第21話 潜入の始まり

 使いの者が送られてくるので、メリアとルニウはついていくと、宇宙港の中でも外縁部の寂れた場所に到着する。

 武器がないか検査を受けたあと中に入るのだが、ヘルメットも外すように言われ、メリアは言われた通りにした。


 「あんたか、俺に会いたいという奴は」

 「メリアだ。フランケン公爵領の海賊に加わりたいと思ってね。討伐艦隊を返り討ちにしたと聞いてやって来た」

 「ふむ……そこの新入りとはどんな関係だ?」


 部屋には大柄な男性がいた。縦にも横にも大きく、メリアの素顔を見ても顔色一つ変えない。

 ルニウのことを知っているのか質問してくるため、事前の筋書き通りにメリアは答える。


 「帝国の艦隊にやられたみたいでね。あたしが助けた」

 「ほう?」

 「凄いんですよ、メリアさんって。一隻の小型船と一体の作業用の機械みたいなやつで、十隻以上いる帝国の艦隊を倒したんです」


 ルニウが興奮混じりに話すのを、大柄な男性は黙々と聞いていた。


 「そんな強さに、見惚れるほどの美しさが合わさっているんですよ。あと大きい船も持ってて羨ましく思えます」

 「……話はその辺りで終わりだ」


 適度なところで切り上げさせると、男性はメリアの方を見る。


 「クルトだ。実力ある者が加わることを我々は歓迎する」

 「おや、意外とあっさりだ。てっきり、何かをする必要があると思ってたが」

 「この星系は、フランケン公爵領の中でも大したことないからな。適当に付近から資源を得て、他に売って金にし、旨いものを食う。たまに武闘派な奴が帝国の艦隊を襲うが、まあ長生きはしないな」


 宇宙海賊といえど、大半は非合法なやり方でこそこそと稼ぐ者ばかり。

 堂々と武力を用いる者は戦いの中で数を減らしていくのだから、自然とそうなるわけだ。


 「へえ? あたしとしては、その武闘派な海賊が気になるね」

 「俺ともう一人いたが、そいつのところにはその新入りがいてな。つまりはもう死んだよ」

 「ならクルト、あんたに聞きたい」

 「何をだ」

 「海賊たちをまとめている人物について。もっと言うなら、お近づきになりたいねえ」


 演技としてメリアが下卑た笑みを浮かべると、クルトという海賊の男性はやれやれとばかりに頭を振る。


 「公爵領の中で一番豊かなフランケン星系。そこにいる。だが、お近づきになりたいなら、実力だけじゃ駄目だ」

 「他にも必要なものが?」

 「大型の戦艦。まあ中型でもいいが、正面から帝国の正規艦隊と撃ち合える船がいる」

 「それはまた、難しい要求だね」


 銀河の三分の一を支配する帝国。

 その正規艦隊となると、ただの海賊ではまともに対抗するだけでも厳しい。

 実際、メリアは警備艦隊から逃げるしかなかった経験があるため、わずかに顔をしかめる。


 「ちなみに、そういう船を手に入れることができる場所は?」

 「フランケン星系で売ってる。もちろん非合法なもので高いが、お近づきになりたいなら用意するしかない」

 「なるほど。どうやらそこに向かうしかなさそうだ」

 「まあ待てよ。せっかくだ、一仕事してからにしてくれ」


 クルトは引き留めると、手招きをする。


 「どんな仕事を?」

 「勝手に死にやがった奴のせいで、船と人手が足りない。あんた、おんぼろながらも巨大な船があるだろ? そいつで人を運んでもらいたい。ざっと千人」

 「ずいぶん多い」

 「資源採掘のための労働者だ。この星系には、ここ以外に資源を得るためだけの惑星があるからな。厄介なことに、大気に含まれる物質か何かの影響で機械がすぐぶっ壊れるもんだから、わざわざ人力でやる必要がある」


 千人ともなれば、それだけで大荷物である。それに食料や水なども含めれば、かなり場所を取るだろう。


 「現行の宇宙船で二日もあれば到着できる」

 「受けるしかなさそうだね。わかった」

 「食料や水とかの準備に少し時間かかるから、そっちも受け入れの用意を進めといてくれ。あとは、その新入りをどこに置くか決めかねてるから、しばらくはあんたのところに置いててくれ」

 「いや、それは」

 「よろしくお願いします、メリアさん!」

 「……ああ、よろしく」

 

