第19話 新入りの海賊

 「早くしろ新入り! ぼさっとするな!」

 「は、はいっ」


 古びた宇宙船の中、怒鳴り声が響く。

 怯えた声で返事をするのは若い女性。年齢としては二十前後といったところ。

 船内には他にも数人が乗っているが、よくあることなのか特に気にしない者ばかり。


 「うぅ……輸送船の仕事かと思ったら、海賊だったとか」

 「ルニウ、それでも辞めないお前さんも大概だぞ」

 「だって、それは……」


 ルニウと呼ばれた女性は、落ち込んだまま計器類に目を向ける。

 彼女は宇宙で働きたかったため、船員の仕事に応募した。しかし、それは海賊が仕掛けた偽の仕事。

 気づいた時には既に遅く、彼女は海賊稼業に巻き込まれてしまう。

 辞めようと思えば辞めることはできたが、海賊稼業は普通に働くよりも稼げるので、だらだら続けているという有り様だった。


 ピピピピ!


 小さなアラームが鳴る。

 それが合図なのか、船内の空気は少しばかり緊張に満ちていく。


 「獲物が来たぞ。用意はいいな? 今回は上手く話をつけて交代してもらったからな。成果は全部俺たちのもんだ」


 先程怒鳴っていた船長らしき男性は、そう言うと船を前進させた。

 この船は百メートル級という中型のもので、海賊船としては、高出力のビーム砲や強化されたシールドを中心に戦闘に特化している。


 「敵艦隊は二十メートル級の小型艦が五隻。こちらに気づいていません」


 ルニウは計器類を見ながら言う。

 すると船長は笑みを浮かべ、全力での攻撃を指示した。

 海賊船は強弱が幅広いが、この船は強い部類にあった。

 船体にいくつもあるビーム砲から、これまた多くの光の束が放たれる。

 それは途切れることなく連続で発射され、シールドが限界になった帝国の小型艦は、次々と沈んでいく。


 「よし、すべて沈めたな。あとは残骸と売れそうなデータを回収して……」

 「報告! 未確認の艦隊が複数! 小型艦と中型艦が混合しています! 数は……二十!」

 「索敵班は何をしていた! 新入りのが使えるぞ!」


 一仕事終えて、あとは帰るだけ。

 そんな空気はすぐに吹き飛び、船内は慌ただしくなる。

 相手が五隻なら、一隻でも仕留めることができる。だが、二十隻はさすがに無理がある。

 すぐにこの場から退避するよう船長は命じたが、その前に小型艦が被害を気にすることなく突っ込んできた。


 「くそ、無人の船か!」


 小型艦を迎撃して沈めるも、反転する間に他の艦船に迫られ、一気に射撃を受ける。

 シールドが耐えきれずに消失すると、船体は次々に破損していき、やがて大きな爆発が起きて真っ二つとなった。




 「……うぅ、私、生きてる……?」


 電源の消えた、暗い船内のブリッジ。

 ルニウは目を覚ますと、辺りを見渡した。

 船は破壊され、重力発生装置が機能していないのか、宇宙服を着た人の死体と、金属の破片が浮遊している。


