第22話 クローンを使った労働力
「こちらクルト、通信に問題ないか?」
「ああ、しっかり聞こえているよ」
準備が整ったということで、アルケミアの格納庫へコンテナが運ばれてくる。
中身は食料や水であり、ファーナの操作する人型の端末や、作業用機械によって、格納庫から船の内部へとさらに移動していく。
この作業だけで数時間近くかかるが、本命となる千人もの人々はまだ残っている。
「積み込みは順調そうだ」
「まあ、うちの船は色んな部分で有能なのがいるからね」
「羨ましいぜ。でかい船でも問題なく作業が進むってのは」
「なんだい、そっちは問題とかあるって?」
クルトの愚痴るような言葉に、メリアはからかい混じりに尋ねた。
「それなりに、な。海賊になるような奴でしっかりしてるのは、もっと有名だったり大きな組織とかに行く。ここみたいなちっぽけなところは、なかなか使える人材がな」
海賊という裏の存在は、表の使える人材をどうしても登用しにくい。基本的に犯罪者ばかりであるゆえに。
犯罪したから仕方なくといった者もそこそこいる関係上、船員同士で揉めることもしばしば。
巨大な船で作業が順調に進んでいるのを、クルトは羨ましく思っていたのである。
「まあ、うちのは有能だけど、一癖も二癖もあるから気が抜けない」
「ははっ、そんなもんか。さて、そろそろ食い物とかのコンテナは終わる。次は人間が入ったコンテナだ」
「……なんだって?」
一瞬、聞き間違いかと思ったメリアは聞き返す。いくらなんでも普通ではないために。
「輸送する千人を大量のコンテナでそっちの船に送る。まさか、いちいち小さな扉をくぐらせるつもりだったか? だいぶかかるぞ。それだけ空気や水が減るわけだし、経費は削減しないとな」
「……そもそも海賊に送り込まれる労働者なんざ、まともな待遇は難しいか」
「ああ、そこは大丈夫だ。本人の同意は得てる。どういうことかは中身見ればわかる」
どうにも意味深なクルトの言葉を受けて、メリアはアルケミアのブリッジから格納庫へと移動する。
そこでは大量の作業用機械と、案内人としてファーナの操作する人型の端末が動き回っている。
「コンテナから出てきた人は、案内に従って整列を」
「息苦しい宇宙服から早く自由になりたいなら、こちらの言うことを聞いてください」
新たに運ばれたコンテナからは、次々と人が出てくるが、すぐに違和感に気づく。
宇宙服でわかりにくいが、全員がまったく同じ容貌と体型をしていた。
「……クローンか」
現在の銀河では、クローン技術が発達し、遺伝的に同一の個体を複製することができるようになっている。
しかし、その危険性から銀河の各国は厳格な規制を敷いており、クローンを作成すること自体が重罪とみなされていた。
場合によっては死刑に繋がることすらも。
そんな中、目の前にはある男性のコピーとも言える存在たちが並んでいる。同じ顔、同じ動きをする者たちの光景は、異様で不気味だった。
「メリア様、ブリッジの方にクルトという人から通信来てますが」
「ああ、こっちに繋いでくれ」
ファーナを経由して宇宙服の通信機能と繋ぐと、声が聞こえてくる。
「どうだ? 確認できたか?」
「確認したよ。それにしても、人間のクローンを労働者に、ねえ」
「莫大な借金を返済するために、クローンを作り出して働かせるという方法だ。オリジナル本人からすれば、自分が働かずに済むから、ほいほいと契約してくれる」
まさかの借金返済方法に、メリアは肩をすくめてみせる。声だけの通信なので、相手には見えないものの。
「どこの国も規制してるだろうに。クローンなんていくらでも悪用できるから、そういう意味でも厳しい。よくもまあ、これだけ用意する伝手があったね」
「ま、裏の繋がりってのは広い。帝国だとか、共和国だとか、そんなのを越えてしまうほどに」
もちろん、純粋に悪用することも可能であるため、規制は厳しくなっている。
有名人のクローン。例えば帝国において貴族のクローンが作られたなら、非常に面倒なことになるのは間違いない。
「……クローンなんて、ろくでもない」
「メリア、あんたはクローンに良い思い出がなさそうだな? どこかで関係する出来事でもあったか」
「海賊稼業なんてやってれば、多少はね」
「そうか。そろそろコンテナはすべて積み終えるから、そのあとさっさと出発してくれ」
「クローンたちは全員出てきてないが」
まだ出発するには早いのではないかと言ってみたところ、問題ないという答えが返ってくる。
「移動している間に出せば、時間の節約になるだろ?」
「だからといって……」
「オリジナルからは了承を得ている。借金返済が終わったらクローンを廃棄するから、多少手荒に扱っても構わないかどうかを」
クローンとはいえ、生命を維持するだけで食事や水、空気を消費していく。
それを千人分ともなれば、膨大な金額になる。廃棄することで維持する費用を節約するわけだ。
