第23話 遺伝子調整した者としていない者
フランケン星系、そこは有人惑星が一つしかなく、残りは資源採掘のため星ばかり。
しかしながら、有人惑星の少なさを補うため、星系内では人工的な居住地が数多く存在している。
代表的なのは小惑星などの天体を利用したものだが、一部では農業や工業用のコロニーも見ることができた。
「さて、目的の星系に到着したはいいが、どう接触したものか……」
ワープゲートを越えてやって来たはいいものの、メリアは外を映しているスクリーンを見て考え込む。
惑星や衛星の数はそれなりにある。
大半が資源を得るためだけの、人が暮らすには向かないところだが。
その代わり、宇宙空間には人工的な居住地が多く、星系内を行き交う宇宙船の数も多い。
「星系というのは結構な広さがあるのに、どこを向いても宇宙船がありますね」
周囲への警戒をしていたファーナは、そう言うと最寄りの居住地へと向かう。
数キロメートルの小惑星をいくつも組み合わたような外観は、どこか奇妙だが、まとまった人数が暮らすにはそうするしかない。
「今飛んでる船のどれだけが一般人で、どれだけが海賊なのやら」
「メリア様も海賊なわけですが」
「まあね」
「案外、他の海賊も貴族からの依頼を受けてたりして?」
「……否定はできない」
ある程度、宇宙における航路というのは決まっており、船はそれに沿って移動する。
だが、この星系にいる船はあちこちに散らばり、特定の航路などないかのように移動していた。
その大きな理由としては、人工的な居住地があちこちにあるからだろう。
「メリア様、情報を集めましょう」
「そうは言うけどね。あまり素顔を晒したくはない」
「では、ここは私が代わりに聞いてみせます。メリアさん、ファーナを同行させても構いませんか?」
「ああ、いいよ」
アルケミアは巨大なので、小回りの利く小型船のヒューケラで乗りつけたあと、ルニウとファーナが降り立つ。
水色の髪の女性と白い髪の少女という組み合わせは少しばかり視線を集めるようで、ルニウは自然と笑みを浮かべていた。
「なぜ笑みを?」
「ただ者ではないと思われているのは、気分が良いからですよ。そう思いません?」
「意外と目立ちたがり屋なのですね。そういう意味では、メリア様とは正反対ですが。そもそも、向けられているのは好奇の視線ですけれど」
まず向かうのは、様々な船員がいるだろう現地の酒場。
宇宙港にあるようなのと比べて、酒場らしい雰囲気はあまりないが、酒が飲めるなら些細なことなのか、それなりに賑わっている。
「おいおい、ここはお若いお嬢ちゃんの来るところじゃねえ。保護者のところに帰りな。へへっ」
「その保護者から出歩く許可をもらったので」
「ふん、生意気な奴だ。痛い目を見ないとわからないようだな」
早速、酔っているガラの悪い者に絡まれるが、ルニウは怯むどころか楽しげな様子で言い返した。
ファーナは黙って目の前の状況を見ていたが、相手は数人いるので、いざとなったら自分が手助けすべきか考える。
「おらっ!」
「うわ、いきなり正面から殴りかかるとか。私でないと危ないですよ」
「なにっ……!?」
ルニウは相手よりも早く動き、拳を回避すると、伸びた腕を掴んで全力で床に投げ飛ばした。
「ふう……ふう……結構疲れますね」
「ぐ、くそ」
「多少はできるからって、舐めるなよ」
「おい、全員で行くぞ」
残った者たちは一斉に仕掛ける。
これはさすがに助ける必要があると考えたファーナは、迫る二人の腕を掴むと機械の手で強く握りしめた。
「な、なんだこいつ!?」
「いぎ……サイボーグ、いやロボットか……!」
「これ以上の乱暴はお控えください。でなければ腕が危険なことになります」
残る一人は、ルニウが難なく対応して地面に転がすため、勝敗はどこからどう見ても明らかなものとなった。
ガラの悪い者たちは逃げるように去っていき、あとには静寂が訪れる。
周囲の客のほとんどは酒の肴として喧嘩を見ていたようで、喧嘩が終わると興味が薄れたのか、集まる視線は一気に減った。
「アルコールは弱め、味は疲れを取るために甘いのを」
ルニウは注文したあと空いている席に座る。
そこはカウンターからやや離れており、他の客とも距離があるところ。
「意外と戦えるようでなによりです」
「遺伝子調整は、外見だけでなく中身である肉体の方も行われているので。だから、そこそこ戦えるし、海賊の新入りにもなれた」
話の途中、注文した酒が配膳用の機械によって運ばれてくる。ルニウが酒を取ると、それを感知したのか自動で戻っていく。
「ところで、メリアさんは私よりも生身の戦闘とか強かったりします?」
「素手の強さはわかりません。ですが、武器を持てばたった一人で海賊数十人を倒せるくらいには強いですね」
ファーナは豪華客船での出来事を振り返り、詳しい部分については、ややぼかして答えた。
ハッキングによる支援については隠したまま。
「あーあ、羨ましい」
「何がですか?」
