第28話 問いへの答え

 前に訪れた部屋に到着するも、通信機器の類いがないか確認される。

 ルニウはすぐに通されるが、メリアだけは呼び止められた。

 着ている宇宙服には、性能の高い通信機能が備え付けられているために。


 「入る前に宇宙服は脱いでいただきます」

 「宇宙空間に放り出された時、着ていないと死ぬんだがね」

 「軌道上にある宇宙港において、そのような心配は無用であるかと思います」

 「はぁ……やれやれ、更衣室は? 人前で脱ぐような趣味はないよ」

 「こちらです」


 狭い部屋でメリアが宇宙服を脱ぐと、下に着ている服装そのままとなった。

 袖の長い薄手のシャツやズボンといった組み合わせは、身軽ではあるが宇宙空間に出ることはできない。


 「ほら、これで通信機器の類いはなくなった」

 「宇宙服はお預かりします。帰る時にお渡しします」


 ルニウから数分ほど遅れて、メリアも部屋に入った。

 その時、話し声が途絶えるので、なんらかの会話が既に行われていたようだった。


 「あ、メリアさん……」

 「なんだい、変な顔をして。あたしが宇宙服を脱いだ姿は、見たことがあるだろうに」

 「いえ、その……」

 「二人とも、そろそろいいですか?」


 中では、所々が機械に繋がれているカミラを見つけることができる。

 老いの影響で細く弱々しい肉体は、機械から離れたなら、生命活動を維持できずにすぐ死んでしまうだろう。

 つまり、それでもなお生きようとする目的があるわけだ。

 

 「メリア、あなたの活躍はなかなかのものでした。相手が無人の艦隊とはいえ、死者を五十人以下に抑えることができたのですから。今回の死者を、多いと見るか少ないと見るかは人それぞれですが」

