第16話 報酬を受け取り宇宙へ
相続の手続きから翌日、やや大型のエア・カーに乗って市街を目指すメリアとファーナの姿があった。同乗者はソフィア、運転はフリーダが行っている。
用意されたホテルと買い物に向かう予定の市街は離れており、長い道路を走っている最中だった。
「ずいぶんと遠くに向かうんですね?」
首都星にいる間、演技を続けているメリアだが、口調以外はそこまで変わりがない状態となっている。
フリーダからは、既に一般人ではないと思われているためだ。
「買い物をするにしても、宮殿に近い地域では色々な制限があります。特に艦船については、別大陸の宇宙港付近でしか取引できません」
「この長い道路は、別大陸へ向かうため?」
「はい。セレスティアの大気圏内での飛行には、基本的に厳しい制限がかかっています」
皇帝の暮らす宮殿は、都市並みに大きく防衛設備も整っているとはいえ、空から宇宙船が墜落してきた場合などはどうしても被害が出てしまう。
何代か前の皇帝の時、実際にそういう事故が起きた結果、厳しい飛行制限が課せられることになったというのをフリーダは話す。
「航空機は認められたもののみ。大気圏内の飛行能力がある宇宙船は原則禁止」
「だから長い道路と、多くのエア・カーというわけですか」
「皇帝陛下のおられる大陸なので、それほどまでに厳しいのです」
別大陸へ繋がる道路は海の上に存在し、時折海面から飛び上がる生き物を目にすることができなくもない。
これはエア・カーが高速で移動しているため、人の目では追いつかないのが理由としては大きい。
「海底には居住区が存在し、そこに暮らすのは大部分が海上道路の整備に関わる者です」
フリーダが案内人としての役割をこなしているうちに、別大陸へと到着する。
宇宙港はまだ離れているが、宇宙に繋がる軌道エレベーターは距離があってもはっきりと見えた。
「リア殿にお聞きしたいのですが、ソフィア様から色々な報酬を貰ったあとは、どうする予定ですか?」
「あまりセレスティアに長居してもよくないので、宇宙船や各種の機械などを揃えたあと、出ていくことにします」
「そうですか。それならば、まずは宇宙船から見ていきましょう。そうすれば軌道エレベーターを通じ、格納庫に配達させることで時間を節約できますから」
まずは宇宙船が展示されている地域へ。
複数の企業が販売しているが、当然ながらすべて帝国製である。
「いらっしゃいませ。どのような船をお探しですか? カタログはこちらに、実物を模したものはあちらに揃えてあります。お気に召した船があれば、ぜひお呼びください」
企業の社員らしき人々が示す先には、様々な宇宙船が並べられていた。
ただし、内装は本物に近いが、外側は実物大の模型。
大気圏内での飛行には制限があり、地上で購入したあと、宇宙での引き渡しという形になっているためだ。
その他には、本物を展示するよりは維持費を安く抑えられるという理由もあった。
「ソフィア様、私とロボットだけでゆっくりと見て回っても構いませんか?」
「ええ、構いません。わたくしも新しい船を見繕うつもりなので」
宇宙船を見て回るため二手に別れる。メリアとファーナ、ソフィアとフリーダという形で。
見物用に貸し出してある小型のエア・カーを利用し、人のいない場所に移動したあと、メリアは販売されている宇宙船のカタログを広げる。
「さて、どういう船がいいのやら、だ」
「……そろそろ喋っていいですか?」
「ああ、いいよ」
周囲に人がいないことから、今まで静かにしていたファーナは口を開くと、カタログを真剣に眺めていく。
「安い物から高い物まで色々ありますね」
「展示されてるのは、値段が中間から上のばかり。安物は展示するスペースがもったいないってところだろうね」
カタログにある宇宙船は、小さく安い物から、大きく高い物まで幅広い。
さらに、オプションをどうするかでも値段が変わるときた。
その中でメリアは、いくつか条件を絞る。
中古の船ながらも、定期的に新しいパーツに変えることで、それなりの性能があるヒューケラ以上という条件を。
「……どうしても高い部類になるか」
「値段なんて問題ではないでしょう。なにせ、買ってもらえるわけですから。ここはいっそ、使えそうなパーツを優先して船を選ぶのはどうですか? 解析してコピーすれば、アルケミアの工場で生産ができたりします」
「あたしが乗るための船ではなく、か。それも一つの考えではある」
ある意味魅力的な考えだった。
パーツを生産できれば、修理のための費用を抑えることができる。
さらに、船自体を生産できるようになれば、簡易的ながらも艦隊を作れるので、取れる行動は一気に広がる。
「まあ、どちらにせよ小型の船がいい。たくさんあっても変に思われにくい」
