第8話 警備艦隊からの逃亡

 警備艦隊の砲火は最初から激しいものだった。

 二十隻という数もさることながら、一隻一隻が五十メートル級であり、メリアの操縦する三十メートル級のヒューケラより大きいのだ。

 そのため砲の数と大きさで上回り、メリアは回避に専念するしかない。


 「ファーナ! お嬢様の身の安全を確保しておけ! あたしは気を配る余裕がない!」

 「わかりました」


 急激な加速と旋回は、船内にいる人間の肉体に負荷をかける。

 宇宙に慣れていて鍛練などの備えをしているメリアはともかく、そうではない幼い少女のソフィアには、かなりの負担となっている。


 「これが……宇宙での戦い、なのですね」

 「場所を変えますか?」

 「いいえ、わたくしはここで、見続けることにします」

 「では、このままで」


 機械の身体を動かしているファーナにとっては、船がどれだけ無茶苦茶な機動をしようが平気であるため、ソフィアの様子を見ながらも周囲の状況の確認も行う。

 具体的には、ヒューケラに接続して船体のカメラから外を見ていく。


 「メリア様、敵艦隊は二手に分かれる動きを見せています。このヒューケラと、向こうにあるアルケミアです」

 「質と数で上だ。そうなるだろうさ」


 メリアは吐き捨てるように言う。

 もし立場が逆なら、自分も同じような行動を選んでいたために。


 「どうしますか」

 「まずはワープゲートにいるアルケミアと合流して逃げる。……アルケミアの修理状況は?」

 「回収した残骸を利用していますが、まだ三割といったところです。内部を優先しているので、武装は手つかずです」

 「戦闘か逃亡か、迷わずに済んでありがたいね」


 現状の戦力では、どう足掻いても勝つことはできない。万が一勝てたとしても、次からは大型の戦艦などによる艦隊が出てくるだけのこと。

 今の宙域から逃れようとワープゲートを目指すが、少しばかり問題があった。

 ワープするには、数分ほどの準備が必要なのである。


 「ファーナ、アルケミアの方では今のうちにワープの準備を」

 「艦隊はどうしましょうか」

 「シールドで耐えな。あたしもすぐ向かう」


 何事もない時ならば、数分待つことは些細なもの。

 しかし戦闘の最中では、数分という時間はあまりにも長く、それだけ致命的な隙を晒すことに繋がる。


 「格納庫は開けておき、ヒューケラが突っ込んでも大丈夫なよう受け止める用意を。そしてそのあとすぐにワープだよ」

 「減速はしっかりしてください。メリア様が死んでしまうと、わたしは悲しいです」

 「……ファーナ、操縦室には客人がいるから言葉を選ぶべきだと思うけどね」


 操縦室にはソフィアもいるが、彼女が死んでも悲しくないという風に受け取れる言葉に、メリアはため息混じりに言う。

 それを受けてファーナは笑みを浮かべた。


 「うふふ、こういう時にそんな気遣いができるというのは、口が悪くても優しいことの……」


 話している途中、ヒューケラが回避のために急旋回するため、ファーナは最後まで言葉を口にすることができなかった。


 「お馬鹿。話すにしても、気を抜くんじゃないよまったく」

 「うぅぅ……動きが激し過ぎます」

 「文句は攻撃してくる帝国軍に言いな」


 ヒューケラの機動は、宇宙船でありながら戦闘機に匹敵するほどであるが、そのせいで船内にいる者は注意しなければならない。

 気を抜けば、内装にぶつかってしまうからだ。

 その他にもまずい状況は起きていた。


 「……くそ」


 計器類に表示される船体の状態を見て、メリアは忌々しげに呟く。

 改装が繰り返されているとはいえ、元々ヒューケラは中古のおんぼろ船。

 無茶な機動というのは、それだけで船体へのダメージに繋がっている。


 「ああもう、ワープゲートまでには距離があるし、アルケミアを狙っている艦隊の片割れが鬱陶しい」

 「小型でも戦闘機があれば、わたしが遠隔操作して援護できたのですが」


 後方から追ってくる十隻。そして側面から撃ってくる十隻。

 交差する砲火は非常に危ういが、メリアの操縦技術は、危ういところですべてを回避し続けている。


 「ファーナ! 砲の制御いけるか!?」

 「できます。どう狙うかは、わたしの判断でいいですか」

 「ああ!」


 回避に専念すれば、攻撃に意識を向けるのは難しい。特に、追われながらでは。

 ヒューケラには前方と後方に複数のビーム砲があり、ファーナはそれらの制御を掌握すると、警備艦隊の最も先頭を狙っていく。

