第12話 騎士の救出

 「いたぞ! 追い詰めろ!」

 「ちっ、そろそろまずいか」


 豪華客船が宇宙海賊の襲撃を受けてから、既に数時間が過ぎていた。

 船内で海賊と戦うメリアだったが、多勢に無勢なこともあって少しずつ追い詰められていく。


 「メリア様、右側の通路に十人、左側には五人」

 「少ない方を突破する」


 相手が少数なら、自分から仕掛けることができた。

 しかし、三十人ほどを仕留めてからは、海賊の方もまとまった人数で行動するようになるので、逃げるのを優先するしかない状況が増える。

 武器は倒した相手から奪えばどうにでもなるが、常に動き続けるせいで体力的な限界が近くなりつつあった。


 「ここは通さねえ! 死ね!」

 「その程度で止められるもんかい」


 船内の通路で撃ち合いが始まり、正面から五人を倒してみせるも、疲労のせいもあって被弾してしまう。

 そのせいで宇宙服には、いくつもの赤い染みができた。腕や足、そして胴体にも。


 「ぐっ……実弾か。ビームじゃなくてよかったよ」

 「メリア様、なんとか船の一部を掌握できました。隔壁を閉じます」


 数時間の間にハッキングは順調に進んでいたようで、ファーナの報告が届くと同時に通路の一部では隔壁が降りていく。


 「海賊を数十人ほど閉じ込めることができました。向こうがどう動くとしても、しばらく時間は稼げます」

 「それは嬉しいことだね」


 ひとまず休む時間ができたメリアであるが、ずっとそのままではいられない。

 相手は外部から宇宙船に侵入してきたのだ。隔壁を物理的に突破する手段を持っていることは確実。


 「いたた……まずは状態の確認からか」


 ちょうど近くにスタッフ用のトイレがあるため、メリアはそこに入ると宇宙服を脱いでいき、鏡を利用して自らの怪我の具合を見ていった。

 だが、異常に気づき表情は険しいものとなる。


 「なんだい、これは」


 撃たれた場所からは血が出ていたが、驚くことにもう塞がりつつあったのだ。

 しかも、内部から押し出されるように弾丸が出ると、軽い音を立てて床に落ちる始末。

 すぐにメリアは宇宙服の通信機能によってファーナと連絡を取る。


 「あたしの身体がおかしくなっている」

 「それはきっと、初めて会った時に注射したナノマシンの影響であると思います。適合が進んでいるのでしょう」

 「……くそっ、嫌なものを思い出した」

 「死んでも死ねなくするものなので、ご安心を。銃弾の一つや二つでは死ななくなるので、思い切った方法が取りやすくなります」

 「なにがご安心をだ。この馬鹿!」


 通信越しに罵倒したメリアは、盛大なため息をつく。

 生命維持装置のハッキング、ナノマシンの注射、そして口内からの遺伝子の採取という、ろくでもない出会いを思い出したせいで。


 「今思い出しても腹が立つ。人様に勝手に口づけして……」

 「もしかしてわたしは、メリア様の初めてを奪ってしまいましたか?」


 軽口なのか素で言っているのか不明だが、ファーナのその言葉にメリアは拳を握る。


 「……ここにお前がいなくて残念だよ。いたら弾切れになるまでアサルトライフルをぶちこめるってのにねえ」

 「初めてだったんですか? それとも違うんですか? どうなんですか」

 「今どういう状況かわかって言ってるのかい。このクソ人工知能は」

 「海賊から追われていたが、隔壁を閉じたことでしばらく休める時間ができました。だからこそ、こういう質問ができるわけです。……それでどうなんですか?」


 自慢そうに言い切るファーナであり、妙にしつこくもあった。

 メリアとしては無視してもよかったが、事あるごとに質問されても鬱陶しいので、苛立ち混じりに答える。


 「初めてだよ初めて。これで満足か?」

 「へえー、なるほど、わたしが初めてですか。ふふーん、だからメリア様とのキスの味は不思議な甘さが」

 「黙れ。そんなことよりも、海賊相手に次どうするかが大事だろうが」

 「ところで、もう一度キスをするというのは?」

 「死ね!」


 これでこの話はもう終わりとばかりに切り上げると、メリアは洗面台で軽く顔を洗い、宇宙服を着てからトイレを出ていく。


 「隔壁を操作できるなら、騎士のところまで誰にも遭遇せずにあたしを案内できたりは?」

 「難しいです。見張りとかがいるので」

 「なら、隔壁を大量に閉じて一度分断する。そしてあたしが少しずつ倒して進む。これだったら?」

 「……なんとか行けると思います」

 「急ぐよ。さっさと騎士を助けて海賊を押しつけたい。そうすれば、乗客のふりをしても大丈夫なようになるからね」


 巨大な宇宙船には、船体に穴が空いた時の備えとして、空気がなくなるのを防ぐための隔壁が一定の間隔で存在している。

 ハッキングしたファーナがそれを一気に閉じることで、海賊側の人数という利点は一時的に無力化した。

 メリアは案内に従い、小分けになった海賊たちを倒していくと、やがて一つの部屋に到着する。


 「誰だ?」

 「誰だっていいだろ。海賊をどうにかしたいと考えてる者だよ。とりあえず、帝国の騎士様を助けにきた」


 部屋の中には、縛られて身動きできない男女が二人いた。

 協力して脱出できないよう念入りにやられていたので、メリアはビームブラスターの威力を抑えて拘束を焼き切ることで二人を解放する。


 「すまない、助かった……」

 「しかし、その怪我は」


 血によって所々が赤く染まっている宇宙服を目にし、二人の騎士は心配そうにする。

 だが、宇宙服の下にある肉体はナノマシンのおかげで既に治っており、これといった問題はない。

 それを隠しつつメリアは話をしていく。


 「見ての通り、一人じゃ大量にいる海賊を相手にするのは限界がある。乗務員とかに武器を渡して、囮になってもらってもよかったんだが、そしたら海賊が乗客に何をするかわからない。だから、あとは騎士様たちに任せたい」

