第17話 非合法な仕事の依頼

 海賊の小規模な艦隊。それは帝国の正規軍と比べれば、だいぶ弱小な存在。

 しかしながら、今メリアが乗っているのは購入したばかりの新しい船。

 ワープゲートでの移動を含め、多少はどういう感じか慣らしてはあるものの、本格的な戦闘を行うには不安が残る。


 「ファーナ。格納庫にある人型の機械を武装させ、いつでも動けるようにしておいてくれ」

 「こんなに動き回ってる中をですか」


 五対一という状況は、火力の差もあり、常に動き回って回避することが要求される。

 そのため、メリアが操縦する船は定期的に強い慣性がかかり、格納庫での作業は危険なものになるだろう。


 「もし、機械と壁の間に挟まってしまったらどうするんですか」

 「だからだよ。機関銃を受けても無事だったろ。備えはあった方がいい」

 「あーあ、ロボット使いが荒いです」

 「鉱山とかで働いてるのよりは、よっぽど丁寧だよ。早く行け!」


 メリアは戦闘に集中するため、さっさとファーナに行くよう言ったあと、計器類やスクリーンを交互に見ていく。

 今のところは余裕を持って対応できているが、撃ち合いになると数の差から不利になってしまう。

 なのでまずは一隻でも減らしたいところであるが、相手は密集した陣形を維持しており、意外と隙がない。


 「経験があるか。誰が送ってきたのやら」

 

 険しい表情で次の行動を考えるメリアだったが、その時ヘルメットの通信機能を通じてファーナが話しかけてくる。


 「メリア様、生け捕りにするというのはどうでしょう」

 「今の状況でそれができたら苦労しないよ。お馬鹿」


 会話しつつもビーム砲を当てていくが、船体を守るシールドを一撃で突破することはできない。

 そして当てたところで、回避すればその分だけシールドが回復する時間を与えることになり、ただ時間だけが過ぎていく。


 「……一度受けるか」


 相手の攻撃はどの程度か、この船のシールドが耐えられるのはどれくらいか。

 それを確認するため、メリアはやや渋い表情で回避をやめる。

 すると海賊側からのビーム砲を一発だけ受けるので、すぐに計器類を見る。

 シールドの残量は一割減った程度。ここから時間と共に回復していく。


 「一発の威力がこれか。……ファーナ! そっちの状況は!?」

 「ビームガンを持たせて待機してます」

 「今から敵艦隊に突っ込む。場合によっては、相手の船に取りついてもらう」

 「そうなると、遠隔操作で済ませます」

 「わかった」


 一度、メリアの操縦する船は海賊の艦隊から距離を取ると、そこから一気に加速した。

 真正面からの突撃に、当然のように迎撃が行われるも、メリアは危ういところで直撃を避ける。

 それでも当たるのはいくつかあったが、シールドを突破するほどではないため、海賊の艦隊のど真ん中を通り抜けた。


 「まず一つ!」


 その際、衝突しそうなほど至近距離からのビーム砲によって一隻を沈めたあと、ファーナとの通信を行う。


 「そっちはどうだい」

 「上手く取りつきました」

 「砲台と推進機関を潰せ。そうすれば生け捕りにできる」

 「取りついてない残りの船は離れそうですが」

 「向こうからばらけてくれるなら、こっちで一つずつ沈める」

 「なるほど、そういうことですか」


 ファーナの操作する人型の機械は、急な加速や減速によって振り落とされないようアンカーを船体に打ち込んだあと、まず砲台をビームガンによって破壊し、その次に推進機関付近を狙い撃つ。