 「ま、まさか、みんな死んでる……の。ああでも、酸素の残量は……!」


 宇宙で何かあれば、人は簡単に死ぬ。

 宇宙での仕事を探していたこともあって、ルニウは悲しむよりも先に、まず生きている自分のことを優先した。

 酸素の残量は一日分ほど残っている。

 死んでいる者から補充すれば伸ばすことができるが、その場合は水と食料の問題が出てくる。


 「船は……どこも駄目……せめて動力が生きていれば、空気のある部屋が……」


 飲まず食わずでは、酸素が残っていたところで死んでしまう。

 かといって、助けを求めることは難しい。

 なぜなら海賊であるから。

 周囲にいる帝国の艦船は、何かを待っているかのようにじっとしているが、それはルニウにとって不気味なものを感じさせた。


 「どうしよう……どうすれば生き残れる……」


 必死に考えを巡らせるが、特別な技術も使える道具も何もない。

 このまま宇宙の片隅で終わるのを待つだけなのかと、諦めが浮かんだその時、周囲が一斉に動いた。


 「え、な、なに?」


 一ヶ所へ攻撃を集中させる帝国の艦隊。

 それらが放つビームの眩しさは、ルニウの目を一時的に閉じさせる。

 そしてその間に、爆発する音が聞こえてくるようになる。音源は周囲の帝国艦。


 「生存者はいますか?」


 目を開けたあと視界に映るのは、宇宙空間を縦横無尽に動き回る小型船と、三メートルほどの人型機械。それは帝国の騎士が乗る機甲兵とは似ているが違う代物。


 「……あ、ここ、ここです!」


 宇宙服に備えつけられている通信機から少女の声が聞こえてくると、ルニウは崩壊した船体の上に立ち、必死に両手を大きく動かした。


 「他にはいませんか?」

 「……残念ながら」

 「それでは、少々お待ちください。周囲を掃除してきますから」

 「え?」


 このまま助けてもらえるかと思っていたところに、しばらく待つよう言われ、ルニウは呆気に取られた。

 周囲にいる艦隊は、数を減らしたとはいえ十隻以上もいる。

 それを一隻と一体だけでどうにかするなど自殺行為にしか思えない。

 しかし、そんな疑問はあっという間に解決した。


 「あり得ない……」


 小型船は、帝国艦のシールドを突破する方法として至近距離から攻撃を当てることで沈めていく。

 それは多少なりとも被弾するやり方であるが、シールドは時間と共に少しずつ回復していくため、一度に攻撃が集中しないなら耐えられるというわけだ。

 人型の機械は、アンカーを上手く使って帝国艦に張りつくと、砲台や推進機関を破壊することで弱体化させ、また別の帝国艦に移っていく。

 数分ほどで辺りは静かになる。

 いきなり現れた謎の人物たちの実力は、周囲に漂う艦隊の残骸によって、これ以上なく示されていた。


 「回収するので手の上にどうぞ」

 「は、はい」


 自分はいったいどうなってしまうのか?

