第13話 逃げる者と留まる者
「お頭! 古臭い宇宙服の奴に何十人もやられた!」
「格納庫の方じゃ、帝国の騎士が機甲兵に乗り込みました!」
「あー、ごちゃごちゃうるせえよ」
順調であったはずが、予想外の抵抗を受け、宇宙海賊たちは動揺していた。
お頭と呼ばれるルガーだけは、それがどうしたとでも言わんばかりに余裕な態度でいる。
「今はここの鍵を解除するのが先だ。とても貴重な代物が入ってる」
「で、ですが」
頑丈そうな扉に改造の施された端末を接続し、ハッキングによって開けようとしている最中のルガー。
彼の周囲にいる配下たちは、仲間の苦境が不安なのかどこか落ち着かないでいるが、彼の手が止まることはない。
「わかってたことだろう。今回の襲撃に参加した奴らのうち、ある程度が死ぬのは」
「こうなるなら、捕まえた時に騎士を全員殺してしまえばよかったんじゃないかと」
「あ?」
「……機甲兵乗られてるんで、自分たちが脱出する時まずいです」
威圧に怯えながらも、配下の一人は言う。
「なら外の船体に引っ付いてる奴らに連絡入れろ。帝国の騎士様が機甲兵に乗っているから、どうにかしてくれって具合に」
「わ、わかりました」
「ここは通信が繋がらないから出ろ。お前は残れ」
「はい」
慌てた様子で配下のほとんどが出ていき、指名された一人だけが残った。
今ルガーがいる場所は、一切の通信ができないよう特殊な素材によって覆われている。
そこだけで独立できるよう隔離されている場所であり、カメラの類いも存在しない。
彼の近くには二枚の紙が置いてあった。
それは印刷された豪華客船の図面であったが、よく見るとわずかな違いがある。
「さてさて、表向きの図面には記されてない、小さな秘密の倉庫。何が入ってるやら」
「まさかこんな豪華な船に隠し部屋があるなんて」
「むしろ、こんな船だからこそ、だ」
一つは一般的に表に出ているもの。もう一つはどこにも出回っていないもの。違いは、小さな空間の有無。
つまり、この豪華客船には、海賊が密輸をする時と同じような部分が存在しているのだ。
ガチャ
ロックは解除されたのか、小さな音が鳴る。
ルガーは扉を開けて奥に進むと、軽く息を吐いた。
人が横になって寝るのが難しい小さな一室には、いくつかのコンテナが置いてあった。
「狭いですね」
「わざわざ豪華客船で持ち込もうとしたご禁制の物はいったいなんだろうな。ふふふふ」
コンテナ自体には、これといったセキュリティはない。
一つ開けると、中には透明な容器に入った謎の生物が入っていた。犬や猫のような部位はあるが、そのどれでもない。
具体的には人間に少し近い形をしている。
たまに脈打つので、生きてはいるようだ。
「遺伝子を弄くった生き物か。しかも形を人に近づけてあるとは、趣味の悪い」
「うっ……」
銀河のあちこちに人が暮らす時代、遺伝子を弄った生き物というのはそれなりにいる。
一代限りの手間のかからないペットとして、あるいは過酷な環境の惑星において機械代わりに利用したりなど。
しかしながら、人に近い姿にすることだけは、銀河のどの国であっても違法である。
ここにあるのは、人間と動物を混ぜたような生き物。
おそらくは珍しいペットとして、帝国のどこかへ届けられる予定だったのだろう。
「……エルマー閣下の情報通り、と」
「お頭、その閣下というのは」
「お前だけは忠実で使えるから教えてやる。エルマー・フォン・リープシャウ。俺の後援者をしているお金持ちな貴族様だよ」
小さな呟きのあと、図面に火をつけて燃やす。
これでこの船の秘密を知る者は増えない。
とはいえ、多少は残っている。
「……集めに集めた数百人。綺麗さっぱり死んでくれれば、少しは楽になるものだが」
「そ、それは、まさか」
「人数が減れば、取り分が増えるだろ? 閣下に従わない海賊を処分する意味もあるが。あとは乗客からちょっと巻き上げたあと、俺たちと準備ができてる奴らだけで脱出だ」
「大丈夫なんですか」
「なーに、帝国軍とは話がついてる。だから襲撃は上手くいっただろう?」
すべては仕組まれていた。貴族、海賊、帝国軍、それらの繋がりによって。