 「知ってたのかい。帝国の艦隊が無人なことを」

 「勝利したあとにです。宇宙空間に漂う船員の亡骸が一つもないので、それ以外にはあり得ないと判断しました」


 カミラはそこで言葉を止めると、まずは座るように促した。

 メリアは空いているところに座ると口を開く。


 「果たすべきことは果たした。色々と聞かせてほしいね」

 「すべてとはいきませんが、お答えしましょう」

 「まず、そんな状態になりながらも生きているのはなぜか」


 機械による生命維持にも限度はある。

 見る限り、固形物を食べることはできず、口にできそうなのは流動食だけ。

 自ら立ち上がったり歩くこともできず、生きているだけで苦痛に満ちていることが予想できてしまう。


 「私には目的があります。それが何かは言えませんが」

 「どうせなら、その目的とやらも聞きたかったけどね。……それじゃ次は、海賊を集めているのはどうしてなのか」


 海賊を組織化し、まとまった戦力として使えるようにしている。それも結構な規模で。

 目的はなんなのか。

 その疑問に対し、カミラはわずかな笑みを浮かべた。


 「非合法なルートを通じて、様々な物を集めるためです。正規軍を動かすよりは、金で動く海賊は簡単に動かせるので」

 「……目的とやらのためか」

 「まあ、そうなります」


 なんらかの目的で海賊を動かし、色々な物を集めている。

 そこまでは理解できたが、それゆえに気になることは増えた。

 しかし、普通に尋ねたところでカミラは教えてはくれないだろう。

 なのでメリアは次の質問に移る。


 「なら次は、大型空母はなんのためにこの宇宙港へ来ていたのか。帝国の中でもわずかな数しか存在せず、軍よりも皇帝の命令を優先する指揮系統らしいね」

 「少々、取引を。それだけです」

 「何を取引したのかお尋ねしたいが?」


 海賊をまとめ上げ、公爵領を実質的に支配している、帝国にとっては鬱陶しい人物。

 そんな者のところに、わざわざ貴重な大型空母が送り込まれ、しかも取引をした。

 内容が実に気になるところだ。


 「それを話すには、もっと功績を積んでもらわなければ。信頼できる者でなくては話せません」

 「……そうは言ってもね」


 無人の艦隊はエルマーが送ってきた。

 次以降に艦隊が来るのは、しばらく先になるだろう。

 そうなると、功績を稼ぐのは難しい。

 そこでメリアは考えた。

 いっそのこと、ここでカミラを仕留めてしまうべきかどうかを。


 「そういえば、その機械がないと数分で死ぬそうだが」

 「私を脅すつもりですか? 自分の立場を理解していないとは」


 カミラを殺したところで、宇宙港から無事に逃げ出すのは難しい。

 せめて通信ができたなら、ファーナによって陽動を行えるが、その場合、宇宙港で騒ぎを起こした者として指名手配を受ける可能性が出てくる。


 「冗談だよ冗談。まあ、情報よりも欲しいのがある。例えば、金品の類いとか」

 「なら、案内しましょうか。私についてきなさい」

 「死にそうなのに、動けるとはね」

 「自力で動けないなら、機械の力を借りればよろしい」


 カミラが座っていた椅子は自走できるのか、小さな車輪がいくつか出てくると移動していく。

 向かう先は、入ってきた扉から向かい側。

 そこはやや大きめなエレベーターとなっており、三人が乗ると下へ降りていった。


 「メリア、金品とは言いますが、実物と電子的な代物、どちらを望みますか?」

 「欲を言えばどちらも。ルニウはどんなのがいい?」

 「えっ? そうですね……やはり実物とか手に入れてみたいです。お金とか含めて色々電子化してあるので、この機会に実物に触れたいですよ」


 今まで静かに話を聞いていたルニウだったが、いきなり話を振られて慌てるものの、すぐに実物が欲しいと口にした。

 電子化された資産は安定しているが、実物となればコレクション的な意味合いも出てくるので、想像以上の値段になる可能性があるためだ。


 「ならば、今回は面倒を減らすためにも実物だけを差し上げましょう。もっと色々欲しいなら、私のために活動するように」


 エレベーターで十数階ほど降りた先には、短い通路と扉があった。

 生体認証なのか、カミラの目に機械が近づくとスキャンをしていく。

 そして扉は開くが、現れる光景にメリアとルニウのどちらも固まってしまう。


 「……これは、また」

 「こ、こんなにたくさんあるんですか!?」


 目の前に広がるのは、様々な宝石と謎のコンテナの集まり。綺麗に並べられているので、種類別に分けられていると考えていい。


 「宝石は合成ではないことを示す証明書つき。コンテナは、愛好家向けに売る予定の特別なお酒を保存してあります。両手で運べる分だけどうぞ」

 「宝石の証明書……ある意味人間みたいだね。何か手を加えていないことに、価値を求めるってのは」

 「遺伝子調整をした者と、していない者。結局のところ、価値というのは他人の評価に影響されます」


 メリアが宝石を見ていく間、ルニウはやや険しい表情となる。それはカミラの言葉のせいでそうなっていた。

 この場にいる二人に見られないよう、壁際にある宝石のところへ移動すると、いくつか手に取る。


 「メリアさん」

 「うん?」

 「宝石は自分で自分の価値を高めることはできません。でも人間は違います」

 「ふむ。確かに」

 「なので、私は自分の価値を高めたいと思います」


 カチャ


 小さな音のあと、ルニウはメリアに対してビームブラスターの銃口を向けた。


 「……あたしに銃口を向けるとはね。どういうことなのか説明してもらおうか」


 通信機器は持ち込めない。当然ながら武器の類いも。

 なのになぜ、目の前にいる水色の髪の女性は、ビームブラスターを持っているのか?


 「私はさっき、カミラさんから話を聞きました。メリアさんが入ってくる数分の間に、です」

 「カミラ……何を話した?」


 ビームブラスターはカミラから渡されたのだろう。しかし問題は、どうしてルニウがこのような行動に出たのか。

 メリアは睨むような視線をカミラへ向ける。


 「大したことではありません。ただ、あなたの生まれを少しばかり伝えただけです」

 「…………」

 「私はカミラ・アーベント。帝国遺伝子資源開発研究所の所長であった。これでわかるのではありませんか? “失敗作”のメリア」


 失敗作。

 その単語が出た瞬間、メリアは飛びかかろうとするが、目の前をビームが通り過ぎたので、冷静にならざるを得なかった。

 殺傷できる威力であり、迂闊に動くことはできない。


 「メリアさん、動かないでください。撃たないといけなくなるので」

 「ちっ……どこからどこまで聞いた?」

 「あなたが、大昔の人間のクローンであること。それも、若くして亡くなった皇帝の」

 「…………」


 メリアは黙ったまま動かないでいた。

 今ここに通信機器がないことに苛立ちながらも、ファーナに知られなかったことに安堵してしまう。

 それは重大な秘密にして忌まわしき過去。

 その顔には怒りと、隠し切れないことに対する諦めが浮かんでいた。

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