 海賊船の武装では、軍艦のシールド相手に効果は薄い。

 とはいえ、多少の牽制にはなったのか、わずかに動きを鈍くすることはできた。


 「もうすぐアルケミアだ。状況は」

 「動かせる作業用機械を集めてクッション代わりにしています」

 「わかった」


 ヒューケラは一気に減速をする。

 宇宙空間で減速をすれば狙われやすくなるので、行うのはアルケミアの格納庫直前。

 ロボットなファーナはともかく、人間であるメリアとソフィアにはかなりの負担となるが、こうでもしないと正面衝突からの爆発という終わりを迎えてしまう。


 「う……これ、は」

 「苦しいだろうが我慢しな……! 死ぬよりはマシなんだ……!」


 格納庫内部にいる雑多な機械の群れに、減速しているとはいえ宇宙船が突っ込む。

 当然ながら、火花や小さな爆発が次々と起こるが、ヒューケラは破損しないギリギリのところで停止する。


 「ファーナ! ワープ!」

 「はい」


 その瞬間、準備が整っていたアルケミアはワープをする。

 これで一時的に安全は確保されたが、問題は山積みだった。


 「メリア様、このあとどうしましょう」

 「……ひとまず安全なところに避難する」

 「その、セレスティアへ送ってもらうことは……」

 「ソフィアお嬢様には悪いが、いくらか時間をもらう。何をするにしろ準備がいるんでね」

 「わ、わかりました……」


 幸いにも、警備艦隊はワープゲートを越えてまで追ってはこないので、来た時とは逆の道を数日かけて戻る。

 そして向かうのは、宇宙海賊のための宇宙港。つまりは、残骸集めの仕事をする前に状況が戻った形だ。

 巨大な船であるアルケミアは誰も寄りつかないような宙域に待機させ、メリアはファーナと共に宇宙港内部へ入る。

 ソフィアは他人に見られないよう、ヒューケラの中に待機させた上で。


 「それで、宇宙港に来た目的は?」

 「色々だよ。情報集めたり、ぶん殴ったり」


 エア・カーで内部を移動し、真っ先に訪れたのは修理工場。

 そこはディエゴという義眼の男性が工場長をしているところであり、メリアは拳の調子を確かめながら歩く。


 「ご用件はなんでしょうか」

 「工場長に会いたい。メリアとファーナが来たと伝えてくれればわかるはず」

 「少々お待ちください……連絡が来ました。案内するのでこちらへ」


 事前の予約などはしていないにもかかわらず、即座に会う許可が出る。

 案内された先は小さな建物で、中ではディエゴが一人で待っていた。

 休憩中なのか、ちょっとした飲み物や食べ物がテーブルの上に置いてある。


 「お、そっちから来るとは珍しい」

 「まずは一発殴らせろ」


 ドゴッ


 返事を聞く前にメリアは顔を殴り、ディエゴはその威力によろめいた。


 「ぐふ……いきなりこれはきついぜ」

 「光学迷彩したステルス艦をけしかけてきただろう」

 「まあな。あわよくばロボットちゃんを手に入れるつもりだったが、失敗に終わっちまった」


 特に悪びれた様子がないのを見て、メリアはもう一度拳を振るおうとするが、さすがに何度も殴られるのは勘弁してほしいのか、ディエゴは降参とばかりに両手を上にあげた。


 「待った待った。これ以上はせっかくの格好いい顔が台無しになっちまう。ああ、髪が」


 手鏡を使い、乱れた黒い髪を整えながら話す姿は、工場長というよりは遊び慣れている男性といった方が近い。


 「ふん、よくもまあ言えるもんだよ」

 「やれやれ、つれないな。……で、ここに来た用件は? まさかロボットちゃんを譲ってくれるわけでもないだろうし」

 「帝国の首都星、セレスティアへ向かうために必要なものを用意してくれ」


 だいぶいきなりな要求であるが、ディエゴは一瞬驚いただけですぐさま真面目な表情になると、テーブルの上にあるやや大きめな端末を起動する。


 「海賊風情が足を踏み入れるのは難しいところだぞ。報酬はそこそこ貰うけどいいよな?」

 「ああ。後払いでいいなら、多少吹っ掛けても大丈夫だよ」

 「そこはいくらか先払いでないと」

 「は? あたしの命を狙った分の相殺として、先払いはなしだが」

 「なら仕方ない」


 カチャカチャとキーボードを叩く音が鳴る。

 端末の画面に表示されるのは、様々な種類の宇宙船であった。


 「どういう感じで向かいたい?」

 「三……いや、二週間以内の到着。それまでにお客人をお連れする必要があってね」