それを知った配下は驚愕から固まるが、うめくような声を出すと、うなだれる。
「お頭は凄いですよ。自分には到底できそうもないことをやってのける」
「この程度、まだまだ。個人的に気になるのは、古臭い宇宙服を着たという奴だな。警備は潰した。なのに数十人をやった上で騎士を救出したとは、かなりの実力者。……本人の強さ以上に、支援する何者かの存在も厄介そうだ」
「お頭、あまり長居するのは」
「ああ、そうだった。他の奴らが生きてるうちにいくらか巻き上げて脱出するぞ」
最初こそ上手くいったが、決して状況は良いものではない。
ルガーはそれを理解しているからか、密輸品の入ったコンテナを配下と共に持つと、急いでその場から去っていく。
格納庫内部では、人型の機械同士による激しい戦いが繰り広げられていた。
まず帝国の騎士たちは、機甲兵に乗ったあと格納庫を制圧した。
だがそれからすぐに、宇宙に繋がる隔壁が破られ、船内に繋がる部分は閉じられる。
そのあと宇宙の方から、海賊の乗る機甲兵が次々とやって来たのだ。
「騎士様たちはなんとも大変なことだね」
「まるでスポーツを観戦しているかのような気軽さですが」
「画面の向こうの戦いってのは、ある意味そういうものだろうさ」
その一連の状況を、メリアはカメラ越しに眺めていた。豪華なソファーに座って足を組み、ドリンクを口にしながら。
ファーナは格納庫での戦いはどうでもよさそうに船のハッキングに意識を向けるが、幼い子どもであるソフィアだけは心配そうにしていた。
「果たして大丈夫なのでしょうか。数の違いがかなり……」
「どうだろうね。訓練を受けて専用のものに乗ってる分、騎士の質は高いはず。ただ、海賊の方も経験はあるだろうし、これだけ用意してるということは、騎士対策があるのかもしれない」
カメラの向こうでは白兵戦が行われている。
騎士側の火器の類いは取り外されるか壊されており、使うに使えない状況であるからだ。
海賊側は大型のマシンガンなどを容赦なく使っているが、仲間を盾にされたりするため、なかなか騎士に損傷を与えることができない。
「よくもまあ戦える。武装は制限され、数で負けてるってのに」
「わたしが遠隔操作する際の参考になります。一度、メリア様が乗っていたものと同じような作業用機械を、量産してみましょうか」
「それは勘弁してほしいね」
「どうしてですか?」
「自分で改造し続けたから、なんだかんだ愛着がある。世界で一つだけの、自分だけの機械ってな具合にね」
メリアがそう言うと、ファーナは何か考え込む様子になり、しばらく黙り込む。
その間にも格納庫では戦いが続いていたが、突然ファーナはメリアの前に立つと、しゃがんで目線を合わせた。
「メリア様」
「何も聞かないという選択をしたい」
「駄目です。ここにいるのは、あなたを主人と認めて付き従う、銀河で唯一の存在です。しかも色んな機械を動かしたりハッキングもできます。ついでに可愛らしいです」
「……で?」
「メリア様だけのファーナです。愛着がわきませんか?」
その質問に対し、メリアは無視をした。
もっと言うと、そこに何も存在していないかのように振る舞ったのである。
「ソフィア、何か食べ物か飲み物はいるかい? ここにはあたしたち二人だけなんだ。多少の我が儘なら聞いてやらなくもないよ」
「えっと、あの、ファーナが怒ってるような」
「そんな名前の奴は知らないね。知り合いかい?」
近くで聞いていたソフィアがやや心配に思うほどの徹底ぶりであり、当然ながら無視されたファーナは行動に出る。
軽くジャンプして飛びかかると、背中にしがみついた。
大きさは少女程度とはいえ、機械の身体であるため人間よりも圧倒的に重く、メリアは苦しげな声を出す。
「ぐっ、ううぅ……」
「同じ大きさの人間よりも重い機械です。いつまで無視できますか? 謝るなら、離れてあげなくもないですが」
「……ソフィアが何もいらないなら、あたしは休むことにするよ。セレスティアに到着するまで、まだ時間があることだし」
「は、はい……」
