第10話 海賊の襲撃

 「あなたの美しさに惹かれて声をかけてしまいました。隣、いいですか?」

 「ええ、どうぞ」


 出港から二日目、情報集めのために船内のバーで飲んでいたメリアだが、早速その美貌に釣られて乗客らしき男性がやってくる。

 身なりからして、どこかの会社の社長といったところ。

 意外と若いので、親から引き継いだか、あるいは結構なやり手と考えていい。


 「私は感謝しないといけません。今日この時、素敵な女性と出会えたのですから」

 「素敵な女性と言ってくれてありがとう。私はリアと言います。あなたは?」

 「ルガー。小さな会社の社長ですよ」


 メリアはまず、堂々と口説いてきた男性から情報を集めようとする。

 カクテルを一口飲み、唇を湿らせると、髪を耳にかける仕草をしつつ微笑む。


 「ふふ、小さいと言っても、惑星一つ分の顧客があったりするのではないですか?」

 「そうですね。共和国には有人惑星が千近くあります。まあ帝国も同じくらいあるのですが」


 有人惑星と一口に言っても非常に幅広い。

 数万人しか暮らしていないところから、百億を超える人々が暮らしているところまで様々。

 大きさにも違いがあるので、一日の長さにも差があったりする。

 人が少ない惑星の理由としては、過酷な環境ながらも希少な資源を採掘するため、豊かな自然環境の保護のためにあえて人を制限している、はたまた惑星そのものを刑務所としていたり、など。


 「惑星一つ分の顧客といえど、数十万人が暮らしているところで細々と。そんなところですよ」


 男性は酒の入ったグラスを持ち、小さく笑う。

 自分は小金持ちでしかないと。


 「お恥ずかしい話をしましょう。私は割れるガラスでできたグラスを見た時、少し驚きました」

 「あら、それはどうして? 宇宙では珍しいとはいえ、地上ではありふれているのに」


 宇宙では、特殊な製法で作られた割れないガラスが一般的だった。

 なにせ、いつ急激に動くかわからず、地上よりも揺れる機会は多いために。

 もし割れた破片が無重力の中を漂えば、面倒なことになるのは予想できてしまう。

 とはいえ、それでも皆無というほどではない。

 宇宙港のような安定した場所では、触れる機会は幾度もある。


 「ただ単純に、もったいないなと。割れたら掃除は大変。目に見えないほど細かい破片が出たりするので」

 「ああ、わかります。それでいつのまにか怪我していたりとか」


 最初は他愛ない話題、そこからメリアは一気に踏み込む。


 「そういえば、この船には帝国の人とか乗っていたりするんでしょうか? ルガーさんはこういった船に何度か乗っているのでしょう?」

 「共和国と帝国では、慣習の違いとかがありますから、すり合わせのために少数が乗っています。リアさんは、この船は初めてですか?」

 「はい。懸賞に当選したので乗ることができました。そうでなかったら、料金の問題から諦めていたと思います」


 共和国から出たことがなく、帝国のことを知らない女性という演技をするメリアであり、男性は納得したように頷く。


 「なるほど。それなら気をつけた方がいい。この船には、いざという時の備えとして、帝国の騎士が数人乗っていますから」

 「数人、ですか」


 メリアは首をかしげてみせた。

 数千人がいる豪華客船。

 その備えとして、数人というのはあまりにも少ないからだ。


 「ははは、ご安心を。騎士は全員が機甲兵乗りなので」

 「すみません。機甲兵というのは、いったいどのような……」


 今メリアが演じているのは、懸賞に当選して、やっと豪華客船に乗ることができた一般人。

 当然、軍事にも疎いふりをしておかねばならず、少しわざとらしいぐらいに知らないことを強調する。


 「簡単に言えば、人間が乗って動かす機械の鎧です。宇宙の工事現場とかで、人型の作業用機械を見たことはありませんか? 基本的にパワードスーツのような代物なのですが」

 「多少は」


 見たことがあるどころではない。

 実際に動かしていたこともあるし、なんなら改造して戦えるようにしてあったりするが、メリアは黙っていた。


 「あれを戦いに耐えられるよう発展させていったのが、機甲兵なわけです。大きさは三メートルから五メートル辺りが一般的です」

 「ですが、船の大きさに比べると……」

 「小さい、でしょう? 宇宙では艦船が、内部では機甲兵が。そういう組み合わせなのでご心配なく。主な役割としては、船から船への移乗攻撃などがわかりやすいものであるかと。特に海賊が襲撃に利用したりなど……」


