いてきました。どんな風に平穏でしたか?」

 「領地経営のために一通りの勉強。そして社交界に備えてダンスはもちろんのこと、各種の楽器、他の貴族のお嬢様方と一緒に軽いスポーツなんかもやった。その時は体力がなかったから、同い年の子に気を遣われてね」


 見知らぬ他人の方が、案外落ち着ける。

 そんな状況が続いたが、ある日を境に一変してしまう。

 それは十五歳になり、大がかりな肉体の検査を受けることになった日。

 メリアは途中で言葉を止めると、ただひたすらに怒りに満ちた表情となる


 「……各種検査を終えたあと、失敗作の烙印を押された。そして自分が何者であるのかを、その時になってすべて教えられた」

 「そのあとどうしたんです?」


 ルニウは興味津々な様子で尋ねる。

 帝国の後ろ暗い部分を知るというのは、遺伝子調整されていても元々は一般人であった彼女にとって、とても刺激的な娯楽であったのだ。


 「殺処分ということになり移送される。十五歳のガキがすべて知ったところで、どうすることもできないと思ったんだろうさ。ちょいと怯えながら質問したら、ぺらぺらと喋ってくれてね。可愛らしい容姿だったのも影響していたんだろうが」

 「でも、今こうして生きている。どうやって逃げ出したんです? 誰かの助けを得て? それとも殺したり?」


 続きが気になるのか、ルニウはさらに質問をしていく。そのせいか銃口は少しずれ始めていた。


 「宇宙船で運ばれている途中、海賊からの攻撃を受けた。驚くことに、海賊と内通していた者がいてね。だけどこれ以上ない好機だった」


 混乱に満ちた船の中、監視していた者は破片などが刺さり全員が亡くなる。

 それは宇宙服を確保することに繋がり、ヘルメットによって顔を隠すことができた。


 「ここで笑えるのが、内通者も死んでいたということ。しかも、電子通帳を宇宙服にしまっていたから、あたしはそれを回収してね。生体認証だったから死体を利用して解除。中を見たら報酬が振り込まれているときた」

 「そのあとは?」


 話が続いていくほどにルニウの意識は逸れていき、メリアに向けられていた銃口はすっかり別の場所を向く。


 「内通者のふりをして、海賊に頼んで宇宙港まで送ってもらった。声を出せばバレるから、端末を介した文字だけのやりとりで。“帝国から追われることになるだろうし、隠れておきたい”って具合に。あとは内通者のお金を使って、一人で生き残るために必要な物を買い集めた。中古の宇宙船に、食料や武器、新しい宇宙服もね」

 「そこから、今に至るまで海賊をしてきたわけですか」

 「ああ、そうなる」


 メリアはそう言うと、銃口が自分から外れているのを確認し、一気にルニウへと仕掛ける。

 長話の間に、身体の麻痺がだいぶなくなってきたからだ。

 腕を掴み、一瞬の早業で床に叩きつける。


 「がは……」

 「これで立場は逆転。さーて、このクソガキはどうしてやろうか」

 「へへ、私を殺すならどうぞ。きっとメリアさんは成功して、もっと凄い人になるでしょう。そんな人に殺されるなら、素晴らしい終わりだと思います」

 「何を勝手に達観してる。本当に苛立つね」


 こうなったらもうどうしようもないと判断したのか、抵抗する動きを欠片すら見せない。

 そんなルニウを見て、メリアは首を掴むと、無理矢理に立ち上がらせた。


 「今すぐ決めろ。あたしが脱出するのを手伝うか、ここで一人寂しく死ぬか」

 「…………」

 「答えろ!」

 「……手伝いますよ。メリアさんに殺されるなら意味がありますが、そうじゃないなら意味がない」


 遺伝子調整によって綺麗に整った顔に浮かぶ、どこか不満そうな表情。

 間近で目にしたメリアは、舌打ちしそうになるが抑えた。

 返事の直後、辺りが大きく揺れたからだ。

 それは事前にかけた保険、つまりファーナが独自に行動し始めたことを示すものであった。

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