「いっそのこと中型のはどうですか」
「他の海賊からどう見られるかという問題がある。貨物船とかなら大きくてもいいけど、武装させるなら小型のが警戒されにくい」
「なら、この船はどうですか」
ファーナが示すのは、やや平べったい形をした宇宙船。
カタログスペックだけなら、サイズは同程度ながらもヒューケラを全体的に超えている。
ちょうど近くに展示されているため、メリアはその船の装備や設備を見ていき、首を縦に振る。
「悪くないね。戦闘を重視してるのか、格納庫とかは少し小さいけど」
「別のにしますか?」
「いや、やや旧型というのも良い。海賊が使ってもおかしくは思われない」
船は複数購入するつもりはないため、メリアはソフィアを探すと、このオプンティアという名前のついた小型船が欲しいことを伝える。
「わかりました」
すぐに社員が呼ばれると、ソフィアは自分の分の中型船を含めて即金で購入してしまう。
中型船の大きさについては百メートル級。当然ながらメリアが選んだのよりも高額だった。
ローンではない即金での購入を受け、社員はさらなる買い物を勧めようとするが、そこはフリーダが慣れた様子で断ると、一同はその場を離れる。
「リアさん、船はあれでいいんですか?」
「大きいと整備する手間というのが」
次の買い物は、様々な機械を販売している工場が集まっている地域に向かう。
そこでは大勢の人々がいるが、スーツや作業服ばかりなため、企業同士の取引が行われているのがわかる。
「工業区では、様々な企業が日々新たな商品の開発を行っておりますが、リア殿はどのような物をお求めですか?」
「作業用の機械を。人型で宇宙でも問題なく動かせる物が良いですね」
「建設業向けのところへ向かいましょうか」
エア・カーで数分ほど移動した先では、様々な機械によるデモンストレーションが行われていた。
車輪のついたものから、大きなクレーン、そして人型のものも。
実際の工事現場を模した区域では、資材の移動から組み立てなどが実演され、そこから耐久性の確認も進められている。
「……なんともまあ、派手な限りだこと」
メリアは呆れ混じりに呟く。
資材を落とすことから始まり、正面からの衝突事故、さらには人間が携行する兵器を実際に撃ち込むということまで。
おかげでかなりうるさい。
見学している人の中には、耳を抑える人がちらほら。
「フリーダ、これは大丈夫なのですか? 実弾を使うというのは……」
さすがに不安を感じたのか、ソフィアは茶色い髪ごと耳を抑えたりしつつ、フリーダに尋ねる。
「ソフィア様、ご安心を。流れ弾が出ないよう、兵器を使用する区画はしっかりと装甲で囲んであります」
その言葉の通り、何層もある装甲が設置されており、付近の人々の安全を守っている。
表面についている傷は、数多くの実弾を防いだことを証明していた。
「……メリア様、他の惑星もこうだったりします?」
「……いや、さすがにここまでのはない。知っている限りでは」
こそこそと話す姿を見て、何を勘違いしたのか、フリーダは自信に満ちた様子で説明を始めた。
「ここセレスティアの工業区では、企業以外にも貴族が取引相手となります。その中から選ばれたわずかなところだけが、皇帝陛下の座乗する艦船などを作る名誉を得ることができます」
「つまり、どこも質に期待できる、と」
メリアの言葉にフリーダは大きく頷く。
「そうです。首都星セレスティアで問題を起こせば、悪評は貴族や企業などへあっという間に広がり、取引が難しくなってしまいます。それゆえに、今も残っているという時点で信用できるということに他なりません」
「なるほど。それなら期待できそうで嬉しい限りです」
今これといった実演をしていない工場を探し出し、メリアは工場の代表者に求めている物を伝える。
地上と宇宙のどちらでも問題なく動く、人型の作業用機械というものを。
「お乗りになるのは、あなたですか?」
「はい。そろそろ新しいのに新調しようかなと。宇宙での作業は一通りできますが、おすすめはありますか?」
「ふうむ……宇宙となると、汎用性のある物がよろしいでしょうな」
少し待つように言われたあと、いくつか人型の機械が運ばれてくる。
大きさはどれも三メートルほどだが、細かい部分が違っていた。
「用途に合わせて三種類あります。一つは動きの追従性を重視した物、細かな作業に向いています。もう一つは安全性を重視した物。倍以上の質量の直撃を受けても大丈夫です。最後は、全体的に性能が向上している物。作業用機械でありながら、騎士向けの機甲兵に匹敵する物を目指したのですが、その分だけコストがかかっています」
値段は、最後のだけ宇宙船並みに高額で、あとの二つは工事現場の労働者でも手が出せるくらいには安い。
とはいえ、迷う必要はなかった。