 「そいつはまた、だいぶ訳ありな仕事だな。もう少し詳しいことを聞かせてくれたなら、色々手伝えるが」

 「それはできないね」

 「やれやれ、それだと選択肢は限られるな」


 次に表示されるのは、人の顔の画像と、経歴らしきものが書かれた文章である。


 「お客人の特徴は?」

 「十歳前後の少女。茶色い髪と目をしている」

 「なら、変装させておくか。黒い髪と色の付いたコンタクト、と」

 「あたしの分も用意してくれ。成人女性一人」

 「あいよ。少女のと同じ色でいいか?」

 「問題ない」


 さらに端末のキーボードを叩く音は続く。


 「経歴としては、共和国から旅行中の親子。ロボットちゃんは雑用と娘の教育のために個人店でレンタルした。まずはこんなところか」

 「セレスティアまではどう移動する?」

 「民間の旅行船を利用する。確か、共和国から帝国の首都星まで直通のが……あった」

 

 画面に表示される画像はさらに変化し、今は旅行会社のものに繋がっている。

 “帝国の首都まで一週間。豪華な船でちょっとした旅を楽しもう!”

 そう大きく書かれた文字と、乗る船の内装などが表示されていた。


 「…………」

 「そんな目で見るな。俺に文句を言われても困るぞ。旅行会社に言ってくれよな」

 「……もっと他のはないのかい」

 「準備に時間がな。到着まで二週間以内というのがきつい。一ヶ月あればだいぶ違うんだが」

 「仕方ないね。悩んでる時間が惜しい」

 「じゃあ、色々用意するからしばらく待ってくれ」


 変装などのあれこれを含めた用意が整うまで待ち続けることになり、待っている間にメリアはソフィアへ大まかな計画を説明する。

 変装し、共和国からの旅行客としてセレスティアへ向かうというものを。


 「もし他のが良いと言っても、これ以外に手段はない」

 「……わかりました。すべてをお任せします」

 「そうかい。それと、セレスティアに到着したあとは大丈夫なんだろうね?」

 「はい。皇帝陛下の監視が行き届いているので、惑星上では誰も怪しいことはできないと教えられました」

 「……軌道上とかではやばそうだね」


 なかなかに不安が残るものの、取れる手段は限られているので、半ば諦めるメリアだった。

 待ち続けること一日、ディエゴからの連絡が入る。

 必要なものは揃ったので、すべてヒューケラへ送ったという。

 少しすると輸送車によってコンテナが運ばれてくるため、改造してある人型の作業用機械で貨物室に運び入れた。


 「ファーナ、変装とか手伝えるかい」

 「ある程度は」

 「ならソフィアを手伝うように」

 「わたしとしては、変装するメリア様を見ていたかったのですが。船内にカメラがあれば」

 「うだうだ言ってないで行け」


 ソフィアのことはファーナに任せたあと、メリアは変装に必要なセットや衣装を取り出し、誰もいない部屋で着替えていく。

 さらに、化粧道具も入っていたので、自分という存在とは別人になるよう軽い化粧もしていった。


 「これでよし」


 すべてが済んだので部屋を出ると、呼びに来る途中らしきファーナと出会う。


 「……まるで別人ですね。なんというか、普通の人に見えます」

 「旅行客に紛れるには目立たないのが一番」

 「でも、メリア様の美しさは隠しきれていませんね」

 「あんまり嬉しくないが、お褒めの言葉と受け取っておくよ」


 以前の姿と違うのは、茶色い髪は黒くなり、茶色い目は青くなっている。

 変化らしい変化はそれだけだが、少しの化粧と庶民の着るような衣服と合わさり、まるで別人な印象を受ける。


 「さて、次はソフィアだが」

 「こちらです」


 別の部屋にソフィアはいた。

 メリアと同じように、黒い髪と青い目という変装をしており、衣服も庶民の子どもが着るものになっているため、貴族の令嬢には思えない。


 「変装としてはこんなものだろうね」

 「あ……メリア、さん」


 今まで宇宙服によって姿を隠した部分しか知らなかったからか、ソフィアは、自分の目の前に立っている女性の姿を見て少し固まっていた。

 早い話が見とれていたのである。


 「綺麗、です」

 「今は変装してる。元の姿とは違う。それを忘れないように」

 「は、はい」


 どこか不安が残るメリアだったが、もはや突き進むしかないので、宇宙港を出たあと共和国へと進路を変える。

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