第9話 乗客として紛れる

 共和国にいくつもある惑星の一つ、その軌道上にある宇宙港には、そこそこ豪華な宇宙船が存在する。

 特徴としては、とにかく大きい。一キロメートル級のアルケミアに匹敵するほど。

 三千人の客を乗せ、帝国の首都星セレスティアへと直行する予定の豪華客船であり、護衛らしき軍艦もいくらか近くにいる。

 そんな旅行会社が手配した船に、乗客としてメリアたちは乗り込んでいた。


 「……乗客として乗り込めた。あとは到着するのを待つだけ、と」

 「ふむふむ。これが旅行会社の船ですか。武装がない分シールドを強化して、客のための脱出艇が多い。色々と参考になりますね」


 何日もかかる旅なこともあって、用意される個室は広く快適な部類。

 おかげで、四六時中演技をしなくて済むことにメリアはほっとしたが、その時ソフィアが頭を下げる。


 「あの、ありがとうございます。お礼は必ず……」

 「ああ、もちろん、お礼はあとでたっぷりと貰うつもりだよ。未来の公爵閣下殿」


 ソフィアは緊張した様子でいたが、メリアは堂々とくつろぎながら、笑みを交えて言う。

 これにファーナは少しだけ首をかしげた。


 「メリア様、だいぶ急いでいましたが、やはり報酬を貰う予定ですか」

 「ふふん、当たり前だ。こんな美味しい話は独り占めするに限る。違うかい?」


 銀河の三分の一を支配している帝国。

 その公爵ともなれば、貴族という特権階級の中でも上位に位置するため、政治的にも経済的にも国を動かすことのできる立場にある。

 普通なら、海賊程度がお近づきになることなどあり得ない。

 しかし、このソフィアという幼い少女は、公爵の位を相続する権利を持っているときた。

 メリアからすれば、恩を売ったあとどう回収するかで、つい笑みが出てしまうわけだ。


 「ま、とにかく急ぐ必要があった」

 「だから、ディエゴという人が詳しく聞こうとしても話さなかった、と」

 「そうだよ。もし話してたら、俺にも一枚噛ませろと首を突っ込んできたのは間違いない。場合によっては、他の海賊も関わってこようとするだろう」


 話をしながらも、船室にある冷蔵庫からドリンクを取り出し、それが当然のように飲んでいく。


 「ふう、あとは……その前にトイレに行くか。ファーナも来るんだ」

 「はい」


 船室一つ一つにトイレがある。

 完全な個室なので、よっぽど大きなものでない限り、話し声はソフィアには聞こえない。

 

 「お嬢様には聞かせられないものがあることだし、ここでさっきの続きといこうか」

 「お願いします」

 「あたしが急いで助けたという事実は、あの子にとって大きい。そこで、あたしという恩人が望めば、それなりのものが手に入るだろうというわけ」

 「ああ、そんな、メリア様が幼い子を食い物にしようとしています……」


 どこか悲しげに顔を伏せるファーナだったが、口にした言葉の調子からして、本心ではないのは明らかだった。


 「臭い演技はやめろ」

 「少しは合わせてくれてもいいのでは。……実際のところ、どこまで手に入れようと考えていますか?」

 「手っ取り早いのは大金。しかし、どうせなら公爵領にあるだろう資源惑星とかの権利を貰えたら良いんだけどね。継続的な収入の有無は大きい」

 「勲章とかの可能性もありそうですが」

 「けっ、勲章なんてゴミはいらないよ」


 肩をすくめてみせるメリアであり、これは紛れもない本心であった。


 「もしかすると、爵位とか領地とかを貰えたりは」

 「ないない。帝国の貴族ってのは結構厳格なものでね。よっぽど大きい活躍をしたとかじゃないと。それに、あたしはなるつもりはない」

 「そんなものですか」

 「そんなものだよ。なんだかんだ銀河は安定してるからね」


 小競り合いは起きても、本格的な戦争になるほどではない。

 だからこうして、共和国から帝国の首都星への旅行が行われ、メリアたちが客として潜り込むことができた。


 「今は伯爵なソフィアお嬢様。あの子が公爵になったあと個人的に譲れるようなものが、報酬としては期待できる。あたしのことを好ましく思ってもらえれば、色々要求しやすくなるわけだ」

