第25話 海賊をまとめている者
「伯爵殿にお聞きしたいことがある」
「ふむ、さっきぶりだが、何か尋常ではないことがあったようだ」
帝国軍の大型空母を目にしたあと、メリアはすぐさまエルマーへ連絡を取り、何か知っていないか尋ねた。
「帝国軍の大型空母が、ヴォルムスの宇宙港の一つに来ている。正規軍がここに来るのは、元々の予定にあるのか」
「……いや、私の把握している範囲においては、なかったはず」
「所詮は伯爵か」
「やれやれだ。その言い方はないだろう。公爵となったソフィアの叔父であるから、色々と知る立場でもあるというのに」
フランケン公爵位を相続したとはいえ、ソフィアはまだ十歳の少女に過ぎない。
彼女にできることはほとんどなく、叔父のエルマーに頼らざるを得ない状況である。彼も若いとはいえ。
そのため公爵として入手できる情報のほとんどは、エルマーも把握しているというのが現状だった。
「それと、大型空母の所属は帝国軍というよりも皇帝陛下といった方が、より正しい」
「じゃあ、なんだい。皇帝陛下がわざわざお送りなさったって? 強力な戦力を? どんな目的で?」
「それについても調べてくれると助かるが。追加報酬として、リープシャウ家からも何か出そう」
「やれるだけやってみるけども、上手くいかない可能性が高いことは頭の中に入れてほしい」
「もちろんだとも。現場の判断を尊重する」
連絡が終わったあと、メリアは情報集めも兼ねて一般人のふりをして宇宙港に降り立つが、その際わずかに揉める。
「ファーナは留守番。ルニウだけ来い」
「あ、はい」
「なぜわたしだけ留守番なのですか」
「重力が働いてる時、勝手に上に乗ってきたからだよ。それと、しばらく船には戻らない」
「なっ……!?」
自分だけ留守番という事態にファーナは抗議しようとしたが、メリアが少し睨むと、さっきまでしていたことも合わさって、渋々ながら引き下がった。
そしてメリアはルニウと共に、人の多いところを歩く。
具体的には、大型空母について話しているだろう人々を探しながら。
「メリアさん、どう回ります?」
「まずは適当に。あれだけ目立つ船が来てるんだ。噂の一つや二つ……」
星系唯一の有人惑星ヴォルムス。そこにある宇宙港だけあって、行き交う人々の数はかなりのもの。
大型空母について話す人々はいるものの、どういう理由で来たのかというものばかり。
だいぶ混雑しており、途中で立ち止まる必要があるほどだが、有用なことは聞けないまま時間だけが過ぎていく。
「……人が多すぎる」
「一般人相手よりも、色々聞けそうな方へ行きません?」
ルニウは、海賊たちがいるところへ向かうことを提案する。
普通の人々なら知らないことでも、海賊なら知っていることがあり得るためだ。
幸いにも、人混みから離れた二人に対して使いの者がやって来る。
クルトから情報が伝わっているようで、わざわざ呼びに来たという。
「我が主人は、お二人に興味をお持ちです。帝国の小規模な艦隊を倒されたメリア殿については特に」
「ありがたいお誘いだね。こっちから探す手間が省けた」
広い宇宙港内部を移動するためのエア・カーに乗り込むと、上の階層へと移動する。
すると、先程までのような一般人の姿はなく、代わりに海賊らしき人々の姿を見かけるようになった。
「集まってるねえ。あんたの主人は、これだけの海賊を集めて何をする?」
「知らされていないので答えられません」
聞いても納得いく答えは返ってこないので、しばらくは案内に従って無機質な通路を移動していく。
やがて目的地となる部屋に到着するも、中には先客がいた。
老若男女合わせて十人ほどだが、一人の老婆が腕を振ると残りは全員出ていき、いつの間にかメリアとルニウ、そして謎の老婆の三人だけとなる。
「ヘルメットを外してもらえますか」
「わかった」
メリアが言われた通りに外すと、老婆はわずかに目を細め、どこか観察するように顔を見つめる。
まず茶色の目を長く見たあと、黒く染めている髪の方を少しばかり見るといった具合に。
「あたしの顔に何かついてたりするかい」
「いいえ。少々、見覚えがあるような気がしたものだから」
「それで、名前は? あたしはメリアで、横のはルニウ」
「カミラ。立場としては、フランケン公爵領にいる海賊のまとめ役とでも言いましょうか」
椅子に座ったまま名乗るのは、かなり高齢な人物だった。
色素の落ちた真っ白な髪、年齢を感じさせる細く弱々しい身体、そして疲れの残る青い目。
カミラと名乗った高齢な女性には、さらに目立つものがあった。
生命維持のためか、身体の所々が機械に繋がれているのだ。
「その機械は……」
「ああ、これですか。長く生きすぎていると、こうでもしなければ数分後には死んでしまう。人間というのは、とても脆弱ですから」
「全身を機械化して、サイボーグにでもなった方が早いだろうに」
「そうしようにも、この肉体がもちません。既に百五十歳。老化抑制、生命維持、それらの技術が発達しても、人間には限界がある」