 あとは他に無力化できるところがないか探索していくと、残る三隻の海賊船は慌てて離脱しようとした。


 「逃がすか」


 いきなりの奇襲を受けたせいで、やや苛立っているのを隠そうともせずメリアは追撃を行う。

 密集しないでいる三隻が全速力を出せないうちに近づくと、シールドの内側というほぼゼロ距離からのビーム砲を当てていき、順番に仕留めてみせた。

 すると通信が入る。海賊船からのものだ。


 「降参だ、降参! だから命だけは助けてくれ!」

 「命を助ける代わりに、いくつか聞きたいことがある」

 「なんでも答える。何が聞きたい?」

 「お前たちは、どうしてあたしを狙った?」


 言葉でのやりとりをしつつメリアは完全に無力化された船へと接近し、人型の機械を回収する。


 「…………」

 「答えないなら沈める」

 「い、一隻程度なら楽に襲えそうだったから」

 「楽に、ねえ? それならもっと良い場所があるんじゃないのかい? こんな何もない宙域で、いつ来るかわからない船を襲うよりも」


 辺りには、デブリも小惑星も何もない。

 次のワープゲートまでの単なる通り道でしかなく、遠くの星の光以外、真っ暗な世界が広がっている。

 それでもまだ通行する船が多いなら簡易的な基地の類いがあったりするものだが、通る船はあまりないのか、それらしき施設は欠片も見当たらない。


 「他にも何か隠していることがあるだろ。吐きな」

 「いや、そんなことは……」


 怪しいものの、このまま通信をしているだけでは埒が明かない。

 そこでメリアはさらに問いかけようとするが、どこからともなく船が現れると、海賊船に向けてビームをいくつも放つ。


 「くそ、いつから潜んでた!?」


 メリアはすぐさま回避するが、無力化された海賊船は避けることができず、爆発と共に消え去った。

 その直後、通信が入る。謎のステルス艦以外にはあり得ないため、一呼吸置いてからメリアは繋いだ。


 「無事なようでなにより」

 「…………」

 「おや、お礼の一つくらいはあっても良いと思うのだが」


 スクリーンに映るのは仮面をした男性。

 それは正体をある程度しか隠せないが、当の本人が完璧に隠すつもりでないなら意味がある。


 「その声、まるでどこかの伯爵のように思えるね」


 メリアにとっては聞き覚えのある声だった。

 スクリーンに映るのは、一応顔を隠しているとはいえ、エルマー・フォン・リープシャウ伯爵本人であることは疑いようがない。


 「人が色々聞き出そうとしていたのに、どうして邪魔を?」

 「海賊がいて、襲われる一般人がいる。ならば助けなくてはいけない。違うかな?」


 言っていること自体は間違っていない。

 しかし、海賊は武装や推進機関を既に無力化されており、わざわざ仕留めなくてもよかった。


 「白々しい言葉だね。何か喋ってしまう前に、口封じしたようにも思えるわけだが」

 「せっかく助けたのに、そう言われるのは悲しいな」


 どこまで本気でそう思っているのか、エルマーらしき男性は悲しげな声で言う。


 「臭い演技はいらない。まずはその仮面を外してもらおうか」

 「ならば、そちらもそのヘルメットを外してもらえるかな?」

 「……ああ、わかったよ」


 スクリーンを通じて、二人同時に素顔を晒した。

 ただし、メリアだけは黒い髪と青い目という変装が残ったまま。

 変装を解く前に攻撃を受けたため、そのままになっている。


 「リープシャウ伯爵」

 「エルマーでいい。私としては、君と仲良くなりたいからね」


 メリアは無言で顔をしかめるが、そうしたところで話は進まない。渋々ながらも会話を続ける。


 「で、あの海賊たちはエルマー殿がけしかけたと考えても?」

 「いやいや、私は命じていない。しかし“自発的”に動く者はいたと思う。だからこそ、こうして君を助けてあげたのだから」

 「恩着せがましいね」


 どこからどこまでが“自発的”なのやら。

 こういう形になるよう誘導したのでは。

 そう彼に問いかけたところで、確かな答えは出てこないだろう。


 「それではこれで失礼させてもらいます。エルマー殿の救援には感謝します」

 「待ってくれたまえよ。まだ話の続きがある。あと、言葉にもう少し感謝の気持ちを込めてもいいと思うのだが」

 「……話の続きというのは?」


 いい加減ここから立ち去りたいメリアは、不機嫌そうに言う。

 それを受けてエルマーは肩をすくめてみせるが、特に気にした様子もなく口を開く。


 「帝国を出る前に一仕事頼みたい。海賊である君に」

 「合法なのか、非合法なのか」

 「無論、非合法だ。そしてこれは、フランケン公爵となったソフィアのためでもある」


 エルマーは軽く説明をする。

 フランケン公爵領というのは帝国においてそこそこの広さを誇るが、一時的に統治する者がいなくなっていたせいか海賊が根付いてしまい、だいぶ活発的になっている。

 これは幼いソフィアの手に余るので、討伐の手伝いを頼みたいとのことだった。


 「……公爵の艦隊で蹴散らせばいいのでは。艦隊も相続の対象であったはず」

 「残念ながら、軽く蹴散らせる相手ではない。フランケン公爵領にいる海賊は、強力な人物によって率いられているようで、何度か討伐艦隊が返り討ちにされてしまった」


 そんな厄介なのを相手させるつもりか。

 メリアは視線だけで今の気持ちを伝えると、エルマーは少し考え込む。


 「君は、海賊たちをまとめ上げている者をどうにかしてくれたらいい。そうすれば烏合の衆になり、あとはこちらでどうにでもできる」

 「報酬は?」

 「海賊たちが溜め込んでるだろう物を、君が好きにしていい」

 「盗まれた物とかを返還しないでいいと? それはまた太っ腹なことで」

 「平民の物だからな。私やソフィアの損にはならない」


 これだから貴族様は。

 つい口にしそうになる言葉を、メリアはなんとか喉元で留めた。

 銀河に広がるセレスティア帝国において、貴族と平民はどこまでも違う存在である。

 平民のことを気にかける貴族もいるとはいえ、大半はエルマーのように確かな一線を引いている。


 「ああ、そうそう、受けなくても構わないぞ。その時は、君の美しい顔をあちこちに広めるだけだ。危険な海賊は指名手配しなくては」

 「……受けますよ。ただ、さっさとくたばりやがれという言葉をお送りしたい」

 「ははは、それはできない相談だ。私は二十代なので寿命が訪れるのはしばらく先になる。それに、老化抑制の技術というのはそこそこ発展しているから、その手で殺さない限り、百年以上は生き続ける」


 通信はこれで終わり、メリアは盛大に舌打ちをする。

 そして送られてきたフランケン公爵領までの航路と大まかな予定表を目にし、もう一度舌打ちをした。


 「ファーナ。まずはアルケミアに戻るよ」

 「だいぶお怒りですね」

 「まったくもって腹立たしい。しかし相手は貴族だから我慢するしかない。……まあ、海賊が溜め込んでる物を取り放題ときた。幸いにも、向こうは期限を設けていないことだし、じっくりと取りかかることにするさ」


 指定された惑星に到着することで、次の予定が決まるとのこと。

 なので下準備として、まずはアルケミアとヒューケラのところへ向かうことを優先した。

 買ったばかりで慣れてない船よりは、昔からの慣れた船の方が、荒事に対処しやすいという考えから。

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