 不安はあるものの、助けてくれるのであればそれに縋るしかない。

 小型船の格納庫に入り、ルニウは機械の手から降りたあと奥に進むよう誘導される。

 エアロックで一度立ち止まり、空気のある空間に入ると、安堵したせいか膝から崩れ落ちた。


 「通路で倒れないでほしいね。せめて邪魔にならないところに」

 「す、すみません。宇宙空間からここに来れたのでつい」


 船内のカメラから様子を見ていたのか、女性の声が聞こえてくる。


 「そのまま、まっすぐ進むように」

 「はい」


 ルニウはなんとか立ち上がると、ゆっくりと進んでいき、操縦室らしき場所へと足を踏み入れる。

 そこには宇宙服を着た人物とロボットの少女がいた。


 「一人だけ生き残ったのは、運が良いのやら悪いのやら」


 ヘルメットのバイザーは特殊な加工が施されているのか、中の顔を見ることはできない。声により女性であることだけはわかる。


 「メリア様、ここは運が良いと考えましょう」


 白い髪と青い目をしたロボットの少女は、機械の四肢と胴体を持ち、それそのものが凶器となる。

 そんな少女は、どこか見定めるような視線をルニウに向けていた。


 「あの、ありがとうございます! あのままだと酸素がなくなって死ぬところでした!」


 ルニウはお礼の言葉と共に頭を下げる。

 問題は色々と山積みだったが、まずは生き残れたことを喜ぶしかない。


 「お礼の言葉なんていいよ。あたしはメリア。ここの海賊に用があって来たんだ」

 「と言いますと?」

 「あんた、フランケン公爵領で活動してる海賊の一人だろ? あたしは他のところで海賊してたけどね、案内してもらいたいところがある」

 「それはいいんですが、その、姿がわからない人は門前払いされますけど」


 海賊としてはたった数ヶ月の新米なルニウ。

 とはいえ、最低限のルールは覚えている。

 フランケン公爵領で活動する海賊は、他の海賊に姿を隠してはならないというもの。

 他にも、獲物を狙う時は他の者と協力するか、邪魔をしないように取り決めること。海賊同士で争うことは禁じる。

 惑星に暮らす人々やそれに関係する輸送船は狙わない、など。


 「ずいぶんとまあ、厳しいようだね」


 一通りのルールを聞いたあと、謎の女性は驚き混じりに呟いた。


 「私も他の人から聞いただけなんですけど、本格的な討伐艦隊が送られないように、らしいです」

 「海賊の討伐ってのは面倒だ。向こうが本腰を入れて討伐する気が起きない程度にチマチマやるってのは、わからなくもない」

 「ただ、他からやって来た海賊が増えたせいで、ルールを守らないのばかりではあります」


 ルニウがそう言うと、言葉の代わりにため息が返される。


 「……やれやれ、面倒な時期に来てしまったみたいだけど、ひとまずそれは置いておこう。宇宙服のヘルメットを外して名前を言うんだ」

 「もしかして、どこかに売られたり?」

 「するか馬鹿」

 「す、すみません。私はルニウと言います」

 「下の名前も」

 「フォルネカです。ルニウ・フォルネカ」


 ルニウは名乗りながら宇宙服のヘルメットを外す。

 すると肩の辺りで切り揃えられた水色の髪が現れ、目も髪と同じ色をしていた。

 それは普通では現れない色である。


 「水色の髪か」

 「あ、私は遺伝子調整されて生まれたので、普通では現れない色になってます」

 「遺伝子調整はそこそこ金がかかる。それができる家に生まれたのに、なんでまた海賊に?」

 「それは、その……」


 船員の仕事に応募したがそれは海賊が出したものであり、辞めようと思ったものの、稼げているのでだらだら続けていることをルニウは語る。

 それに対する反応はため息だった。


 「……どうやらまともじゃない奴を助けてしまったらしいね。普通は辞める機会あるなら辞めるだろうに」

 「メリア様、別の人を探しませんか?」


 ロボットの少女はそう言うと、冷たい視線を向けてくる。

 しかし、ルニウはそれに抗議することができない。自分でもさすがにどうなのかと思う時があったりするために。


 「いや、一人というのはちょうどいい。他の海賊に話をつけるよりはよっぽど」

 「あの、メリアさん、私はどうなるんですかね?」

 「案内人として役立ってもらう。なに、悪いようにはしないさ」


 メリアという女性は、その言葉のあと宇宙服のヘルメットを外した。

 現れるのは、黒い髪と茶色の目をした美しい女性であり、ルニウは一瞬目を奪われてしまう。

 荒々しくも繊細、どこか相反する要素を兼ね備え、ただ向かい合うだけで落ち着かなくなる。

 相手は自分のことを助けてくれた恩人であるにもかかわらず、とある感情が浮かんでくる。


 「ずるいですね」

 「なにがだい」

 「私、髪の色だけでなく外見の方に関しても遺伝子調整されて、自分で言うのもあれですが、綺麗な部類なんです」


 言葉の通り、ルニウは綺麗だった。若すぎるせいか、可愛さの方がやや強めとはいえ。


 「でも、そんな私よりもメリアさんは……」

 「ふん、銀河は広い。あたしよりも綺麗なのはいるさ。これ以上の話は、移動しながらだ」


 話を切り上げるメリアであり、ルニウとしても拠点にある自分の家に早く戻りたいこともあって賛成した。

 そして船は加速するのだが、スクリーンに映る巨大な船を見てさらに驚くことに。

 一キロメートル級の船が、ついてきているからだ。


 「……なんなんだろう、あの人は」


 有名な海賊ではないのに、これほどの船を持っていて、しかもかなりの実力者。

 銀河は広いことを痛感するルニウだった。

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