 そこまで話したあと、男性は少し恥ずかしそうにする。


 「いやあ、すみません。つい盛り上がってしまって」

 「いえ、面白いお話が聞けたので。あ、ついでにもう一つお尋ねしたいことが」

 「なんでしょう?」

 「確か、騎士というのは貴族に仕えています。となると、この船にいる騎士の方々は、どこの貴族の人に仕えているのかな、と」


 これが本命だった。

 いきなり聞いても教えてはくれるだろうが、その場合は騎士に、探っている者がいるという情報が行くかもしれない。

 酒の入った席で自然に聞き出すなら、そういう危険は減る。


 「私が乗っている時にいつもいるのは、アスカニア家とリープシャウ家。それ以外の騎士は、定期的に変わったりしていますね」

 「つまり、その二つの家の騎士だけ、ずっとこの船に?」

 「そういうことになります。仕えている家に、何か命じられているのかもしれません」

 「騎士の方々も、色々と大変なのですね」

 「どこも、上からの命令に振り回されるわけです」


 聞きたいことは聞けたので、そろそろ娘のところに戻らないといけないと言って、メリアはバーから離れる。

 そして自分に割り当てられた船室へ戻ると、すぐさまソフィアへと結果を話した。

 アスカニア家とリープシャウ家の騎士がいることを。


 「幼いながらも、アスカニア家の当主様なんだ。自分のところの騎士について何か知っているかい?」

 「……いえ、申し訳ありませんが、わたくしは知りませんでした。ほとんどのことは、生前の父と母に仕えていた人々に任せていたので」

 「普通は当主様に教えるはず。だがそうしないということは……力を借りようとするのはむしろ危険か」


 まがりなりにもソフィアは貴族。

 伝えないということは、別人に仕えていると考えていい。あるいはなんらかの方法で取り込まれたか。

 そうなると候補として有力なのは、叔父であるエルマー・フォン・リープシャウ。


 「……これだから貴族って奴は」


 今はまだ気づかれていない。

 しかし気づかれた時には、すべてが終わる。

 姪を事故によって葬ろうとした叔父なのだ。

 当然、協力者を見逃してくれるはずがない。


 「メリアさん、わたくしはどうすればいいでしょうか?」

 「……残りの日は、船室でおとなしくするしかないだろうね」


 窓代わりに宇宙を映すスクリーンの方を見る。

 共和国から帝国の領域へと入ったからか、護衛の船は交代していた。

 首都星の近くに、武装した共和国の船を近づけたくないわけだ。


 「わかりました。残念ではありますが、致し方ありません」

 「ま、ミュージカルや映画とかは、船室の端末からでも見ることはできる。その場で見る臨場感とかは味わえないが」


 一応、船室にいてもある程度は楽しめる。

 そうでなくては、体調を崩して出られなくなった乗客から不満の声が出てくるために。

 とりあえず、今は我慢してもらうしかないと考えるメリアだった。




 「さて、残り二日。何事もなければ到着するが……」

 「メリア様、少々気になることが」


 騎士がいることを知ってからは、メリアはソフィアと共に船室に引きこもる日々を過ごす。

 端末越しとはいえ、意外にも退屈しない日々だったが、何か気になることがあるのかファーナが報告をしてくる。


 「どうした?」

 「スクリーンの方を見てください」


 言われて見てみるものの、護衛の船以外、これといったものはない。

 

