第14話 帝国の首都星への到着
帝国の首都星セレスティアの軌道上には、防衛艦隊が展開していた。
その目的は、暴走している豪華客船が惑星に突入してしまう前に、どのような手段を用いてでも止めるというもの。
それは船内に残る数千もの人々を犠牲にする決意の現れでもあったが、幸いにも惑星付近で停止するので悲劇が発生することはなかった。
「乗客の皆様、誘導に従い、焦らずに移動をお願いします」
内部にいる数千もの人々のため、すぐに移送用の船が用意されると、数回に分けてセレスティアの地上へと運ばれていく。
宇宙港を経由するか、直接大気圏を突破するかといった違いはあるものの。
「大変でしたね。お子さんは大丈夫でしたか? 船に乗り込んだあと加速したので、不安になって頭が真っ白になってしまい、自分は隊長から怒られました」
「ええ、なんとか。ずっと閉じこもっていたせいで、地上が懐かしく感じます」
メリアは移送船の中で帝国の兵士とちょっとした会話をしていた。
騎士が人質の安全を確保したあと、帝国軍の一部が客船の中に乗り込み、残る海賊の鎮圧を行う。
その後、船は暴走し、それを止める手立てがないことに軽いパニックが起こったりしたが、なんとか無事に解決した。
パニックの間にメリアは兵士の一人と知り合いになると、検査や確認が厳重にならないよう求め、あとは娘のために気丈に振る舞う母親を演じることで、怪しまれることなく地上へと到着する形になる。
「不幸な出来事に遭遇された乗客の皆様には、皇帝陛下の計らいによってホテルの部屋が用意されています」
旅行会社からの対応が決まるまでの間、ホテルの部屋が特別に用意される。当然高級なところだ。
料金は無料とのことだが、異国の地では何かと不便があるだろうから案内人がつけられるという話に。
「案内人、ね。どんな人が来るのかしら。待ち遠しいわ」
ホテルの部屋に入ったメリアは、わざとらしくそう言うと、まずは盗聴や盗撮が行われていないかファーナに調べさせる。
ここは帝国の首都星。
共和国から訪れた者の動向を、大なり小なり調べようとするはずだからだ。
「ソフィー、あなたもそう思うでしょ?」
「はい。これから帝国を見られると思うと、わくわくして眠れませんでした」
当たり障りのない会話をしている途中、調査を終えたファーナからの報告が浴室で行われるため、全員がそこに集まった。
「調べた結果、浴室とトイレには何もありませんでしたが、他のところには盗聴器が仕掛けられています。幸い、盗撮するカメラはありませんでした」
「……狭いとはいえ、安全に話せる場所があるだけマシか。とはいえ、それも案内人という名の監視役が来るまでだが」
人が来たら、いちいち隠れて話すのは怪しまれる。
盗聴器はそこそこ厄介ではあるが、一般人が気づいて取り外した場合、監視が余計に強まるだろうから手は出せない。
「わたしはどうしましょう?」
「安物のロボットのふりで」
「リョウカイ、シマシタ。……こんなところですか」
「いいね。外見部分に金かけたせいで、音声部分に金をかけられなかった感じが出てる」
「褒められている気がしないのですが」
ファーナは少し白い目を向けた。
ひとまず、案内人という名の監視役が来るまで待っていると、ホテルに入ってから数時間が過ぎてようやく人がやって来る。
だいぶ長いので、ソフィアが先に一人で入浴をしているほどだった。
「遅くなってしまい申し訳ありません。私はフリーダ・セレウェル。このたび、あなた方に不便がないよう案内する者であります」
やや短めな青い髪と青い目をした女性であり、どこか真面目そうな人物でもあったが、その姿はメリアにとって見覚えがあるものだった。
捕らえられた騎士を救出した際、アスカニア家に仕えていると口にした人物である。
「リア殿、何か気になることでも?」
「船が海賊に襲われる前、ちらりと目にした記憶があるので」
「そうでしたか。用があれば、この私に言っていただければ、訪れても大丈夫なところへ案内いたします」
「大丈夫ではないところがあるのですか?」
「はい。工事中のところや、治安が少々よろしくないところなどがありますので」
どこまでも真面目な様子を崩そうとしないフリーダという女性だったが、その時ソフィアが入浴を終えたのか部屋に入ってくる。
その瞬間、フリーダは絶句した様子で凝視していた。
変装として、ソフィアの茶色い髪は黒くし、茶色い目は青くしていたが、一瞬で気づいたのだろう。
そのままメリアの方を向くと、かすれた声を出す。
「……こ、これはどういう……」
「そういえば、誰にも邪魔されず、のんびりできるところとかありませんか? 娘も交えて、騎士の方々のお話を聞いてみたいものです」
監視のされていない場所で話し合いたいということを言外に匂わせると、フリーダは小型の端末を弄り、付近の情報を確認していく。
「……地上でのんびりするなら、おすすめの場所があります。広い湖のある自然公園ですが、いかがでしょう?」
「ではそこでお願いします」
時間的には、朝にホテルに到着したため今は昼をいくらか過ぎた辺り。
エア・カーによって数分ほど走り抜けた先には、あまり賑わっていない広い公園が存在した。
「ここは五代前の皇帝陛下が、自らの療養のために作られた場所です。死後、一般にも解放するよう遺言がありましたが、あまりにも大勢の人々が訪れた結果、大量のゴミなどの問題が発生したため、今では一日に訪れることができる人数に制限がかかっています」
フリーダは案内をする者としての役目を果たしつつ、湖の近くにある施設へ向かい、自らの力で漕ぐという原始的なボートを借りると、乗り込むように促す。
「どうぞお乗りください。漕ぐのは私が行いますので」
「……ずいぶんと原始的な船です」
