第15話 相続の完了
「姪の恩人であるあなたにお礼がしたい。ここで細かい内容を話すのは少し避けたいので、場所を移しませんか?」
それは至ってまともな提案に思えた。
エルマーという男性は、表向きには心からソフィアの無事を喜び、姪を無事に連れて来た見知らぬ女性に感謝していたのだ。
彼も公爵位を相続する権利があると事前に知らなければ、メリアは疑うことなくその様子を信じていた。
「あまり離れていない場所でなら」
だが既に知っている。
明らかになんらかの意図があるが、ここで無理に断っても怪しまれる。
宮殿の中であり、ファーナもいることから、相手の出方を確認するためメリアは心配そうにしつつも頷く。
「では、隣の部屋で少しばかり。拡大し続けたセレスティアの宮殿は、使われていない部屋が多く存在しますのでね」
やれやれとばかりに肩をすくめてみせ、無駄を嘆く素振りのエルマーについていく形で、メリアはソフィアとファーナから離れる。
言った通りに隣の部屋に移ると、扉が閉まった瞬間、エルマーは振り返った。
「君はどこの宇宙海賊だ?」
「……何をおっしゃっているのか、さっぱり」
「とぼけなくていい。ソフィアの乗った船が事故を起こしたのは、共和国と帝国のどちらもあまり立ち入らないところだ。脱出ポッドが機能しているうちに回収できるのは、無法者の海賊くらいしかいない」
先程までの様子は鳴りを潜め、どこか冷たさを感じる声で言い切る。
それはもはや確信であり、答えをはぐらかしたところで意味はない。
「安心していい。ここは使われていない部屋で、盗聴などの心配はない。その証拠として、一つの秘密を君に話そう。……私はある海賊の後援者をしており、その海賊は手足となって動いてくれている」
「貴族のくせに海賊を使うか」
「少しは素が出てきたな。なに、自らの私兵に後ろ暗いことを行わせるわけにはいかないのでね。それに汚れ仕事は専門家に任せるべきだろう?」
お互いに演技は薄れ、向かい合うように座る。
「では単刀直入にいこう。金を出すので、姪から手を引いてくれないか? 悪いようにはしないさ。姪のソフィアに、それに君についても」
エルマーという男性は、二十から三十という年齢の見た目をしており、しかもかなり顔が整っている。
自信に満ちた様子は多くの異性を惹きつけるだろうが、メリアは鼻で笑うと首を横に振る。
「伯爵様に出せる物なんて、たかが知れてる。これでも金と時間を費やした。それに途中で面倒事もあった。これは、公爵様から色々貰い受けないと割に合わないってものだ。金程度じゃ、とてもとても」
「ふむ、それもそうだ」
伯爵なんかよりも公爵の方が色々貰える。
それは明らかに馬鹿にしている言葉であるが、意外にもエルマーは同意するように頷き、怒ったりはしなかった。
「銀河の三分の一を支配している帝国。その公爵となれば、伯爵よりも多くを手に入れ、多くを与えることができる。……であるならば、私が公爵になれば、君の望む物を与えることができると思う」
「なら試しに欲しい物を言ってみても?」
「ああ、どうぞ」
「有人惑星の領主になってみたいねえ。温暖な気候で、人口は億を超えているところがいい」
望む物と聞いて、メリアは吹っ掛ける。
銀河は広いとはいえ、人が住める惑星というのは広さの割には少ない。
しかも、億を超える人々が暮らせる温暖なところともなれば、より貴重だ。
これで相手がどう出るか確かめるつもりだった。
「なかなかの要求だな。その条件の惑星となると、最低でも伯爵辺りにはならないと難しい。とはいえ、手がないわけでもない。……私が公爵となり、君が私の臣下となるなら可能だ」
「それならお断りさせてもらう。誰かに仕えたりはしたくない」
「残念だ。君のような人物がいてくれたら、心強いのだが」
話はまとまらないものの、これで終わりというわけでもない。
