第32話 共和国の宇宙港
帝国との国境に近い共和国の星系の一つに、メリアたちは訪れていた。
この星系には人口の多い有人惑星が複数あり、 それゆえに認証などの手続きがあまり厳しくないのである。
「こちらヒューケラ。帝国から旅行のためにやって来た。身分証はこれになる」
「ええと、はい、確認しました。ようこそ共和国へ」
メリアは海賊なだけあって、偽造した身分証を所有している。使えるものだけで何人分も。
今回、宇宙港で見せた身分証は、以前共和国で活動した時に用意したもの。
国によって違うのを用意してあるが、ソフィアを送り届けた時のように、大きな仕事をする場合は新たな身分証を偽造したりする。
それゆえに、これまで合計で数十の立場を使い分けてきた。
「メリアさんて、年季の入った海賊なんですね。改めてそう思います」
「海賊を続けてると、否が応でも適応してしまうもんだよ」
当然、その大半は仕事が終わったら破棄しているが、それは足がつかないようにするため。
身分証を偽造する者が逮捕されることはそれなりにあるので、その巻き添えを防ぐためだ。
「お、外国人向けのパンフレットが配布されてます」
「ぜひ見てみましょう」
帝国人であるルニウは共和国に来たのは初めてなのか、宇宙港に降り立った直後、各種受付の近くに置いてあるパンフレットを手に取った。
そこに興味津々な様子のファーナも加わる。
「その反応はどうなんだ。初めての旅行じゃあるまいし」
「私にとっては、初めての旅行ですよ」
「もちろん、わたしにとってもです」
「宇宙船で他の星系や惑星に移動してる時点で、旅行してるようなものだろうに」
二人の反応を目にしたメリアは、やれやれとばかりに頭を横に振る。
「メリアさん、それは違いますよ~」
「そうです。宇宙港の雰囲気からして帝国とは違いますから」
「……ああもう、面倒なのが増えたね」
ファーナだけでもあれなのに、新たにルニウが加わるせいで、メリアとしては頭が痛くなってくる。
とはいえ、気持ち自体はわからなくもない。
帝国の宇宙港はどこか伝統的な意匠を所々に仕込んでおり、荘厳さや威信を感じられるようにしてある。
共和国の宇宙港はそういったものを廃し、どこか無機質さを強調するように合理性を追求してあった。
「はい、今からパンフレット読みます」
「好きにしな」
「ええと……ここ惑星マージナルは、セレスティア帝国とホライズン星間連合に近い星系に存在し、両国からの旅行客のために近年開発が進んでいる。とのことです」
「メリア様、質問があります。ホライズン星間連合とはなんですか?」
まずは表紙にあたる部分をルニウが読み、そのあとファーナが質問を行う。
メリアは軽く周囲を見渡し、往来する人々の注意を引かない場所に移動したあと、手招きをしてから小声で話していく。
「これは子どもでも知っている常識だが、銀河は三つの国に分かれている。セレスティア帝国、帝国から分離独立したセレスティア共和国、そしてホライズン星間連合、といった具合にね」
銀河においてそれ以外の国は存在しない。
ただし、星間連合に関しては、厳密には複数の国家の集まりと見なすこともできる。
他人から常識を知らない者として見られるのは面倒なため、人の視線を集めない場所でこっそり教えるメリアだった。
しかし、宇宙服とヘルメットをしているからか、遠くからでもやや目立つので、たまに視線を感じたりする。
「ま、細かいことを話すにしても、今は共和国のことぐらいか」
軽く空中に目を向けると、わかりやすいところに設置されている監視カメラがあった。
ただし、わかりにくいところにもカメラはある。目立つ部分に注意を向けさせ、目立たない部分への注意を逸らすやり方である。
「まずは、惑星に降りる前の下準備としての買い物。細かいことはそのあとだ」
「何を買うんです?」
「必要なものは大体揃っていますが」
「あたしの変装に使う着替えとかだよ。宇宙にある施設の中で宇宙服なのは、目を引くけどそこまでおかしくはない。しかし地上ではそうもいかない」
まず向かうのは、宇宙港にある旅行者向けの店。
惑星に降り立っても、今のような宇宙服姿では悪目立ちしてしまう。
かといって、素顔を晒し続けるのもよろしくはない。
メリアの美しさは、ただそこにいるだけで人目を集めてしまう。
ナンパなどの鬱陶しい出来事を抑えるためには、準備しておくに越したことはないわけだ。
「ルニウ、何か必要なのがあったら言いな。ついでに買っておく」
「え、いいんですか。ありがとうございます」
ルニウはやや驚きながらもお礼を言うと、そそくさと離れて店内を歩き回る。
これに対しファーナは不満そうにすると、むっとした表情のままメリアの腕を掴む。
「メリア様」
「なんだい」
「わたしにも何か買うべきでは?」
「ロボットが何言ってる。そもそも、こういう店に人工知能が欲しがるものがあるとは思えない」
「ロボットに見えなくなるような、変装するための衣装などは?」
機械の四肢と胴体に目をつぶれば、白い髪と青い目をした少女に見える。とはいえ、全体を見れば一目でロボットなのがわかる姿だ。