あまりにもあんまりな扱いに、メリアはヘルメットの中で顔をしかめるが、これ以上異論を口にすることはなかった。
「とりあえず、あたしは運ぶだけだ。クローンの労働者を欲しがってる企業様にね」
「持ちつ持たれつ、だ。裏だけじゃやっていけない。表とも仲良くすることで、色々と見逃してもらえる」
繋がっているのは果たして企業だけなのか。
メリアはその言葉を抑え込んで通信を切る。
「ファーナ、目的地の資源惑星に出発だ」
「はい。それにしても、海賊というのはなかなか凄いことをしますね。使い捨てるための労働者としてのクローンですか」
「この規模はさすがに普通じゃない。とはいえ、探ったり通報したりすれば、あたしたちが潜入していることに気づかれる可能性がある」
今はフランケン公爵領にいる海賊たちの一員として、怪しまれないよう振る舞う必要がある。
移動の最中、コンテナからクローンたちが出てきては船室へ移動するが、道中での食事が問題だった。
一度に全員のお腹を満たすことはできないため、時間帯を分けて提供する。
その結果、資源惑星に到着するまでアルケミアの食堂ではずっと料理が作られていた。
「あ、メリアさん、今ちょうどブリッジに通信が来てました」
「なんだい?」
いくらファーナといえども、千人分の食事を作り続けるのはさすがに忙しいようで、自然とメリアに関わる時間は減っていく。
その代わりに、手持ち無沙汰な様子のルニウが積極的に接してくるようになった。
「クローンの扱いについてです。“運ぶ途中、千のうち数十程度が減っても問題ない”だそうです」
「……救われないね」
クローンというのは、どこまでいっても消耗品でしかない。
それゆえに途中で減っても問題はないという扱い方は、やはりメリアの顔をしかめさせた。
「声からして、機嫌が悪そうです」
「ルニウはどうも思わないのかい」
「まあ、死ぬときは死ぬので。人間は、今も色んな惑星で大量に生まれては死んでいて、クローンもその中の一部です」
「そうか」
「メリアさんは、クローンに関することで嫌なことが?」
クルトと似たような質問をしてくるルニウに、メリアは少しの間無言でいた。
「何か言ってください。はいかいいえのどっちでもいいので」
「あるにはあるが、あまり他人に語れるような内容でもない。クローンという存在は扱いが軽いんだなと、かつて感じただけのことさ。それよりも、届け先に到着した時の用意をしておかないと」
「はあ、わかりました」
まだ色々と聞きたそうなルニウであったが、これ以上粘っても聞くことができないと判断したのか、すぐさま離れていく。
「そこの船、連絡にあったアルケミアか?」
「ああ。クルトから任せられた品物を運んできた」
「ならコンテナを宇宙に出してくれ。こちらで中に運ぶ」
二日もすれば、目的地となる資源惑星の宇宙港へと到着し、即座に受け渡しが始められる。
クローンが入ったコンテナは、宇宙空間でも中にいる生物が生きていられる作りになっているが、宇宙船に比べれば棺桶に近い。
死者を出さずに千人を運んできたものの、宇宙港側の動きは鈍く、時間がかかれば中にいるクローンが危険だった。
「ファーナ、手伝ってやりな」
「わたしにお任せあれ、とでも言いましょうか」
軽い調子で言ってみせるファーナだが、複数の作業用ポッドを動かし、迅速に受け渡しの作業を進めていくため、アルケミアの格納庫は数時間以内には空になった。
「なかなか腕の良い奴がいる。他から来た海賊なのは確かみたいだな」
「おや、疑われていたのかい?」
「さすがにな。フランケンの新しい公爵には、小さな女の子がなったそうじゃないか。新たな公爵のために帝国から潜入してきた奴なんじゃないかと、クルトは疑ってて、あんたにそこそこやばい仕事を任せた」
どうやら、この辺りの代表なだけあってクルトは油断ならない人物であったようだ。
だが、今はその目を欺いた。
「やれやれ、厄介な仕事を任せることで試していたとはね。クローンのことを通報でもしたら、アウトってところか」
「まあ、海賊の中でもさすがにクローンと関わりたくない奴はたくさんいる。通報しなかったようだし、これで本当にあんたはここの一員だ」
報酬はあとでクルトから受け取ってくれと通信相手の海賊は言い、メリアはそれに頷いて目の前の宇宙港から離れていく。
来た時よりもやや早くクルトのところへ戻ると、早速報酬が振り込まれる。
「あの仕事をやってくれて助かった」
「ああいうのは、あまりしたくない」
「そう言うなよ。人手が足りないんだ」
「だからって、いきなり来た奴に任せるものではないと思うけどね」
「そうだな。とはいえ、無事に成功したんだ。必要なものがあれば少し割引してやるとも」
割引してくれるとのことなので、メリアはアルケミアの修理に必要な物資をいくらか買い集め、それからフランケン星系へと向かった。
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