エルマーは目を閉じると軽く息を吐いた。
「率直なことを尋ねるが、姪がまだ十歳だから吹っ掛けるつもりではないかな? もしそうなら、叔父として姪のことを助けないといけない」
「白々しい。公爵位の相続、そのために事故を人為的に起こしたんじゃないのかい」
叔父として姪を助けるという言葉に、メリアは吐き捨てるように言う。
あまりにも白々しいために。
「こらこら、それはさすがに口が過ぎるというものだ。ここは帝国の心臓部であり、私は貴族、君は海賊。立場の違いというものをわかっていないな」
「これはこれは申し訳ありません。いささか口が過ぎました。“伯爵殿”」
「やれやれ、あとは姪の手続きが終わってからにしよう」
わざとらしく言ってみせるメリアだが、エルマーは素知らぬ顔で受け流すと、ここで話は終わりとなる。
メリアが部屋に戻ると、ソフィアとファーナは無事なままでいたので、このあとエルマーが何かしてくることはないと考えてよかった。
「あの、叔父上とはどのようなお話を?」
「大したことではないです。報酬などについて、少しだけ」
「わたくしは、あなたに何を渡せばいいのでしょうか」
「それは、どれくらい相続したかによって変わると思います」
様々な惑星に衛星、さらには宇宙空間に建設された建造物、そして貴族お抱えの艦隊も加わる。
それはどれだけの金銭的な価値があるのか、考えるだけで馬鹿馬鹿しい。
なので今の段階では決めることができない。
メリアは演技をしたままそう答えると、しばらく部屋の中は静かになった。
「その、リアさん」
数分ほどが過ぎると、ソフィアは盗聴などに備えた偽名を呼ぶ。
「どうしました?」
「わたくしは、あなたにお願いしたいことがあります。どうか仕えてはくれませんか? 数年だけでもいいので」
仕えるという言葉が出た瞬間、ファーナは無言でソフィアの方を見る。そのついでにガタガタと音を鳴らしもする。
今は安物のロボットのふりをしていることもあって無表情なものの、あからさまに不満そうにしていた。
それを見たメリアは内心ため息をつく。
「……お誘いは嬉しいのですが、誰かに仕えようとは思わないので、お断りさせていただきます」
「そう、ですか。それなら仕方ありません」
貴族に仕えるということは、常に宮廷政治と関わることに他ならない。
それは避けたいのでメリアは断ると、近くで見ていたファーナが小さな笑みを浮かべるので、メリアは近くに移動すると軽く小突いた。
「…………!!」
「あとは、相続が済んでから」
無言の抗議を無視しつつ、待ち続けること数十分。
遠くから大勢の足音が近づいて来ると、扉が開けられ、フリーダが入ってくる。
「お待たせしてしまい申し訳ありません。準備が整いましたので、ソフィア様とリア殿は私についてきてください」
到着したその日のうちに、相続に関する手続きを行うことができるというのは、なんとも素早い限り。
その理由は、途中で合流してきたエルマーを目にすることで解決した。
というよりも、本人が耳元で囁いてくる。
「すべての準備は終えてある。元々の予定とは違うが」
彼は事前に色々と手を回しており、自分の番が来た瞬間に相続できるよう面倒な事を整理していた。
つまり、優先順位の高いソフィアが来たことで、自分のための準備が姪のための準備となったのである。
「ソフィア、叔父として忠告をしておくよ。これまでアスカニア家は小さく、目立たなかった。しかし、公爵位が転がり落ちてきたことで、大きく目立つことになる」
「はい。いざという時は頼りにさせていただきます」
近くで聞いていたメリアは、なんともいえない表情でいたが、誰かに見られる前にすぐ表情を戻す。
宮殿内部は全体的に伝統的な建築であったが、所々に最新の機材が存在することから、外観だけそうしているようだった。
途中で大型のエレベーターに乗り、しばらく通路を歩く。