 「なのに、結構冷たい態度を?」

 「最初は冷たく。そのあと優しく。そうするとお礼の規模も大きくしやすいってものさ」

 「メリア様ってば、なかなかに悪人です。そうなると、この船にいる間は優しくするんですか? 甘やかしたりとか」

 「まあそうなるね」


 メリアが頷くと、ファーナは少しばかりむっとした表情になる。

 内心に留めず、表情に出しているのは、あえて気づかせる意味合いがあった。


 「……なんだいその顔は」

 「ソフィアという子への嫉妬ですが」

 「十歳前後の子どもに嫉妬するな」

 「やれやれ、メリア様は心というものをわかっていません。まずはわたしに優しくして甘やかすべきでして」

 「……人工知能の心、ねえ」

 「あってはいけませんか」

 「いや、あった方がいいよ」


 そう言ったあと、メリアはファーナの頭を軽く撫でた。

 優しくして甘やかすという要求を、少しは叶えてやろうと考えての行動である。


 「そうそう、これですよこれ」

 「もういいかい? これ以上長くトイレにいるのは変に思われる」


 ある程度の話が済んだあとトイレから出ると、どこか落ち着かないソフィアの姿があった。

 視線が扉の方へ向いているところからして、宇宙の豪華客船に乗るのは初めてなようだ。


 「こういう船に乗るのは初めて?」

 「ええと、はい」

 「それにしたって、そわそわしているね。貴族なんだから自前の宇宙船があるだろうに」

 「ここまでたくさんの人が乗っているのは、初めて見ました。いつも、わたくしと従者の人、それに船員の方々だけしかいないものですから」


 現行の宇宙船を運用するのに必要な人員は、それほど多くはない。

 多くの部分で自動化されているために。

 しかし、豪華客船ともなるとそうはいかない。

 大勢の乗客に、その対応を行う乗務員。

 それらすべてを合わせれば、今乗っている船には五千人以上が存在している。


 「だいたい何人くらいだった?」

 「百人にも届かなったと思います」

 「そりゃあ、落ち着かないか。なにせ、この船には数千人がいる」

 「……あの、船の中を出歩いても……」


 ソフィアはもじもじとしながらも、豪華客船の内部を歩きたいと申し出た。

 これにメリアは迷う。

 公爵位の相続を巡り、ソフィアは叔父上とやらに狙われているため。できる限り人に見られない方がいい。

 だが、こういうところで優しさを見せれば、公爵になったあとの彼女から、色々と要求がしやすい。

 なにせ相手は十歳前後の子どもなのだから。


 「さて、どうするべきか……」


 安全を取り、部屋でおとなしくさせるか。

 危険ながらも一緒に部屋を出てしまうか。

 数十秒ほど悩み続けた結果、メリアは軽く息を吐いた。

 上手くいけば、公爵相手に報酬を要求できるこれ以上ない機会。

 だからこそ、このように姿を晒して行動している。


 「あたしたちは、運良く懸賞でこの旅行を当てた庶民の親子だ。それを演じれるかい?」

 「が、頑張ります」

 「駄目そうならすぐここに戻る。それとファーナは留守番だ」

 「拒否していいですか?」

 「却下。人の姿をしたロボットとずっと一緒じゃ、目立つだろう」

 「……致し方ありません」


 不満そうなファーナに留守番をさせると、メリアはソフィアの手を握る。


 「偽造した身分証明書の通りに。あたしはリア」

 「わたくしはソフィー、ですね」

 「それじゃ、行くとしようか」


 既に船は出港しており、窓代わりに外部を映すスクリーンからは、遠ざかる宇宙港と惑星を見ることができる。

 出歩く人の数は、それなりといったところ。

 出港したばかりなので、しばらくは船室でのんびりする人が大半なわけだ。


 「ソフィー、お母さん行きたいところがあるんだけど、先にそこへ行ってもいいかな?」

 「ええと……うん」