裾の長い厚手の服を着れば、ロボットであることを誤魔化すことはできるだろう。
だが、メリアは首を横に振る。
「それはできない。人型のロボットは、ロボットであることが一目でわかるようにしないといけない。それはどこの国にもある法律でね。宇宙船の中ならどうにでもなるが、惑星の地表とかじゃ、すぐに気づかれてしまう」
人型のロボットは、ロボットであることが一目で理解できるような姿でなくてはならない。
これは銀河共通の法律の一つ。
破れば罰金と厳重注意となり、回数を重ねればそれだけ重くなる。
そして規定の回数を超えれば、逮捕されてしまう。
「あくまでも、人間が上で、ロボットは下。これが徹底されている。まあ、調子に乗って人間様が上だとか言ってロボットをぶっ壊そうとする奴は、それはそれで普通に捕まるけどね」
「つまり、わたしはいつもの姿でしかいられないわけですか」
「どうしてもって言うなら、部屋の中で着る分には問題ない」
「ふむふむ。メリア様は、どんなわたしが見たいですか?」
メリアは無言で手を振る。
それはどうでもいいという返事でもあった。
「つれないですね」
「そのままのファーナで充分過ぎる。これ以上は胃もたれしてしまう」
「なんですかその言い方は。そんなこと言うと、別人格なわたしをインストールした端末を、毎日交代でメリア様のところに送り込みますよ」
「それはやめろ」
「ならば何か言うことがあるのでは?」
「……悪かった。言い過ぎたよ」
舌打ちしそうなのを抑えつつメリアは言う。
それを聞いて満足したのか、ファーナはわずかな笑みを浮かべて近くに立つだけとなる。
ようやく自分の買い物に移れるようになったメリアは、店内を軽く巡り、いくつかの商品をレジに持っていく。
精算している最中、少し遅れてルニウも合流し、全部の支払いをメリアが済ませたあとは一度ヒューケラに戻る。
巨大なアルケミアに関しては、誰も来ないような宙域に待機させてあった。
「ファーナ、何してる」
「お手伝いをしようかと」
「……脱いだ服をどうにかするのだけ任せる。着る手伝いはいらない」
「わかりました」
それぞれ個室で着替えるのだが、メリアのところにだけファーナがいることから、どうにも居心地の悪い思いをしてしまう。
それを無視して着替え終わると、宇宙服姿の怪しげな人物から、カジュアルな格好をした若い女性という姿に。
「ざっとこんなものか」
「おお、変わりましたね。しかし、そのサングラスはいったい……」
「仮面をつけるわけにもいかない。目とかを隠すなら、こういうのしかない」
カーディガン、ブラウス、長めのスカート、そしてスカートに隠れているが膝までのズボン。
これらに加えて、目を隠すためのサングラス。
茶色い髪の毛には、ちょっとしたアクセサリーも存在し、一見すると海賊であるようには思えない。
「これならば、メリア様を知っている人でも、しばらく見つめないと気づけないでしょう」
「そのための変装の意味合いもあるからね」
惑星マージナルにおいて怪しまれないようにする一番の方法は、旅行者となること。
メリアはややお金のある女性という設定で過ごすつもりだった。
それならば、少女な姿のロボットを同行させてもおかしくないわけだ。
「メリアさん、少し時間かかりましたね」
「着るものが多かったからね。そっちは……そういう格好か」
ルニウは一足先に着替え終えたようで、通路で待っていた。
どこかボーイッシュな格好であり、水色の髪の毛に合うようにしてあるからか、活発的な印象を受ける。
「なんというか……若いね」
「そりゃ、まだ二十歳ですから。今でもちょっと学生の頃に戻りたい気分があったりします。卒業してからあまり経ってない時に海賊になってしまったので。あ、私はエンハンスドなおかげで、飛び級で大学に」
「そこら辺はいいよ。過去は気にしない」
「いえいえ聞くべきでは? 唯一の船員の過去ですよ? というか話させてください」
「却下」
そのまま宇宙港に向かい、軌道エレベーターの順番を待つ。
大気圏を突入する宇宙船で降りるという方法もあるが、そちらはそこそこ高いため。
「そういえばメリアさん」
「……なんだい」
「おいくつですか?」
軌道エレベーターで惑星マージナルの地表に到着したあと、いくつか手続きを済ませてから地上にある宇宙港を出るのだが、歩いている途中でルニウは尋ねた。
厄介なことに、ファーナも興味津々な様子でいる。
今ここで答えなくても、あとで質問を繰り返されることは明らかなため、メリアはため息混じりに答えた。
「二十五だが」
「ちょっと待ってくださいよ。私とあまり変わらない肌じゃないですか。どんなお手入れをしてたりします?」
「……特別なことは何もしてない」
「あーあ、羨ましいです。メリアさんはこれで遺伝子を弄ってないノーマルなんだからもう」
「くだらないことを言ってないで、今日泊まるところを探すよ」
何をするにも、拠点となる場所は必要である。
ホテルか何かを探すため、一同はエア・カーに乗り込み、少し離れたところに見える都市へと向かった。
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