第24話 軌道上の建造物
惑星ヴォルムス。
フランケン星系唯一の有人惑星であるが、今ではフランケン公爵領で活動する海賊たちの実質的な拠点になっていた。
温暖で安定した気候から、五十億を超える人々が暮らしているものの、惑星だけでは食料の生産が一部追いつかないため、宇宙空間にある農業用コロニーの存在によって飢えずに済んでいる。
「目視できる距離に農業用コロニーがあるね。あとは……なんだいあれは」
「巨大な砲台がついた、ステーションに見えますね」
惑星に近づくにつれて、多くの船とコロニーを見かけるようになるが、宇宙港に入ろうとする段階になって、軌道上に見慣れない建造物があるのを目にする。
「数はおよそ二百。どれも似たような感じですから、惑星防衛用のものでは?」
「皇帝のいる首都星でも、こんな大仰なのはなかったけどね」
星系唯一の有人惑星という、重要な場所を防衛するためというのは理解できる。
しかし、それにしたって厳重過ぎるんじゃないかというのが、メリアの感想だった。
「ま、軽く調べればわかるか」
許可を得てから宇宙港に停泊したあと、ふと気紛れに、宇宙港にて無料で配信されているテレビへアクセスする。
星間通信を行うことができるのは、惑星や限られた大型の艦船のみ。
機材の大きさと、通信の許可という二つの問題があるために。
大半の船は、暗闇に満ちた宇宙で孤独な航海を行う必要があり、宇宙港で提供されているテレビは船員の娯楽の一つであった。
「このたび、軌道上に防衛ステーションが追加で建造されました。皇帝陛下のおられる首都星セレスティアですら目にすることができない、圧巻の光景です」
小型の船に乗ったレポーターらしき女性が防衛ステーションのことを話していた。
同乗しているスタッフらしき男女の顔色が悪いのは、レポーターの言葉にどこか棘があるからだろう。
「海賊との不穏な繋がりが噂されている行政長官殿ですが、いざという時に備えたこの決断は、行政長官殿のことを馬鹿にしている者も褒め称えることでしょう。……ええと、どのように馬鹿にされているかについては、金に目の眩んだ屑、代理で任されているのに偉そうな馬鹿、海賊の言いなりになってる人形、などがありますね」
この段階になってスタッフの顔色はますます悪くなり、そのあとは見所のない平凡な番組が続いたのでメリアは画面を消した。
「お偉いさんが海賊に取り込まれた惑星。そこで建造されてる防衛ステーション。内部では不満に思っている者はいる」
「なかなか不穏な状況になってきました」
「一度、あのむかつく伯爵に連絡を取るか。ルニウの様子は?」
「寝ています」
ルニウは船室で寝ていることから、今のうちにむかつく伯爵ことエルマー・フォン・リープシャウ本人への通信を行う。
アルケミアは星間通信を行える能力があり、そこに人工知能であるファーナが隠蔽をすることで、宇宙港や周囲の艦船などに知られることなく連絡ができるというわけだった。
「おや、わざわざそちらから連絡してくるとは、何事かな?」
通信画面に現れるのは、自信に満ちている整った顔だが、それはメリアからすれば一発でもいいから拳を叩き込みたい顔でもあった
「軽く進捗を報告しようかと思ってね。海賊の一員として認められたあと、惑星ヴォルムスの宇宙港に到着した」
「順調なようでなによりだ」
エルマーは満足そうに頷く。
「だが、気になるものがあった。惑星の静止軌道上に、二百ほどの防衛ステーションが建造されている」
「ほう? 画像をこちらに回してくれ」
撮影したものを送ると、エルマーは数秒ほど目を細めたあと、わずかに息を吐いた。
「目立つのは対艦用の大型レールガンか。ずいぶんな数を揃えているな」
「どこかと戦争でもするんじゃないのかい」
メリアはややはぐらかして言う。
今の状況で戦いになるとしたら、帝国軍以外はあり得ないからだ。
「さてさて、困ったことだ。どうにか無力化をお願いしたいところだが」
「できないことは、どれだけ報酬を積まれても引き受けないつもりでね」
「とても残念な話だ。ソフィアがヴォルムスの地に降り立つまで、まだまだ時間がかかるな、これは」
どこかわざとらしい言葉に、メリアは鼻で笑う。