 海賊としてではなく一般人として振る舞うメリアに、どこか面食らった様子のソフィアだったが、すぐにそれどころではなくなる。

 向かう先は、船内のカジノであったからだ。


 「お母さん、ここは……」

 「社会勉強する場所」

 「さすがに違うと思いま……思う」

 「一回だけだから。ね?」


 まずはスロットマシンに挑むメリアだったが、当たりは出ないまま、用意したコインはすぐに尽きた。


 「くそ……全部外れだと。イカサマだろ」

 「あの、そろそろ別のところに」

 「……ええ、そうしましょうか」


 カジノで損をした程度で怒っては、きりがない。それに悪目立ちもする。

 苛立ちを心の中に隠すメリアであり、次はソフィアの行きたいところに行くことを伝える。

 そして次に向かうのは、本物の草木が植えられた公園。

 厳格な管理によるものか虫の類いはおらず、宇宙にいながらも地上に似た環境を手軽に楽しめる。


 「……金持ちってのはまったく」


 わざわざ宇宙船の中に公園を作るということ。それはお金と空間の無駄遣いにしか思えないため、メリアは呆れ混じりに呟く。


 「嫌なところですか」

 「いいえ。お金というものは、あるところにはあるんだなと思っていただけ」


 二人は小さなベンチに並んで座り、上を見上げた。

 天井一面に広がる特殊モニターが、朝から夜までの時間の流れを映し出している。今は朝だったが、数時間もすれば変わるのだろう。


 「でも、ソフィーはどうして公園に? 地上のある惑星に行けば、いくらでもあるのに」

 「その、宇宙船の中の公園というのが気になって」

 「なるほど。それは確かに。一度は見てみようと思える」


 何気なく木に触れると、人工物ではない何かを感じ取れる。

 それはただの錯覚かもしれないが、惑星に降りることなど滅多にないメリアにとって、本物の草木というのは非常に珍しい代物。

 しばらくの間、ソフィアを放っておいて葉っぱや木の幹などに触り続けていた。


 「お母さん。娘を置いていくんですか」

 「……おっと、いけないいけない」

 「意外と楽しんでいますね」

 「まあ、今から一週間、ずっとこの船の中だから、楽しんでおいて損はないはず」

 「娘よりも楽しむのはどうかと思います」


 少しだけ不機嫌なソフィアを見て、さすがにやってしまったかと考えるメリアだが、それは杞憂に終わる。


 「……次の場所に行きましょう」


 手を握って引っ張っていくソフィアであり、メリアは逆らうことなく相手のしたいようにさせる。

 それは一見すると、奔放な娘に振り回される母親という風に思えるが、実際は親子を演じているだけの赤の他人でしかない。

 映画館や劇場といったところもあるが、時間の問題か、上映などは数時間後であることが乗務員によって知らされる。


 「ひとまず戻ります」

 「途中で何か食べ物とか飲み物とかは?」

 「……少しだけ」


 そのあとは、食べ物や飲み物と共に船室へと戻る。

 時間になるまでこれといってすることがないため、軽く食べたり飲んだりしている最中、メリアはソフィアへ質問をした。


 「そういえば、ソフィアの言う叔父上とやらの名前を教えてもらえるかい?」

 「エルマー・フォン・リープシャウ。リープシャウ伯爵家の当主です」

 「ふむ……この船にリープシャウ家の者がいるかどうか、一度あたしだけで調べてみよう」

 「大丈夫ですか? 危険な気が」

 「問題ないよ。今は変装している最中。時間が経って人が多くなってきた時、あたしだけで出る」


 正体を知られていないからこそ、堂々と調べることができる。

 もしいるのなら、目をつけられないよう隠れ続けておき、いない場合は普通に旅行を楽しめばいい。

 一週間もの間、宇宙船という密室に閉じ込められている。しかも脱出手段はない。

 警戒しておくに越したことはなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る