「最後の高価な物を。運ぶ先は、こちらに」
「わかりました。輸送しておきます」
作業用のため、飛来するデブリに備えた装甲はあっても、当然ながら武装などはない。
そこで次は、兵器を取り扱うところへ。
通常、一般人は購入できないが、そこはフランケン公爵となったソフィアに代わりに購入してもらう。
人型の機械で運用できる程度の代物を、いくつかまとめて選んだあと、いよいよお別れの時がやって来る。
「ソフィア様、私はこれで失礼します」
「もっと買ったりはしないのですか? 他に欲しいものは?」
「個人的には、資源惑星の権利などをいただけると……」
「ソフィア様が認めたとしても、騎士である私が認めません! いくら恩人でも限度があります!」
フリーダは青い髪が揺れるほどにきっぱりと言う。仕えている主を諌めることも、騎士として必要なことだと言わんばかりの勢いで。
これでは多くを求めても面倒なことになるのが明らかなので、メリアは潔く引き下がる。
「とのことなので、色々と諦めることにします。ただ、お別れついでにお金をいくらかお願いしても?」
「フリーダ」
「……これでお別れできるのであれば。目を瞑ります」
新しい宇宙船が数隻買えるほどのお金を口座に移してもらったあと、メリアはソフィアの方を見た。
「あなたの叔父上は、これからもあなたの命を狙うかもしれない。もし亡くなれば、相続できる権利があるので」
「わかっています。ですが、心配ならわたくしに仕えてくれませんか?」
「それは……お断りさせていただきます」
「残念です。フリーダも完全に信用できるわけではないですから」
「そ、ソフィア様……それは」
十歳という幼いソフィアの思いがけない言葉に、フリーダは露骨に気まずそうにする。
「叔父上から引き抜きを受けたりしませんでしたか?」
「……受けました。ソフィア様が事故により亡くなられたということで。しかし、私はそれを断りました。他の誰かに仕えたところで、良いように使い捨てられるだけです」
ソフィアに忠実であることを訴えるフリーダの言葉には、ひとまず嘘はないようで、メリアは目の前にいる主従の安否は気にしないことにした。
もう会うことはないだろうとの考えから。
「メリアさん、あなたに何かお願いをしたい場合、どうすれば連絡が取れますか?」
「……教えたくないね。大きくなれば、そこの騎士様が後ろ暗い繋がりを利用した方法を教えてくれるはず。あと最後まで偽名で呼んで欲しかったね」
演技をやめたあと、これ以上の話をするつもりはないことを伝え、メリアはエア・カーごと宇宙港の軌道エレベーターに乗り込むと軌道上へ。
購入した宇宙船は既に用意され、人型機械も格納庫に輸送されていた。
「ああ、やれやれ、もっと貰えるものを貰っておきたかったよ」
操縦席に移動したあと、物足りなさを感じている様子でメリアは言った。
その間にも出港の用意を進めていくが、全体的な配置はヒューケラとあまり変わりないものの、少しだけ異なっている。
「お目付け役がいては仕方ありませんよ。それに、叔父の方はメリア様への嫌がらせとしてフリーダを手伝いそうですし」
「目的を邪魔されたから、あたしの邪魔をしてやるってか。普通にしてきそうで嫌だねえ」
応急処置を済ませた宇宙服を着ていくと、ヘルメットを被る。
「まあ、得た物は及第点ということにしておこう」
新しい宇宙船によって、アルケミアのあるところまで帰る。
そのために出港するメリアであり、帝国の首都星セレスティアは少しずつ遠ざかっていく。
ワープゲートを何回か越えると、殺風景なところへ出た。
宙域に有人惑星がなく、移動のためだけという場所はそれなりに存在している。
これはワープできる先が決まっているため。
遠い距離を一瞬で移動できるとはいえ、自由自在に移動できるわけではない。
進む順番というものがある。
「戻ったらどうしますか?」
「そうだねえ、お金はあることだし、一度のんびり……」
ビーッ! ビーッ!
会話の途中、警報が鳴る。
それはシールドが急激に減少したことを知らせるものであり、つまりはどこかからの攻撃を受けたことを示していた。
このままでは危険なため、すぐに加速して動き回った。
「……叔父上とやらが、あたしを消すために送ってきた戦力か?」
「それはわかりませんが、どうやら同業者のようです」
帝国の領域の中での襲撃に、メリアは即座にそう考えるも、確証があるわけではない。
操縦席のスクリーンが映し出すのは、海賊らしき船が五隻ほど集まった小さな艦隊。
これをどうにかしないことには、ワープすることはできないため、考えるよりも先に撃退する必要があった。
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