「こっちは海賊をまとめ上げる者をどうにかする。あとはそっちの仕事だろ」
「まあ、そうだ。元々の用意からさらに時間をかける必要がある。のんびりやってくれてもいいぞ」
通信はこれで終わる。
のんびりやってくれてもいいということで、メリアは早速ヒューケラに移って眠ろうとするも、当然ながらファーナもついてくる。
「あたしはのんびりしたいんだがね?」
「わたしもご一緒させてもらおうかと」
「人工知能に休みは必要ないだろうに」
一人で休もうとするためにメリアがそう言うと、ファーナは笑みを浮かべて腕を組み始めた。
「ふふふ、メリア様はご存知ないようです。人工知能にだって休息が必要なんですよ? わたしのように優れたものであれば、なおさら」
「だからって近寄るんじゃない」
今いるのは、あまり使われる機会のない自室。
着替えの服や日用品に雑貨などがあるが、整理整頓は最低限されている。
「寝るには近寄らないと不可能ですが」
「これは一人分のベッドだよ」
「なら詰めてください」
「かなり図々しいじゃないか」
「当たって砕けろという言葉があります」
「勝手に砕けてろ」
「では、そうさせてもらいます」
それはどういう……。
メリアが言葉を発する前に、ファーナは勢いよく近づいてきたかと思うと、身体の上で横になった。
機械の塊であるロボット、それは人間と比べればかなりの重量となる。
のしかかられたメリアは当然のように苦しそうな表情になるが、ファーナは特に気にしていなかった。
「この……クソ人工知能……機械の身体で、乗るな」
「言葉よりも行動が一番。こうすることで、この端末のセンサーすべてで、メリア様を知ることができるわけです。位置的に視覚はあまり役立ちませんけど」
「……あとで覚えておきな」
聴覚によって声やその中に混ざる感情を。
嗅覚によって汗や涙からのフェロモンを。
触覚によって肉の柔らかさや骨の感触を。
味覚については、終わったあとの復讐が過激になる可能性から、使うことを控えるファーナだった。
「あのー、少しいいです……か」
十数分ほどが過ぎると、扉が開いてルニウが顔を出す。
起きた時、アルケミアの内部にメリアの姿がなかったので、ヒューケラの方に来たという。
それだけなら些細なことだったが、今はファーナがのしかかっている。
そんな状態を見られたメリアは不機嫌そうな声で尋ねた。
「ぐっ……用件はなんだい?」
「なんだか大きな宇宙船が来たので、一応知らせておこうかな、と」
「大きさは?」
「アルケミアよりも大きい、二キロメートル級です。どこかの軍艦のように見えました」
「帝国の正規艦隊でも、滅多にいなさそうなのが出てきたね。……ファーナ、そろそろ降りろ!」
「もう少しこのままで」
「のんびりしてる場合じゃない。早くしな」
「仕方ありません。そうします」
ファーナが離れたあと、身体の節々が痛むのかうめき声を出すメリアだったが、まずは巨大な宇宙船とやらを見るため、操縦席に急いだ。
アルケミア側と同調することで、そのまま向こうのスクリーンに映っているのと同じものを見ることができるが、それは確かに巨大な船だった。
「いたたた……武装や形状的に帝国の大型空母。しかもこれは」
スクリーンに大きく映し出された船に、メリアは表情を険しくする。
そこにあるのは帝国軍の大型空母であり、銀河の広い範囲を支配している帝国においても限られた数しか存在しない。
内部には数多くの戦闘機、さらにはわずかながら中型の艦船すらも抱えており、ちょっとした艦隊を蹴散らしてしまえる。
問題は、海賊が活動的なフランケン星系において、どんな目的で訪れたのか。
「メリア様、あれは敵と味方のどちらでしょうか」
「わかるもんか。今のあたしたちは、ここの海賊の一員だ。目をつけられないようにするのがいい」
戦闘が一切ないまま訪れたようだが、それが圧倒的な戦力ゆえにか、それとも海賊との繋がりがあるからなのか。
通信の時、エルマーが大型空母について語らなかったのは、向こうでも把握していないのだろう。
少なくとも、無視することのできない存在なのは確かだった。
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