ずいぶんいきなりな言葉にファーナが尋ねると、ルニウは酒を軽く飲んでから話を続ける。
「メリアさんの色々な部分が。私は遺伝子調整されて生まれた。両親が求めたのは簡単なもの。自分の子が、綺麗な見た目になるよう、強い肉体を持つよう、そして頭が良くなるように」
それは親としては普遍的な願いではある。
そのすべてを実現するため遺伝子調整を行うのは、やり過ぎているように思えなくもないとはいえ。
「メリアさんは、私のように遺伝子調整とかされてないんですか? 少し聞いてみてください」
「少々お待ちを」
ファーナは同型の端末を通じて、ヒューケラの操縦席でのんびりしているメリアに、ルニウの疑問をぶつけた。
「メリア様、遺伝子調整とかされていますか」
「……待ちな。なんで同型の端末がいる。一体しか入れた覚えはないよ」
「何かあった時のため、わたしの独断で入れました。やはり近くにいると、各種センサーで色々感じ取れますから」
悪びれもせずに言い切る、少女の姿をしたロボット。しかも近づいて頬に手を当ててくる始末。
メリアは少し苛立つものの、盛大なため息だけで済ませると、押し退けたあと頭を振る。
認めたくないが、慣れてきてしまっている自分がいるために。
「……色々言いたいが今は置いておこう。あたしが遺伝子調整されてるかについてだが、それはあり得ないね。一度、成り行きで検査を受けたことがある。調整を受けたエンハンスドと、天然のノーマルってね。結果はノーマル」
「その言い方からして、遺伝子調整した者としてない者の間に、意外と溝があったりしますか?」
「さすがにある。わかりやすいところで言うと、帝国の貴族は全員がノーマルで、遺伝子調整は受けていない」
セレスティア帝国において、遺伝子調整技術は存在しているものの、それは平民向けのものばかり。
もし貴族で遺伝子調整を受けた者がいたなら、あるいは受けた者と結婚したなら、例外なく追放されて平民として暮らすことを余儀なくされる。
遺伝子調整を受けた者との婚姻を貴族が避けるため、貴族とお近づきになりたい者はその技術を忌避していたりする。
「なるほど、わかりました」
「しかし、なんだっていきなりそんなことを? そもそも以前話したはずだが」
「ルニウから尋ねるようお願いされました。色々な部分が羨ましいそうです。わたしが主人にすることを決めた人物なので、当然といえば当然ですが」
「ったく、あたしの人生を知らないから羨ましく思えるんだろうに。あと自慢そうにするな」
過去に色々あったからなのか、メリアは顔をしかめる。
「メリア様の人生を詳しく教えてください。ぜひとも聞きたいところです」
「やだね。まだそこまでの関係じゃないだろ」
「前も似たようなことを聞きましたが、それならどんな関係まで行けば教えてくれますか? もう一度キスするぐらいですか」
一瞬、睨むメリアだったが、ファーナの顔をしばらく見つめたあと、険しい表情のまま目を閉じた。
「……あの時のことを思い出させるんじゃない」
「わかりました。もっとわたしのことを受け入れてくれるまで待ちます」
「そうしとくれ」
「とりあえず、銀河のどの国で生まれたのか、現在の年齢、好きなものや嫌いなものを教えてください」
「おいこら」
「過去ではなく、今のメリア様を知りたいだけですが。仲良くなるために知っておくべきことは、たくさんあるはずです」
力強く迫ってくるファーナの様子は、なかなかに頑固なものに見える。
メリアとしては言う気分ではなかったが、これからも付き合いが続くことを考えると、遅かれ早かれ言う必要はあった。
なので渋々それぞれの質問に答えていく。
「生まれは帝国の惑星。年齢は二十五歳。好きなものは、新鮮な果物やお金。嫌いなものは、とある人工知能とそれが動かすロボットとかになるね」
「ふむふむ、色々と知ることができました。ですが、最後の部分は余計では?」
「さてね」
色々と脱線したものの話はこれで終わるため、ファーナはルニウとの会話に移ることにした。
待たされていたせいか、ルニウは酒をすべて飲み終え、新たに注文しているところだった。
「どうでした?」
「遺伝子調整はされていないそうです。エンハンスドではなくノーマルだと」
「…………」
「なにか?」
「ああ、いえいえ、そうだったんですね。疑問は解消しましたし、情報を集めないと」
一瞬、何を考えているかわからない表情になるルニウだったが、慌てて席を立ち上がると、周囲に聞き込みをしていく。
ただ、店内で騒ぎを起こしたせいか、あまり情報は得られない。
聞けたのは、フランケン星系唯一の有人惑星であるヴォルムスというところに海賊が集まっているという情報のみ。
それは他のところでも聞ける程度には広まっているらしく、ルニウは残念そうにしつつ、ファーナと共にメリアのところへ戻った。
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