第18話 仕事のための下準備

 アルケミアという船は、古く巨大であり、大量に様々な物を積み込むことができる。

 ぼろぼろになっている外観からは、惑星間を航行する大型の輸送船に見えなくもないが、中身はまったく違う。


 「ようやく戻ってこれた」

 「それほど長くは離れていませんけどね」


 数日かけて合流したあと、メリアはアルケミアの格納庫に、新たに購入した船を着陸させた。

 変装に関しては、このあとの仕事のことを考えて目以外は解かず、伸びて元の色が出てきた部分を染め直すだけ。


 「いつになったら茶色い髪と目のメリア様に戻るのでしょうか。保存した姿を見ると、懐かしさすら感じます」

 「あたしのことを勝手に撮る許可を出した覚えはないが。消せ」


 メリアはすぐさま命じるものの、ファーナは首を横に振って拒否した。


 「嫌です。これはつまり、人間で言う記憶を思い返しているだけなので。トレーニングルームで鍛えている姿と、ソフィアを送り届けるために一般人を装った姿、見比べるだけでも気分が高揚すると言いますか。もっと色んな服を着たらどうなるのか興味があります」

 「その鬱陶しい口を閉じないと、撃つよ」

 「待ってください。こちらにも言い分が」


 ビームブラスターが構えられ、あとは撃つだけとなるが、ファーナは何か言いたいことがあるのか抗議した。


 「言うだけ言ってみな」

 「一般人の変装はもう無理なわけです。貴族とかが大勢いるところで、そこそこ見られたわけですし」

 「……まあ、そうだね」


 帝国貴族の間では姿が広まっているだろう。曖昧なものか、詳細なものかはともかく。

 なので次の仕事のために、新たな別人になる必要がある。

 問題はどういう人物になるかだが、それについて考えがあるのか、ファーナはやや得意げな顔になっていた。


 「わたしに良い考えがあります」

 「ろくでもない考えの間違いだろうに」

 「まあまあ、まずは聞いてください」

 「座れる場所でなら聞くよ」


 話の前に一度ヒューケラの内部に移動する。

 メリアは操縦席に座ると、チューブに入ったペースト状の保存食を少しずつ口にしながら耳を傾けた。


 「で? 考えってのは?」

 「あのエルマーという、どこか憎たらしい人が言うには、海賊をまとめ上げている者をどうにかすればいいという話ですが……ほぼ確実に潜入することになると思うんです」

 「だろうね。内部に入って近づくのが手っ取り早い」


 暗殺か、誘拐か、それとも意志疎通できないよう痛めつけるのか。

 何をするにしても、近づくことができないと始まらない。


 「ただ、そうなるとメリア様だけでは危ないですよね? 豪華客船での海賊の例を見るに」

 「……ファーナのおかげで助かった部分は色々あるね」

 「ハッキングとかで支援しました。つまり、身の安全と仕事の両立を考えると、わたしも同行すべき。違いますか?」

 「……違わない。いた方が楽ではある」

 「なので、親子という設定で潜入するのはどうでしょう? もちろんメリア様が母で、わたしが娘ですが」


 バシュ


 メリアは無言でビームブラスターの引き金を引いた。

 ファーナは頭だけを動かして回避するが、白い髪をかすめていたため、即座に文句を言う。


 「いきなり撃つのはひどくないですか、わたしの白い髪に当たりましたよ」

 「くだらないことを口にするからだよ。あと非殺傷設定だから問題ない」

 「問題あります、野蛮です、引き金が軽すぎます」

 「はん、軽くするようなことを抜かすのはどこの誰だい。それにね、これくらい野蛮な方が海賊の中に潜るにはちょうどいい」


 言い終えると、食べ終えて空になったチューブをゴミ箱に投げ捨てる。


 「そもそもロボットを同行させたとして、爆弾か何かが仕込まれてないか調べられる。そうなると、普通のロボットではないことがバレるが」

 「それは困りました」


 あまり困ってはなさそうな言葉だが、それはファーナが人工知能であり、抜け道はいくらでもあるため。

 その抜け道の一つをメリアは言う。


 「だから、小型の端末か何かに入っておいて、向こうで新たな身体を用意するというのは?」

 「それが当たり障りないですね。一時的に入っておく場所として、メリア様の宇宙服の機能を維持している機械でお願いします」


 ファーナが近づくと、メリアはその分だけ距離を取った。


 「なぜ離れるんですか」

 「なんとなく。変なことしないだろうね?」

 「したくてもできません。外部を認識するには対応したセンサーが必要ですから。例えば、今動かしているこの機械の身体は、人間とあまり変わらない感覚があります」


 話しながらも近づき、メリアが壁によってこれ以上距離を取れなくなると、ファーナは頬に手を伸ばして触れる。


 「触覚は、ほとんどの機械にセンサーが搭載されていません。人に似せたロボットの中でも、限られた物にしかないと思います」


 そう言ったあと、手を離して真正面から見つめた。


 「逆に視覚は、ほとんどの機械で再現できます。監視カメラなどがわかりやすいでしょう」

 「説明するのはいいんだが離れてほしい」

 「……わかりました」


 やや不満そうにしつつもファーナは素直に離れるが、それは次の説明に繋がった。

 ゴミ箱に近づくと、唯一のゴミである空のチューブを取り出す。


 「次に嗅覚と味覚ですが、これもなかなかに少ないです。限られた場所なら多いとは思いますが」


 すぐにゴミ箱を元の位置に戻し、ゴミも中に捨てる。

 そして最後に耳に手を当てる。


 「聴覚ですが、センサーの搭載されている機械はそれなりといったところでしょうか。ちなみに、それぞれの感覚を一時的に強化することで、メリア様の体調が一目でわかったりします」

