第6話 修理と回収作業

 「とりあえず、運んできた資材でできる分の修理を」

 「わかりました」


 ヒューケラの貨物室には、限界まで資材が詰め込まれていたが、そのほとんどはアルケミアの修理に費やされる。

 外観に関しては諦め、内部の復旧を優先する形だ。

 ファーナによって動かされる作業用のロボットは、船内のあちこちで稼働し始めた。


 「ファーナ、今の段階でアルケミアはどの程度使い物になる?」

 「休眠状態で長く放浪していましたから……二割程度です。外に面してる推進機関部分は劣化しているので移動はそれなり、動力は生きてるのでシールドは問題なし、ただし武装はほとんど駄目になってます」


 メリアはおんぼろ船であるヒューケラをアルケミアの格納庫に停めたあと、ファーナに案内される形でアルケミアのブリッジにいた。

 長く誰もいない空間の空気、それを肌に感じながら適当な席に座ると、軽く身体を伸ばしながら呟く。


 「しっかしまあ、広いもんだね」

 「今はわたしたち二人だけですから。元々は数百人ほどで運用する船なので」

 「あの時できなかった探索がしたい。ファーナ、案内してくれるかい?」

 「メリア様、それには条件があります」

 「む、なんだい?」


 どこか真剣そうな表情となるファーナに、メリアも真剣な様子で向き合う。

 アルケミアは数百年も昔に作られた未知の船。何か危険なことでもあるのだろうかと考えつつ。

 しかしその予想は、次の言葉によって消え去ることに。


 「宇宙服を脱いでください」

 「……は?」

 「はぐれてはいけませんから、手を繋いだまま船内を移動しましょう」

 「…………」

 「どうしたんですか? アルケミア内部の状況は既に確認済みなので、どこでも呼吸ができますよ?」

 「ファーナがそうしたいだけのことに、なんで従わないといけない」


 メリアはどこか睨むような視線を向けた。

 だが、ファーナには効かないのか、軽く流されてしまう。

 それどころか、笑みを浮かべて近づいてくる始末。


 「そんな視線を向けても無意味です。なぜなら、メリア様の優しさというものを既に知っていますから」

 「それ以上余計なことを言うと、力ずくで黙らせるが」

 「ああ、なんと恐ろしいことでしょう。このままではご主人様に嫌われてしまいます」


 わざとらしい動きと声、それはどう見ても演技なのがわかるが、間近でそれを見せられるメリアとしてはたまったものではない。


 「……で、その臭い演技の続きは?」

 「追跡者に気づけたご褒美を。宇宙服を脱いで、もっとわたしとの物理的な距離を縮めましょう」 

 「まあ、助かったことだしそれくらいなら」


 隠れながら追跡してきた船を無傷なまま沈めることができたため、メリアは断ることもできず、渋々ながら宇宙服を脱いでいく。

 中に着ているのは、薄手のものとはいえ袖の長い一般的な服。

 地上でならともかく、宇宙ではかなり心許ない。


 「もし何かあれば、あたしはあっという間に死ぬ。宇宙服を着てないまま、宇宙空間に放り出されでもしたらね」

 「そうはならないよう、全力でお守りします。なのでご安心を」

 「……あんまり安心できないんだけどね」


 メリアはやれやれとでも言いたそうな様子でいたが、ファーナの差し出してきた手を握る。

 薄手の黒い手袋に包まれた機械の手。

 形状は人間に似せてあるが、違うことが一瞬で理解できる人工的なもの。


 「機械の骨に人工皮膚、そしてその上に衣服を纏う。どうにも不思議なものだと思う」

 「ですが、わたしが動かしているこの端末は、数百年も昔に設計されました。今の人に近いロボットとは色々と中身が違います。あ、もちろん人工知能という意味でもですけどね」

 「…………」

 「あの、頬を引っ張らないでください」


 メリアが黙ったまま頬を両手で引っ張るので、ファーナはさすがに抗議する。


 「こんな感触なんだね。ファーナは」

 「もっと色んなところを触りたいですか?」

 「いいや、もういい。手を繋ぎ直そう」

 「では、船内を案内をさせていただきます」


 ブリッジから出たあとは、他の大きな船にあるような基本的な部分の案内が行われる。船員の個室は当然として、食堂から始まり医務室にシャワールームなど。

 それはメリアも知識として知っているので、すんなりと覚えることができたが、問題はそれ以降だった。


 「こちらは工場になります。長い時間稼働していないので、復旧しないと使えませんが」

 「……工場ねえ」


 船内には広い空間があるが、そこは錆びついた機械に溢れていた。

 規模からして、小型の宇宙船までなら建造できそうだった。


 「でかい基地ならともかく、軍艦とかにはない代物だ。そうなると、このアルケミアという船は、なんのために作られたのやら」

 「何かの研究や生産、とか」

 「で、研究したのを即座に使うための宇宙船かい。……考えたところで仕方ない。この船が作られた時から時間が経ってるんだ。あたしたちが上手い具合に利用すればいいさ」


 もはや元の持ち主はこの世に存在しない。おそらくは国家を含めた組織なども。

 ならば何を迷うことがあろうか。

 メリアはファーナに、工場の復旧を優先的に行うよう指示を出す。

 一キロメートル級の巨大な船、その内部にある工場が利用できるとなれば、色々と役に立つからだ。


 「どこまで復旧します?」

 「うーん、船の修理までは難しいだろうし、破壊された、あたしの作業用の機械が直せるぐらいにまで」


 メリアがファーナを倒すために利用した、三メートル近い人型の機械。

 それは戦闘ができるように改造してあったとはいえ、元々は船のメンテナンスなどを行うための機械である。

 早いうちに修理してもらわないと、いざ船外で作業する時に面倒過ぎるという切実な理由があった。


 「わたしが作業用ポッドを動かせば、人型のを修理せずとも解決するのでは」

 「あのポッドだが、市販されてるので似たようなのを見たことがない。ディエゴの馬鹿みたいに見知らぬ機械に興味を持つ者が出ても困る。使うなら外側を偽装してからだ」

 「それでは急ぎます」

 「ああ、それと、アルケミアは現時点で航行できるようだし、今のうちから残骸集めのために移動するよ」

 「わかりました」


 ファーナは人工知能なため、一方で作業をしながら、もう一方では別のことをすることができる。

 ロボットを遠隔操作してアルケミアの修理や復旧を行いながら、ファーナ自身はメリアの近くに居続けることが可能であった。

 そしてファーナがずっと一緒にいるので、メリアは鬱陶しがっていた。


 「……そろそろ離れてくれないか」

 「嫌ですが。宇宙服越しではないメリア様を堪能させていただきます」


 手を握るどころか、腕を組んでくるので、美しい顔には苛立ちが少しずつ積み重なっていく。


 「我慢の限界という言葉がある」

 「そうですね」

 「いや、離れろ」

 「お断りさせていただきます」

 「……あたしは主人なんだろ。言うことに従え」

 「奴隷ではないので拒否します」

 「このクソ人工知能め」


 このまま無意味なやりとりを続けても仕方ないため、メリアは一旦諦めると、ブリッジに移動してから座席のところにある小型スクリーンを起動させる。


 「ヒューケラに接続して、航行記録などのデータをここに出してくれ」

 「少々お待ちを」


 数分が過ぎてスクリーンの表示が切り替わると、座標の所々に印がつけられた銀河の地図が現れる。

 それはメリアが宇宙を飛んでいた間に見知ったことを記したものであり、どこに行けばいいかの目安でもあった。


 「今いる宙域から、二日ほど移動した先のワープゲート。そこに向かう」

 「座標に目印があるおかげで、迷うことなく進めそうです」


 宇宙港へのワープゲートと比べると、今から向かうところはだいぶ方角が違っていた。

 最初は小さいながらも、距離が増えれば違いは大きくなる。

 アルケミアは巨大な船であるため、小型なヒューケラと比べて最高速度で大幅に上回っており、二日かかるところを一日で到着した。


 「やれやれ、性能落ちててこれかい」


 修理の終わった人型の作業用機械をヒューケラの貨物室に移すと、メリアはそのまま操縦室に向かう。

 そしてアルケミアの格納庫から出ていき、残したファーナへ通信を入れる。


 「……さて、ゲートを越える前に言っておくが、もし戦闘になればアルケミアは積極的に狙われるだろうね。場合によっては、巨大な船を奪い取ろうと乗り込んでくるかもしれない」


 外観は廃棄された船なので、ここぞとばかりに狙う者が出る可能性は高い。

 巨大であるということは、目立つということでもあるゆえに。


 「そうなると厄介です。武装の復旧はわずか、船内のロボットで戦えるのはいません」

 「だからファーナを残した。侵入者の対応は任せたよ」

 「はい。任されました」


 そのあと二隻の船がワープゲートを越えると、すぐさま探知機に反応があった。

 かなり遠くで、複数の宇宙船による戦闘が起きているのだ。

 おそらくは共和国と帝国の小競り合いなのだろうが、巻き込まれては大変なので、近寄ることなく近辺を捜索していく。


 「正規軍と揉めたくないし、まずはこの辺りで残骸を漁る」

 「回収した残骸はアルケミアの貨物室に?」

 「そうなるね。あたしのヒューケラと違って、かなり大量に詰め込める。なんなら、残骸から使えるものを探して、その場で修理に使ってしまうのもいい」


 やって来たばかりのこの宙域では、二つの国の軍隊が小競り合いをしているせいか、目視できる程度には残骸が漂っている。

 少し目を凝らせば、残骸回収に来ている同業者を見つけることも難しくはない。


 「まったく、いったいどれだけの金が残骸に変わったのやら……」


 メリアは人型の機械に乗り、手当たり次第に残骸を回収していく。時々ぼやきながら。

 宇宙船、それも軍艦となれば大金がかかっている。船体や武装、それに訓練を受けた乗員など。

 ここに漂うのは、そんなお金のかかった軍艦の末路ばかり。


 「メリア様、わたしの方でも回収してますけど、これはもしかすると、お金が漂っているのに近いのでは?」

 「まあ、そういう見方もできる。だから他にも回収してる船がいるわけで」


 ヒューケラの貨物室が限界になったらアルケミアに運び、外装を偽装した作業ポッドで移し替える。

 それを何度か繰り返しているうちに数時間が経過するので、休憩のために作業は一時中断となった。


 「ふう……よくもまあ大量の残骸が漂ってるが、共和国と帝国の小競り合いにしては多すぎるように思えるね」

 「メリア様、共和国と帝国について教えてもらえますか?」

 「あー、そうだねえ、この二つの国は」


 休憩途中の話題としてはちょうどいいので、メリアは説明しようとしたが、探知機に変わった反応が出てきたのですぐに中断する。

 それは微弱な救難信号だった。


 「待った。救難信号を拾った。ファーナ、そっちではどうだい?」

 「確かに微弱なものが引っかかっています」

 「とりあえず助けに行くか。生きてる可能性は低そうだが」


 ここまで弱い信号だと、中に誰かがいても死んでそうだが、無視するわけにもいかない。

 回収作業を行う他の船はそう考えていないのか、特に助けに向かう動きを見せることはなかった。


 「薄情なものですね」

 「結局のところ、そういう部分があるから、宇宙では自分だけが頼りさ」


 微弱な救難信号を辿った先には、船が沈みそうな時に乗り込む脱出ポッドが漂っていた。

 だいぶ損傷しており、そのせいで信号は微弱なものになっていたようだ。


 「このタイプのは、帝国製か」


 小競り合いがあるなら、とっくに回収されてもおかしくなさそうなものだが。

 疑問に思いつつもメリアは脱出ポッドを回収し、そのままアルケミアへと向かう。

 何かあってもすぐに対応できるように。


 「お帰りなさい」

 「生きてるか死んでるか。どっちだろうね」


 脱出ポッドの内部はコールドスリープ状態にあるようで、中に誰がいるのか確認するまでには時間がかかる。

 数十分が過ぎ、ようやくポッドが開くが、現れた人物を見てメリアは顔をしかめた。


 「……あ、おはよう、ございます……あなた方が、助けて、くださったのですね」


 寝起きなせいか、たどたどしい言葉でお礼を言うのは、高価そうな布のドレスに身を包んだ幼い少女。

 宇宙に似つかわしくないその格好は、帝国の貴族であることを示しており、面倒事の塊であるのは明らかだった。

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