第20話 宇宙港での食事

 「ファーナ、お客人は?」

 「部屋で休んでます」


 フランケン公爵領となっている星系の一つへ入ったメリアは、帝国の無人艦隊を蹴散らし、崩壊した海賊船から一人の女性を救出した。

 襲ったのはエルマーが用意した艦隊。

 彼の説明によると、すべてが無人の艦船によって構成されているとのことだったが、それを思い返し、メリアは軽くため息をついた。


 「贅沢な限りだよ、まったく。あれだけの船を使い捨てることができるってのは」

 「残骸はどうします?」

 「とりあえず回収できるものはすべて回収。アルケミアの修復に利用する」

 「了解です」


 ファーナが作業用ポッドを複数操作している間、船はこの場に留まる。

 することのないメリアは、倉庫代わりにしている空き部屋へ向かうと、中にはお客人であるルニウがコンテナの上に座っていた。


 「メリアさん、どうしました? 私に何か?」

 「軽く様子を見に来ただけさ。……案外、大丈夫そうだね」


 海賊船は百メートル級という中型のもので、船員は何人もいたはず。

 自分以外全員が死んだにもかかわらず、意外と大丈夫そうなルニウを見て、メリアはやや驚いた。


 「私以外、全員が死んだのは悲しいです。でも、宇宙ではそれなりに死ぬじゃないですか。それも海賊なら、なおさら」

 「まあね。海賊同士で殺し合うこともある」

 「メリアさんは、どれくらい殺してきましたか?」

 「……それを聞ける図太さに驚くよ」


 助けてくれた相手に、何人殺してきたかという質問をする。

 これはもう、ある意味大物だなと頭を振るしかない。


 「そう言わずに教えてください。大きな船にかなりの操縦技術を持つ凄い海賊なんだろうし、千人とか?」

 「……もしそれだけ殺してきた人物なら、あんたを今ここで殺してるわけだが」

 「う……そ、それは」

 「他の海賊と争う機会は何度もあったけど。正確には覚えてない」


 そもそも一隻の宇宙船にどれくらい乗っているか詳しくはわからないので、そう答えるしかなかった。

 宇宙船は自動化が進んでいるため、小型船に乗っているのは基本的に一人から数人。中型船なら数人から数十人。大型船に関しては沈めたことがないので除外。

 あとはここに生身での戦闘の分も含まれるため、結構な人数になる。


 「凄いとしか言えません」


 ルニウは感じ入った様子で呟き、どこか憧れの混じった視線と共にじっと見つめる。


 「たくさん殺したことが凄いと言われてもね」

 「メリアさんは色々と揃っています。美しさと強さ。それは同性の私からすると、羨ましく思えるんです」

 「あたしだって今まで苦労してきた。それを知らずに勝手に憧れるんじゃない」

 「なら教えてください。これまでのことを」


 知りたがりなルニウに、メリアは少しばかり顔をしかめる。


 「会ったばかりの他人に言うつもりはない」

 「そうですか、それは残念です」


 これ以上は、お互いに進展がないまま時間が過ぎていき、やがてファーナから残骸の回収を終えたという連絡が入る。

 これでやっと移動できるようになるが、肝心の情報が足りない。

 この地域の海賊が利用する、合法か非合法かを問わない拠点の場所についてである。


 「さて、一番近い海賊の拠点はどこにある?」

 「一番外側にある惑星の宇宙港に」

 「ここの海賊ときたら、ずいぶん堂々と活動してるみたいだね。案内してもらうよ」


 まず目指すのは、雲海に覆われた巨大なガス状惑星の周囲にある衛星。

 その衛星に建造された宇宙港は、資源採掘のためにやってくる労働者や関係者しか利用しない寂れた場所だった。

 だが、少しずつ海賊たちが潜り込んできて、そこに根を下ろし始めると発展していく。

 そして気づけば、誰もが海賊の存在に目をつぶるようになったという。


 「寂れてるところって、どこも結構似たようなことになってます。まあ、以前のフランケン公爵が、病気でまともに指示とか出せなくなったからですけど」

 「その公爵だが、新しいのに変わったよ」

 「そうなると、海賊からは足を洗うべきかもしれません」

 「洗おうと思って洗えたら楽だろうけどね」


 一応、正規の宇宙港だけあってしっかりとした確認が行われるも、職員にそれほどのやる気はないため、偽造した身分証でも怪しまれない。

 巨大なアルケミアに関しては、ここが資源を輸送するところであるからか、停泊できる場所があった。


 「おおー、視線を動かせば、巨大な惑星の表面で色々渦巻いているのが見えます」

 「ファーナ、遊びに来たんじゃないよ。あと留守番」

 「わかりました」


 ロボットであるファーナは留守番させ、メリアはルーニに案内される形でここの海賊の代表に会おうとする。

 しかし、今は食事中なので会えないという。仕方ないので終わるまで待つことに。


 「メリアさん、待ってる間、なに食べます?」


 今いるのは、宇宙港内部にある資源採掘をする労働者向けの食堂。形としてはフードコートに近く、壁がないので開放的。

 元々が寂れていたからか、労働者よりも海賊らしき者の方が割合としては多い。


 「あたしはいらない。そっちが好きに食べたらいいさ」


 だが、それゆえに辺りは賑わっている。

 そんなところでヘルメットを取り、素顔を晒せば、大勢の視線を集めてしまう。

 そのことを考えてメリアは断るも、ルニウは何か考えがあるのか、腕を引っ張って連れていこうとする。


 「ははん、わかりましたよ。ヘルメットに隠された美しい顔が悪目立ちするのを避けたいんですよね? それならばとっておきの場所があります」

 「こら、腕を引っ張るんじゃない」


 少し離れたところには、壁で覆われた個室のようなところがいくつか存在し、そこでも食事ができるようだった。


 「ここは?」

 「食堂には色々メニューがあるんですけど、中には香りが強い料理とかもあります。なので、広まらないよう壁が存在し、あとは上の方で換気するという感じです。利用するには追加の料金がいるんですが」