豪華な船室にふさわしい、大きく清潔なベッドに横になるメリアであり、これにより重さによる影響はほとんどなくなる。
「メリア様ったら強情ですね。しかし、それならこちらにも考えというものがあります」
ファーナはしがみついているので両手と両足が使えない。
なので目の前の首筋に息を吹きかけた。
無視していてもビクッと身体が反応するので、ファーナはさらに息を吹きかけようとした。
だが、いつの間にかビームブラスターが向けられると、最大出力のものが放たれる。
「おっと、手が滑った。まあいいか、非殺傷設定だし」
「……やってくれますね」
このまま、争いが発展していくかと思われたが、それを止めたのはソフィアだった。
少し大きな声で二人を呼ぶと外を指差した。
「お、お二人ともっ、外で何か起きてます!」
「ファーナ、離れろ。おふざけは終わりだ」
「はい」
メリアたちのいる船室は、通路ではなく大きな空間に接している関係上、小さいながらも外の様子を見ることのできる窓がある。
普段はカーテンで隠されていたが、こっそり窓から外を見てみると、離れたところでなにやら数人の海賊に脅されている乗客が存在した。
武器を向けられ、金品を差し出したあと、足早に船室へ戻っていく。
「とうとう来たか」
「どうしますか?」
「戦うか、やり過ごすか……」
相手は数人。やろうと思えば、ファーナもいるので安全に倒せる。
しかしそれは大勢に知られることに繋がり、色々な意味で目立ってしまう。
そうなれば、海賊がどうにかなったとしても、乗客を通じて帝国軍から目をつけられる。
もし、自分たちの身分証が偽造したものであると気づかれたなら、非常にまずい状況となるわけだ。
「こちとら犯罪者だ。客の金が奪われてるだけなら見過ごす。この船に乗ってるのは金持ちばかりだからね」
「わたしたちのように特別な方法で乗っている、お金のない人がいるかもしれません」
「それならそれで、今回の出来事に対して被害を受けた乗客には、たっぷりと金が支払われるはず」
しばらくすると、持ち運べる量が限界になったのか、乗客から金品を取っていた海賊たちは立ち去っていく。
「てっきり、もっと奪うかと思ったけれど……意外と殊勝な海賊だね」
「わたしたちのところに来なかったので、一安心といったところです」
それから格納庫の戦いがどうなっているか、表示している画面を見に戻ると、全体的に騎士側が押していた。
途中までは互角だった海賊側だったが、突然足並みが乱れ、そこを各個撃破されていったのである。
これにより、機甲兵に乗った騎士が船内に向かい、人質の無事が確認されたことで外にいる帝国軍も一気に動き始めた。
「ひとまず無事に済んでなにより」
「メリア様、怪しい船が離れていきます」
「海賊の中でも目端の利く奴らだろうね」
なぜか怪しい船を止めようとしない帝国軍だが、それは豪華客船が最優先だからだろうとメリアは納得する。
そして一度深呼吸をした。
「……ファーナ、ハッキングの状況は?」
「推進機関までいけます」
「よし、犠牲者が出ない程度に加速」
「わかりました」
海賊のあれこれが終わったものの、今の段階で帝国軍に保護されると一番近い惑星に送られてしまうため、セレスティアへは到着できない。
それでは意味がないので、メリアはファーナに命じて船を加速させた。
これに帝国軍は慌てるが、まさか撃沈するわけにもいかない。
内部には数千もの人々がいるのだから。
「お二人とも、これでいいんでしょうか?」
「ソフィアは心配しなくとも大丈夫だよ。今なら何をやっても、海賊のせいにできる」
「メリア様も海賊ですけどね」
「あら? 今の“私”は運良く懸賞に当選し、娘と共に旅行途中の乗客なのに。……なので騎士たちにも怪しまれない。船の暴走は、海賊が苦し紛れに仕掛けた嫌がらせという風に認識されるから」
わざとらしく言ってみせるメリアであり、それが正しいことは、数十時間後に帝国の首都星であるセレスティアが見えてくることで証明された。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます