第7話 帝国の貴族
救難信号を発していた脱出ポッドにいたのは帝国の貴族、それもだいぶ幼い十歳前後の少女である。
普通なら少しでも安心させるために素顔を見せるところだが、メリアは宇宙服のヘルメットを外さずにいた。
「茶色い髪と目のせいか、そこそこメリア様に似ていますね」
「今それを言ってる場合か」
通信機能でこっそり話しかけてくるファーナに対し、メリアはやや呆れ混じりに言う。
少女の長く伸ばされた髪は茶色く、目も同じような色。それだけでなく、どことなくメリアに近い雰囲気をも漂わせている。
「早速で悪いけど名前を教えてもらえるかい。あたしはメリア。こっちの人に見えるロボットはファーナ」
「ご丁寧にありがとうございます。わたくしは、ソフィア・フォン・アスカニアと申します」
少女は丁寧に一礼する。ただ、その動きはどこかぎこちないものが残る。
「ええと、こういう時は、確か……宇宙に選ばれた存在であり、この銀河に繁栄と安寧をもたらす唯一の方である皇帝陛下の臣として、このたびはあなた方に深い感謝を」
まるで教科書に書かれている文を読むような抑揚のない言葉だったが、それを聞いたメリアの表情は先程よりも険しくなっていく。
「貴族様の面倒な前置きはいらないよ」
「そ、そうですか? きちんと言えないと怒られるので、必死に覚えたのですけれど……」
怒られる経験がそれなりにあったのか、不安そうに話すソフィアという少女。
高価そうなドレスは、着ているというよりも着られていると言った方が適切であり、幼いながらも苦労はある様子。
「細かいことは抜きにして、貴族のソフィア様をどこに送り届ければいいか教えてくれれば、あとはこっちで向かう」
「それなら帝国領に向かい、警備艦隊にわたくしのことをお伝えすれば、すぐに済みます」
「わかった。あまり快適じゃない部屋だが、しばらくはそこで過ごしてほしい。何か用があるなら、室内にある通信機器から連絡できる」
ソフィアという少女が、ファーナによってアルケミア内部の船室に案内されたあと、メリアは脱出ポッドの方に目を向ける。
「……理由次第じゃ面倒なことになりそうだ」
脱出ポッドに貴族が乗っていること自体は、あまり問題はない。
しかしながら、今いる宙域は小競り合いが続いており、軍艦の残骸が大量に漂っている。
そんなところに、十歳前後という幼い子どもが、いったいどんな理由で訪れていたのか。
「はぁ……」
「メリア様、どうしたんですか。ため息をついて」
「早いね。もう案内は終わったのかい」
「はい。おとなしいので、すぐに済みました。それといくつかお聞きしたいことが」
「わかってる。まずは場所を移そう。座りながら話がしたい」
格納庫の中ではゆっくり話せないので、空いている船室に移動したあと、メリアは壁に背を預けながら口を開く。
「何から聞きたい?」
「帝国とはなんですか」
「正式名称はセレスティア帝国。一番上に皇帝がいて、公爵とか伯爵とかの貴族が惑星を統治してる。とりあえず端末を」
「どうぞ」
メリアは小型の端末の画面に、銀河の地図を表示させる。
現時点で人類が暮らしている領域すべてが記されており、その地図を大雑把ながら三つに色分けした。
右側の赤、左側の青、下側の緑の三色に。
「とりあえず、銀河は三つの勢力に分かれてる。右側の赤い部分が帝国の領域だね」
「残る青と緑は?」
「左側の青い部分は、セレスティア共和国。元々は帝国の領域だったけど、大昔に起きた反乱や独立の結果こうなってる。選挙とかやって一番上を決めてるね」
軽い説明をしたあと、メリアは画面に表示されている地図を消した。
「ま、帝国と共和国とだけ覚えればいいさ」
「まだ緑の部分を聞いてません」
「緑の部分は……面倒だしまた別の機会で。関わる時になった時にでも話す」
その時、ソフィアからの連絡が来たのか、ファーナが室内の端末を弄る。
それにより、メリアにも内容が聞き取れるようになった。
「あの、少しよろしいでしょうか?」
「大丈夫です。どうしました?」
「お腹が空いてきたのですが、何か食べるものはありませんか」
「すぐに用意するので、しばらくお待ちください」
これで話は終わるが、食事に関してはいささか問題があった。
アルケミアには食料の類いは積んでいない。
かといって、ヒューケラの方にあるのは、セールによって安く買った保存食だけ。
「メリア様、どうしましょう」
「あるものを食べさせるしかないだろう。もしくは……」
「もしくは?」
「あたしたちのように回収作業している船に分けてもらうか。同じ海賊なわけだが」
「不安ですが、やるだけやってみましょう」
行動は早いに越したことはないので、メリアは人型の作業用機械に乗り、ファーナはアルケミアを動かす。
少しすると、回収している同業者からアルケミアへ通信が入る。
それはそのまま、メリアの乗る作業用機械の方にも中継された。
「おい、そんな巨大な船で近づかれると、残骸を回収する邪魔になる。進路変えろ」
「それは悪いことしたね。すぐ移動するよ。あと頼みがあるんだけどね、そっちの食料品を分けてもらうことはできるかい? 新鮮な肉や野菜とかを」
「なんて図々しい奴だ。ふざけんじゃねーぞ」
「こっちで回収した残骸と引き換えでどうだ」
「……それなら考えてやらなくもないが、冷凍の奴だけだ」
「それでいい」
いざという時は、武力をちらつかせることも考えていたメリアであったが、物々交換という平穏な結果に終わって少しだけ安堵する。
交渉が決裂し、すぐさま戦闘になるというのは、そこそこの確率で起きるために。
お互いに作業用機械を用いて交換したあと、早速中身の確認が行われる。
「さあて、何が入っているのやら」
「小さなコンテナですが、ぎっしり詰まってますね」
残骸と引き換えたにしては少ないものの、コンテナの中には冷凍した肉や野菜が大量に詰められていた。
真空パックの中にカットされた状態で小分けにされているが、これは衛生面や調理のしやすさなどを考えてのもの。
宇宙では一般的に、このような形で食材が販売されているので、未開封なこれらは手つかずの食材であるわけだ。
「ファーナ、調理器具は使用可能かい?」
「ある程度は。焼くか煮るぐらいしかできませんが」
「なら煮込もう」
コンテナに同封されていた水を鍋に入れ、沸騰する直前まで温まってきたあとは、カット済みの肉や野菜を放り込み、いくらか煮込む。
そして最後に塩を加えれば完成となる。
「あっという間ですね」
「皮むきや、食べやすく切ったりとか、そういうのをしないでいいからね。昔、蒸気船に乗ってるような時代じゃ、イモを一つずつ手作業で皮むきしてたそうだよ」
「手作業で一つずつとは、なんとも大変なことです」
完成したあとはソフィアのいる部屋に料理を持っていく。
「待たせたね。ほら」
「美味しそうな香りがします。ただ……」
「なんだい」
「あなたの被っているものが曇っています」
メリアが着ている宇宙服のヘルメットは、料理の湯気によってそこそこ曇っていた。
とはいえ、それほど視界が遮られていないため、当の本人は特に気にしていない。
「そうだね、それが?」
「ええと、お礼が言いたいので、その被り物は外していただけると……」
「貴族のソフィア様には悪いけど、あたしは外すつもりはない」
「素顔が見えないのは、やや不安に感じる部分が……」
「どうせここにいるのは短い間だけだ。我慢してほしいね」
「うぅ……はい」
メリアの声を聞いて女性であることはわかっているようだが、ソフィアは幼いからか、最終的に自分の意見を引っ込めて頷いた。
その様子を見ていたファーナは、部屋を出るときメリアへ言う。
「いいんですか? あんなに冷たくして」
「その方が向こうにとっても後腐れがないからね。貴族の金と人脈ってのは、宇宙のどこかにいる特定の個人を探すというのもできなくはない」
「まあ、冷たい対応しつつ早く届けてしまえば、あまり関わりたくないと思わせて、余計な詮索を避けられますか」
「残骸の回収はひとまず中断し、帝国領に向かう」
アルケミアは途中で方向を変えていき、ワープゲートへと向かうが、これまで通ったことのあるものとは違うゲートだった。
「ここを通るんですか」
「帝国軍が行き来してるところを利用すれば色々調べられてしまう。それは避けたい」
一つの宙域の中に帝国と共和国に繋がる複数のワープゲートが存在し、それゆえにどちらも譲らず、小競り合いが続いている。
軍艦が利用するようなところでワープしようものなら、移動の直後、共和国の船を警戒している帝国軍の艦隊に包囲される可能性があった。
「少し遠回りになる。その途中で誰もいないようなところがあるから、そこで貴族のお嬢様をヒューケラに乗り換えさせ、警備艦隊にお連れするわけだ」
