第26話 カミラという人物
「……どうしたものかな」
フランケン公爵領のとある星系。
そこにはエルマー・フォン・リープシャウ伯爵本人がいた。
彼は公爵となった姪のソフィアのために、表向きには忠義を示すという形で、リープシャウ伯爵家が所有する艦隊を動かした。
まだ十歳という幼い姪に恩を売ることで、少しでも帝国内部における影響力を高めようとしたのである。
結果としては、公爵領に属する星系のいくつかを海賊から解放することに繋がる。
それは、とある女海賊に仕事を依頼するのと同時期の出来事であった。
「騎士ブルーノ」
「はっ、こちらに」
記録を漁るとは言ったものの問題があった。
エルマーが今いるのは、海賊から解放したばかりの星系。フランケン公爵領の中でも開発が進んでいないところ。
しかも自分の領地と比べて色々と足りていない惑星であるのだ。
だからこそ容易に解放できた部分があるとはいえ。
「とある人物のことを調べてもらいたい。先程の女海賊との通信を聞いていただろうが、名前はカミラ。百五十歳以上らしい」
エルマーは自分に仕える騎士を呼ぶと、調査を命じる。
それもただ調べるのではなく、帝国に気づかれないよう秘密裏に。
その騎士は男性で、豪華客船でメリアに救出された者でもあった。
なのでどこか複雑そうな表情となっていた。
「…………」
「どうした?」
「あの時、ソフィア様が共和国からの客船にいたのを自分が気づけたならば、今頃はエルマー様こそが……」
「よせ、もう過ぎてしまったことだ。幼い姪を手助けすることで影響力を増やす。もはやその方針であるからな。今はカミラという者を調べることこそが重要だ」
「失礼しました」
開発が進んでいないとはいえ、それは発展した他の惑星と比べてのこと。
宇宙港と軌道エレベーターが存在しているなら、帝国の庁舎にある程度の情報はある。
数日もするとブルーノという騎士は戻り、記録の入った端末をエルマーへと手渡した。
「エルマー様、カミラという者についての情報です」
「意外と早いものだな」
「カミラという名前の人物は、少なかったもので。数十人しかいません」
「ふむ。気になるところだ」
早速、エルマーは端末の情報を見ていく。
当然ながら、外からの通信が完全に遮断されている一室において。
何かを調べているということを、他の誰にも知られないようにするためである。
「地方の役所の一般職員……定年になって辞めた。これは違うな。次は、生産管理局の幹部……不祥事が起きた責任を取って辞任。これも違うな」
まともに記録されているのは、ここ数十年のものばかり。昔のになればなるほど、記録は抜け落ちていく。
次々とページを送っていたが、最後辺りになって手は止まる。
そこから先は、百年以上前の人物の情報であり、当てはまる者は一人しかいない。
「カミラ・アーベント。帝国遺伝子資源開発研究所の所長。高齢なため一線から退いた。なかなかに立派な経歴だが……」
その研究所では以下のことが行われている。
新しい生物種や変異体の、発見や創出。
遺伝子操作や組み換えによる、特殊な能力や特性を持つ生物の作成。
遺伝子資源の商業化や特許化に関する問題や倫理的な議論。
遺伝子資源の流出や悪用による危機や事件への備え。
「遺伝子調整に関連するものも含まれている。貴族たちが立ち上げたものではない……つまりだいぶ前の皇帝陛下か」
研究所に関しては、記録に記されている分はこれだけ。
しかしエルマーの脳裏には、これだけのはずがないという確信があった。
カミラ・アーベントの項目を読み進めると、気になることが書かれている。
定期的なコールドスリープにより、三百年以上も前から研究所に所属しているというものだ。
それも、当時の皇帝からの許可を特別に得た状態で。
「コールドスリープをしながら研究を続けていた、と読めるな」
「ですが、どのような研究でしょうか?」
「銀河の三分の一を支配する皇帝陛下におかれては、不老不死辺りが妥当なところだと思う。形にはならなかったようだが」
帝国の皇帝が持つ権力と財産は圧倒的であり、望めば大概のものは手に入る。
しかし、人間であるからには、寿命から逃れることはできない。
そうなると、不老不死辺りを求めるのだろうという予想ができた。
「ですが、これ以上調べることは、現時点では不可能です」
「なら我々だけの秘密にしておくべきか。だが、そうなると気になることが出てくる」