「まず一つ。皇帝陛下は、些事に関わるつもりはないと口にされ、手続きは簡略なものになります」
「相続の手続きのため、わざわざ首都星に呼んでいるのに、それが些事?」
「私も驚きました。しかし、皇帝陛下がそう決めたのなら従うしかありません」
メリアはさすがに疑問に思って問いかけるも、フリーダとしても想定外なのか、どこか困ったような表情を浮かべていた。
そこで貴族として色々知ってそうなエルマーの方を見るも、いつものことだとでも言いたそうな表情でいた。
「宇宙に選ばれた存在であり、この銀河に繁栄と安寧をもたらす唯一の方である皇帝陛下の臣としては……よくあることだから気にしても仕方がない、としか言えない」
「貴族というのも大変なようですね」
「ここに権力争いも加わる。おかげで定期的に不幸な事故が起きてね。そこそこ断絶する家が出てくる」
「…………」
叔父が姪を葬ろうとする実例を見ることになったメリアは、それを実行した張本人相手に何を言うべきか迷う。
やがて一つに部屋の前に到着する。
中に入れるのは、ソフィアとフリーダ、そして特例としてメリアのみ。ファーナは扉の近くで待機させられた。
「ソフィア様、こちらの端末へ。画面上に表示された枠の範囲に、自身のお名前をこのペンでお書きください」
「わかりました」
中央にある奇妙な長方形の機械以外、何も置いてない部屋であり、ソフィアは身長の問題から踏み台を利用し、設置されている画面に自分の名前を書いていく。
それから画面がわずかに点滅すると、相続の手続きは完了した。
「ソフィア様、これよりフランケン公爵の領域と資産は、すべてあなた様のものです」
「正直なところ、実感が湧きません」
「アスカニア伯爵にして、フランケン公爵たるソフィア様は、有人惑星を三十と、領域内部にある数十のワープゲート、そして公爵家直属の艦隊を所有することになります」
一気に様々なものを相続したとはいえ、あまりにもあっさりと手続きが済んだからか、いまいちピンときていない様子のソフィア。
それを見たメリアは、どのくらい使えるお金があるのかフリーダに尋ねる。
「実際のところ、使えるお金はどのくらいに?」
「ソフィア様、彼女に口座に入っている金額を見せても構いませんか?」
「はい。わたくしも見たいです」
その場で色々見ることができる端末なのか、フリーダが軽く操作すると、画面上にソフィアが即座に使えるお金が表示される。
それは数えるのが馬鹿らしくなるほど膨大で、ここに他の資産が加わるとなると、やはり考えるだけ馬鹿馬鹿しい。
「……これが帝国の公爵様の財産」
「わあ、ゼロがたくさんです」
金というのは、あるところにはある。
それを実感するだけだったが、それはそれとしてメリアは笑みを浮かべた。
ソフィアは公爵となったので、ついに報酬を貰える時が来たのだ。
「これでセレスティアへ送り届けるという仕事は終わりました。なので、報酬を期待しても?」
「これだけあるなら、どんなものでも買ってあげます」
「あの、ソフィア様、大丈夫とは思いますが一言だけ。使っても減らないほどありますが、無駄遣いは避けてください。ご自身の成長のためにも」
今日はもうどこかに出かけるには微妙な時間となっているため、本格的な行動は明日に引き延ばされる。
「ところで、恩赦については?」
「……皇帝陛下は、どうでもよさそうに認めてくださいました。正直あそこまで適当なのはどうかと思いますが、リア殿は自由の身です」
フリーダは自らの気持ちを抑えて言う。
もし抑えないと、色々とよろしくないことを口にしてしまいそうになるため。
メリアとしては、やる気のない皇帝という存在が少し気になるものの、皇帝という特権階級に深入りしても良いことなどないため頭の中から振り払った。
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