 「確認しなくていい。話はわかった。宇宙服に入っても構わない」


 一応、これで話はまとまり、アルケミアの格納庫に二隻の船が入った状態で指定された惑星へと向かう。

 とはいえ、だいぶ距離があるのでその間にできることはいくらかあった。


 「ファーナ、工場はどれくらい復旧した?」

 「半分ぐらいです」

 「よし、この間買った人型の機械を解析して、それっぽいのを生産しておくように。このアルケミアに侵入者が来た時、返り討ちにするためにね」

 「船内の作業用機械に、銃火器を増設するのではいけませんか?」


 アルケミアの通路から、何台かの機械が入ってきた。

 四角い胴体に、車輪や作業用の腕が付いた代物で、変形すると蜘蛛のような脚部が現れる。


 「天井などで待ち伏せれば、大抵の人間は仕留めることができると思います」

 「宇宙船で乗り付けてくるわけだから、そっちも潰しておく必要がある。ついでに資材の確保にもなる」

 「そちらは砲台を復旧すればどうにかなるのでは?」


 外観はぼろぼろでわかりにくいが、アルケミアにはいくつもの砲台が存在する。


 「残り数日、残骸が漂う宙域から色々使えそうなのを回収できそうにないが、間に合うかい?」

 「……資材が足りませんね。動力からエネルギーが届くようにし、砲台までの広い範囲をどうにかしないと」

 「それに多少おんぼろな方が、海賊たちの警戒を強めなくて済む」


 やがて指定された惑星の近くに到着すると、早速通信が入ってくる。

 エルマーからのもので、今度は惑星ではなく別の宙域が示されていた。

 その他に、特定の順番でワープゲートを通るようにという指示と、順番が書かれた図が届く。

 

 「やれやれ、あとどれくらい移動するのやら」


 メリアは軽い文句を言いつつも、指示に従って移動していく。

 ワープゲートを通ると、すぐ近くに複数存在するところへ出る。そこを通れば、先程と同じように複数存在するところへ。

 微妙に配置や周囲の景色が違うので、性質が似たような場所が続いているようだ。


 「迷路みたいなとこだね」

 「一応、どの宙域や星系に出るかは、ワープゲートの装置に描かれてます」

 「もう少しわかりやすく描くべきだろうに」


 特定のワープゲートの近くでは、渋滞のようなことになっているところも。

 そのまま移動し続けること三時間、苛立った様子のメリアは、ようやくワープゲートが近くにない景色を目にすることができて一息ついた。


 「ワープゲートを利用できるところが連続で繋がってるとはいえ、面倒過ぎる!」

 「まあ、追跡を振り切る意味合いもあるのではないかと」


 辺りにはアルケミア以外、一隻の巨大な船しかないため、まずはそこに近づくと通信が入ってくる。


 「君には驚かされる。それほど大きな船を持っているとは」

 「海賊が溜め込んでる物を、好き放題していいとのお言葉がありましたので」

 「ふっ、欲張りなことだ」


 通信画面に映るエルマーは、声を抑えながら笑うと、一度咳払いをしてから真面目な様子になった。


 「さて、君にはフランケン公爵領で活発的に活動している海賊の中に潜入してもらう」

 「そしてどうにか、海賊をまとめ上げてる者を殺すか何かしてしまえ、と」

 「理解が早くて助かる」

 「しかし、入れてくれと言って、入ることができるとは思えないけども」


 何度も討伐艦隊を返り討ちにしたということは、内部の統制はしっかりしているはず。

 外部から入ろうとする者の調査は、それなりに行われると考えてよかった。


 「それについては、こちらで用意した無人の艦隊が向こうの海賊を襲うので、そこを君が助けることにより、海賊側であることを示すという筋書きだ」

 「……ひどい筋書きだね」

 「こういうのは少し粗がある方がいい。私は現場の判断に任せるタイプだから」

 「…………」

 「無言は悲しいな。補給物資を渡すから、あとはそちらで頑張りたまえよ」


 通信が切れたあと、メリアは舌打ちをしてからため息をつく。

 あの憎らしい顔に一発でもいいから拳をぶちこんでやりたい気分だったが、宇宙空間に漂ういくつものコンテナを受け入れる方が先だった。


 「格納庫を開けて、向こうのコンテナを」

 「はい」


 ファーナが遠隔操作する作業用ポッドは、宇宙空間に漂うコンテナを手早く格納庫に移動させると、早速中身を確認していく。

 メリアはポッドのカメラ越しに見ている形だ。


 「機甲兵用の武器があります。狙撃用の大型ライフル、でしょうか。こちらはビームの刃を出す物みたいです」

 「帝国軍向けのやつをくれるとか、大盤振る舞いだね。まあ人の形してる機械はこっちにもあるし、使うことはできるか」

 「これは修理用の資材。こちらは、水や食料品などですね」


 割合としては、水や食料品が半分以上を占め、あとは兵器と修理用の資材といったところ。

 そして最後に、小さな記録媒体が出てきた。

 中のデータには、無人の艦隊がいつ動くかなどが記されており、他には数や武装などの情報もあった。

 ざっと目を通したあと、記録媒体は小さな爆発と共に半分に砕けた。


 「遅刻しないよう、わざわざ教えてくれることだし、急ごうか」

 「アルケミアで向かいます? それとも他の船にしますか?」

 「ヒューケラで先行する。それと、ファーナには一人で何役かやってもらいたいが」

 「任せてください。予備の端末を起動して、それに宇宙服を着せれば、いけます」


 まずはメリアがヒューケラに乗って先行し、その後ろをファーナが操るアルケミアが追いかけていく。 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る