「宇宙港にいるという大型空母について、ですか」
リープシャウ家に仕える騎士の言葉に、現在の若き当主は大きく頷いた。
「海賊たちをまとめているのが、カミラ・アーベントだと仮定する。彼女は大昔の皇帝に命じられて研究を進めていた。そこに、帝国よりも皇帝に所属している大型空母が訪れた」
「まさか、今の皇帝陛下が関わっておられると……?」
「さて、そこまではわからない。なにせ、今の皇帝陛下は、大層な面倒くさがり屋であらせられるから」
公爵位の相続。
それは少なくとも帝国においてはかなりの出来事であるはずだが、些事と言ってのけると、表に出ることなく相続は完了した。
そのような人物が、いったいどれほどの計略を仕組むことができるだろうか。
「よくよく考えれば危ういな。今の皇帝陛下へ深い忠誠を抱いているのは、ごくわずか。あのような皇帝では致し方ないとはいえ」
「……エルマー様、女海賊に言ったように、言葉を控えた方がよろしいかと。他者に聞かれては危険です」
怠惰な皇帝のことを、貴族の大部分が軽く見ていた。表向きには忠誠心があるように振る舞うが、裏では本音が出たりするわけだ。
今のエルマーのように。
とはいえ、他の貴族に聞かれると密告されて足を引っ張られるのは確実なため、思っていても言わない方が賢明ではある。
「リープシャウ家が影響力を高めるのを、快く思わない家はありますので」
「そうだな。気をつけよう」
そのあとは、フランケン星系に無人の艦隊を送り込む準備に集中するエルマーだった。
だが、自分が何もしなくても状況が進行する段階になった辺りで、ふと気になった。
カミラ・アーベントにコールドスリープさせつつ、なんらかの研究を続けさせた当時の皇帝のことが。
「三百年以上前となると……ああ、共和国が独立戦争をしていた時代か。当時の帝国は銀河の三分の二を支配していたな」
開発の進んでいない惑星とはいえ、電子図書館は充実している。
エルマーは自分が意外と勉強不足だったことに苦笑すると、当時の皇帝の名前を探していく。
「しかし、子どもの頃に教科書を読んで以来か、こういうのは。ええと、どれどれ……」
最初は小さな反乱だった。
それはやがて帝国を二分する争いとなり、泥沼の戦いが数年続いた果てに、当時の若き皇帝が病によって亡くなると、共和国の独立という形で終わりを迎えた。
その亡くなった皇帝の名は、メアリ・ファリアス・セレスティア。
十歳に即位してから、二十五歳で亡くなった若き皇帝である。
激しい戦いの最中だったからか、残された写真は多くなく、どれもどこかぼやけたものばかり。
「うーむ……もう少しはっきりしたものは」
そのあとに続いた皇帝は、数年以内に死ぬことが相次ぎ、しばらくの間帝国はひどい状況が続いたという記述があったが、それは大昔の歴史でしかない。
若き皇帝のはっきりとした写真を探すことを優先するエルマーであり、少しして死の数日前と書かれたものを見つける。
「……これは」
端末の画面上に表示される皇帝は、茶色い髪と目をした美しい女性であった。
伝統的な意匠の高価そうな椅子に座り、古めかしいドレスに身を包んだまま、こちらへ微笑みかけてきている。
とても健康的で、病気で死んでしまう前とは思えない姿だったが、エルマーはそれを見て険しい表情となる。
「見間違いであってほしいが」
即座に別の端末を操作し、そちらにはメリアを表示させた。
黒い髪と青い目、そして黒い髪と茶色い目のものを。
そこからさらに、茶色い目をした方だけ操作し、黒い髪を茶色に変化させる。
変装のために目の色を変えているなら、髪も染めているだろうという考えから。
すると変化させたメリアは、皇帝と同じ顔をしているのが明らかとなる。
「……馬鹿な。偶然にしては、あまりにも」
他人の空似という言葉があるとはいえ、それで片付けるには似すぎている。
まるでクローンのようにも思えるが、当時の皇帝は数百年も前に亡くなっている。
作るならその時であるはず、今になって作る意味合いはない。
「くそ、わけがわからない」
海賊をまとめるカミラ・アーベント、そこにわざわざ訪れる大型空母。
それらにはなんらかの意味があるはず。
しかし、フランケン星系から離れたところにいるエルマーには、これ以上を知る手段はなかった。
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