 少し視線を上に向ければ、換気のための機械が稼働している。

 開放的なところと比べると、壁の存在もあって閉鎖的な空間であるが、それは姿を隠すにはちょうどいい。


 「元々は、電子たばこじゃ物足りない人向けの喫煙スペースでした。宇宙では、喫煙とかの空気を汚す行為は忌避されるので、宇宙港のようなしっかりした施設ぐらいでしか吸えないわけです」


 空気の清浄にはコストがかかる。

 空気が限られている宇宙船や宇宙港などにおいては特に。

 なので喫煙する者のほとんどは電子たばこを吸っているが、どうしてもそれは我慢ならないという者に向けて、専用のスペースがわずかながら用意されていた。

 なお、当然のように追加料金が発生する。


 「しかし今は利用する者がいないようだが」 

 「紙で巻いたようなたばこって、電子たばこと比べるとあまり流通してなくて、利用する人がいない時の方が多いんです」

 「……無駄になってるスペースを有効利用するため、食事ができるように改装した、と」


 宇宙港の広さというのは限界がある。維持費と整備する人員の確保という部分において。

 むやみやたらに大きくしても、色々と追いつかなくなってしまうわけだ。

 とりあえずメリアは食事をすることを決めると、食堂のメニューをそれぞれ見ていく。


 「メリアさん、あっちはアイスなどの甘い物、こっちは麺類、あそこは野菜が中心のところで……」

 「言わなくてもいい。自分で見て選ぶ」


 助けてもらったからなのか、どうにも積極的に話しかけてくるルニウであり、軽く追い払ってからメリアは適当に注文を済ませる。

 小腹を満たすためにハンバーガーをひとつ。

 そして先程の換気する機械がある場所に向かうと、水色の髪を持つ先客がいた。


 「一緒に食べましょう!」

 「……元気なことだね」


 座った状態のルニウが、笑みを浮かべながら手を振ってくるのである。

 二人なら問題なく食事ができるスペースなこともあって、メリアは内心断りたいのを我慢して同席した。


 「え、メリアさんはそれを食べるんですか?」

 「驚くほどのものかい。ただのやっすいハンバーガーだよ」


 ヘルメットを外し、変装のために黒く染めた髪を後ろに流す。そうしないと蒸れるのである。

 そしてトレーに乗ったハンバーガーを食べようとした瞬間、すぐ横から驚きの声が出てきたところで、メリアは食べるのをやめてしまおうかと考えた。

 それくらいには鬱陶しい。


 「なんだか似合わないなー、と」

 「……どうでもいいだろうに」


 助けてくれた相手に対し、ずいぶんと色々言ってくるルニウの様子は、彼女が将来大物になりそうだと思わせるには充分なものだった。

 とはいえ、それよりもまずは食事が先である。


 「そっちこそ、それはなんだい?」


 ルニウの持つトレーの上には、巨大な塊が存在した。香りからして肉料理なのは明らかだが、異常なほどに大きい。


 「培養肉のハンバーグです。ちなみに、中にはチーズが入ってます」

 「でかいね。食べ切れるのかい」

 「もちろんですよ。でなきゃ頼みません。ここに来たら、いつも注文するくらいには食べてますから」

 「結構な値段がしそうだが」

 「わざわざ家畜に農作物を食べさせて育てるよりも、かなり安いのでご安心を」


 ルーニは食べる前に、自分の水色の髪を軽くまとめてから、ナイフとフォークで巨大な塊を切り分けていく。


 「ふふふん、もし天然物でこれほどのハンバーグを作るなら、高過ぎて私には手が出ません。技術の発展に感謝ですよ」


 家畜を育てて肉を得るというのは、餌の用意を含めて広い場所が必要で、時間と費用がかかる非効率的なもの。

 さらに成長の途中で病気にかかるというリスクもある。そうなれば売り物にはならない。

 しかし培養肉なら、わずかな場所と短い時間で肉を直接用意することができる。しかも病気のリスクを考えなくていい。

 おかげで安く流通しているのである。


 「しかし、肉ばっかりってのもどうかと思うよ」

 「ちゃんと野菜も食べてますよ。食事に気を使わずに病気になると、その方がお金かかりますから」


 二人はそれぞれ食べていくのだが、ハンバーガーを半分以上食べた時点でメリアは視線に気づく。

 なぜか、こちらを見ながら食事をしているルニウの姿があった。


 「なんでじろじろと見ている」

 「あ、ごめんなさい。メリアさんって綺麗なので、ついつい見ていたくなるというか」

 「見られてると食欲がなくなるんだがね」

 「私はむしろ、メリアさんを見ていると食欲が増します」

 「……気色の悪いことを口にするのはやめろ」


 幸いにも、注文したのはハンバーガーをひとつだけだったので、食欲が落ちても残さずに済んだ。

 すぐにヘルメットをすることでルニウからの視線は遮断できたが、代わりにため息が出る。


 「まともな奴はいないのか」

 「わたしをお呼びですか?」

 「…………」


 宇宙服の通信機能を通じてファーナが話しかけてくるが、メリアは無言で通信を切った。

 それから少しして、この宇宙港における海賊の代表から会いたいという話が来る。

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