 「護衛の船がいるだけだが」

 「なんだか動きが怪しいのがいるんです。ほら、あそこ」


 ファーナが指で示す先には、ほんの少しずつ近づいて来ている護衛の船が確認できる。

 他の船は豪華客船からは一定の距離を保っていることから、怪しいといえば怪しい。


 「まだ叔父には気づかれてないはずだが」

 「そうなると、別の問題でしょうか?」

 「……あと少しだってのに」


 メリアが軽くため息をついたその瞬間、船は大きく揺れた。

 テーブルに乗っていた物が床に落ちるほど。


 「な、なんだ!?」


 船を守るシールドは軍艦と同等か、それ以上に強固である。

 ビーム砲は当然として、高速で飛来するデブリの類いであっても、よっぽど大きくないなら何事もないかのように防いでしまう。

 にもかかわらず、大きく揺れたということは、シールドの内側に何者かが潜り込み、外部から何か仕掛けていることの証明であった。


 「乗客の皆様、この船は現在攻撃を受けています。焦らずに脱出艇へ──」


 すぐさま船内全域に向けた放送が行われるが、それは唐突に中断した。


 「──あー、あー、この船は既に俺たちルガー海賊団が乗っ取った。ブリッジはもうすぐ制圧する。乗客の皆様においては、有り金を置いていってもらおうか。抵抗しないなら命までは取らない。金持ちな皆様にゃ、その意味がわかるはずだ」


 数分が過ぎると放送は再開されるが、それは非常によろしくない状況を伝えるもの。

 メリアは舌打ちすると、壁を蹴飛ばした。


 「くそっ、どこのどいつだ! 人様の仕事の邪魔をしやがって!」

 「ずいぶんとあっさりやられたようですけど、外の護衛や船の警備は何をしていたんでしょう」

 「知るか。重要なのは、もう少しで楽して結構な報酬が手に入るって時に、面倒な邪魔が入ったってことだよ」


 そのあとも罵詈雑言を口にするメリアだったが、落ち着いたのか外の様子を確認する。

 混乱が起きているのか、どこか動きに乱れが出ていた。

 すぐに来ないところからして、動くに動けない状況であるようだ。


 「ちっ、動かないということは、この船にいる数千人が人質か」

 「メリアさん、脱出艇に急ぎますか?」

 「あたしらは偽造した身分証で乗っている。脱出艇で逃げたところで、詳しく調べられたらバレる。それにわざわざ放送してくる海賊が見逃してくれるとも思えない」


 護衛がいる豪華客船に仕掛けてきたということは、ほぼ確実に海賊の内通者がいると考えていい。

 乗客か、乗務員か、あるいは護衛の方にもか。


 「そしてそれ以前に、このままじゃ期限内にセレスティアへ到着できない」


 もしも運良く、海賊が有り金を奪うだけで済ませ、自分たちを含めた乗客が無事であったとしても、船が一番近い惑星に向かうことは確実。

 なので期限内にソフィアがセレスティアに到着するのは不可能となる。


 「適当に海賊から船を奪う……? いや、セレスティアの軌道上で撃墜されるだけ……この船なら行けるとしても……」


 ソフィアが公爵位を相続できないと、メリアがこれまでにかけた費用はすべてパーになる。

 自分が手助けした幼い子が公爵になるからこそ、たっぷりのお礼を手にすることができる。

 できないなら、大金を無駄に失うわけだ。

 帝国の首都星セレスティアへ、ソフィアを送り届けること。

 それは今回の仕事における大前提である。


 「……駄目だ。まともな方法じゃどうあっても無理。ファーナ」

 「はい。なんでしょう?」

 「この船をハッキングして動かせるか? あたしの宇宙服の生命維持装置にしたように」


 もはや色々と気づかれる前提の行動を取るしかない。

 メリアはため息をつく。とても大きなため息だった。


 「できなくはないです。ただ、海賊にバレて武装した者を送り込まれる可能性が」

 「……仕方ない。海賊はあたしの方で少しはどうにかする。とにかくセレスティアに向かうようにしておけ。いいね?」

 「はい」


 今後やるべきことは、海賊相手に戦って注意を引きつけるというもの。

 荷物の入っている大型のキャリーバッグを引っ張り出すと、中身を取り出していく。

 まずはいつもの宇宙服。そして次に複数のビームブラスター。ただし、非殺傷設定のみしかない合法な代物。


 「ファーナ。ソフィアお嬢様の護衛は任せた」

 「お任せください。あ、ビームブラスターは一つ借ります」


 メリアは宇宙服を着てヘルメットを被り、自分の素顔や姿を隠すと、ビームブラスターを手にして船室を出た。

 放送のせいか、ほとんどの人は船室に閉じこもっている。

 出歩いているわずかな人々も、これからどうなるのか不安そうにしていた。

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