 「……そう言われては全力を尽くすしかない」

 「そうですね。正体は気になりますが、今は海賊をどうにかするのが先」


 海賊から現地調達した武器を手渡したあと、メリアは騎士たちに尋ねる。


 「そういえば、騎士というのは貴族に仕えているとのことだが、仕えている家を教えてもらっても? こっちで残りの騎士を助けるから」

 「リープシャウ家に仕えているブルーノと申します」

 「では私も。アスカニア家に仕えているフリーダです。先を急ぐのでこれで失礼します」


 軽く手足の状態を確認したあと、武器を手にした二人の騎士は出ていった。

 その後ろ姿を見送ったメリアは、わずかに首をかしげる。


 「リープシャウとアスカニアの騎士、ねえ。意外と真面目そうだったが……あれでソフィアの敵かもしれないわけだ」

 「情報が足りないので、判断が難しいです。そうであるとも、そうでないとも言えます」

 「まあいい。次の騎士のところへ」

 「はい」


 時間と共にハッキングは進み、そのおかげで楽に海賊を倒しながら騎士を助け出すことができる。

 救出できたのは、ブルーノやフリーダを含めて全部で六人。

 全員が格納庫を目指して移動しており、その目的が機甲兵なのは明らか。


 「ふう……やっと休めそうだよ」

 「ですが、格納庫付近には結構な人数がいます。大丈夫なのでしょうか?」

 「さあね。海賊よりは強いことを祈っておくよ」


 メリアは宇宙服を脱ぐと、身体についた血を洗う。

 穴の空いた服のままではまずいため、新たな服を調達する必要があるが、それについては船内の色んな店舗がある一角へスタッフ用の通路を歩いて向かう。

 乗務員や店員は、自主的に閉じこもっているのか見当たらない。


 「せっかくだ。タダで買い物させてもらおうか」

 「それって泥棒ですね」

 「血を流して海賊相手にやり合ったんだ。これくらい別にいいだろうさ」

 「店があるエリアのカメラは既に切ってあるのでお好きにどうぞ」


 在庫の置かれているバックヤードでサイズの合う服を漁ったあと、血のついた服と宇宙服は大きな買い物袋に入れて、怯える乗客のふりをしながらメリアは船室へと戻る。

 ついでに食料品の類いもタダで取っていく。

 道中、誰も出歩いていないので姿を見られることはなかった。


 「戻ったよ」

 「お帰りなさい」

 「あ、危なくなかったですか?」


 逐一状況を把握していたファーナはともかく、通信の内容を知らないソフィアは、どこか心配そうに声をかけてくる。


 「危なかったよ。でも、こうして戻ってきた。あとは騎士様たちの頑張り次第だ」

 「上手くいくといいのですが……」


 不安そうなソフィアを無視して、メリアはお湯を入れるタイプのインスタント食品を食べていく。

 豪華客船には場違いに思えるものだが、これを置いてた店は、目立たない形で取り扱っていた。


 「どんな結果になろうと、まずは休む。もしも騎士様がやられたら、またこっちから仕掛ける必要があるからね。あとは動き回ったせいでお腹が空いて疲れた。それとファーナ、格納庫辺りの映像とか出せないかい?」

 「カメラから見える部分のみであれば」


 船室の端末を利用し、画面に映像が映し出された。

 斜めからの視点しかないが、それでも大まかな状況はわかる。

 帝国の騎士たちは何組かに分かれて戦闘を開始し、少しずつだが押しているのが見える。


 「騎士は生身でもそこそこ強い、と」

 「この分だと機甲兵に乗り込めそうです」

 「なら、もう勝ったようなものだね。その間に服の血をシャワーとかで洗うか」

 「その後を見据えての行動ですか」

 「ハッキングは進んでるんだろ? それも含めてだよ」


 メリアは船室に備え付けられている浴室に向かうと、着替える前の服や宇宙服についた血を洗い流す。

 作業自体は十数分ほどで終わり、その間に騎士たちは全員が機甲兵に乗ったらしく、格納庫は制圧された。


 「よし、これであたしの出番はなくなり、可哀想な乗客として思う存分に振る舞える。今のうちに乾杯でもしようか。未来の公爵閣下殿?」

 「えっと、はい。あ、メロンソーダありますか?」

 「……ここにはないから、あとで取ってくるよ。さてファーナ、騎士様たちの戦いぶりを中継しといてくれ。見世物や興行としてそこそこ楽しめるだろうから」

 「やれやれ、わかりました」


 一度船室を出て様々なドリンクを持ち帰ったメリアは、騎士たちが海賊を蹴散らしている状況を画面越しに眺めつつ、ソフィアと共にのんびりとした様子で飲んでいく。

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