「そうなると、わたしはアルケミアの管理をする分と、メリア様に同行する分の二つを頑張らないといけませんね」
少し張り切っている様子のファーナを見て、メリアは一瞬何か言おうとしたが途中で口を閉じた。
そして数日をかけ、ワープゲートを合計で三度も通る羽目になり、今いるところがどこなのかメリア以外にはわからなくなった段階で、ソフィアをヒューケラに乗り換えさせる。
「おおー、このような船もあるのですね」
「でかい船よりは危険だよ。死にたくないなら、じっとしておくように」
「はい。心得ました」
今いるのは一応帝国領であるのだが、警備艦隊が滞在できるような惑星や施設などは存在しない。
ある種の辺境と言っていいほど何もなく、あまり知られたくないことをするにはちょうどいい。
「さて、帝国の警備艦隊は……」
ワープゲート付近にアルケミアを待機させ、巡回しているだろう艦隊をヒューケラによって探すと意外と近くにいた。
普段はこの宙域にいないはず。
なのにいるのは、真面目にやっているのか、それともサボっていたりするのか。
どちらにせよ引き渡せばこれで終わることから、軽い気持ちで音声だけの通信を行う。
「あー、こちらヒューケラ」
「海賊か。許可なく入ってきたのであれば、それ相応の罰があるぞ」
「気が早いね。もう少し落ち着いたらどうだい」
「さっさと用件を言え。でなければ沈める」
「ちょっと仕事中に脱出ポッドを回収したんだが、その中に貴族のお嬢様がいた。名前は、ソフィア・フォン・アスカニア。うちの船に乗っている」
メリアがその名前を口にすると、音声だけの通信ながらも、息を呑む様子がはっきりと見えた。
そのあと話し合うらしく、一時的に待つよう言われるが、さすがに首をかしげる。
「艦隊ごと来るか」
数は二十隻。そのすべてが近づいてきている。
辺境の警備艦隊が即座に動くとなると、それほどまでに重要な人物のようだ。
「そういえば聞いてなかったね。ソフィア、どうして脱出ポッドに?」
「確か……公爵位の相続において、わたくしには権利があるようだと聞きました。それで手続きが完了するまでの間、共和国に滞在する予定でしたが、途中で船に事故が起きて脱出ポッドの中に」
この時点で嫌な予感がしてきたメリアだったが、とりあえず最後まで聞くことにした。
「……それを誰から聞いた?」
「叔父上からです。船と人員を全部揃えてくれたのですよ。わたくしは一切お金を出さなくてもいいとのことでした。アスカニア伯爵家は、その、言いにくいのですが裕福ではないので」
「……ところで、その叔父上とやらも相続する権利があったりは?」
「詳しいことはわかりませんが、あった気がします。でも、わたくしに譲ってくれると約束してくださいました」
メリアは無言で天を仰いだ。
ソフィアの叔父上とやらが、どんな人物かはわからないものの、その目的ははっきりと理解できてしまった。
帝国における公爵という地位は、上から数えた方が圧倒的に早い。
貴族は特権階級だがその中でも上位であり、もしその地位を相続によって手に入れることができれば、複数の惑星からの収入は思いのまま。
「……そら全部出してくれるだろうさ」
宇宙船とその乗員を失う程度、今後手に入るだろう収入からすればちっぽけなもの。
事故によって相続する権利を持つソフィアが亡くなれば、それ以上の価値がある公爵位を代わりに手に入れることができるのだから。
「ソフィア、命が狙われてるけどどうする?」
警備艦隊は、それとなく砲をこちらに向けつつ近づいてきている。
おそらくは叔父上とやらの息がかかっていること間違いない。
「どうすればいいのですか?」
「……ああもう、相続の手続きが終わるのはいつだい?」
「来月ですから……三週間後になります。それまでの間に本人が出向かないと無効になります」
「どこに出向くって?」
「首都星のセレスティアにです。不躾なお願いとはわかっていますが、わたくしを連れていってくださいませんか」
メリアが返事をする前に、警備艦隊による攻撃が行われる。
「答えはあとだ! まずはこれを乗り切らないといけない!」
辺境の警備艦隊とはいえ、立派な正規軍。
海賊以上の強敵に、操縦桿を握る手には汗がにじむ。
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