 フランケン公爵領を根城とする海賊に潜り込むメリアだったが、初仕事が千人の労働者の輸送であるため、真面目な様子でアルケミアへと急いだ。


 「ファーナ、聞いていたね? 今の不完全なアルケミアで千人を受け入れることができそうか?」

 「トイレやシャワーが行列だらけになりますが、一応は。回収した残骸で修理を進めていますが、やっぱり時間がほしいところです」

 「できる限り急いでくれ。あと、もう一人乗ることになった」


 アルケミアが停泊しているところまでは遠く、戻るまでは少し時間がかかる。

 メリアがルニウを連れて船内に入ると、通路にはファーナが腕を組んで立っていた。


 「ルニウ、メリア様としばらく一緒になるあなたに、問いかけねばならないことがあります」

 「な、なんでしょうか?」

 「メリア様の素晴らしいところを語ってみせなさい」

 「おいこら、ふざけてる場合じゃ」

 「メリア様は黙っててください。わたしはルニウに質問しています」


 だいぶ馬鹿馬鹿しい質問なのだが、ファーナが真面目な表情で力強く言うせいで、メリアは次の言葉を出せずにいた。

 やや呆れていたせいでもある。


 「見た目がよくて、声もいい。それに若いながらも操縦技術も優れている。私では到達できそうにない人物です」

 「ふむふむ、少しは物分かりがいいようです。しかし、わたしはあなたの知らないメリア様を知っているのですよ」

 「む、気になりますね。それはどんなことですか」

 「そこの二人! くだらないお喋りは終わりだ終わり! さっさと準備を進めな!」


 これ以上はろくでもないことに発展することが予想できたため、メリアは無理矢理に中断させる。

 とはいえ、人工知能であるファーナが大量の機械を動かすので、人間の出番はほとんどない。


 「あ、メリア様、少しいいですか?」

 「何か問題でも?」

 「予備の端末に宇宙服を着せたんですが、もう少し増やすべきでしょうか?」

 「現在の人数は」

 「今操作してるのを含め二十です。これ以上増やすとなると、性能をかなり落として、外見もかろうじて人の形をしている程度のしか用意できません」


 つまりは、白い髪と青い目をした少女の姿をした端末が、目の前にいるのも含めて全部で二十体も存在するわけだ。

 わざわざ性能を落とすことに言及する時点で、今動いている端末と性能が同等なのが理解できる。

 それはある意味恐ろしいことだが、今は重要なことではない。


 「どうせ宇宙服着せるんだ。外見なんて些細なことだよ。増やしておいてほしい」

 「わかりました。それと、ルニウのことですが」

 「なんだい?」

 「意外と話が合うかもしれないので、定期的に会っても?」

 「駄目だ」


 まともではない人工知能と、短い付き合いながらもまともではない部分が見え隠れしている人間。

 定期的に会わせれば、それだけ厄介で面倒なことが起こる可能性が高いため、メリアは拒否した。


 「では、メリア様がわたしの相手をしてくださるということで」

 「勝手に決めるな……と言いたいが、ファーナに作業のほとんどを任せてしまってるしね。いいとも」

 「早速ですが、ブリッジへ」

 「ふむ?」


 何をするのか不明だが、言われた通りにアルケミアのブリッジへ。

 多少修理が進んでいるからか、ブリッジはいくらか真新しい感じになっている。


 「こちらをご覧ください」


 示した先には、今のファーナと同じ姿をしたロボットが大量に立っていた。

 まったく同じ顔をした人型の存在が、微動だにせず整列しているという光景は、正直なところ恐ろしさが上回る。


 「予備の端末を起動することにより」

 「複数のわたしが、メリア様の近くにいる」

 「それは様々な部分で」

 「利益となることでしょう」

 「……待った。せめて話すのは一人に絞ってほしいね。次々と変わるのは感覚的に慣れない」


 いくら数がいようが、一つの人工知能に操作されているに過ぎないものの、ファーナたちが近づくとメリアは即座に距離を取ろうとした。


 「それ以上近づくな!」

 「どうしてですか?」

 「あたしにだってプライバシーというものがある。複数の端末で常に張りつかれたら、やってられない」

 「機械がある限り、メリア様のことはわたしに筒抜けです。なのにプライバシーと口にされたところで」

 「それでもだよ」

 「朝起きた時にわたしがいて、昼もわたしがいて、夜寝る時にもわたしがいる。それは嫌ですか」

 「ああ。そんなことされたら、気が狂ってしまう。お断りだね」

 「残念です」


 メリアの意志が変わらないのを見て、ファーナは仕方なさそうに、起動させた大量の端末を別室へと向かわせる。

 残ったのは、元々からいる一体のみ。

 それにより気持ちが緩んだのか、メリアは大きく息を吐くと、ひとまず話題を切り替える。


 「まあそれはともかく、だ。フランケン公爵領の海賊に関して、気になることがある」

 「ルニウの語ったことと、クルトの語ったことの差異ですか」


 ルニウは本格的な討伐艦隊が送られないようにと語ったが、クルトは正面から帝国の正規艦隊と撃ち合える船が必要だと語った。

 それは、海賊をまとめ上げている存在に近づくかどうかという違いゆえにだろうが、気になる部分ではあった。


 「わざわざ正面からやり合える戦力を揃えてる形になるが、目的がわからない」

 「帝国と正面から戦うにしても、何度か勝てたところで最終的には物量で負けますよね」


 帝国には千近い有人惑星があり、公爵領にある有人惑星はその中の三十。

 戦力差は圧倒的である。

 しかし、情報が足りないため、考えたところで答えらしい答えは思い浮かばない。

 そうこうしているうちに翌日になると、準備が整ったというクルトからの連絡が届いた。

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