「…………」
メリアが何を言うか迷っていると、その様子を見たカミラは、わずかな笑みを浮かべてから話を続ける。
「さて、こんなことを話すために呼んだのではありません。もう少し話をして、若者が困惑しているところを眺めるのも悪くはありませんが」
「……全体のまとめ役が、どうして来たばかりのあたしを呼ぶ?」
「帝国の艦隊を、たった一隻で倒した。その実力が気になるものですから」
「正面から帝国の正規艦隊相手に撃ち合えるような、大型や中型の船をあたしは持っていない。ずいぶんな特別扱いだ」
クルトの言った条件は嘘ではないはず。
それを覆してまで会おうとする。
この老いた人物は、何を企んでいるのか。
そんなメリアの疑問を読み取ったのか、カミラは座るように促した。
「大規模な艦隊同士の戦いでは、正面戦力以外の働きも重要です。そこであなたに目をつけました。小型艦で編成された艦隊を任せたいと思っています」
「いきなりの抜擢、他の海賊と軋轢が生まれそうだが」
「私が決めたことです。問題は起きません」
それはいっそ自信過剰にも思える言葉。
しかし、一筋縄ではいかない海賊たちをまとめている時点で、その手腕が確かなものであることは示されている。
それゆえにメリアは気になった。
目の前にいるカミラという人物は、いったいどういう目的があって海賊たちを集めているのか。
「……聞きたいことがある」
「どうして海賊を集めているのか、辺りですか?」
「ああ。こういう言い方はあれだが、寿命ですぐ死にそうなのに、海賊という戦力を集め、さらに大量に防衛ステーションを増やしている。……帝国相手に戦争でもする気なのか」
「いえいえ、戦争なんて恐ろしいことはしません」
笑って返すカミラだが、それを聞いたメリアはますます疑問が浮かんでくる。
今までに見てきた様々な用意が、戦争のためではないのなら、いったいなんのために?
「メリア、あなたからの質問は、これ以上受け付けません。果たすべきことを果たしてからにしてください」
「帝国軍相手に戦えと?」
「嫌なら去ればよろしい。そうした場合、なにもかも不明なままですが」
「…………」
これはどうしたものか。
疑問を解消するため、一度戦いに協力しておくべきか。
今ここに三人しかいないので、密かに殺してさっさと引き上げるべきか。
悩むメリアだったが、その時ルニウが手をあげて話し始める。
「あの、私からも質問いいですか?」
「一つだけなら」
「この宇宙港に大型空母が来てるんですけど、理由とか知りませんか?」
「すぐに出ていきます。放っておくように」
「ええと」
「一つだけと言いました。これ以上何か聞きたいなら、私の指揮下に入り、帝国軍と戦ったあとお願いします」
有無を言わせぬ言葉であり、これ以上は何を尋ねても答えてはくれないだろう。
このあとどうするのか見つめてくるルニウの視線を受けながら、メリアは少し顔をしかめたまま口を開く。
「どうしてその年齢まで生身で生きているのか。海賊を集めているのはなぜか。大型空母のことも知ってそうだ。だから、あたしは協力しよう。その代わり色々と教えてもらいたいね」
「約束しましょう。ただ、生き残ったらですが」
帝国軍が来るまでの間、任せられた艦隊との意志疎通や、他の海賊との顔合わせがあるものの、メリアが美人過ぎるせいで驚かれる以外は大したことは起きない。
それよりも大事なこととして、メリアはエルマーへ連絡を取った。
「おや、また何かあった様子だが」
「まとめ役を自称している人物に会った。名前はカミラ、年齢は本人の言葉通りなら百五十歳以上」
「ほほう、なかなか順調なようでなにより。……しかし、カミラか。そのような人物に覚えがないが、百年以上も前の記録を含め、手広く漁る必要があるな」
これは仕事が増えるなと言って腕を組む。
浮かぶ表情は、さすがに真面目なものだった。
「それで信頼を得るために、指揮下に入って戦うことにした」
「なら、無人の艦隊を送ろうか。五百隻もあれば充分だろう」
気軽に言ってみせるエルマーだが、無人とはいえ、五百隻ともなればかなりの金額になる。
それを使い捨てることができるというのは、なかなかに凄まじい。
「伯爵様だってのに、金持ちだねえ」
「宇宙で人々が暮らす時代、金のない貴族はあっという間に他の貴族に呑み込まれるだけ。何をするにもお金がないと」
「姪を葬るため意図的に事故を起こしたり、海賊を雇って汚い仕事をさせたり」
「ははは、言葉というものは、時には控えることも必要だぞ」
これで通信は終わる。
あとはエルマーの用意する艦隊を返り討ちにして、カミラからの信頼を得る。
そうすれば、何をするにしろ行動しやすくなるわけだ。
連絡をしてからおよそ一週間後、フランケン星系に大規模な反応が現れる。
五百隻もの数を揃えた中規模な艦隊だった。
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