「だからこそ、盗聴や盗撮の警戒をしなくて済みます。機械がある船には、何が仕込まれているかわかりませんから」
軽く視線を動かすので、メリアも釣られて見てみる。
その先には、スクリューのような推進機関によって進む大型の船があった。
それからフリーダによって、ボートは湖の真ん中辺りにまで移動する。
周囲に人はおらず、内緒の話をしても大丈夫な状況というわけだ。
それを理解したメリアは、いくらか声を抑えながらこれまでのことを話す。ただし、演技をしたまま。
「宇宙での仕事の最中、彼女が入った脱出ポッドを回収した私は、公爵位の相続のためにセレスティアへ向かいたいという要求を叶えるため、送り届けました」
「……そのために変装をさせたのですか?」
「はい。なにせ、ソフィアという子に戻ってきてほしくない人物がいるようなので」
戻ってきてほしくない人物と口にした瞬間、思い当たるものがあるのか、フリーダの顔は険しくなる。
「相続の手続きのため、皇帝陛下のおられる宮殿に急がなくては」
「あとをお任せしても?」
さすがに色々バレる可能性から、メリアはついていくのを拒否しようとするが、返ってくるのは横に振られる首だった。
「いいえ。それはできません。今のところ、リア殿はソフィア様と共に、違法な身分証でセレスティアへ入ってきた犯罪者ということですから。なので恩赦を得るためにも、ついてきてもらいます」
「……もし行きたくないと言った場合は?」
「ソフィア様からどのような見返りを得るつもりかは存じませんが、何も手に入らないと思っていただければ」
何も手に入らないという結果に終われば、費用と時間のすべてが無駄となってしまう。
ここで行かねば骨折り損のくたびれ儲けになるため、今度はメリアが険しい表情となり、渋々ながらついていくことに頷いた。
せっかくここまで来れたのだし台無しになるよりは、という考えから。
それからは早かった。
「その日のうちに向かいます。邪魔が入る前に」
現在の皇帝が暮らす宮殿は、一般の人々が暮らす地域から離れており、やや遠いところにある。
宇宙から近づくことは禁じられており、地上から厳重な検問を越えてやっと入れる。
これはセキュリティの問題の他に、皇帝の圧倒的な権威を示すためでもあった。
エア・カーによって到着すると同時に、アスカニア家の当主が訪れたという情報はあっという間に広まっていく。
「あれが、アスカニア家の……」
「宇宙船の事故で亡くなったと聞いたが」
「横にいる黒い髪の女性が連れてきたそうで」
宮殿は、それ一つで都市並みの広さを誇る。
そのため内部には大勢の貴族が滞在しており、公爵位を相続する幼いソフィアに好奇の視線が向けられ、その一部はメリアにも向かう。
「宮殿というより、これは」
「長い時間をかけて少しずつ拡大していきました。千近い有人惑星がありますので」
メリアとソフィア、そしてついでのようにいるファーナは、一時的に応接室で待たされる。
フリーダが色々な説明をしに向かっているからだが、待っている間は退屈だった。
なにしろ、演技を維持しないといけないために。
「なんとも豪勢な部屋で、好き勝手はできなさそうです」
監視がされているだろうと予想するメリアであり、内部に置かれている古い時代の調度品は一部だけ真新しい機械が詰まっていたりする。
おそらく、盗聴か盗撮辺りは確実に行われているだろう。
「ええと、その、改めてお礼を。ありがとうございます」
既に変装を解いて、茶色い髪と目に戻ったソフィアは、お礼の言葉と共に頭を下げる。
脱出ポッドの回収から始まり、海賊という厄介な出来事を越えて、なんとかセレスティアへと到着した。
それは長いようで短く、なかなかに大変な日々である。
「お礼は、言葉以外のものを頂けるなら努力した甲斐があるというものです。ところで一つお尋ねしたいことが」
「な、なんでしょう?」
「どうして、あの時すぐにセレスティアに戻ることを決めたのですか?」
どこかからの監視に備え、メリアは演技したまま問いかける。
ソフィアはどう答えるべきか悩んでいたが、数分ほど経ってから口を開く。
「わたくしは、叔父上がそうするとは思えませんでした。だから、直接お聞きしようと」
「…………」
「ですが、時間と共に納得もできました。公爵という位を相続するには、わたくしがいない方がいいのだと」
「なるほど。それでどうします?」
「わかりません。相続を終えてから考えたいです」
十歳の少女には、叔父が自らの命を狙うことの実感を持つことは難しい。
どこか悩んでもいたが、まずは相続を終えてからというのは、メリアにとって安心できることだった。
公爵から報酬を貰えるなら、どんな悩みを持っていても構わない。
そのためにわざわざ手助けしたのだから。
コンコン
「失礼します」
その時、扉がノックされ、外から人が入ってくる。貴族の男性のようだが、いったい誰なのか予想もつかない。
だが、ソフィアだけはわかるのか、少しだけ表情が変化した。
「叔父上……」
ソフィアの呟きを耳にした瞬間、メリアは警戒を強める。
「おお、宇宙で事故にあったと聞いた時はどうなるかと思ったが、無事なようでなにより!」
比較的若い男性は、隠すこともせずにソフィアの無事を喜ぶと、メリアの存在に今気づいたかのように振る舞う。
「いやはや、お恥ずかしいところをお見せしてしまいました……。姪を助けてくださったそうですね? ぜひともお礼をさせてください。私はエルマー・フォン・リープシャウ。しがない伯爵家の当主をしています」
頭を下げて挨拶をする男性。
そこにいるのは姪を葬ろうとした叔父であり、その目の奥底では、メリアのことを疎ましく思っている様子が見え隠れしていた。
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